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Case.3 朔と遥香 第1話:嵐の予感と不協和音
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サークルの定期演奏会に向け、俺はサークル棟の地下にある練習室でピアノを弾いていた。
俺が弾くショパンの『スケルツォ第2番』が、密閉された空間に激しく響き渡る。
隣では、3年生の遥香(はるか)先輩が譜めくりをしてくれている。
「……っ」
一瞬、ページをめくるタイミングが遅れた。
鍵盤の上で指を躍らせながら視線を送ると、先輩は俺の指先を、食い入るような……どこか熱を孕んだ瞳で見つめていた。
まただ。
この人、自覚がないのか知らないけど、たまに俺の指をすげーエロい目で見てくる。
入学式の後のサークルの新歓。
「新入生で、何か弾いてみてくれるやついるかー」という代表の言葉につられ、俺がショパンの『黒鍵のエチュード』を弾いた時。
一番前で誰よりも熱心に聴いてくれていたのが、この遥香先輩だった。
上品で、凛としていて、大学内でも「高嶺の花」として有名だった彼女に一目惚れして、俺はこのサークルに入ろうと決めたんだ。
「……先輩? 次、めくってください」
「えっ、あ、……ごめん朔くん! あまりに素敵だったからつい……」
慌てて顔を赤くする先輩を見て、意地悪な独占欲が首をもたげる。
サークル内の噂じゃ、先輩は去年まで同じ学部の3年生と付き合っていたらしい。
「あの二人、大人な雰囲気でお似合いだったよね」なんて外野が喋っているのを聞くたび、俺はピアノの鍵盤を叩き壊したい衝動に駆られていた。
俺の知らない、大人の顔を持っている先輩。
そんな人が、なんで俺の指先に翻弄されているんだろう。
***
「次の定演、私もショパンにしようかなって思ったんだけど……スケルツォの楽譜、持ってないんだよね」
「これ書き込んでるやつっすけど、ヘンレ版とパデレフスキ版なら、マンションの部屋にありますよ。……今から取りに来ますか?」
「え、……あ、じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
楽譜なんて、後でサークルに持ってきて渡せば済む話だ。
わざわざ自分の部屋に誘うのが、どれだけ踏み込んだ行為か。
そんなことも分からずに、あどけない顔で頷く先輩を見て、「この人、もしかしてわざとやってる?」なんて勘ぐったりする。
噂の「元カレ」の部屋にも、何度も行ったことがあるのだろうか。
***
俺のマンションに着いた途端、空は機嫌を損ねたように暗転した。
エントランスのオートロック前で、俺がバッグの中から鍵を探していると――。
ドォォォォォンッ!!
地響きのような雷鳴が、不意に空を切り裂いた。
「ひゃっ……! あ、ごめん、変な声出た……っ」
先輩が肩をびくっと震わせ、顔を真っ赤にする。
さっきまで「先輩」らしく振る舞っていた彼女の、あまりに無防備な反応。
「まだそんなに近くないんで、大丈夫っすよ。とりあえず、鍵あったんで部屋入りましょう」
平静を装ってオートロックを解錠し、先輩を先に通す。
エレベーターを降りて部屋に入った瞬間、外では窓を激しく叩く雨音が響き渡り、再び鼓膜を揺らす雷鳴が轟いた。
「ひゃっ……!」
「うわ、……すごい夕立。先輩、これじゃ当分帰れませんね」
玄関の鍵を閉める音が、激しい雨音に紛れて消える。
外の世界が嵐なら、この部屋の中も……先輩のその余裕な「仮面」をぶち壊すくらいの不協和音を奏でていいってことっすよね?
俺が弾くショパンの『スケルツォ第2番』が、密閉された空間に激しく響き渡る。
隣では、3年生の遥香(はるか)先輩が譜めくりをしてくれている。
「……っ」
一瞬、ページをめくるタイミングが遅れた。
鍵盤の上で指を躍らせながら視線を送ると、先輩は俺の指先を、食い入るような……どこか熱を孕んだ瞳で見つめていた。
まただ。
この人、自覚がないのか知らないけど、たまに俺の指をすげーエロい目で見てくる。
入学式の後のサークルの新歓。
「新入生で、何か弾いてみてくれるやついるかー」という代表の言葉につられ、俺がショパンの『黒鍵のエチュード』を弾いた時。
一番前で誰よりも熱心に聴いてくれていたのが、この遥香先輩だった。
上品で、凛としていて、大学内でも「高嶺の花」として有名だった彼女に一目惚れして、俺はこのサークルに入ろうと決めたんだ。
「……先輩? 次、めくってください」
「えっ、あ、……ごめん朔くん! あまりに素敵だったからつい……」
慌てて顔を赤くする先輩を見て、意地悪な独占欲が首をもたげる。
サークル内の噂じゃ、先輩は去年まで同じ学部の3年生と付き合っていたらしい。
「あの二人、大人な雰囲気でお似合いだったよね」なんて外野が喋っているのを聞くたび、俺はピアノの鍵盤を叩き壊したい衝動に駆られていた。
俺の知らない、大人の顔を持っている先輩。
そんな人が、なんで俺の指先に翻弄されているんだろう。
***
「次の定演、私もショパンにしようかなって思ったんだけど……スケルツォの楽譜、持ってないんだよね」
「これ書き込んでるやつっすけど、ヘンレ版とパデレフスキ版なら、マンションの部屋にありますよ。……今から取りに来ますか?」
「え、……あ、じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
楽譜なんて、後でサークルに持ってきて渡せば済む話だ。
わざわざ自分の部屋に誘うのが、どれだけ踏み込んだ行為か。
そんなことも分からずに、あどけない顔で頷く先輩を見て、「この人、もしかしてわざとやってる?」なんて勘ぐったりする。
噂の「元カレ」の部屋にも、何度も行ったことがあるのだろうか。
***
俺のマンションに着いた途端、空は機嫌を損ねたように暗転した。
エントランスのオートロック前で、俺がバッグの中から鍵を探していると――。
ドォォォォォンッ!!
地響きのような雷鳴が、不意に空を切り裂いた。
「ひゃっ……! あ、ごめん、変な声出た……っ」
先輩が肩をびくっと震わせ、顔を真っ赤にする。
さっきまで「先輩」らしく振る舞っていた彼女の、あまりに無防備な反応。
「まだそんなに近くないんで、大丈夫っすよ。とりあえず、鍵あったんで部屋入りましょう」
平静を装ってオートロックを解錠し、先輩を先に通す。
エレベーターを降りて部屋に入った瞬間、外では窓を激しく叩く雨音が響き渡り、再び鼓膜を揺らす雷鳴が轟いた。
「ひゃっ……!」
「うわ、……すごい夕立。先輩、これじゃ当分帰れませんね」
玄関の鍵を閉める音が、激しい雨音に紛れて消える。
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