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―代表戦、本戦―

117話 代表戦⑯

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「戻りましたジョージ先生」

闘技場横の職員用観覧場。医務室に行っていた竜崎はそこに戻ってきていた。その声を聞いて、同じく職員業務として選手の様子を見張っていたジョージは振り向く。

「皆さんの怪我の具合は如何でしたかな」

「メストのほうは魔力酔いに加えて多少の火傷と、全身打撲のようです。魔族の子2人は骨にヒビが入っているらしいですけど、いずれも治癒魔術ですぐに回復する程度と」

「それは重畳。暴走したサラマンド相手にそれだけで済んだのは良かったですな。しかし、まさか上位精霊を呼び出す子が現れるとは。今年の選手たちは強者揃いですな!実に喜ばしい!」

高らかに笑う彼につられ、竜崎も微笑む。と、思い出したようにジョージに質問をした。

「そういえばクラウスくんの姿がなかったのですが」

「はて、先程吾輩が見舞いに行った際にはベッドの上で悔しがっておりましたが…。まあ動けるならばさほど問題ないということ。きっと戦友と語らっておることでしょうな」

またもやカラカラと笑うジョージ。特に心配してないようだ。そんな彼に若干そわそわしながらニアロンが問う。

―ジョージ、さくらの様子はどうだった?―

「健闘しておりますぞ。今も、ほら」



一人ぼっちがこんな怖いものだとは思わなかった。そりゃ元の世界で独りきりになったことは幾度かはあるが、精々が寂しい程度の感情である。だが、今のこの状況は違う。周囲は全て命を狙う敵達、そして自分がやられたら全てが終わりという事実。さくらは今まで感じたことのないベクトルの孤独の恐怖をひしひしと感じていた。

なんとか精霊を展開して攻撃を凌ぐが、それが限界。相手を押し込むことができない。数は大分少なくなっているとはいえ、それぞれが各国の養成所の代表選手なのだ。試合終盤とはいえ、気を抜いたらいとも簡単に負けてしまうほどの気勢を保っていた。

また、人数が減っているということはそれだけ注目が浴びやすいということ。ただでさえ学園の生徒として意識されているというのに、開幕の必殺技から始まった快進撃で目立ちに目立ってしまった。上からは観客達の好奇の視線。周囲からはいつ食らいついてやろうかと虎視眈々とこちらを伺う視線。正直、それだけでも心がやられそうである。

しかもクラウスのようにいつ魔力が切れるか気が気でない。感覚としてはまだまだ余裕がありそうだがー。


結局何も打開できず次第に追い詰められてゆくさくら。その背にドンと何かが当たった。

「何…? 壁!?」

知らず知らずのうちに壁際まで追い込まれていたらしい。正面を見ると、精霊による攻撃を警戒しながらじりじりと接近してくる選手達。もう逃げ場はない。

まさに崖っぷち、いや壁っぷち。こんな時、メスト先輩なら鮮やかに脱出せしめたのだろう。クラウスくんなら半ば力ずくで突破するのだろう。だが、今は二人ともいない。当然策を提案してくれることもない。全てたった一人で、自分だけでやらなければならないのだ。頭がぐるぐるとしてくる。

そんな時だった。

「さくら!奥の手を使え!蹴散らしてやれ!」

突然頭の上から振りかかった声援にハッとし顔を向けると、そこにはクラウスがいた。未だ魔力不足でふらついているようだが、好敵手となったワルワスと共に支え合う形で応援しにきてくれていたのだ。

「さくらちゃん頑張って!」
続いてアイナ達の声。それでわかった。どうやら追い詰められた箇所は丁度学園生徒の応援席真下。アイナやモカだけでなく、ナディやタマ、ハルムやエーリカを筆頭とした学園で顔見知りになった皆、代表戦予選で戦った皆がそこにいた。どこからか走って駆けつけたのか、息切れしているネリーの姿もあった。

「頑張れー!」
「負けるなー!俺たちに勝っただろー!」
「優勝してくれー!」

クラウスやメストを応援しに来た面々も、さくらに激励を送る。

ここまでしてもらって負けられない…!しかし、どうすれば…。

「ウルディーネを呼べ!」
一際強い檄が飛ぶ。その声の主はハルム・ディレクトリウスだった。

「図書館で召喚したんだろう?今こそ使え!」

そんなこと言っても、あれは竜崎が隠れて呼び出したもの。さくら自身は召喚すらできないのだ。

魔族の子から魔導書を借りれば良かったと内心後悔するさくらだったが、すぐにブルブルと首をふる。そんな暇はなかったし、仮に召喚に成功したとしても、待っているのは暴走精霊。契約を結んだあの子がでてくる確証はない。頭からばっくりといかれるのはごめんである。


だが、公爵息子である彼の言葉を聞いて、さらに声援が高まる。さらに、周囲にざわつきが広がる。

「あの子も上位精霊を呼び出せるのか…?」

「確かあの子はリュウザキ様のお弟子と。ならば可能なのでは」

別国の貴族達にもそれは広がり、期待の目が一身に注がれる。

最早状況は袋の鼠。同じ代表だったクラウスもああ言っているのであれば、背水の陣で全力を出し切ってやる…!


さくらはラケットの封印機構に手を触れる。そして解放呪文を詠唱をした。

「『我、汝の力を解放せん―』!」

呼応した機構は内部の穴を露わにする。それに手を重ね、持てうる限りの全てを注ぎ込む。球体魔法陣は激しく回り始め、魔力が放電するかのようにバチバチと音を立てている。臨界が近い。

「おい、あれ…!」

「撃たせるな!」

異変に気がついた他選手が急ぎ近づこうとするが、もう遅い。

「ウルディーネは呼び出せないけど…!その代わりに…!」

さくらは魔術がこもったラケットを勢いよく振るった。

「水よ!皆を押し流して!」

カッ!

突如、周囲に水が湧き始める。背後は壁、下は地面。なのにどこからともなく水が押し寄せた。

ドバァッ!

鉄砲水の如き奔流を見て逃げようとする選手達。だが間に合わず飲み込まれていく。

「わっぷ…だけどこれを耐えれば…」

一部の選手はなんとか耐えようとするが…。

ドドドドドドド…!!

「い、いつまで続くんだ…!」

「こ、これ以上は…!」

一瞬で終わると思った水は止まる気配がない。まるで海から押し寄せる波のように、どんどんと押し寄せた。

ドドドドドドドドッ!!

「うわぁああ!ガボボッ…!」

耐えていた子達も次々と流されていく。彼らを取り込んだ大波は離れた場所で戦っていた他の子までもを巻き込んでいった。

「なんだ!?ゴブッ…!」

「わ、わあ…!ボゴゴ…!」

あふれ出る水は留まることを知らず、さくらの周囲を除いた闘技場全てが水で埋め尽くされ、まるでプールのようになった。

「たった一人でこれだけの水魔術を…!」

「素晴らしい…!一流の魔術士でさえここまでは不可能だ…!何者だあの子…」

観客席中からは褒めたたえる声が響く。だがさくらは反応を一切示さなかった。それほどまでに集中していたのだ。

幾人かは波の衝撃でゼッケンが取れたらしく職員達に救助されていたが、それでもまだ残っている。しかも彼らは完全にさくらをロックオンし、泳いで向かって来ていた。

「まだまだ…!」

さくらは構えっぱなしのラケットで何かをかき回すようにゆっくりと振る。すると、周囲の水が波立ち始めた。

「な、なんだ…!?」

ザザザザザ…!

「近づけない!?…水が動いているのか…?」

流れるプール程度のゆっくりとした動きから、徐々に速度を増す周囲の水。

ザザザザザザッ!!

「くっ…流される…」

ふと、流されている子達は気づく。あの学園代表から離されているだけではない。明らかにぐるりと回りながら闘技場の中心へと動かされている―。

「これって…まさか渦潮!!?」

なんと闘技場中心を底とした大渦が出来上がっていたのだ。

ゴオオオオオオッ!

「目が…回るぅ…!」

「逆らえない…!溺れる…!」

次々と飲み込まれていく選手達。中央に引きずりこまれた者はその勢いで打ち上げられるが、周囲は障壁で阻まれた壁。逃げ場はない。再度渦に引き込まれてゆく。

「た、助けて…!」

「リタイアします…!勝てっこない…!」

続々と救出されていく選手達。だが未だに粘っている子も一定数いた。特にマーマン族の子達は必死に波に逆らっていた。そんな彼らにさくらがダメ押しとして放ったのは―。

「水精霊達!お願い!」

召喚された彼らは渦の中に次々と飛び込んでいく。水を得た魚のように、軽やかに泳ぎ進む精霊達は未動きが取れなくなっている代表選手達のゼッケンに突撃を行った。

ドッ!ドッ!ドスッ!

「ガボッ…!」

「やられた…」

「まだ魔術を使える力があるのかよ…」

泳ぐのに必死だった彼らはその攻撃に対応しきれず、次々と屠り去られてゆく。

「すごい…さくらちゃん…!」

「こんな子が敵だったのか…」

学園応援団からも畏怖交じりの声が漏れる。既に渦の上で足掻いている子はいなくなっていた。



だが強大なる魔術の代償は凄まじい。さくらの身体は酷い虚脱感に包まれていた。

「これが…魔力不足…」

目の前が歪み、立っていることが不可能なレベル。思わず膝をついてしまう。なんなら倒れこみたいぐらいだが、ここで気を抜いたら水が全て自分に降りかかってくる。糸一本ほどの気力でなんとか耐える。

「―!―!」

上の応援席から誰かが叫んでいる声が聞こえるが、もう耳も遠くなっている。言葉が聞き取れない。それでもラケットを杖がわりにして顔を起こすと―。

バシャァ!

弱った聴力でも聞こえるほどの、近い位置から何かが飛び出す水音。そして霞む目が捉えたのは、収まりかけた渦から飛び出す見覚えがある二人のマーマン族。

「スキュルビィの…」

あの渦の中を凌ぎ切ったらしい。避けなきゃと体に命令するが、ぴくりとも動かない。

「やっちゃった…」

余力を残していれば良かった。頭にふと過ぎるが、今更どうしようもない。瞬間、彼らの槍が煌めいた。

ドッ!


















「2位かー…」

貰ったトロフィーと商品を手に、さくらは呟く。

あの後奇跡が起きるはずもなく、スキュルビィの生徒達に思いっきり打たれ敗退してしまった。他のマーマン族ですらあの水精霊交じりの渦潮を越えれず全滅したというのに、それを耐え抜いた彼らはスキュルビィの教員が言った通り相当の手練れだったということなのだろう。

「3人ともお疲れ様。素晴らしい闘いだったよ!」

「ここまで昂る代表戦は初めてでしたな!」

師である竜崎とジョージは満面の笑みで褒めてくれる。そう、自分達は戦いきった。後悔はない、わけがない。

「あの時、魔力を使い過ぎてなければ…」

「あの時、技を撃ちすぎてなければ…」

「あの時、スキュルビィの子達を倒せていれば…」

さくら、クラウス、メスト。それぞれほぞを噛む。いくら反省をしても取り返すことができないのはわかっている。だがあと一歩で優勝できたという事実が後悔の念を強めていた。

そんな沈鬱なムードが場を占めていく中、竜崎が手をパチンと打った。

「反省できるのは良いことだけど、やり過ぎるのはいけないよ」

「そうですぞ。必要な反省の量はこの先の成長に活かせる分だけ。それ以上は心に闇を落とすだけですからな」

―メストの全員を守りつつ相手を仕留める立ち回りの上手さ。クラウスの状況を把握し対処できる臨機応変さ。そしてさくらの策と魔術の上手さ。褒めるところの方が多いさ―

竜崎達にそう言われ、さくら達の胸中は少し楽になった。


と、そこにネリー達応援団が駆け寄ってくる。

「すっごい試合だったよ!感動しちゃった!」

「あの技ってどうやったんだ!?」

囲まれ、やんややんやと誉めそやされるさくら達。そんな彼女達に竜崎は一言告げる。

「さ、今日の夜は健闘をたたえ合う懇親会だ。それまでは体を休めてね」
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