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「牧場を拡張しよう」編

三十五話めぇ~ 「新たな野望」

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「憤死なんて初めて見ました」
「俺だって初めてだよ!!」

 憤死。
 普通に暮らしているとまずお目にかかれない熟語だ。
 意味は文字通り、激しく憤ったショックで死ぬことだ。

 歴史の人物を調べると「憤死したといわれる」とか書かれているので、実はけっこう使われてる用語だったりする。
 まあ、怒って死ぬなんてよほどのことだが、昔は今ほど医療が発達していなかったので死因の特定も難しかったのだろう。

 高血圧の人が激しく怒って血圧上がると危ないだろうしな。
 そんなこったで憤死というのは比喩みたいなものなんだが…

「どうして俺は死んだんだ!!」

 納得はいかない。
 また新しく憤死スキルとかいらない!!

 ノーサンキュー、ノーHITUJI!!

「大丈夫です。ネタですから」
「だからネタで殺すなよ!!」

 とりあえず話の終わりで俺を殺すのはやめてくれ!!
 べつに面白くないぞ!?
 誰も得しないぞ!!! 本当だぞ!!

「シゲキさん、ラム肉ありがとうございます」

 勝手に取らないで!?
 いくら死んでいるからって、勝手に解体しないでくれよ!

「あっ、これのことです」



「いちいち見せなくていいからっ!」

 って、これ気に入ったのか!?

「憤死なので肉は大丈夫かと」

 怖い…。リーパが怖い。
 あの鬼畜王ぷるんだって俺が死んだ時は何もしなかったのに。(最初以外)
 この幼女は利益のことしか考えていない。

 ぷるん、早く目覚めてくれよ…
 俺じゃリーパを止められそうもないぞ。

「ところでガルドッグなのですが…」
「まさか失敗とか言わないでくれよ。命がけだったんだからな」

 そう、ガルドッグの捕獲には多大な犠牲を払ったのだ。

 トルエン中毒のパン。
 お米好き病弱ヒツジのライス。

 …冷静に考えると死んで当然のラインナップであるが、あいつらは生きていた。
 その生命が無駄でなかったことを俺は声を大にして訴えたい!!

 パン、ライス!! お前たちは漢だった!!

「あのガルドッグ、どうやら受胎していたようなんです」
「は? 受胎?」
「はい。それでさっき子供が生まれました」
「ガルドッグの子供ってことは…モンスターか?」

 ガルドッグがモンスターなので、当然生まれる子供はモンスターだ。
 それって危ないんじゃないのか?
 だって、子供とはいえモンスターだもんな。

 え? この場合ってどうなるの?

「母親のガルドッグは、そのまま牧羊犬として使います」

 まあ、そのために捕獲したものだからな。
 そのまま牧羊犬として使うのは当然だ。
 ってか、そんな簡単にモンスターって懐くのか?

 俺の記憶によると、そういう犬ってのは子供の頃から慣らすはずだ。
 ブリーダーから生後何ヶ月かの子をもらってきて~、みたいなことをテレビで見たことがある。

「それは大丈夫です。牧場には牧羊犬枠ってのがあって、そこに登録すると逆らえなくなるんです」

 なんて恐ろしいシステム!!
 ゲームのシステムなのだろうが、こういうのって実際にあると怖いな。
 ヒツジの立場からすると強制的に従わせる呪いに見える。

「それで子供なんですが、そっちはシゲキさんに任せようかと思います」
「え? 俺? いやいや、オスだよ、俺?」

 俺は男なのでミルクなんて出ないぞ!!
 赤ん坊の世話なんて無理だって!

 つーか、オスとか言っちゃったよぉぉおおお!!
 なんかだんだんと獣臭くなってるよ、俺!!
 発想そのものまで獣になりつつある!!

「そこも大丈夫です。すでに乳離れしています。特にガルドッグは生後数時間で肉を食べますし」

 と、リーパは図鑑を持ってきて教えてくれる。
 これはヒツジ牧場用のガイドブックみたいなものらしい。
 そこに牧羊犬の資料としてガルドッグの情報が載っていた。

 …生後数時間で肉を!?
 ガルドッグって、めちゃくちゃ凶暴じゃねーか。

 そういえば、戦いの時もいつも激しく俺を狙ってきたしな。
 今では一匹くらいなら互角に戦えると思うが、できれば会いたくないモンスターナンバー2くらいになっている。
 ナンバー1はもちろんクマーだ。もうトラウマだよ。

「??? ますます意味がわからないが…俺にどうしろと?」
「思ったんですが、シゲキさんってモンスターと会話できますよね」
「認めたくないが、その可能性は非常に高いな」

 今までの情報から、俺はモンスターの言葉を理解している。
 ビビルンとか知能指数がめっちゃ低そうなやつは言葉自体をしゃべらないが、しゃべったやつは全部理解できている。

「でもさ、意思疎通はできていないと思うぞ」

 俺はクマーに何度も話を聞くように懇願していたが、あいつは完全に無視してくれた。
 言葉がわかってもわかりあえないんじゃ、この能力って微妙だよな。

「なるほど。たしかにそうみたいですね。でも、それが赤ん坊なら?」
「っ!?」
「シゲキさん、赤ん坊ならば懐柔できると思いませんか?」
「ま、まさか…リーパ、お前…」
「ええ、刷り込みです」

 一番わかりやすいのが鳥だ。
 鳥の雛は、最初に見たものを親だと思う習性がある。
 これはどんな生き物だって同じことだ。
 人間だって、子供の頃は柔らかく従順な精神構造をしている。

 これは本来、子供に正しい教育を施すためにそうなっているのだが、親が困った人だとそのまま変なことを刷り込む場合もある。
 子供は大人になっても、その呪縛からはなかなか逃れられない。
 子供の頃に植えつけられたものは強力な束縛になるわけだ。

 そして、リーパはそれを利用しようとしている!!
 俺にはわかる。
 この静かで冷たい視線は、恐ろしいことを考えている目だ!!

「シゲキさん、正直このままやっていても、わたしたちはナンバーワンにはなれません」

 リーパは俺が食いついたことを確認すると、手を後ろに回して窓越しに外を見つめる。
 その目は、この先にある大牧場を見つめていた。

 このあたりの牧場の規模は、そう大きくはない。
 牧場連合といっても、大陸全体で見れば小さなものだ。
 違う地域にいけば、もっともっと大きな牧場が存在する。

 さらにいえば、違う国にいけばもっと巨大な組織がある。
 たとえば黒ヒツジ族が治める黒ヒツジ帝国ともなれば、その規模はこの王国を遥かにしのぐという。
 リーパは、それを見越して言うのだ。

「力なき者は淘汰される世界。シゲキさんはよくご存知ですね」
「ああ、嫌というほど味わっているよ。絶望するほどにな」

 パンとライスを失った。
 そもそもヒツジはいつだって搾取される側。
 いや、それはヒツジに限ったことではない。

 生きている以上、常に生存競争に晒されるのだ。
 それはリーパだって同じこと。
 この牧場だって同じことだ。

「少し考えてみました。異世界から来たお二人が、どうしてわたしと出会ったのか。こんな小さな牧場に来たのかと」
「リーパ、俺たちの話を信じているのか?」
「ええ。だって、シゲキさんは特別ですから。もちろん、ぷるんさんだって」

 ぷるんはレベル1の段階でクマーを素手で殺せる強さを持つ。
 ヒツジ戦士とはいえ、この世界の常識からしてその強さは異常だとか。
 そりゃそうだよな。あれはたしかに異常だ。

 一方の俺は、不死という特性を持っている。
 実際に役立っているか不明だが、考えてみれば恐ろしい能力だ。
 仮に俺が強ければ無敵のヒツジになっているところだ。

 …ヒツジという点がいただけないが。

 とりあえず、そうした異常性をもって俺たちが異世界から来たことを信じているらしい。

「信じてくれるのは嬉しいけど、だからどうって気はするが…」

 俺としては、べつに信じてくれなくても問題ないというか。
 いまだ夢じゃないかと疑っているくらいだしな。
 それは俺の不死という特異性ゆえなのかもしれんが。

「こんな不死の能力があっても、たいして役に立たないしな…」
「いいえ、シゲキさん。あなたの最大の特性は不死ではありません。その言語能力ですよ」
「え?」

 ちょうど逆光だったのでリーパの表情はわからない。
 しかし、その口元が歪んだように笑ったように見えたのだ。
 それはまるで無知な俺を見下すような…

 いいや、違うな。
 あれは見下した目じゃない。
 扱いやすそうなダイヤの原石を見つけた時の目だ。

 まだ誰も価値を知らない。
 それを知っているのは自分だけ。
 この先にある成功を確信した者だけが、あの笑い方をする。

 リーパ、お前はまさか…

「シゲキさん、この牧場は変わります。あなたによって。あなたがモンスターを統べることによってね」
「モンスターを……統べる?」
「シゲキさん、ガルドッグの子供を託します。お好きに使ってください。それ以外のモンスターも今後どんどん増やして結構です」
「リーパ、まさかモンスターを牧場で使役する気か?」
「使役…ですか。それはシゲキさん次第だと思います」

 リーパはそれ以上、何も語らなかった。
 だが、俺はその言葉に激しい動揺を覚えた。

 リーパは確実に狙っている。
 何か大きいことを狙っているのだ。
 そして、それは間違いなく俺の能力を使って成すものだ。

 震えた。怖かった。
 その瞳に宿った「野望」ってやつが、怖かったんだ。
 上を目指すやつってのは、こんなにもギラギラしてやがるのかよ!!
 リーパ、俺はお前が怖いよ。

 だが同時にリーパの言葉は俺の中にあった何かを強く刺激する。
 それは常に虐げられてきた俺やヒツジが抱えていた巨大な怒りに近いものだ。

「俺が力を得れば…反撃できるんだ」

 何に? 誰に?
 俺はその力を何にぶつけるんだ。

 …だから俺次第ってことか。

「面白いじゃないか、リーパ。俺もやるよ」

 それがリーパの思惑の中であっても、俺は闘わねばならない。
 なぜならば、それが荒ぶる牙と呼ばれる漢の使命だからだ。


「これがガルドッグの子供です」

 外に出ると、さっそくガルドッグの子供が手渡される。

「うわっ、ちっちゃい」

 さすがに生後まだ数時間の赤ん坊だ。
 といっても、犬の赤ん坊のように、あんなに小さくない。

 もう少し育った感じで、もうガルドッグとしての面影がある。
 たてがみもあるし、牙だって…

「ガブー」
「いったーーーーーーい!!」

 俺が手(ひづめ)を差し出したら、いきなり噛まれた。
 いってぇええええええ!!!

 いやいや、いきなり反逆よ!? 反逆のカリスマよ!?
 これ会話なんてできるのか!?

「くぅーん」

 だが、俺が大声を出すとガルドッグの子供はうずくまってしまった。
 少し怯えたような声を出している。

「シゲキさん、相手は赤ん坊ですよ。あれは甘噛みです」
「甘噛みが万力のようだったのだが…」

 万力なんて学生時代以来見ていないが、恐るべき咬合(こうごう)力だ。
 さすがガルドッグ。赤ん坊の段階ですでにこの力か。

「おい、ボウズ。俺の言葉がわかるか?」
「ワン(イエス、オヤジ殿)」

 おかしくね!?
 その反応の仕方、けっこうおかしくね!?
 どうしてガルドッグがいきなり英語使うんだよ!

 しかも、俺がオヤジぃぃいいいい!?
 正直いって、犬と交尾なんてしたくない!
 俺のトラウマを増やさないでくれ!!

 ちくしょう。
 俺はまだチェリーだっていうのに、まったく甘くない人生だぜ!!

「尻は掘られましたけどね」
「やめてぇええええええ!!! 思い出させないで!!」

 獣医にケツを掘られた苦しみは癒えていない。
 思い出すだけで背筋が凍るわ!!

 ああ、そうか。俺はもう初めてじゃないんだ。
 くそおおおおおおおおお!!
 最悪の初体験だったぜ!

「シゲキさん、耐えてください。野望のためです」
「それってリーパの野望だよな!?」

 完全に俺を野望の道具にしようとしている。
 しかし、ガルドッグの子供は俺をじっと見ている。
 その目には、どことなく信頼の光が宿っていた。

「お前、戦えるのか?」
「オヤジ殿と一緒ならば」

 すでに「ワン」とか外されて普通にしゃべっている気がする。
 しかも知能がすごく高い気がするが、そのあたりは仕様なのだろう。

 どうやらモンスターの成長は異様に早いらしい。
 たしかにモンスターって外に大量に溢れているよな。
 倒しても倒しても湧いてくる。
 それは出産から成長のサイクルが早いからのようだ。

 この子は赤ん坊だが、すでにガルドッグとして目覚めているのだ。
 ならば、その力を引き出してやるのが俺の役目かもしれん。
 オヤジと慕われて悪い気はしないしな。

「よし、オヤジの俺がお前に稽古をつけてやる! かかってこい! お前には教えることがたくさんある!!」

「光栄の極み!! 遠慮なくまいります!!」


 シゲキは身構えた

 ガルドッグの攻撃

 ガブーーー
 シゲキの頚動脈を噛み切った

 ブシャー
 大量出血


 5のダメージ
 5のダメージ
 5のダメージ
 5のダメージ



「もうお前に教えることは…ないようだ…な」



 ガクッ



 シゲキは死んだ。







「シゲキさぁあーーーーーーーん!」


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