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―はじまりの村へ―

75話 想起 竜崎との出会い クレア③

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今日も今日とて、下男の仕事を全うしている青年リュウザキ。だが、数日前から村の空気が変わり、老若男女問わずピリピリしていることを気にしていた。


そして、彼にその事を問われたクレアは、村長の娘として正直に答えるしかなかった。


「実は…何十年かに一度は、近場にある『洞窟の魔物』に生贄を差し出さなければいけないの…。そうしないとこの村はおろか、世界が混沌に包まれるって…」




驚くリュウザキを連れ、彼女は自宅の一角にある資料部屋へ。代々伝わる記録書を開き、説明し始めた。


「村の端に小さな洞窟があるでしょ? あそこには謎の魔物が住んでいてね、とある呪いを抑えこんでいるらしいの。それは人にしか効かず、罹ったら最後、自分の意志は消え失せ、体は蝕まれ、生きた屍となる。そして自らの肉を触媒に呪いを増幅し、ぐずぐずになって崩れ落ちるまで死の病を広げていくらしいの」


それを聞き、ぶるるっと体を震わすリュウザキ。 しかし対処法に何か思い当たる節があるらしく、親指と人差し指を伸ばし、他の指を畳む。そしてその人差し指の先をおでこに当てて軽く上に弾いた。


「…? なにそれ? え?ケンジュウ?そっちの世界の武器なの?ゾンビ?よくわからないけど、この記録には足を切っても頭を砕いても動き続けたって。多分それを使っても無理だと思うわよ」



クレアに否定され残念がる彼は、続いて洞窟の魔物を倒してはどうかと提案する。だが、クレアはやはり頭を振った。


「ううん。それも駄目。洞窟の中に居るのは霊の様な存在で、上手く攻撃が当たらないらしいの。しかもその魔物曰く、仮に自分を倒せたとしても呪いだけは残り、止める手段が無くなるだけだって…」




その後も案を重ねるリュウザキ。生贄は人でなければならないのか、魔術を使えるものが対処できないのか。それらの問いにクレアは無念の意を示すしかなかった。


「生贄は人、それも若者じゃなければいけないの。お年寄りや小さな子だと呪いに溜められた魔力が碌に消費されず死を迎えてしまうから。肉体が最盛期を迎える年齢、私達ぐらいだと最も長持ちするらしくて…」


「ずっと昔にアリシャバージルに救援を頼んだみたいだけど、国に属していないからけんもほろろに追い返されたみたいで。しかもそんな曰く付きの村なぞ不要だって隷属も拒否されたの」



打つ手なしとはこのことなのだろう。 リュウザキは藁を掴むかのように「呪いは未だ健在なのか」と問う。しかし、それには悲しき前例があった。



「だいぶ前に亡くなった私の祖父が、まだ子供の頃の話だったらしいんだけど…一度生贄を捧げなかったことがあったみたい。そうしたら呪いの一部が漏れて、幾人もが犠牲になったの。その人達をすぐに洞窟に連れて行き、捧げたことで事なきを得たみたいだけど…」



そう答えつつ、クレアはとあるページを示す。そこにはおどろおどろしい絵で、十数名が無くなった惨状が描かれていた。


「せめて生贄になった人が安らかに亡くなるなら…まだいいんだけどね…」


彼女はそう呟き、ページを捲り目を伏せる。―そこには、生贄が捧げられたその後について書かれていた。


悲鳴は丸1日響き、それが収まった後に入ると骸になった生贄。確認に入った人の目の前でぐちゃぐちゃと音を立てながら遺体が腐っていく。骨にも呪いが残っているらしく、遺骨の回収すらできない。


その記述を見るに堪えず、クレアは本を閉じた。リュウザキもまた、暫し言葉を失っていた―。







少しばかり動揺も収まった頃合い。とうとうリュウザキは、声を震わせながらも禁断の質問をしてしまう。


生贄担当の一族はいないのか―。 その問いに、クレアは顔をしかめた。


「そんな人、いるわけないじゃない。いつ生贄が必要になるか定かではないし、必要だとわかるのも、直前ギリギリなんだから」


リュウザキを叱るように答えた彼女。ふと、付け加えた。


「…だけど、もしあるとしたらそれは村長一家、つまり…私達。そして今、条件に該当するのは私になるわ」




その言葉に、思わず息を呑むリュウザキ。そんな彼を見つめつつ、クレアは大きな息をつく。…そして、いつ語るべきか機を窺っていたとある事実を、申し訳なさそうに告げた。



「…慣習では、生贄を決めるのはくじ引きになっているの。…ごめんなさい、多分…貴方の名前も入ることになる…」


「――ッ…!?」


衝撃的な事実が明かされ、リュウザキはとうとう声を失う。クレアは彼に謝ることしかできなかった。











……僅かになった時も無情に流れ、ついに生贄を決める日となってしまった。



村長宅には大勢が…いや、村民全員が詰めかける。不正が行われないために、そして、差し出されるのは誰かを確認するために。



部屋には大人達一同が会しているのにも関わらず、ほとんど喋る声が聞こえない。リュウザキとクレアはその邪魔とならないように、部屋の外から聞き耳を立てていた。



「犯罪者や村八分の者がいましたら優先的に選べましたのに…」

「滅多なことをいうものではありません。まあその気持ちはわかりますが…」


僅かにそんな会話がなされ、全員が溜息をつく。…誰も気乗りするわけがないのだ。


そんな中、村長が厳かに口を開いた。


「では…慣習通り、くじ引きでいきましょう」







村に住む全ての若者の名前が紙に書かれ、箱の中に次々と入れられていく。それはクレアやリュウザキも例外ではなかった。


そうでなければ、誰も覚悟を決められない。そうでもしなければ、誰も納得しない。村長の娘と異邦人が組み込まれたのも必然のことである。



数多の思いが籠められたくじ箱はしっかりかき混ぜられ、不正がないように全員がそれを見張る。―時は来た。


「では…引きます」


運命の瞬間。胸の脈動を抑え、素早く、そしてあっけなく村長が引いた名は…。



「…!! クレア……」



……自らの娘であった。









自分では、または自分の子ではなかったと安堵する息もそこそこに、集った人々はざわつきだす。


慣習に従った結果とはいえ、まさか村長の一人娘が選ばれるとは。…もし他事ならば、やり直しを許容する声も出るであろう。


しかし、ここでそれを認めると、次に選ばれるのは我が子かもしれない。そう思うと、誰も手を挙げることはできなかった。





…そしてその一連の結果は、部屋の外で覗いていたリュウザキとクレアにも、しっかりと届いてしまっていた。



「…………!」

「…………。」


双方、言葉を発せず。 リュウザキはそのまま声を殺しながら、恐る恐る隣にいるクレアを見やった。


…だが、クレアの表情はうまく窺えなかった。と、彼女は無言のまま立ち上がる。


「ごめんね、リュウザキ。少し一人にさせて」


そう言い残し、自室へと小走りで向かっていってしまった。






場に1人残されたリュウザキは、動けなかった。 すると、部屋の扉がカチャンと開かれる。


中から姿を現したのは村長。狼狽するリュウザキの顔を見て、全てを悟った。


「リュウザキ…聞いていたのか…。…ということは、クレアも聞いていたな…?」



絶望と後悔が入り混じる村長の声に嘘をつくことはできず、リュウザキは正直に頷いてしまう。


「そうか…。どうせ伝わること、手間が省けたか…」


そう一言、出来る限り感情をかなぐり捨てたかのように呟いた村長は、そのまま村全体に通知するため、外へと向かおうとする。



――その際だった。彼は無意識的に、一つ呟いてしまった。



「…どうせなら…こいつリュウザキが選ばれれば良かったのに…」







それは誰に聞かせるつもりもない、心から出た独り言。 しかし残念なことに…リュウザキの耳は、しっかりと捉えてしまった。


「…! …………。」


去っていく村長の背から目を降ろし、声も出せぬまま、リュウザキは暫くその場に立ちすくんでいた。











その夜、村長宅はお通夜ムードが漂っていた。 夕食時にも部屋から出てこないクレアを心配し、彼女の母はリュウザキにご飯を持っていくよう命じる。


当然彼は拒むことなく、料理が乗ったトレイを手に、クレアの部屋へと向かった。





既に日は暮れているのにも関わらず、彼女の部屋には灯りがついていない。しかし、どこかに出かけた形跡もない。リュウザキはとりあえず、扉をノックする。


「誰…? …リュウザキ…? ご飯…? 廊下に置いといて…」


…中からはクレアのしゃくりあげるような声が聞こえる。リュウザキは言われた通り、トレイをそっと置いて離れようとする。


「…待って…」


―ふと呼び止められ、彼はピタリと足を止める。部屋の中からは、更に懇願するかのような言葉が。


「扉を開けずに、そこにいて…」




それを聞き、リュウザキは扉の前にしゃがみ込む。すると、クレアは訥々と話始めた。


「なんで私なんだろう…。ただ平和に暮らしていたかっただけなのに…。悪いことなんてしていないし…嫌われるようなこともしていない…。 お父さん…なんで私なんですか…? 死にたくない…まだ死にたくないよ…! 誰か代わって欲しい…なんで私が…嫌だよ…」



話す、というよりは吐露する、と言うべきすすり泣く声。それが暗い廊下に響きわたる。リュウザキはそれを身に受け、ただ静かに聞き続けていた。




―少しして、その音が止まる。次には、クレアのいつも通りな快活な声…に頑張って寄せようとした、涙声が聞こえてきた。


「ごめんね、こんな愚痴を言っても仕方ないのに…。私が逃げても誰かが代わりに生贄になるだけ、何も変わらない…。選ばれたんだからしっかりしなくちゃ…!」


頬を軽く叩く音が、部屋の中から聞こえてくる。そして、彼女が出来うる限りの優しい声が。



「ありがとう、リュウザキ。…また、一人にしてくれる?  …言葉を教える約束、守れないや…」



…痛々しいまでに気丈に振舞うクレアにかけてあげられる言葉なぞなく、リュウザキは唇を強く噛みしめその場を後にするしかなかった。








―食卓までの道中。彼女のことをどう報告しようか迷いながら、ゆっくり歩むリュウザキ。 と、居間から喧騒が聞こえてきた。


リュウザキは忍び足で近づき、様子を窺う。声の正体は村長夫妻…クレアの父親と母親。 内容は勿論、生贄になった娘についてだった。



「なんであの子なの…」

「決まってしまったことだ…もう取り返しがつかない…」


さめざめと涙する妻を、なんとか宥めようとする村長。 すると、妻は声を荒げた。



「私があの子の代わりになるわ!それでいいでしょう!?」


「駄目だ、若者でなければあの魔物はすぐに生贄を欲する。ここで耐えれば数十年は安寧が訪れる…」


「だからって大切な娘を差し出すことないわ! 貴方、村長でしょう!どうにかならなかったの!?」


掴みかかるような勢いで訴える妻。それに耐えていた村長も、とうとう激昂した。



「じゃあどうしろっていうんだ!他の子に生贄になれと命じるのか!年寄りに毎年一人ずつ生贄になれと頼むのか! 彼らにだって家族はいる!大切な人もいる!自分の子可愛さで、彼らに死ねと言えるのか!」


それに反論をすることはできず、妻はへたり込む。そして、か細い声で呟いた。


「あの子が…リュウザキが生贄になれば良かったのに…」



…それに対し、村長は何も返さなかった。それが意味するところは、外で聞いていたリュウザキも察していた。


故に彼は、暫くの間、やはり立つ竦むことしかできなかった。











――村民のリュウザキへの対応もまた、目に見えて酷くなっていった。


食材の買い出し、水汲み、農作業手伝い…。何をしていても、彼に向けられる視線は鋭い。まるで「余所者のお前が生贄になればいい」と言わんばかり。


果てにはクレアを慕うものから石やら卵やらを投げつけられ、それを見ても、誰も彼もが知らんふり。


加えて家に戻れば、クレアの親からも冷たい目線を浴びせられる。そんな日が幾日も続き、リュウザキの心は日に日に弱っていった。












クレアが捧げられる日が明日に迫るある時、沈鬱な空気漂う村へ、リュウザキはいつもの如く買い出しに出ていた。


とはいえその足取りは重く、彼は周囲からの圧に耐えきれず顔を伏せて歩いていた。 ―そんな時である。



「おい…」


急に話しかけられ、ゆっくりと顔を上げるリュウザキ。そこに居たのは村の青年数名。中には村を守る自警団に入っている者もいた。彼らの代表格は、リュウザキを睨みつけた。


「お前に窃盗の容疑がかけられている。大人しくしろ」

「村長の奥さんから被害届けが出された。お前、村長の金庫を開けて中身を盗んだろう」





「…!?」


リュウザキにそんな覚えはなかった。そもそも今持っているお金は、その村長の妻から預かった食料品代のみ。 

更に言えば、生活の保障と引き換えに家事を手伝っているため、給料も貰っていないのだ。





ふるふると首を横に振り、証拠代わりに財布が入った買い物袋を見せるリュウザキ。すると、力自慢の一人に強引に袋を奪われた。


「これは盗んだ金の一部だな?証拠品として押収する」


取り返そうと慌てて手を伸ばすリュウザキだが、逆にドンと一突きされ、その場に転ばされた。



「抵抗したな?情けをかける余地はない。 来い!」


そして、胸ぐらを力強く掴まれる。抵抗をしようものなら腹を殴られ、頬を叩かれ、有無を言わせてくれない。彼は引きずられるようにして、どこかへ連れていかれた。









辿り着いた先は、村長宅前。リュウザキは縄で縛られ、投げ捨てられるように転がされる。


騒動を聞きつけ続々と集まる村人達の前で、彼を捕えた青年達は威勢よく言い放った。



「この者は居候の身であるのにも関わらず、恩情ある村長の金庫から盗みを働き、俺達に見つかると逃げようとした大罪人だ! 相応の罰を与えるべきである! ―そう、生贄に相応しい!」




ザワザワと、どよめきが場を包む。―しかし、姿を現した村長は訝しみの表情を浮かべていた。


「金庫のある部屋を彼に教えたことは一度もないが…。 それに、鍵も手元にある…」


状況が全く呑み込めず首を捻る村長。…一方その横で、顔を背け、何もない地面を見つめていたのは村長の妻であった。




それを見て、リュウザキは察した。 いや、彼だけではない。その場に集まった村民のほとんどがそれで気づいた。


あの青年は―、リュウザキは嵌められた。彼女は我が子愛しさに、身寄りのない彼を虚偽の罪で犯罪者に仕立て上げたのだ、と。






―だが、そのことを指摘する者は誰もいなかった。ある者は目を瞑り、ある者は同情交じりの憐れみの視線を送った。


魔術を使えず、力もそう強くなく、言葉はろくに喋れない。そんなリュウザキと、村の花形であるクレアを比べる余地はなかったのだ。



汚名を着せ、クレアの代わりに生贄とする。そのための、一方的な裁判。 意義の申し立てなんて、当然無く――。






―――その瞬間であった。 バタン!と大きな音を立て、村長宅の扉が開かれた。


裸足のまま飛び出してきたのは、クレア。生贄の重圧のせいか身はやつれ、髪も乱れている。しかしそれに構うことなく、彼女はリュウザキの前に走り出ると、両手を広げ彼を庇った。


「やめて!皆!」


彼女の叫びに、その場は騒然と。クレアはそのまま声を張った。


「リュウザキの性格は私が一番よく知っているわ!彼はそんなことする人じゃない! それにさっきまで、私をずっと気にかけてくれていたのだもの! 金庫を開ける暇なんてなかったわ!」



その剣幕に、リュウザキを捕えた青年たちは数歩下がってしまう。 と、クレアは自らの母親をキッと睨みつけ、問い質した。


「お母さん、何か仕組んだでしょう!そうやって顔を伏せる時は必ず何かを誤魔化す時だもの!」



答えない母親。だがそれは罪を認めるのと同義だった。クレアは母を責めるのを捨て、皆に呼びかけた。


「リュウザキはこの村の風習には関係ないわ!生贄になるのは私!皆を守るためなら喜んで命を差し出すわ! だから…彼をいじめないで…! 憎まないで…! …私からの、最期のお願いだから…」




…彼女の足は、ガクガクと震えていた。だというのに…、死が目前に迫る恐怖の中だというのに、ここまで他人を守れる子がいるのだろうか。


見ていた村人達は一人、また一人と去っていき、青年達もリュウザキの縄を切り、逃げるように帰っていった。




残されたのは、村長一家とリュウザキのみ。しかし縄を解かれたリュウザキは、暫く動けなかった。


体が痛かったというわけではない。…心が痛かったのだ。彼の胸中に去来していたのは、幾多もの思い。


自らの存在のせいで村を混沌に叩きこんだという自責感、自分は何もできないという無力感、そして命の恩人である彼女を助けられないという自己嫌悪であった。



「リュウザキ、家に戻ろう? ―大丈夫。私は、貴方の味方なんだから…!」


そう言い、優しく手を伸ばすクレア。しかし今のリュウザキには、その手を掴むことはできなかった。













「えっ…!クレアと生贄を変わりたいって!?」


その事件の夜、リュウザキは村長にとある申し出をしていた。彼はその言葉を聞き、そう俄かに喜ぶが…すぐに顔を引き締めた。


「リュウザキ…気持ちは嬉しいが、それは自殺と変わらない。昼間の件ならば妻が済まないことをした。 以前クレアから聞いたが、君にも両親や友人がいるのだろう?なら……」


そこで村長は口を閉じた。手に爪痕で血が滲むほど強く拳を握り、苦悶の表情を浮かべる。


これは自らの愛する娘を助けられるチャンス。無下にはしたくないが、リュウザキを見捨てるわけにはいかない。『親』と『村長』、二つの立場に挟まれた彼は深い葛藤の中で藻掻いていた。



そんな彼を助けるように、リュウザキはゆっくりと、口を開いた。


「ワタシ ベツノセカイ シュッシン。カエル ホウホウ ワカラナイ。 …ドウセ ワタシ ジャマモノ…」


未だカタコトの口調のまま、彼は一つ一つ単語を紡いでゆく。 そして村長の目を、焦点の合わぬ瞳ながらも、見据えた。


「…ナラ、…ナラセメテ、 オンジンヲ、 クレアヲ タスケタイ」






「……! …そうか…そうか…。……すまない…本当にすまない…!」


涙を流しながら、祈るように謝罪と感謝が入り混じった言葉を漏らす村長。リュウザキは笑うことも悲しむこともせず、ただそれを聞いていた。










「嘘…どういうことなの!?」


翌日その事を聞いたクレアは、伝えた父親を押しのけ走り出す。そしてリュウザキの部屋に飛び込んだ。


「リュウザキ、なんで貴方が生贄になったの!? お母さんに何か言われたの!?それともお父さん!?村の人!?」


詰め寄る彼女。しかしベッドに腰かけていた彼は顔を向けることなく、首を横に振るだけ。



「説明してよ!」


責めるような口調で、クレアは迫ってしまう。すると、リュウザキはようやく振り向いた。


…その目からは生気が失われていた。全ての希望を失ったようなその顔に、クレアはしばし絶句してしまう。



「…ねえ、貴方が落ちてきた場所にもう一回行こう? さんざん調べつくしたけど、今行けば帰る方法見つかるかも…」


僅かな可能性に縋るように、ともすれば逃がすために、リュウザキの手を引くクレア。だが、彼は動かなかった。


「…ワタシ キエルト クレア シヌ ソレハ イヤダ」


「…でも!」


「シネバ モトノセカイ カエレル カモ」


「そんなの…」



あるわけがない、クレアはそう叫びたかった。どちらの世界でも、一度死ねばそれまで。生き返るような都合のよい世界じゃないのは知っていたのだから。



「すまない…リュウザキ、決意が変わらぬうちに頼む」


様子を見に来た父親のそんな一言に、涙目でギッと睨みつけるクレア。だがリュウザキは立ち上がり、促されるまま歩き始めた。







村長に先導され、リュウザキは洞窟への道を進む。村人達は総出で彼を見送った。


その視線は以前までの鋭いものではなかった。謝儀、憐憫、哀悼…彼を責める者はだれ一人としていなかった。


だが、どんなに優しい視線を送られようとも、リュウザキの目に光は宿らなかった。






ついに辿り着いた洞窟入口。その穴は深く、内部は闇で包まれていた。


「では…。リュウザキ、頼む」


「イママデ、オセワニナリマシタ」


静かに一礼をした彼はしずしずと穴の奥へ進んでいく。まるで幽世へ入っていくように。



「…やっぱり私が生贄になる!」


と、リュウザキを追い越し、洞窟内に入ろうとするクレア。しかし両親や村人達にがっちりと取り押さえられ、進むことができなかった。


「リュウザキ、待って…!! 行かないで…!!」


クレアの必死に呼び止める声へ振り返ることなく、彼は洞窟の中に消えていったのだった。

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