十二英雄伝 -魔人機大戦英雄譚、泣かない悪魔と鉄の王-

園島義船(ぷるっと企画)

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零章 第三部『富の塔、奪還作戦』

五十八話 「RD事変 其の五十七 『欲深き不遜なる白黒の獣王』」

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「ロイゼン騎士団が動き出しました」

 マレンからの報告。ロイゼン騎士団が西側に集結。アピュラトリスに向かっている。その数はおよそ四十。

「こちらは雑魚ばかりが釣れるな。ホウサンオーとは雲泥の差だ」

 ガガーランドには、ロイゼン騎士団の実力が気配でわかる。たしかに実力者ではあるが、ドラグ・オブ・ザ・バーンと戦えるほどの相手はいない。アレクシートとて、バーンの獣の前では可愛い子犬程度にすぎない。

「あのような者たちなど、私にお任せください」

 オロクカカのヘビ・ラテが討伐を志願。あのような相手にバーン序列三位のガガーランドが出ることが許せないのである。彼にとって上位バーンとは、この世でもっとも誇り高い存在なのだ。

「よかろう。蹴散らしてみろ。お前も食い足りないだろうからな」
「お任せください」
「小僧、お前も…」

「はぁはぁ…」

 ガガーランドがユニサンのドラグニア・バーンに振り向いた時、違和感を感じた。戦気に乱れがある。呼吸が乱れて練気が上手くいっていないのだ。

 ユニサンも身体の異変に気がついていた。全身のチャクラがバラバラになったように、すべてがまとまらない。身体から汗が噴き出し、ひび割れたいくつかの箇所から黒い煙が出ている。

(まずい。リミットが近いか)

 この身体になった時に覚悟していたこと。ザックル・ガーネットを移植した時に、この事態はすでに想定内。しかし、実際になってみれば、やはりとんでもない苦痛。身体を作り替えたのだから当然である。魂にまで変容を与える禁忌の術の代償は大きい。

(俺は、まだ戦える。戦わねば…!)

 全身に力を入れ直す。必死に戦気を練り、身体を整えていく。だが、どうしても痛い。痛みに強いはずの自分でさえ、思わず呻いてしまいたくなる激痛である。強く痺れるような頭痛もしてくる。

 それは肉体の痛みを超えて、魂が泣いている痛みかもしれない。あるいはこれから至るであろう事態への恐怖からか。覚悟はしていても、いざその時になれば怖いのだろう。どんなに気丈に振舞っても心の動揺は隠しきれないらしい。

「小僧、お前は弱いな」
「ガガーランド様…」

 ガガーランドはユニサンを見下ろす。普通の人間から見れば凶悪な鬼と呼ばれるような巨体。志郎やデムサンダーすらはねのける強さを持つ悪鬼。されど、ガガーランドから見れば、なんと脆弱な存在だろうか。彼が軽く拳を放つだけで砕け散る弱者にすぎない。

「オレには痛みがない。お前の気持ちはわからん。恐怖も知らん」

 ガガーランドは一度たりとも肉体的な苦痛を感じたことがない。その尋常ならざる頑強な精神のためか、痛みが発生しても常人が感じるような痛みと認識できないのだ。そして、魂そのものに問題を抱えているため正しく理解することができない。

 そんな彼が恐怖を知るわけがない。
 人間というものを理解できるわけがない。

 だが、ガガーランドは人間を愚弄してはいない。弱いからこそ強くなろうと望む。苦しみ、もがき、何かを得ようとする。その姿をけっして馬鹿にはしない。

「お前は鬼にはなれん。だから最後まで戦士でいろ」

 ドラグ・オブ・ザ・バーンの大きな手が、ドラグニア・バーンの頭上にかざされる。そこから放出されたのは闘気。ユニサンのような作り物ではない、正真正銘の闘争本能から生み出された気質が降り注ぐ。

「これは――――身体が燃えるようだ!」

 ユニサンの身体が闘気に反応して活性化していく。痛みによってしぼみかけていた魂が活力に満たされていく。痛みが消え、圧倒的な闘争本能に染まっていく。

 戦気術、賦気ふき。自己のエネルギーを分け与える技である。ただしガガーランドがやったのは、そんな生ぬるいものではなく、闘気を放射して強引に体内にねじ込む荒業である。通常の人間ならば圧力で死んでいるが、今のユニサンの身体にとってみれば「活」である。

 言ってしまえば、濃密で潤沢なエネルギーの風呂に浸かったようなもの。ひび割れた箇所が闘気で満たされて埋まり、仮初めではあるが肉体を補強していく。それどころか力を増やしていく。燃え上がる心が痛みと恐怖を抑え込んでいく。

「行け。そして死んでこい。所詮、死などは結果であり状態の変化にすぎぬ。どう死ぬかがお前の価値を決める」
「ありがたく…! 誠にありがたく…!」

 ガガーランドはユニサンに死に場所を与える。それが彼の望み。ならば最後は憧れた力に浸って死ねばいい。それこそバーンの戦士に相応しい死に方なのだから。

「オレがいる以上、この周辺に戦力を残す必要はない。邪魔になるだけだ」
「畏まりました」

 オロクカカとユニサンは、ロイゼン騎士団討伐へと向かう。今までならば相手にさえされない存在だったのだ。ユニサンにとっては十二分の死に場所だろう。


「君は優しいね、ガガーランド」

 カノン砲台があらかた排除され、ミサイルも飛んでこない暇な状況になったケマラミアがふわふわと浮いていた。何が楽しいのかわからないが、いつも通りの満面の笑顔である。

「優しい…か。それすらもオレには理解できぬ」
「なら、それが優しいっていう感情なんだよ」
「これは人であることを真似ているにすぎん」

 ガガーランドの言葉通り、彼の心の中に優しさや憐憫といった感情はない。ただ、その意味は多少ながら理解している。だから人間がそうやるように、自身も真似ているにすぎない。

 ではなぜそうするかと問われれば自分でもわからない。自分を生み出したものがそう仕組んだのか、長く生きている間に勝手にそうなったのか。どちらにせよ理解はできないものだ。

「あいつらは弱すぎる。まるで虫だ」

 そんな彼でも一つだけ理解していることがある。現状の人間は、とてもとても弱い存在であるということ。ガガーランドにとっては、ユニサンもオロクカカも羽蟻と同じような存在。握れば簡単に潰れてしまう虫も同じである。

 あまりに頼りない。しかも、そんな輩が命をかけて、より大きなものと戦おうというのだ。そんな常軌を逸する行為に感じる困惑。それがガガーランドをそういった行動に駆り立てるのだろう。

「人は儚いね。だからこそ強くなれる。女神が生み出した最高の存在だ」
「オレにはそれが理解できん。なぜ最初から強く作らない」
「さあね。ボクにもわからない。一つだけ言えることは、君という存在がその答えかもしれない」

 ケマラミアはガガーランドを見つめる。生まれもって強大な力を与えられた存在。最初からそうデザインされたかのような、人の力を超えた存在。普通の人間からすれば、ある種【神】と呼んでも差し支えない存在を。

 だからこそ、ガガーランドは理解できない。弱いということがどういうことかを。

「お前も似たようなものだろう」
「まあね。その意味でボクたちは仲間だ」
「…たしかにな」

 ガガーランドはケマラミアの言葉を否定しない。この両者は正反対のようでありながら、その本質はバーンの中でも相当似通っている。魂が欠けている、という意味でも。

「ケマラミア、お前も向こうに行け」
「そうみたいだね。ボクはボクの役目を果たすとしようか」

 そう言ってケマラミアは素直に飛んでいく。そもそも彼はイレギュラー。最初から普通のバーンとは目的が違うのである。

 そして周囲には誰もいなくなった。


「さあ、邪魔は消えた。そろそろ出てこい」


 ガガーランドは何もない空間に話しかける。そこには何もない。余裕のないユニサンはもちろん、探知能力に優れるオロクカカでさえ何もないと思っていた。

 しかし、ガガーランドとケマラミアを誤魔化すことはできない。

「出てこないのならば掘り出してやろう」

 ドラグ・オブ・ザ・バーンは拳に戦気を集め、大地を殴りつける。アピュラトリス周囲は、塔内部と同じく強固な特殊素材によって塗り固められた硬い大地。それが一瞬で砕け散り、大きなクレーターを生み出す。本来ならば、ただの穴掘り。何の価値もない行為。

 されど、クレーターの底には人型の機体があった。

 普通のMGとは明らかに雰囲気が異なる。それはブリキ壱式のような違和感ではなく、もっともっと異なる存在であることを示すもの。

 硬質化した幾万本もの毛に覆われた異様な機体。肉食動物のような顔には牙、太い両腕には強靱な爪。体色は、白と黒のまだら模様。それはまるで【人型の獣】のように見えた。

 人型の獣は、ドラグ・オブ・ザ・バーンの拳を片腕で受け止めていた。ゼルスセイバーズの特機型MGでさえ、その拳圧だけで潰された一撃をまともに受けてまったくの無傷である。

「見事。よくぞ気づいた」

 人型の獣は、ドラグ・オブ・ザ・バーンの腕を払うと跳躍。大地に降り立った。改めて見れば、やはりその姿は異様であった。だが、ガガーランドはその姿を見て笑う。

「【獣王階級】。ようやく大物が釣れたようだな」

 ガガーランドは相手の正体を看破。
 それは紛れもなく【神機】であった。

 神機の中には階級が存在する。ただし、それらは各カテゴリー内において存在するものである。たとえばシルバー・ザ・ホワイトナイトは、【人界のカテゴリー】に入る神機である。その中で、兵士、騎士、王などの階級が分かれているのである。

 人界に属する神機は、人間がそうであるように非常に多種多様である。同じ神機であっても、人型であるという共通点を除いて、まるで違う形状であったりもする。それゆえに階級を見分けるのが難しいカテゴリーだ。

 しかし、目の前の機体も人型ではあるが、明らかに人界のものではない。これは見たままの存在、【獣界】に属する存在なのである。発せられる気配も人界より荒々しく、野生の獣に近い気配を発している。非常に攻撃的で生々しい気配だ。

 しかも階級は最高ランクの【王】。
 それを獣王階級と呼ぶ。

 どのカテゴリーにおいても王は特別である。低級なカテゴリーであっても存在そのものが普通とは違うのだ。ガガーランドほどになれば、即座に相手の力量を見抜くことができた。

「私のグレイズガーオ〈欲深き不遜なる白黒の獣王〉を見つけるとは、やはりただの武人ではないな」

 グレイズガーオ。この機体に乗っている男をわざわざ調べる必要はない。そんな男は一人だけ。ルシアの雪熊、ジャラガンである。

 彼はルシアの親衛隊長でありながら、厳密な意味で雪騎将ではない。この機体はルシア天帝から与えられたものではないからだ。しかし、彼は雪騎将をはるかに凌駕する存在である。

 なぜならば、この機体はゼブラエスが弟子に与えたものだから。
 覇王から与えられた、まさに武人の粋が宿っている存在であるから。

 雪騎将のようなルシアの権威を示すような上品さは感じられない。その必要がない。武人が求めるは武のみ。その力のみ。まさにそれを体現したかのような力の奔流をグレイズガーオから感じる。やはり騎士ではなく武人。その言葉がこの男には一番似合う。

「せめてもの情けだ。一騎討ちを望むのならば受けよう。どのみち全滅させるつもりではあるがな」

 ジャラガンの役目は黒機の殲滅。現在はラナーがナイト・オブ・ザ・バーンの討伐を志願したので、ジャラガンがドラグ・オブ・ザ・バーンを引き受ける算段であった。もちろん、それ以外の敵も殲滅するのが目的である。

 ジャラガンは、オロクカカたちが移動するのを待っていたわけではない。多数の敵相手が不利だという思いをまったく抱いていない。オロクカカはたしかに強い武人だが、ジャラガンからすればまだ十分余裕で対応できる相手である。

 隠れて待っていたのは別の理由。ロイゼンの神聖騎士団が動いたことで状況が変わったからである。仮にジャラガンがここで戦闘になった場合、おそらく彼らも参戦しようとするだろう。そうなれば乱戦となり、ロイゼン側にも多数の死者が出る。

 当然、オロクカカをこのまま行かせれば、ロイゼン側にも被害が出る可能性が高い。が、問題はルシア騎士が関与することである。そうなれば国際情勢上、あまり好ましくないことになるだろう。それを危惧してのこと。

 もう一つは、ガガーランドがユニサンに活を入れたのを見て、人外にも武人の情があるのならば、せめて誇り高く倒してやろう。そういった気持ちである。

「あまり時間をかけるつもりはない。早く決めるがよい」

 この時、ジャラガンの脳裏にあったのはナイト・オブ・ザ・バーンのことである。雪騎将の二人、ゾバークとミタカがナイト・オブ・ザ・バーンを倒せるとは思っていない。正直、時間稼ぎができるかも怪しいところである。それほど黒い剣士は強いと判断している。

 だが、それでも天威のために退くわけにはいかない。たとえ死んだとしても、それは名誉である。天帝のために死ねるのならば文句を言う騎士はいない。されど、無駄に死んでほしくないのも本音である。ラナーが出てくれば問題はないだろうが、そのラナーが間に合うか微妙なところだ。

 また、ラナーが何を企み、ナイト・オブ・ザ・バーンとの一騎討ちを望んだのかはわからない。だが、ジャラガンにとっては些末なこと。もしラナーが討ち漏らしたのならば、自ら倒しにいけばいい。そう思っていた。

 だからこそ時間をかけるつもりはない。

「獣王ふぜいが吠えるものだ。モグラに情けをかけられるほど落ちぶれてはいない。かかってきたければ、いつでもこい」
「その余裕、いつまでもつかな」

 グレイズガーオは跳躍。

 まるで消えたかのような速度。そこから繰り出される蹴り。ドラグ・オブ・ザ・バーンは、今までそうしてきたように無防備で受ける。ただ己の戦気だけで防御する。

 ―――貫通。

 グレイズガーオの蹴りは、いともたやすく戦気の壁を貫通。そして装甲にまで到達した瞬間、まさに激震が起きた。ドラグ・オブ・ザ・バーンが吹っ飛んだのだ。

 三十メートルを超える巨体が、半分程度の大きさの機体の蹴りで激しくのけぞり、吹き飛ばされた。ドラグ・オブ・ザ・バーンは踏ん張りながら倒れることは回避するも、耐えた両足で不規則に地面を大きく抉っていく。そうして五十メートル程度してから、ようやく止まった。

 なんとも衝撃的な映像である。砲撃やミサイルはもちろん、火焔砲弾のマギムフレアでさえ彼を動かすことはできなかった。それはつまり、グレイズガーオの攻撃力がそれらを軽く上回ることを意味している。

(今ので無事か。たしかに普通の武人では勝てぬな)

 今の一撃は、普通のMGならば消し飛んでいたレベル。おそらく戦艦であっても装甲をぶち抜いて艦内にまで到達していたレベルの一撃。それを耐えたドラグ・オブ・ザ・バーンは、特機中の特機であるといえた。もちろん、それを扱いこなすガガーランドがいてこその強さである。

(相手も獣王クラスだと思わねば、こちらが喰われるかもしれん。油断はせぬ)

 ジャラガンは、ドラグ・オブ・ザ・バーンをグレイズガーオと同じく獣王クラスの機体と認識する。それと同時にガガーランドに対する危険度も上げる。実際に触れ合えば相手の能力が桁違いに高いことがわかるからだ。

 そのうえで宣言する。

「制御を失った獣の不始末は獣王がするもの。私とガーオが、ここで喰らってやろう!」

 グレイズガーオが駆ける。いや、もうそれは駆けるという速度ではない。一瞬で姿が消えるほどの速度。

 獣界に属する神機の特徴は、そのスピードである。階級にかかわらず、ほぼすべての獣系の神機は速度に優れる傾向にある。仮に生身の人間が、広い場所で本気で逃げる犬や猫を捕まえようとするならば、獣の速さを嫌というほど思い知ることだろう。道具を使わずに捕まえることはまず不可能である。

 獣界の神機の中で最速はレッドウルフ〈赤き咆哮〉。神格は獣王に劣る魔獣クラスであるが、長距離の移動速度にかけては右に出るものはなく、最大速度ならば四時間で世界を一周できるといわれている。

 一方、獣王であってもグレイズガーオにはそこまでの速度はない。長距離走ではまず勝てないだろう。しかし、それを補って余りあるほどに、この神機は【迅速】である。

 グレイズガーオが消えた次の瞬間には、ドラグ・オブ・ザ・バーンの背後に回っており、拳を一閃。ドラグ・オブ・ザ・バーンの巨体が押され、膝をつく。

 そしてまた消える。次の瞬間には、グレイズガーオはドラグ・オブ・ザ・バーンの眼前に出現していた。そして高速の回し蹴りを放つ。蹴りは頭部に直撃。そしてまた消えた瞬間には、這いつくばっている機体から数十メートル離れた場所に立っていた。

 グレイズガーオの速さとは、敏捷性にある。肉食獣は一瞬の速度で狩りを行う。この獣王も一瞬一瞬の速度が恐ろしいほど速い。

「うらららら―――!!」

 グレイズガーオの拳のラッシュ。おそらく常人では何も理解できない。武人であっても拳が何度入ったのか視認できる者はほぼいないだろう。一秒間でおそらく五十発以上。そのすべてが直撃。

 ドラグ・オブ・ザ・バーンは闘気を放出して防御。しかし、グレイズガーオの強さは速さだけではない。ジャラガンという乗り手が、そこに鋭さと重さを加える。この五十発の拳すべてが一撃必殺の威力なのだ。

 爆音。炸裂。

 空気が裂け、破裂する音。ガガーランドの重闘気が破裂する音。一瞬で重複した結果、まるで一回の銅鑼どらの音のように聴こえる。ドラグ・オブ・ザ・バーンの装甲に神機の拳大の凹みが次々と生まれていく。

 この最高の装甲を誇るドラグ・オブ・ザ・バーンが傷ついている。いや、破壊されているのだ。ドラム缶が強力な力で圧砕されていくように、少しずつ装甲を抉っていく。

(予想はしていたが、硬いな。ならば)

 これで勝負がつかないのは珍しい。全長百メートル程度の駆逐艦ならばすでにスクラップである。しかしジャラガンも今までの戦いの映像から、ドラグ・オブ・ザ・バーンがこの程度で落ちるとは思っていなかった。

 ジャラガンは戦気を圧縮。一段階引き上げる。それは闘気。ガガーランドはこの闘気を三つ重ねて重闘気にしているが、本来は戦気を闘気に変えるだけでもかなり大変である。それをたやすくやってのけるジャラガンも同じように恐ろしい使い手である。

 がしかし、それだけではない。

「貴様相手ならば、これくらいはしないといかんな」

 闘気がさらに跳ね上がる。重闘気のように重ねるのではなく、気質そのものがさらに変化。闘気がさらに凝縮し、【硬質化】。それが両腕の爪に宿る。

「獣王の力、とくと見よ」

 グレイズガーオが消えた。次の瞬間、ドラグ・オブ・ザ・バーンの背後に移動。

 ただ移動したのではない。
 直後、ドラグ・オブ・ザ・バーンの肩の装甲が、重闘気ごと大きく抉れた。

 すれ違いざまに爪で攻撃したのだ。しかも、爪にはごっそりと装甲がこびりついていた。引っ搔いたというレベルではない。まるでスプーンでバターをすくうように抉り取ったのである。今まで誰も傷つけることができなかった巨大な獣を、この獣王はたやすく破壊することができる。

 それも当然。この爪はアピュラトリスの特殊合金でさえ、簡単に抉ることができるほど強靱なのである。まるで豆腐を崩すかのごとく、獣王は大地を潜ってやってきたのだ。ドラグ・オブ・ザ・バーンの装甲を抉ることも、そう難しくはない。

 しかし、ただ爪が硬いだけでできる芸当ではない。拳の強さ、速度、技のキレ、そしてその気質に最大の要因がある。

「【剛気】か」

 ガガーランドは肩の傷を確認し、爪に宿された気質が普通とは違うことを知る。

 ―――剛気。その名の通り、剛胆なる気質。強靱なる力を秘めた攻撃的な戦気の一つである。闘気を凝縮して作るもので、その硬度は通常の戦気とは桁が違う。いくら重闘気でも、これは防げない。

 グレイズガーオはこれによって、どのような硬度の物質も簡単に抉ることができる。恐るべき俊敏さに加えて、すべてを抉る爪を持つ獣。それがグレイズガーオである。まさに獣王の名に相応しい力だ。

 それ以上に搭乗者であるジャラガンが、あまりに突出していた。闘気を出すだけでも優れた武人の証明である。それを超える剛気を扱える武人は、世界でも数えるほどしかいない。

 ジャラガンの洗練された戦気術も見事。練気、集気、発気、どれを取っても超一流の腕前である。グレイズガーオの超速度の戦いにおいてもジャラガンの気はいっさい乱れず、完全に調和している。グレイズガーオを完全に使いこなしているのだ。

 人界の神機に比べて獣界の神機の数は少ない。実際は相当数存在するのだが、それを扱える人間が少ないのである。

 まず手懐けるのが至難である。まさに人間が猛獣を慣らすのと同じで、少しでも油断すれば逆に食い殺されてしまう。子供の頃から飼っているライオンならばともかく、生粋の野生の獣である。自由を愛する孤高の獣である。そして獣王である。

 人界の神機のように志が同じというだけでは従わない。どちらか上か、はっきりと力を示す必要があるのだ。

 グレイズガーオを手懐けるために、ジャラガンは自らの肉体で彼と戦った。生身と神機の戦いである。まったくもって無謀。まさに命知らず。そんなものは馬鹿げていると思うだろう。だが、これがゼブラエスが免許皆伝の証として与えた最後の試練だったのだ。

 グレイズガーオはゼブラエスが自ら捕まえてきた神機で、【野良神機】と呼ばれる「はぐれ者」であった。

 神機は自ら意思を持って動くことがある。ある程度階級の高い神機となると相棒がいなくても動けるのだ。また同時に、自らの相棒を求めてさまようことがある。神機とは、人間と一体となって初めて存在意義を示すからである。

 ただし、獣界や精霊界の神機は、機体そのものに強い意思が宿っていることが多く、場合によっては暴走することがある。各地に伝わる怪物や異形の存在の伝説は、こうした野良神機のことを指すこともある。しばらくすると活動を停止するものが多いので、そのまま伝承になるのである。

 グレイズガーオは、その中にあって長年暴れ続けていた危険な存在であった。誰にも屈せず、誰にも媚びない。その名の通り、不遜なる王であった。それゆえにゼブラエスが出向いて捕獲していたのである。それでも人に慣れることなく、威圧を続けていたという荒くれ者である。

 それをジャラガンが倒したのだ。当然、簡単なものではなかった。何ヶ月もかけて相手を屈服させるまで何度も打ち倒し、ようやく主人であることを認めさせたのだ。

 主が従者より弱いことはない。ジャラガンの実力は、まさにそれくらい高いのである。

「ルシアの番犬を務めるだけはあるようだな」

 爪で装甲を抉られても、ドラグ・オブ・ザ・バーンは平然としている。こんなもので怖気づくほどガガーランドは軟弱ではないし、ダメージも負わない。彼の肉体もまた強靭すぎるからだ。

「口の利き方に気をつけるのだな。これ以上、わが祖国を愚弄することは許さん」
「あいつに随分と挑発されたようだな。だからお前が出てきたのか」
「人の和は、そこまで弱くはないぞ。我らは揺るがぬ。お前たちを倒して遊びも終わりだ」

 ゼッカーは世界を挑発している。富の塔を人質に揺るがそうとしている。それでもジャラガンは人間の結束を信じていた。この程度のことで世界は分かれたりしないと願っている。

 しかし皮肉にも、こうしてジャラガンが出てくる事態であることが、いかに彼らが動揺しているかの証明でもあった。世界最強の力の一つである雪熊が対処しなければならないほどの大事件。すでに世界に亀裂は入っているのだ。

 ただし、この男にとってはそんなものはどうでもよい。

「あいつが何をしようとオレには興味がない。オレが欲するのは戦いだけだ!!」

 ガガーランドの闘気が膨れ上がる。それが何十にも重なり、巨大な重闘気が発生。闘気の津波が周囲一帯を吹き飛ばす。荒々しい力は、あらがうものすべてを呑み込み、破壊していく。

(なんという質量の闘気だ! これほどの闘気波動は見たことがない)

 あまりの強大な闘気によって周囲の大地が削られていく中、グレイズガーオは踏みとどまる。両腕を伸ばして張った剛気の防御壁がなければ、獣王とて無事では済まない威力である。

「叩き潰す!」

 ドラグ・オブ・ザ・バーンの虎破。

 火焔砲弾を破壊した拳である。ガガーランドの力も相俟って、その一撃は天変地異に等しい。そのうえガガーランドの攻撃は速いのだ。移動する際は巨体ゆえに鈍いように思えるが、いざ攻撃になると速度は恐ろしく上がる。

(技の練度が高い)

 ジャラガンは、虎破の完成度が高いことを見抜く。修行マニアの彼は技に関してもうるさい。そのマニアが認めるほどに、文句のつけようもない完璧な虎破であった。

 もし彼が弟子に虎破を教えるのならば、この虎破をお手本にしろと言わしめるほどの見事な流れ。一切の無駄がなく、すべての力を拳に宿した最高の虎破である。

 されど、それは戦いの力。暴力である。相手が飢えた獣なれば、それこそ脅威でしかない。

「ただ戦いを望む野獣には、はっきりと力の差を教えてやろう!」

 グレイズガーオはよけない。よけようと思えば避けることはできるが、あえてしない。

 なぜならば、獣相手には力を見せつける必要があるからだ。グレイズガーオがそうだったように、誰が見てもわかるくらいの力の差を見せねば、相手は絶対に屈服しないことを知っている。

 そして、グレイズガーオも同じく虎破を放つ。

 両者の虎破が激突。見た目からすれば、大人と子供の拳が衝突したような映像である。

 いつも人間は巨大な力に憧れる。巨人の拳は、あらゆるものを破壊する力の象徴だからだ。ドラグ・オブ・ザ・バーンの拳も同じ。人は大きいものに恋い焦がれ、それが圧倒的であることに心躍る。

 ドラグ・オブ・ザ・バーンを見た人間は、恐怖と同時に憧れを抱いたに違いない。自分もあれほど大きければ…と。そんな魅力がガガーランドにあることは、敵であるジャラガンも認めるところだ。大きく雄大。まるで自然を相手にしたかのような強大さである。

 しかし、ジャラガンは恐れない。万年氷山で修行してきたのは、このような日が来ることを想定してのこと。むろん自然を相手に勝てるなどと自惚れてはいない。そうした脅威に身を晒されても動じない精神力を得るためである。

 それが今、発揮される。

「力とは大きさにあらず! その身に宿した信念! その固さで決まる!」

 ジャラガンの拳はガガーランドよりも小さい。物理的にも戦気の量も小さい。しかしながら、集められた力は何よりも固く、何よりも揺るぎない。

 グレイズガーオの拳が【芯】を捉え、ドラグ・オブ・ザ・バーンの拳に突き刺さる。

 戦気が一本の閃になる。

 極限まで圧縮された戦気は、剛気となって打ち貫く力となって顕現。ガガーランドの重闘気を打ち破り、その拳を砕く。ドラグ・オブ・ザ・バーンは浮き上がり、その後に発生した衝撃波で吹っ飛ぶ。

 巨体が大地に叩きつけられ、特殊合金の地面を破壊しながら百メートルほど後退。これがさきほどとは違うのは、完全に防御を打ち破って吹っ飛ばしたことだ。さすがのドラグ・オブ・ザ・バーンもこれには耐えることはできなかったのだ。

「ふぅうう! わが拳は剛気! わが身は頑強! わが心は不敗なり!」

 ジャラガンが練気。大きく呼吸をし、瞬時に巨大な戦気を練り上げる。

 それによってグレイズガーオは身体全体に大きく剛気をまとう。あまりの波動に機体が浮くほどの強力な気。いかなる者も彼らを砕くことはできない。圧倒的な力が、今ここにある。

 だが、圧倒的な力を持つ者は目の前にもいる。

「足りぬ!! この程度では何も感じぬ!」

 ドラグ・オブ・ザ・バーンは、その巨体に見合わず身軽な動作で後方に一回転して受け身。体勢を整えるとグレイズガーオに向かって駆ける。

 初めてドラグ・オブ・ザ・バーンが走った。その速度に誰もが目を見張ったことだろう。この巨大なMGが、ここまで速く動けるとは思わない。グレイズガーオに到達するまでおよそ二歩程度の速さであったのだから。

「わが身はすでに剛気。誰にも傷つけられん!」

 剛気をまとったグレイズガーオは強固。普通の攻撃ではダメージを与えられない。仁王立ちして受ける構え。いかなる攻撃も防ぐ自信があるのだ。

「本当に不敗か試してやろう!」

 ドラグ・オブ・ザ・バーンの掌底。

 だがそれは攻撃のものではなく、グレイズガーオを掴まえるもの。巨大な手が獣王を捕らえ、思いきり投げつけた。その場所は、太陽の如く輝く塔。

 グレイズガーオはフィールドを展開しているアピュラトリスに激突。剛気とフィールドのエネルギーが衝突して、雷撃にも似た激しい爆発が起こる。

「お前にはそこがお似合いだ!」

 ドラグ・オブ・ザ・バーンの掌に戦気が集まり、巨大な丸い球体が生まれる。その掌をフィールドに捕まっているグレイズガーオに叩きつける。

 直後、戦気の大爆発が起こった。覇王技、裂火掌。ゼルスセイバーズの機体を瞬時に消滅させた技である。

「ぬうう、小細工を!」

 その凶悪な一撃を受けてもグレイズガーオは耐える。やはり神機と通常のMGを比べることはできない。性能差は歴然である。激しい力の暴力に襲われながらも、グレイズガーオはフィールドから脱出。

 が、さすがの獣王もダメージを受ける。ほとんどの圧力は剛気が防いだので致命傷には程遠いが、身体からは体毛が焼けた臭いが漂い、全身に軽い火傷を負ったような痛みが走る。

 まず、剛気に包まれた機体を投げるという行為が異常である。剛気という強力な力によって場を支配していたので、普通ならば触れるだけで大ダメージを負うほどの状態だったはず。それを簡単に握って投げるのだから、ドラグ・オブ・ザ・バーンの手のパワーというのは常軌を逸している。

 また、これだけの大爆発でもサカトマーク・フィールドはまったく傷ついていない。最強の防御フィールドという謳い文句は伊達ではないようだ。それに触れれば、今のグレイズガーオのように、神機でさえそれなりのダメージを受けるくらいに強力であった。

「今度はお前が味わうがよい!!」

 グレイズガーオはドラグ・オブ・ザ・バーンの足を掴まえて持ち上げる。二倍もある巨躯をいともたやすく持ち上げる力は、やはり異端である。

 そのままジャイアントスイングのように振り回し、お返しとばかりにアピュラトリスへと投げつけた。ドラグ・オブ・ザ・バーンも激しいエネルギーの奔流に巻き込まれる。

「ぬるい! ぬるいな!! 何も感じぬぞ!」

 装甲が少しずつ焼けていくが、ガガーランドは何も感じない。痛みを感じない彼にとって、このようなものは何の意味もないのだ。だが、この映像を見ていた設計者のタオ・ファーランは涙を流していた。「障壁を使うんだな!」と叫んでいたことは内緒である。

「お前も来い!」

 ドラグ・オブ・ザ・バーンの肩が変形し、障壁発生装置が展開。ようやくタオの願いが叶った。そう思ったのも束の間、障壁はグレイズガーオを巻き込んで発生。そのまま収束させて獣王を自己の間合いにまで引きずり込む。「使い方が違う!」、タオがそう叫んだのも秘密である。

「砕けろ!」
「貴様がな!」

 ドラグ・オブ・ザ・バーンとグレイズガーオが、互いに拳の応酬。

 今度は両者の拳は拮抗する。ガガーランドは闘気をさらに圧縮して強化していた。それを何十にも重ねることで剛気と同じ威力にまで昇華。拳が衝突するたびに大地までもが揺れていく。

(この巨体でこの速度とは!)

 ドラグ・オブ・ザ・バーンの攻撃速度が上がっていく。少しずつ調子が上がってきている。今までは単なる準備運動にすぎなかったのである。拳の速度もグレイズガーオとほぼ同格にまで昇華。

 火焔砲弾すら一撃で破壊する拳が、雨のように降り注ぐのだ。その拳圧だけでも触れた存在は呆気なく砕け散るだろう。それをグレイズガーオは剛気で対処していく。もはや両者ともに化け物と呼んで差し支えない。

「力は互角! ならば、技はどうだ!」

 グレイズガーオは障壁を破って一度間合いを取り、両手に戦気を集める。そこから放たれたのは、戦気で作られた二対の牙。巨大な牙は上下左右から、十文字を描いてドラグ・オブ・ザ・バーンに襲いかかる。覇王技、虎王十字波という技である。

 これは見た目も派手だが、見た目以上に強力な技である。虎王拳という技の上位版に位置され、放つだけでも一流の戦士として認められるほどである。しかもジャラガンのものは剛気によって強化された超高威力の技として昇華されている。

 体長五十メートルを超える魔獣でも、これを受ければ十字に噛み千切られる。実際にジャラガンも、生身で放った虎王十字波で巨竜種と呼ばれる巨大なドラゴンタイプの魔獣を倒したことがある。それが神機で放てばどうなるか。もはや山の一つ程度ならば簡単に破壊できるだろう。

「ぬるい! この程度の技など効かぬ!」

 ドラグ・オブ・ザ・バーンは防御の戦気で防ぎきる。本来はくらった相手は十字に噛み砕かれるのだが、ドラグ・オブ・ザ・バーンの防御性能のほうが上。牙が食い込んで、しばしの間、動きを封じることが精一杯。

 それも即座に打ち破り、反撃の態勢。

「お返しだ!」

 ドラグ・オブ・ザ・バーンの掌底。繰り出されたのは超高圧の闘気のうねり。

 覇王技、覇王闘隆波はおうとうりゅうは。本来は広範囲に発する闘気波動を集約して、一箇所に一気に解き放つ放出技である。使うには当然ながら闘気を扱える必要があり、それを自在に操る戦気術の腕が必要になるという、まさにS級に認定される覇王技である。

 しかもガガーランドの闘気は普通ではない。何十にも重なった重闘気である。触れただけでも溶解しそうな闘気がさらに重なり、それが圧縮されればどうなるか。もはやそれ一つで戦術兵器に等しい威力を持つだろう。

 そんな恐るべき暴力が、グレイズガーオを圧し潰そうとする。

「ガーオ、放て!!」

 ジャラガンの気勢とともに、グレイズガーオの硬質化した体毛が何百本も放射される。それらは闘隆波をズタズタに切り裂き、貫いて、そのままドラグ・オブ・ザ・バーンを襲う。

 ドラグ・オブ・ザ・バーンはもう一方の腕でガード。体毛が装甲に突き刺さる。

 ここでもジャラガンの技の特徴が出る。力は集約すればするほど強くなる。大きさも、小さければ小さいほど強くなる。いかに効率良く力を伝導するかを探究した結果、到達した極意である。その効果は一目瞭然。圧力で押してくるガガーランドの技をすべて貫いている。

(今のは危なかった。ガーオの固有技に助けられたか)

 されど今の覇王闘隆波は、さすがのジャラガンも少しばかり危なかった。直撃すればかなりのダメージを負ったのは間違いない。それを救ったのが、神機の【固有技】である。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトのように、人界に属する神機にはいくつか専用の武装というものがある。人間が優れた武具をまとうように、剣や鎧の類が多いという特徴がある。

 が、武装する獣というのはあまり見たことがないだろう。存在そのものが強者である獣には武装する必要がないからだ。その代わり人界以外の神機には、特殊な技や形態変化といったタイプの能力がそなわっている場合が多い。

 今使った体毛を飛ばす技もグレイズガーオ特有の技である。全身のあらゆる箇所を自身の爪と同じ硬度に変化させ、それを武器にできる能力である。そこにジャラガンが剛気を加えれば、もうこの世で切り刻めないものはないほどの硬さになる。

 そして、それは見事にガガーランドの闘気さえも切り裂いた。相手よりも小さくまとめることで貫通力を増したからこその芸当である。ただ、正直ギリギリであったのは否めない。

(…それにしても厄介な相手だ。これでも満足にダメージを与えられないのか)

 ジャラガンは、ガガーランドにダメージがないことを知っていた。厳密にいえば肉体は損傷を受けているが、彼の強靱な肉体は即座に傷を塞いでしまうのだ。恐るべき回復力。恐るべき自然治癒力。これだけの戦いでもまったく消耗していない。

 また、ドラグ・オブ・ザ・バーンの抉った装甲も徐々に修復されているようである。彼の戦気の影響か単に性能的な差かは不明だが、ナイト・オブ・ザ・バーンよりも再生速度は速く、人間でいえばすでに「かさぶた」程度には修復されてきている。

 これはまずい。

 グレイズガーオは攻撃型の神機であり、けっして防御力が高いタイプではない。あくまでジャラガンの剛気によって強化されているにすぎず、もともとの装甲は薄めなのである。

 そもそもこの速度で動く相手に攻撃を当てられる者がどれだけいるだろうか。高速で移動し、高速で敵を噛み砕く。それが肉食獣の狩りであり、殴り合って勝利を収めるというのは慣れていないのだ。

(この男、普通の人間ではないな)

 ジャラガンが感じた違和感。戦気の量にしても明らかに人間離れしている。比較的戦気量の多いジャラガンにしても、ガガーランドと比べれば遙かに劣る。鍛錬によって燃費を良くしているから対応できているが、まともに付き合っていれば先にガス欠を起こすかもしれない。

「ふふふ、はははは! これだから戦いはやめられぬな!」

 ジャラガンの身体から闘気が溢れる。ガガーランドの強さに闘争本能が刺激されているのだ。身体の奥底が熱くなっていく。

 これだけの存在を目の前にすれば、いくら超一流の使い手でも勝てるかどうか不安になるはずだ。だがこの男、ジャラガンという男にそんな感情はない。ゼブラエスによって鍛えられ、極限まで武を求める男にとって、このような相手は望むものなのだ。

 そして、ガガーランドも同じこと。

「認めてやろう―――少なくとも雑魚ではないとな。ならば、オレに痛みを与えてみせろ。そうすれば少しは楽に殺してやる」

 ガガーランドも、もはや常人の域を遥かに超えている。その考え方も異端であり異様。これだけの相手に噛み付かれても、まるで猫を相手にしているかのような態度である。

 獣同士の戦いは過熱していく。周りに誰もいないのは、まさに幸運としか言いようがない。

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