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第一章

運命の出会い

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早馬を出してから2週間後、一通の手紙がタンジー公爵令嬢宛に届いた。

「ロベリアお嬢様、ジェームズ・ドルト様から返しの返事が来ました」
「あぁ!待ち侘びたわ!!ありがとうカミラ!」

手紙を受け取って卓上のペーパーナイフで手紙を開く。

「"  親愛なるロベリアへ

墓守管理局の人間に袖の下を渡し成り代わって、魂の霊園の給金を渡してみたよ。墓は異様な程管理が行き届いていてね。彼はクリムエット公爵の名前を出した時、少々動揺している様子だった。

それと、彼は自分の給金の半分以上を差し出して中古のトランクケースを私から買い取ったよ。
相場よりも多く払ったのは恐らく口止め料としてだろう。癇に障りそうな言葉で煽ってみたが、まるで商人をしているような所作や言葉選びをする人間で、何も聞かなかったと言わんばかりに受け流されたよ。金には困って無いらしい。
今、彼はクレイと名乗っている。登記簿上のクレイは青目の黒髪だ。だが、そこにいたのは黒目黒髪の黄色味のある肌をした青年だった。
私が税務局の所属だと言っても、無反応だった。墓守なのにも関わらず墓守管理局を知らないという不自然な反応をしているから、やはりクレイ本人では無い。また、もう一つ不自然なのは、皮脂の匂いが全くしなかった事だ。我々貴族は香水で誤魔化す事もあるのに、彼は香水をかけてすら無い。どのような技術を用いているのか皆目検討もつかないのだ。
どうするのかはわからないが、くれぐれも気をつけるように。"」

「黒目黒髪!本当にいたのね……!」

ロベリアは歓喜の声を上げる。
ジェームズ・ドルトからの手紙から察するに、人間を見つけ次第速攻で襲ってくるような人物で無い事が分かる。クリムエット公爵の名前に動揺が見受けられた事から恐らくやることは行ってしまっているのだろう。生きてる人間を襲わない死体愛好家ならまだ扱い易い、とロベリアが考えた所で考えを止める。
稀に死体を食べてしまうような死体愛好家なら、霊園に引きこもるだろう。
待っていれば葬儀は行われるのだから。

吉夢の中の彼は、何故ラムダの街にいた?

「まさか、人を襲ってる…?」

そんな予感がふと起きてロベリアは早速行動を始めた。
「カミラ、ラムダの街に行くわ」「お嬢様、再来週は王宮の方がいらっしゃいますので早めの帰還をお願いいたします」「ええ、それまでには必ず。手配をお願いカミラ」「承知致しました」

どうせ結婚すれば死ぬだけの運命なのだ。接触して食われればそれまで。そう考えてロベリアはガチャガチャと旅支度を終え、タンジー公爵家が納める領地を飛び出しラムダの街へと出発した。

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街で情報を集める事1週間、ついに尻尾を掴んだ。
「あー、紳士の紅茶亭に黒髪黒目の珍しい顔した身なりの良いあんちゃんを案内したが。お嬢様ちゃん知り合いかい?」
「はい!この街で合流する所だったんです!ありがとうございます!」
「最近物騒だから気をつけてなぁ」

呉服屋の店主に聞いた事を頭で反復しながら紳士の紅茶亭を目指すロベリア。

そのロベリアの視界に紳士の紅茶亭から出たクレイの姿が映る。

「(あ!!)」

その姿は裏路地へと消えていく。

人混みをかき分けながら、前へと進むロベリアだが裏路地に入り込んだ辺りで見失ってしまった。

「あ、どうしましょう……」

ロベリアは裏路地から脱出出来ない程入り組んだ場所に来てしまっていたのだ。

とりあえず坂上に向かって行けば上から街を見下ろす事で帰る場所が見える時もある。
冒険者ギルドなども魔物の侵攻に備えて高台にあると聞くし、行くしかないとロベリアは歩み始めた。

平民の街娘の服を来て堂々と前を向いて歩く。
薄暗い、治安の悪い場所でキョロキョロしながら歩けば迷子だと思われて誘拐される事請け合いだからだ。
何人かの裏家業従事者らしき人物と通り過ぎて、その度に身体に緊張が走る。

30分程歩くと何十軒か跨いだ先に冒険者ギルドの建物を見つけたロベリアはホッとした気持ちになった。

しかしロベリアの幸運はここまでだった。

「こんな所でどうしたんだぁ?お嬢ちゃん?」「っ!!」

目の前の荒くれ者はロベリアを素通りしてくれなかったのだ。ニタニタ微笑むその顔は明らかにロベリアを値踏みしていた。

「献上した女に手をつけ無かったんだ、もしかしたらボスは幼子が良いんじゃねぇか?」

先程何人か素通りした時の一人がロベリアのうしろから男に話しかけた。
驚いてロベリアが振り返ろうとしたその判断の間にロベリアの意識は闇に落ちた。


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「ボスぅ!!献上しに来ましたァ!!」
「だから女は食う主義じゃないっってんだろォッ!!!」
「そう言って今囲ってるじゃないですかァ!」「そのまま解放したらてめぇら他ギルドの人身売買部門に出品しかねないだろ!!人のせいにすんじゃねぇ!!てかそういうのはマッキーを通せって何回言えば理解すんだぁ?!」「ギルド長、マッキーさんなら今営業に出られてます」「マジかよマッキー…」

俺は1週間で盗賊ギルドを掌握した。

そこにいた盗賊の刃を粗方へし折って、歴代最強と言われていたギルド長の首もへし折った事で実力主義の盗賊ギルドは満場一致で俺をボスに据える事となった。

案内させた盗賊の男は手の骨がぎりぎりくっ付く範囲で折れているとギルドお抱えの闇医者に言われたので治療を施す事に。

「手がしっかり動かせるようになるって、ホントか?」

コイツが言うには骨折する前から手を悪くしていたらしい。神経的な物は回復魔術じゃないと出来ない施術らしく、闇医者のツテで直すとなると、かなりの額を払わなければならないとの事。その金額なんと金貨12枚。その日暮らしの盗賊にはとてもじゃないが一括で払えないだろう。贅沢しなければ2ヶ月生活出来るだけの金を要求されたので、ウサギ皮金貨20枚分を換金してそこから支払う事になった。
人間本来の生命力で直すなら何ヶ月かかかる所をたった1日で結合させる異世界の魔法が恐ろしい。
それでもしばらくは安静にしないと壊れるという事なのでしっかり手を使わない仕事を回して養生させた。人を食った事を他言したら食うと脅すと言うと「手を治す金出してくれのにそんな事しねぇ……」と呟かれて何故かありとあらゆる裏切り行為を行わない事を誓われた。そこまで望んでは無かったのだが。

そこから秘書として雑務諸々をさせているのだが、この男、マッキーは中々頭が良い。モヒカンも装備も名前も末期な世紀末のくせになんて奴だ。

冒険者ギルドの買取屋に適正価格へ引き上げた買取をさせるように手を回したり、人身売買も停止する方針へ切替させたのもコイツの力添えがあったお陰だ。

奴隷制度は存在していて、現行の条例的に出品出来ない奴隷を裏で取引していたのがこの盗賊ギルドだった。
犯罪を犯していない男女や、誘拐してきた15歳以下の子供や他国の人間などがこれに当てはまった。ここ以外の街の盗賊ギルドも同じ事をやっているらしく未だ油断も隙もない。

裏社会的な表に対しては衛兵に目をつけられたのでしばらく休業すると発表を出したから、しばらくは問題ないだろう……と願いたい。

そんな祈りは虚しく新しいギルド長に媚を売りたいのか通達が行き届いていないギルド員が女を誘拐してきて俺に献上する事件が起きたのが三日ほど前の話だ。

このまま街に返せばギルドそのものが危うくなると危惧した俺は自分のギルド長室の応接室に彼女を住まわせる事にした。
必ず家に帰すし無体も働かない、相応の金は払うから頼むと言って盗賊ギルドにあった金貨18枚をチラつかせると彼女は少し考え事をする仕草をした。
「月金貨10枚で雇ってくれるなら良いですよ」と言われた、マジかよ。
誘拐されて生活費3ヶ月分の慰謝料貰うより継続的な雇用でそれ以上を引き出そうとする彼女の豪胆さに脱帽した。
それからはマッキーと一緒に雑務をしてもらっている,囲ってる訳じゃない。誓って。

「んで今度は何持ってきたの」
閉じられているにも関わらず袋の中から漂ってくる濃密な香りが頭をガンガンと揺さぶる。すぐに袋を暴いて貪りたくなる衝動を必死に抑えてそう尋ねると阿保男が誇らしげに結び目を解く。

「ふふふ、見てくれ…………この幼女を」
「っ!!?」

見た瞬間に脳を食べた時と同じぐらいの高揚感に包まれる。

「(幼女だから?違う。それなら街中からする匂いに俺が耐えられない筈だ。
彼女のは、彼女のはーーー……。)」

白金の髪、桃色の唇、長いまつ毛、白桃のように色付いた頬、あぁ、目のやり場に困る。

そうクレイが考えた瞬間瞳が開かれる。

サファイアのように輝く、濃い青色の瞳。

「貴方が、クレイ……?」

小鳥の囀りのような声色にドクリと心臓を掴まれたような錯覚に陥る。

「っなんで俺の名前を……………とりあえず、預かる。もう持ってくんな。


……男も趣味じゃないからな?ケツを隠すなケツを」

前後ろを手で隠した馬鹿共を帰らせる。
貪りたくなる衝動を抑えて麻袋の絨毯に座り込んだ幼女の手を握り引き上げた。手はサラサラで思わず唇で転がしたい程滑らかだ。

「アンタ、名前は?」

「……ロベリア、ロベリア・タンジーよ」

「俺は、クレイだ」


どんなに美味そうでも、彼女は食えない。
クレイは悪事を働く輩と男だけを食べると決めていたのだ。

「(直視出来ねぇ、なんだよ、コイツ)」

クレイは動かない筈の心臓が、ドクドクと脈を打つ感覚を確かに感じ取っていた。

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