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零章 第四部『加速と収束の戦場』

六十八話 「RD事変 其の六十七 『信仰の破壊① 蜘蛛の巣』」

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 まだアピュラトリスがロー・アンギャルに制圧される前、ちょうどガガーランドとジャラガンが戦い始めた頃、市街地からアピュラトリス外周に続く道に、四十あまりの機体が駆けていた。

 白銀に輝く機体を先頭に規律正しく駆ける集団は、見るからに統制がとれており、正規軍としての練度の高さがうかがい知れる。

「敵を殲滅する! 私に続け!」

 ロイゼン騎士団、第二騎士団長のアレクシートが配下の騎士に気合いを入れる。

 彼が率いるのは、第二騎士団の精鋭およそ二十。他の騎士が乗っているのは魔人機カミューである。カミューはロイゼンが開発した新型MGで、シルバーナイトの援護を想定して造られた高スペックの機体だ。

 性能はシルバーナイトに準ずるものとされ、数も少ないため優秀な騎士に対して与えられる。武装は剣と盾。戦士タイプの武人は剣の代わりにスパイクナックル、またはメイスを装備している。

 彼らのカミューは、先頭を走るシルバーグランにぴったりとついていく。シルバーグランも全力で走ってはいないが、それについていけるだけの体力と操縦技術を持つ彼らは、まさに精鋭部隊と呼ぶに相応しい存在であった。

 ここにいる者たちは、誰もが【聖騎士】と呼ばれる者たちである。ただ騎士団に入っただけでは、この称号を手に入れることはできない。

 武人としての高い力量はもちろん、人々を守るために特化した訓練を受けた者たちで、全員が何かしらの防御・回復系の真言術を覚えている。さらに日々、人々の模範になるべく行動を律し、精神的な修練を欠かすことはない。

 それだけならば普通の軍隊と変わらないことであるが、彼らには信仰という強い力がある。女神と聖女への信仰、カーリスという組織への忠誠心。カーリスこそが人々を救う存在であるとの自負心。

 そういった一つの思想によって結びついた彼らは、当然ながら普通の騎士団よりも強い力を宿す。自らが正しい存在であると信じる者は、やはり強いのだ。その意思、その心が人を強くするのだから。

 そして、聖騎士と呼ばれる者たちは、自らの信仰に一片の迷いも抱かない者たちなのである。


―――ロイゼンの聖騎士が守る場所を、無闇につついてはいけない―――


 ルシア騎士団やシェイク騎士団であっても頷く格言であろう。

 ロイゼン神聖王国はダマスカス同様、基本的に中立の存在として動くことが多い。ルシアやシェイクの間に積極的に立つことはないし、特段の介入もしない。国力的に見て両国に劣るロイゼンにとっては、至極当然の選択である。

 されど、カーリスの重要施設がある場所ならば、彼らは遠慮なく軍を派遣する。そして、決死の覚悟で戦う。

 かつて何度か偶発的な戦闘が起こったことがある。とある紛争地域において、ロイゼン騎士団が守る街に攻撃を仕掛けた部隊があった。部隊はルシアの特殊部隊であり、誰もが屈強な騎士たちであった。その中には雪騎将に準ずるレベルの武人もいたほどの、レベルの高い部隊である。


―――結果は、全滅。


 ルシアだけではない。ロイゼンだけでもない。
 【両者ともに全滅】したのである。

 一度任務に就いた聖騎士たちは、撤退をしない。それだけにとどまらず、相手を殲滅するまで攻撃をやめない。たとえ独りになろうとも、相手を倒すために行動する。

 戻らぬ部隊を案じ、状況を確認しに行ったルシアの偵察部隊が見たものは、撤退しようとしたであろうルシアの騎士を、後ろから剣で突き刺したまま絶命していた聖騎士たちの姿であった。

 後ろから攻撃するのは卑怯。そんな話すら陳腐に思えるほど、その場は凄惨なものであったという。彼らは自らを犠牲にしても相手を倒すのである。いかなる手を使っても。

 幸いにもロイゼンは侵略国家ではない。あくまでカーリスという宗教、思想によって治められた国なのだ。敵には苛烈であるが、凶暴でも粗野でもない。

 よって、多くの国はロイゼンと争うことを避けるようになる。五大国家の中でも比較的温和に見えるロイゼンは、実際のところグレート・ガーデンに並ぶ虎の尾なのである。

 けっして踏んではいけない。
 踏めば両者が死んでしまうから。

 その騎士団が今、相手を倒すために動いている。それは見る者に期待と不安、そして終末への高揚感を覚えさせた。

「アレク、もう少し連携したほうがいい」

 後ろには、サンタナキア率いる第三騎士団の精鋭が続いている。第三騎士団も第二騎士団と同様に、カミューに乗る聖騎士を二十人ほど引き連れていた。

「何を臆する。特機以外は、恐れるほどの相手ではなかろう」

 アレクシートは、さきほど倒したバイパーネッドを引き合いに出す。たしかに強かったがアレクシートの敵ではなかった。残りの相手もたいしたことはない。そう考えている。

 たしかに、アレクシートのシルバーグランは強い。ゼッカーのバイパーネッドを相手に圧勝するのは、いかに優れた武人でも難しいからだ。彼がそう考えることも自然であった。

 だが、サンタナキアは用心を促す。

「最大限の注意を払ったほうがいい。まだ何が起きるかわからない」
「心配性だな。それでは戦果が挙げられないぞ」
「大事なのは戦果じゃない。守りきることだ」
「そうだが、倒さねば守ることはできない」
「被害を出さないことも重要だ。それを忘れないで」
「まったく、お前は欲がない」

 アレクシートは、サンタナキアの純粋な意見に苦笑する。なぜならば、それこそ聖騎士たる者の言葉であるからだ。

 この戦いには全世界の目が注がれている。しかもカーリス法王エルファトファネスが直々に見守っているのだ。これほど価値がある戦いはない。ロイゼン騎士団ここにあり、と世界中に見せつけるチャンスである。

 されど、それは自己顕示欲でしかない。人々を守る聖騎士が、自らの存在意義を否定するわけにもいかない。重要なのは被害を出さないために戦うことであり、人々の称賛は二の次でなければならない。

 自らを犠牲にする者。自己犠牲たる騎士。それが聖騎士なのだから。

 ただの神聖騎士ならば、教典や規律に従えばよい。されど、聖騎士と呼ばれる以上、必ず成し遂げねばならないことがあるのだ。

「わかった。気をつけることにする。お前も無理はするな」
「もちろん。そうするよ」
「それが本心だとよいがな…」

 アレクシートには、さきほど見たサンタナキアの行動が脳裏に焼きついていた。自分を盾にしてでも砲弾から街を守った。その信念の強さは見事であるが、自らを危険に晒すことには違いない。

 聖騎士は自己犠牲を体現する者。それは認めねばならないが、それによって被害が拡大すれば意味がない。ただしアレクシートも、自分が絶対に正しいわけではないとも理解していた。

(聖騎士とは厄介なものだ。我々は常に矛盾の中にいるな)

 一度動けば迷いはない彼らであっても、その存在は常に左右に揺れる不安定なものである。心の葛藤、不安、嘆き、人間である以上、いくら信仰があろうとも、そうしたことから逃れられるわけではない。

 いや、だから強いのかもしれない。

 迷いがないから強いのではない。迷うからこそ成長できるのだ。比較的迷いのないアレクシートであっても、心が絶対に乱れないわけではない。ここに至るまでも、ここに至ってからも、完全に揺れないわけではない。

(だが、サキアがいる。サキアがいれば、私は迷わない)

 アレクシートは、サンタナキアがいることを、心の底から喜んでいた。兄弟と呼ぶことすら相応しくない。まさに一心同体ではないかと思えるほど、二人はぴったりと互いを支えあえる。

 アレクシートが突進すれば、後ろはサンタナキアがカバーしてくれる。今も前に出すぎる自分を案じてくれている。彼でなければできないことだ。

 ならば勝てる。二人がそろえば勝てる。
 その自信が漲ってくる。

「だが、危険でも先陣はもらうぞ」

 アレクシートは、手柄が欲しいから先頭にいるのではない。騎士団全体の士気を考えての決断である。

 一般的に、大将自らが先陣を切る必要はない。最高戦力であっても、多くは背後に位置して指揮を執るものである。大将が討ち取られれば、やはり部隊としての機能を失うからである。

 だが、自己犠牲を重視するロイゼン、カーリスにおいては、こうした行動が士気を上げることになる。そして、それにもっとも適した人材がアレクシートなのである。仮にラナーがいても、先陣は恐らくアレクシートになっただろう。

 だから、今回も譲るわけにはいかないのだ。それはサンタナキアも理解していた。

「ああ、それが君の役目だからね。異論はない」
「よし、第二騎士団は進め!! ジャラガン殿がブラックツーを引きつけている間に、一気に叩くぞ!」

 シルバーグランが先頭に立って、再度騎士を鼓舞。他の聖騎士も気合いが入っていく。

 こうしたことを繰り返すのにも意味がある。ロイゼンは積極的に他国との戦争を行う国ではないので、ダマスカス同様に実戦自体は少ないのである。せいぜいカーリスの保護や、友好国の援助として軍を派遣するくらいである。

 特に現在は、世代交代による騎士団の再編成が進んでいる時期であり、実戦経験が乏しい者も多い。多くの熟練した騎士は、国王がいる本国に残っているため、今回の派兵に関しては若手が中心なのである。

 若い騎士が、絶対に熟練した騎士に劣るわけではない。肉体的な強さ、勢いに関しては老練な騎士に勝っているため、一度流れに乗れば圧勝することもある。

 ただし、やはり精神面には深みがないため、常時落ち込まないように鼓舞し続ける必要がある。それを知っているアレクシートは、何度も何度も焚き付けるのである。

 こうして考えれば、アレクシートには将の器がある。ラナーという、自分より強い存在を見ているせいか、彼はけっして驕らない。自己の才能に驕ることなく、家柄に固執することなく、すべてを力強く導いていくことができる。

 ラナーが、いずれ自分に匹敵する存在になる、と言っていたのは本心からである。むしろ家柄もあるアレクシートならば、ロイゼン神聖騎士団を率いるのに相応しい存在になれるだろう。

 だからこそ、アレクシートには勝ってほしい。勝たせたい。そうした気概が、第二騎士団の面々から伝わってくる。まさにロイゼンの若大将にとって、この場は力を示す場なのである。当人以上に、周囲はそう思っているに違いない。

 されど、彼らが燃えれば燃えるほど、サンタナキアには不安が募っていく。気になるのは、さきほどの戦いである。

(あれは本気だったのだろうか?)

 さきほど戦ったバイパーネッドは、どことなく呆気なかった。サンタナキアが倒した時も、突然相手の気質が弱くなったように思えたのだ。そうでなければ、いくらサンタナキアでも一撃で倒すという芸当は不可能だったに違いない。

 会議場で見た鮮烈なゼッカーの気質、現れた特機の質の高さを考えれば、あれが悪魔の本気とは考えにくい。ロイゼンが出てきたので、早々に作戦を切り替えた可能性も十分あった。

 となれば、この先に【罠】が仕掛けられている可能性もある。

(ラナー卿が戻るまでは無茶をしないようにしなければ)

 サンタナキアは気を引き締める。

 ロイゼンとしても戦争をやりに来たわけではない。この戦力は、あくまで法王と王子たち要人を守るためのものである。公海上の艦隊もすぐには来られない以上、できる限り用心したほうがいいだろう。

 何より、ラナーがいないことが不安である。強さ以上に、ラナーには人を安心させる力がある。どことなく天然で抜けている面も多いのだが、それは彼の魅力の一つであろう。

 溢れるカリスマ性は、ロイゼンでも群を抜いている。人気のあるヒューリッド王子ですら及ばない。人々はラナーを求め、ラナーもそれに応えている。それだけでも偉大な人物であるとサンタナキアには思えた。

 そのラナーも、今はホウサンオーと対峙している。サンタナキアは、相手が剣王であるなどとは夢にも思わないが、相手の実力を考えれば、ラナーでも簡単に倒せる相手ではないはずだ。

 不安。焦り。

 そんな感情が、サンタナキアの中に渦巻いていく。


「敵機、確認!」

 第二騎士団が敵と遭遇。無人機のバイパーネッドとリビアルである。リビアルは第二騎士団を視認すると、すぐさま砲撃を開始する。

「あんなものに当たるなよ! 聖騎士の恥になる!」

 アレクシートが叫びながら駆ける。そこに恐れはなかった。

 リビアルの大口径の砲撃は威力は高いが、狙いをつけるまでが緩慢である。射線を見切ってしまえば当たることはない。実際その通り、彼らはリビアルの砲撃を回避し、砲弾は遠くの建物を破壊するにとどまる。

「アレク、あの砲撃は被害が出る!」

 サンタナキアはリビアルの砲撃を危険と判断。対艦用の砲撃である。その気になれば街を破壊することも可能な武器なのだ。真っ先に潰すべき相手と認識している。

「わかっている。すぐに仕留めればいい!」

 シルバーグランとカミュー数機が突撃。それと同時にリビアルが下がり、バイパーネッドが掃射しつつ弾幕を張る。

「そうそう貫通はしない! 無視して進め!」

 シルバーグランは、グレイブを振り回して銃弾を弾く。カミューたちは、シールドを構えて被弾を気にしない。どちらも、ほぼ無傷である。

 ロイゼン騎士団の最大の持ち味は、シルバーナイトに代表される特殊能力と同じく【防御力】にある。カミューも防御力を中心に特化させているので、同じ箇所に何百発ももらえばわからないが、掃射程度の攻撃ではびくともしない。

 バイパーネッドは攻撃が効かないとみると後退を開始。リビアルも緩慢な動きで間合いを取ろうとする。

「逃がすものか!」

 アレクシートは追撃。バイパーネッドに追いつくとグレイブを一閃。両肩のガトリングガンを破壊する。

 なおも逃げるバイパーネッドを両脇のカミューが追撃。両側から剣で貫き、串刺しにする。そこにシルバーグランがとどめの一撃を見舞い、バイパーネッドを破壊。

「気をつけて! 自爆する!」

 サンタナキアの警告は、主にカミューに対して向けられていた。シルバーグランならば、そう簡単にやられないだろうが、耐久力で劣るカミューには致命傷になりかねないからだ。

 その言葉に反応し、カミューは剣を離し、盾を構えてバックステップ。直後、バイパーネッドは自爆。周囲に散弾を撒き散らす。

 散弾はシールドに当たり、弾がめり込む。シルバーグランもガード。装甲が傷つくも、カミューともども大きなダメージはなかった。

「これくらいは問題ない。被弾したカミューは、下がってシールドを取り替えろ。第二陣、前へ!」

 アレクシートはまったく怯まない。どんどん前に出る。これが突撃を役割とする第二騎士団の特徴である。もともと高い防御力を生かして、ひたすら前に出るのが彼らの役目であった。

 だからこそ、第二騎士団の彼らは〈聖女の剣〉と呼ばれるのである。

「あれは足を潰せば、ただのデカブツにすぎんぞ!」

 その勢いのまま、第二騎士団はリビアルを追撃。今度はメイスを持ったカミューが取り囲み、足を攻撃して破壊。そうなればリビアルは崩れるしかなく、あとは一斉に攻撃して仕留めるだけである。

 囲まれたリビアルは大破。自爆。巨大な爆発が起こるも、シルバーグランが自ら盾となり防御。火炎は無効化される。

「恐れるな! やつらに我らを傷つけることはできんぞ!!」
「「「おおおお!」」」

(相変わらず無茶な戦いをする。怪我をしなければいいが)

 サンタナキアは、大丈夫と確信しつつも、ひやひやしながらアレクシートの戦いを見守っていた。

 シルバーグランは優秀な機体である。炎だけではなく、火薬を含めた爆破まで防いでしまう能力を持っている。それはアレクシートが炎の気質を持っているからである。

 当然ながら、操者と機体には相性がある。雪騎将にしても機体の相性が優先されるように、シルバーナイトの操者になるためには相性が最優先される。アレクシートとシルバーグランとの相性はすこぶる良く、互いに力を引き出す最高の関係にある。操者が攻撃力を引き出し、機体が防御力を補完する。実に素晴らしい結合である。

 彼は、その力を使って烈火の如く戦うことを好む。それはまるで、彼自身の心を燃やしているかのように、強烈で、過激なものだ。

 だからこそ心配になるのだ。いくら防御力が高くても、それを超える力はいくらでも存在する。特にこの戦場においては、そうした能力を持った武人が相当数いる。アレクシートは強いが、どこまで通用するかは未知数なのだ。

 それにしても、である。

(おかしい。この程度の敵に、ダマスカス軍が苦戦するだろうか? あまりに手応えがない)

 こうして順調なのは、すべて相手の思惑なのではないか?
 相手の力量を見誤ってはいないか?
 相手の能力を全部知っているのか?

 勢いに乗って突き進むアレクシートの背後で、サンタナキアの疑念がさらに強まっていく。

(アレクだって気がついているはず。でも、止まれない)

 勝っているときほど、気を引き締めねばならない。できれば一度止まり、状況を確認したい。されど、アレクシートの立場と気質を考えれば、ここで止まるわけにはいかない。一度勢いを殺してしまえば、今の若い騎士たちでは、再び高揚させるのに時間がかかるだろう。

 そのサンタナキアの不安をあざ笑うかのように、禍津蜘蛛の罠はすでに彼らに仕掛けられていた。


―――突如、第二騎士団のカミュー数機が消える。


「何事だ!?」

 アレクシートが異変に気がついたのは、カミューが持っていた剣と盾が空から落ちてきたからであった。

 急いで背後上空を見上げると、空中には頭を下にして宙吊りになっているカミューがもがいていた。しかし、もがけばもがくほど、何かに絡め取られていくように動けなくなる。

(何も見えぬ)

 アレクシートには何も見えなかった。敵の攻撃であろうことは明白だが、それが何かわからない。用心しようとグレイブを強く握った瞬間、今度はシルバーグランが引っ張られた。グレイブが何か強い力で宙に引っ張られていく。

「なんだこれは!」

 アレクシートは持ち前の膂力で引っ張り返すと、ゴムに似た弾力を感じながら引き合いになる。だが、力を入れれば入れるほど弾力が増していくようで、シルバーグランはその場から動けないでいた。

「馬鹿な。私の力と互角に引き合うとは!」

 アレクシートは拮抗する状況に驚く。ゼッカーのバイパーネッドすら弾く、自己の膂力には自信があったのだ。その力をもってしても、なかなか状況が打破できない。

「アレク!! さっきの散弾だ!」

 サンタナキアのシルバーフォーシルが巨大な剣を豪快に振るう。そこから発せられた剣衝は、シルバーグランの前方を大きく切り裂いた。

 それと同時に引っ張る力が消え、力を入れていたシルバーグランは反動で後方に倒れ、尻餅をつく。同時に、庇うようにシルバーフォーシルが前に出る。

「散弾が何だ!?」
「糸がついている!! あそこだ!」

 シルバーフォーシルは、続けて近くにあるビルの屋上に向かって剣衝を放つ。

 剣気の刃は屋上を破壊。直後、そこから跳躍する者がいた。這い出てきたのは一匹の蜘蛛、オロクカカのヘビ・ラテである。

「どうやら、あれが糸のようなものを操っているみたいだ」

 サンタナキアは、ヘビ・ラテから糸が伸びているのがわかった。それらはさきほどの無人機にもつながっており、そこから細いいくつもの糸が放出されている。辿っていくと、シルバーグランの装甲に行き着く。さきほどの散弾に糸がついていたのである。カミューを釣り上げたのも、その糸であった。

 シルバーフォーシルは、注意深く切れた糸を剣で調べる。

「ワイヤー? でも、弾力性もある。いったいどんな武器なんだ?」
「サキア、見えるのか? 私には見えないぞ」
「見える? 視える…のか?」

 サンタナキアも、はっきり見えるわけではない。だが、間違いなく糸のようなものがあるのはわかった。それがなぜできるのかはわからない。

「私の糸が見えるとは予想外でしたよ」

 その声は頭上から聴こえる。ヘビ・ラテは、ビルとビルの間に糸を張り、まさに蜘蛛のごとく空中に張り付いていた。

 そして、釣り上げたカミューをさらに糸で強く巻いていく。見えない糸なので、アレクシートたちからすれば奇妙な光景である。ただ、それより奇妙なのは、何よりもヘビ・ラテである。

「なんという異形なMGだ! 驚く前に呆れるぞ」

 アレクシートは、あまりの奇抜なMGに声を上げた。巨大な蜘蛛の上に、女性型の上半身が取り付けられているのだ。奇抜というより、やはり異形という言葉が似合う。

 明らかに通常の機体とは違う。コンセプトそのものが違う。嗜好が違いすぎる。それは仕方がない。これはタオが造ったものなのだ。凡人とは発想が一線を画する。

「この美しさがわからぬとは、やはりあなたがたは愚かだ」
「何が愚かだ! お前のようなやつは、さっさと排除してくれる!」
「それが愚かなのですよ。まったくもって立場を理解していない」

 ヘビ・ラテが糸を引く。ギリギリと限界を超えて巻かれた糸は、カミューを簡単にバラバラにした。乗っている聖騎士も、当然ながら同じくバラバラである。機体と肉片の残骸が地面に落ちていく。

「弱い。脆い。これが実力の差です」

 ヘビ・ラテの下半身から再び糸が放射。カミューをさらに三機捕まえる。

 ヘビ・ラテの主武装の一つ、ヘカタ・ンキン〈無限蜘蛛糸〉。遠く南方の地に生息する大型の蜘蛛と同じ名であり、そのものであるといえる。

 この蜘蛛は、透明で強靭な糸を生み出すことができる。ただし、普通の蜘蛛が生み出す糸と違い、光によって反射しない性質を持っている。正確に述べれば、人間の可視領域を超えているため、一部の目が良い虫以外では認識できない。

 ヘビ・ラテには、この蜘蛛が持つものと同じ絹糸腺けんしせんがあるので、同様の糸を内部で生成することができる。これも完全に人工ではなく、リ・ジュミンによる寄生能力を使って同化させている特別性である。

 普通の鋼鉄製ワイヤーなどでは、限りなく細くして見えにくくすることはできても、透明にはできない。しかし、この生物兵器ならば戦気との相性も抜群で、透明化も難しくはない。

 しかもオロクカカの戦気は、まさに糸に特化したもの。威力は何十倍にもなるし、剣以上の切れ味にすることも容易である。

「その愚かさを悔いなさい」

 その証拠にカミューは、なす術もなく再び細切れになって落ちていく。ロイゼン騎士団など、オロクカカとヘビ・ラテにとっては獲物にすぎない。蜘蛛の前にひれ伏す羽虫に等しい。

「よくも私の配下の騎士を!!」

 ぼとぼととカミューの部位が落ちていく姿を見て、アレクシートは激高。激しい敵意を剥き出しにする。

 だが、シルバーグランが突撃しようとした時、シルバーフォーシルが間に入った。シルバーグランは慌てて立ち止まる。

「サキア、なぜ止める!」
「相手をよく見て! 行ったらグランでも危なかった!」

 オロクカカはすでに罠を張っていた。いつの間にかシルバーグランの眼前にワイヤーを張り巡らせ、飛び込んでくるのを待っていたのだ。もし突っ込んでいたら首が飛んでいただろう。

 戦気の防御は意識して使わねば局所的には脆くなる。ガガーランドのように常時全身を覆っていれば別であるが、それこそ常人には難しい。ヘビ・ラテの糸は見ての通り、カミューすら一瞬でバラバラにする力がある。シルバーグランとて無防備な状態でくらえば、首が落ちる危険性もあった。

「いいかい、アレク。敵はこちらを警戒しているんだ。だから誘った。わかるね」
「…はぁはぁ! くそっ! やつを殺す! 絶対だ!」
「落ち着いて!」
「わかっている! わかっている!!」

 頭に血が昇ったアレクシートを、サンタナキアが必死になだめる。

「相手は無人機じゃない。戦術を練ってくる相手だ。今までと違う。強さも段違いだ」

 サンタナキアは、今までの敵が弱かった意味を悟った。勢いに乗った武人は、それを殺すのを嫌う。たとえ危険だとわかっていても、強引に攻めようとするのは人間の性である。

 それを利用して、殺そうとした。

 相手の残酷で、冷静な殺意に恐怖すら覚える。相手は確実に殺すつもりで向かってきている。それは戦いにおいて当然のことであるものの、その殺意があまりに静かで淡々としていることが恐ろしい。

 これがバーンが持つ威圧感。
 人を焼くためだけに集められた強者が放つ、恐ろしい圧力である。

 その圧力に屈しないのは、ここにいる者たちも強いからだ。それでもオロクカカのプレッシャーに身が竦むようである。もしカーリスの戦いでなければ、撤退も視野に入れたであろうほどの強敵である。

「やれやれ、また邪魔をしてくれましたね。私はスマートでないのが嫌いなのですよ。あなたがた程度、簡単に始末してみせねば美しくないでしょう?」

 オロクカカにとっても今回の戦いは特別である。なにせラーバーンの初陣。悪魔であるゼッカー自らが関与する作戦である。下位バーンの彼にとって、主の前で忠誠を見せるチャンスなのである。

 できる限り美しく、優雅に、賢く始末する。それを見たゼッカーが満足するような出来でなければならない。そこにこだわりがある。

 そうしたオロクカカのふざけた余裕に、アレクシートはさらに激高。

「降りてこい! 斬り伏せてくれる! 貴様は八つ裂きにしてやる!」
「まったく、馬鹿というものは救いようがない。ならば、何が愚かか教えてあげましょう」

 オロクカカは、アレクシートに蔑むような視線を向ける。いや、実際に蔑んでいる。目の前の愚かな者を見下しているのだ。

「万一にも勝てると思っていることが最大の愚。あなたはお呼びではないのですよ、生まれだけの三流騎士殿」

 ヘビ・ラテの糸が放射され、次々とカミューを捕縛する。糸は少しずつ強まり、カミューの装甲をじわじわ破壊していく。いたぶるように、ゆっくりと締まっていく。カミューに乗る騎士たちはもがく。が、もがけばもがくほど絡まっていくのが糸である。

 その捕らえた獲物に、ヘビ・ラテの爪が押し付けられる。

「さあ、法王とやらに祈ってごらんなさい。あなたがたには女神の加護があるのでしょう?」
「この不浄人ふじょうびとが! お前などに何がわかるか!」

 カミューの聖騎士は、異形なる存在にその言葉を吐く。穢れた人間、欲深き人間を指し、カーリスの浄化が必要とされる者に対して使われる言葉である。

 近年では蔑称とされていて使われることも少ないが、敬虔なカーリス教徒の中ではまだ生き残っている言葉であった。それだけ彼らがカーリスの中枢に近いことを意味していた。

 神聖騎士たちからすれば、カーリスを侮蔑し、テロ行為を働くラーバーンは、まさに不浄人と呼ぶに相応しい外道である。

 が、オロクカカは、それを鼻で笑う。

「無知で傲慢なあなたがたの言葉など、聞くにも耐えませんね。さっさと死になさい」
「―――ぎゃあああ!」

 全身の骨が折れたように、カミューの身体が異様な角度に曲がる。糸は切り刻むだけではない。その弾力をもって引っ張ることもできるのだ。

 オロクカカの強靭な戦糸を、その圧倒的な力で引っ張ればどうなるか。

 答えは―――圧死。

「あ、アレクシート様ぁああ―――!」

 断末魔を上げながら、次々とアレクシートの部下が殺されていく。ロイゼンの精鋭が死んでいく。聖騎士と呼ばれ、防御に特化しているはずの彼らが、虫を潰すかのように簡単に殺されていく。

 下位とてオロクカカはバーン。人を焼く者。
 その強さは常軌を逸していた。

「やはり【お坊ちゃん】ですね。彼らは無駄死に。無能な指揮官である、あなたが殺したも同じですよ」

「貴様ぁあああああ――――――――――!」

 シルバーグランから戦気が燃え上がる。怒りで全身が震えて、銀色の機体が赤く見えるほどだ。

「アレク、挑発だ! 落ち着いて!」
「これ以上、我慢できるか!」

 シルバーグランは、サンタナキアの制止を振り切って突撃。宙にいたヘビ・ラテにグレイブを投げつけるも、ヘビ・ラテは意にも介さず、糸でグレイブを絡め取った。

「自らの制御もできませんか。武器を捨てたのは短気でしたね。これから、どうやって戦うおつもりですか?」

 シルバーグランの武装はグレイブのみ。通常、特機タイプは技が使えるので戦闘力が高いが、武装が限定されることが多い。ブルースカルドのように多数の武器を内蔵するほうが珍しいのだ。ゆえに、グレイブを離してしまうことは自殺行為に思えた。

 だが、アレクシートは動じない。

「私を愚かだと言ったお前こそが愚かだ。ロイゼンの神聖騎士は、死を恐れない! このすべてはカーリスの守護のためにある!」

 突如、グレイブが炎をまとって高速回転。まるで意思を持ったように動き回り、周囲に炎気の刃を撒き散らしてヘビ・ラテの糸を切断していく。さらに炎は燃え広がり、糸全体が炎に包まれていく。

(糸は見えない。戦糸ではないようですね。…この感覚。磁力ですか)

 オロクカカは違和感を探知。ヘビ・ラテのセンサーにも特殊な磁場が観測されていた。機械類に障害を与えるようなものではない。あくまで無線に近いような感覚である。

「戻れ。わが剣!」

 グレイブは周囲を焼き尽くすと、ブーメランのようにシルバーグランの手に戻ってくる。オロクカカの見立て通り、シルバーグランのグレイブは強い磁力を使って遠隔操作が可能になっている。本来は回転させて投げつけ、相手を切り刻むように使うものだ。さらにこうして炎気をまとわせれば、剣王技、炎王回斬えんおうかいざんねんという技になる。

「アレクシート様!」
「恐れるな! 我らにはカーリスの加護があるぞ!」

 こうして炎で包んでしまえば、いくら透明でも視認することができる。アレクシートは炎で弱った糸を切り裂き、巻かれた騎士たちを救出する。

「心を強く保て! 弱気につけ込まれるぞ! 我らは、聖女の剣なり! 法王猊下の剣なり! それを忘れるな!」
「おおおおおおお!」

 第二騎士団に半数程度の死傷者が出てしまったが、まだ負けたわけではない。シルバーグランが健在であるため聖騎士たちの士気も落ちていない。アレクシートが言うように神聖騎士は死を怖れない。むしろ死が迫るからこそ信仰が燃えるように輝くのだ。

「まったく、やってくれましたね」

 糸が炎に包まれたおかげで、ヘビ・ラテがいた【巣】が鮮明に映し出される。ビルとビルの間には、糸によって見事な蜘蛛の巣が形成されていた。

 しかもオロクカカのこだわりはそれだけではない。巣には見事な十字架が描かれており、所々には薔薇の刺繍すら見える。これはすべて自らの糸で編んだものであった。

 ちなみにオロクカカの趣味は刺繍である。手先の器用さと芸術性の高さからラーバーンの女性陣には人気があり、休みの日は淡々と趣味に没頭している。これが案外、ストレス発散にもなるという。これも関係ない話だが、ルイセ・コノのゴスロリ服も、彼の手作りである。

「無駄なところで手間をかける。信じられんやつだ」

 アレクシートは、またもや驚く以前に呆れる。趣味ならばいざ知らず、戦闘中にここまで凝る必要性を感じないからだ。それはアレクシートが持つ、単純明快というシンプルさとは対極にあるように思えた。

 そして、それはオロクカカも同じ。彼がもっとも嫌いなものは、美を理解できない者であるから。

「この美は、あなたがたには理解できません。本物の信仰を持たぬ者にはね」
「テロリストが信仰する神など、いつの時代も邪神であろうに」
「それこそ無知。カーリスこそ、人間が生み出した偶像の産物ですよ。真なる女神を愚弄する愚か者の集団です」
「貴様と信仰を論じるつもりはない。敵は斬り伏せるのみ!!」

 アレクシートは、躊躇なくグレイブを構える。

 カーリスは世界最大の宗教であるが、そうであるがゆえに他者と軋轢もある。アレクシートは、すでにそうした言い争いを超越し、カーリスを守ることだけに集中している。

 オロクカカもまたカーリスを見下している。ただの愚者であると蔑んでいる。ならば、この両者の間に議論など最初から発生しない。

 あるのはただ一つ。
 どちらが先に消えるか。それだけのことである。

(思った以上の腕前。力も強いですが、特にあの炎は面倒です)

 オロクカカはアレクシートの実力を評価していた。シルバーグランの性能もあるが、何事も搭乗者の力量が重要である。腕力も桁外れに強く、オロクカカが散弾に仕掛けた糸で引っ張っても対抗できる。何より炎気の質が高いので、炎の耐性が低い糸ではやや不利と判断する。

(さすがはロイゼンの騎士団長。ならば少し手を変えますか)

 ヘビ・ラテが触手を動かすと、それに連動して糸が動く。糸が引っ張ってきたのはバイパーネッドが三体。ビルに張った糸で宙吊りになっているので、まるで空を飛んでいるように向かってきた。

 バイパーネッドは、宙からガトリングガンで攻撃。その攻撃自体は、ヘビ・ラテの糸には遠く及ばないが、高所からの攻撃というものは地味に厄介である。ロイゼン騎士団は、一方的に攻撃される。

「怯むな! ただの人形だ! 糸を切ってしまえば落ちる!」

 シルバーグランが先頭に立って防御しつつ、周囲のカミューが拳衝を飛ばして応戦。見えずとも、糸に当たれば切ることはできると考えたからだ。だが、糸は強靭で簡単には切れない。サンタナキアだからこそ切れたのであって、他の神聖騎士の実力では難しかった。

「ならば私が切る!」
「アレク、ほかにもある! 横だ!」

 しかし、サンタナキアは別の糸の動きを視認。この糸は、迎撃に動き出したシルバーグランの真横につながっている。その糸に引っ張られて一機のMGが飛んできた。そのMG、ユニサンが乗るドラグニア・バーンは、シルバーグランを強襲する。

「なに!?」

 不意を突かれたシルバーグランは、ドラグニア・バーンの体当たりをまともに受ける。同時にドラグニア・バーンはシルバーグランの腕を掴んで拘束。

「ユニサン、その相手の処刑は任せます」
「承知した!」

 ドラグニア・バーンは糸の力を使って高く跳躍。シルバーグランを抱えたまま、ビルをいくつか超えて違うエリアに移動する。まさに電光石火。あらかじめ仕込まれていたとしか思えない速度で、あっという間にアレクシートは連れ去られる。

「アレク!」

 サンタナキアはシルバーグランを追おうとするが、すでに視界から消えている。そのうえヘビ・ラテは糸を何本も噴出して周囲一帯を覆ってしまった。オロクカカの戦糸結界である。

「そう急ぐことはありません。どうせ死ぬのです。行くところは同じですよ」

 サンタナキア率いる第三騎士団の背後から、新手が出現。ロキN5、N9が乗るガヴァルである。

 ガヴァルは第三騎士団のカミューに攻撃を開始。突然の背後からの攻撃に第三騎士団は対応が後手に回り、動きが止まる。

(最初から仕組んでいたのか)

 サンタナキアは、相手がすでに待ちかまえていたことを知った。

 ヘビ・ラテの性能を見てもわかるように、オロクカカの本領は待ち伏せによって発揮される。戦糸術による結界を生み出し、相手を引きずり込む。そうなればあとは自由に料理できるのである。それを打開できる炎気を持つアレクシートを最初に排除するのは、当然の選択であった。

 すべての状況が整ったことを確認したオロクカカは、ここで改めて宣言した。


「さあ、あなたがたには全滅してもらいますよ。全員、公開処刑です」


 死刑宣告。

 この宣告に猶予期間はない。

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