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54話 魔王様、マジギレ
しおりを挟む「頼むっ!!この通りだ!!キスしてくれ!!頼むっ!!」
「い、嫌です!!無理ですよ!!」
「何故だっ?!嫁に貰うと言っているだろう!!」
「それも意味不明ですよっ!!絶対に無理です!!」
「頼むっ!!ちょっとで良いのだ!!少し触れるだけだ!!痛くは無いっ!!すぐに済むっ!!!ワタシに出来る範囲でならば、ミライの望む礼もしよう!!金銭でも構わない!!!どうだ?悪い話では無いだろう?」
尚も、伊吹虎は土下座で頼み続けている。ミライは、どうしたもんかと頭を抱えていた。そんなミライ達の傍らで、当の本人の西園寺は、ベンチで虚空を見つめている。
「なにをしている、伊吹虎………?」
伊吹虎との押し問答が暫く続く中、ミライの後ろから、氷の様に冷たい声がした。ハッとして振り向くと魔王が居た。
(あ、違う、ユアンだ)
「ひっ!!!」
ミライの口からは、悲鳴が漏れた。ユアンの体から尋常ではない殺気が漏れている。ゆっくりと、一歩一歩近づいてくるユアン。その足元から、ピキピキと音を立てて、地面が凍りついていく。
「は………、ぁ、あれ?」
ミライはその場に座り込む。自分の意志ではない。腰が抜けたのだ。
「ん?ユアンか、何とは?見てわからないか?彼女に頼み事をしているのだ」
ミライとは違い、ケロリとして伊吹虎は言う。
「頼み事……だと?」
ユアンの口からは、今までミライが聞いた事の無い様な、低く恐ろしい声が発せられた。
間違い無くユアンは今、マジギレしている。アニメでも、ここまでキレている姿は見たことが無い。
「貴様は………、ふざけているのか?」
「なに?ユアン?どうしたのだ?」
流石に伊吹虎もユアンの様子がおかしい事に気づいた様子だ。頬に冷や汗をかいている。
「どうした、だと?嫌がるミライに無理やり迫っておいて……貴様は何を言っている?」
ミライは確信した。
(あーー誤解ーー!!!!さっきの会話を完全に誤解されてるー!!!)
ユアンは伊吹虎がミライに迫っていると勘違いしているのだ。西園寺とキスしろと言われていたわけだし、まるっきり誤解と言う訳でも無いが。
先程の会話を思い出してミライは青ざめた。
(これ、やばい………)
聞きようによっては、かなり際どい会話に聞こえなくも無い。
ユアンの髪が風も無いのに、フワリと浮き上がる。
「弁解が……あるのなら一応聞こう。だが、くだらん言い訳はするなよ?」
(こっわ!!!え?ユアンのマジギレ、こっわ!!!)
ミライはガクガク震える。今や周囲はユアンの放つ冷気で真冬の様な寒さだ。だから、その寒さのせいも有るが、それとはまた違う震え。ユアンの魔力にあてられているのだ。
(ヤバいヤバい……、どうしよう!!!)
ユアンを止めようにも、体が言うことを聞かない。ブルブルと震える事しか今のミライには、出来ない。
流石の伊吹虎も、真っ青になっている。
近くにいるミライですらコレならば、直接怒りを向けられて、威圧されている伊吹虎は立っているのも、やっとだろう。
(あぁ……ヤバい……死人が出る……)
真っ青な顔で、ブルブル震えるミライに気づいたのか、ユアンがミライへ近づいて来た。
「ミライ。大丈夫かい?そんなに震えて可哀想に……、この男に無理矢理迫られて怖かったよね?もう大丈夫。………すぐに済むから、少し待っていて」
そう言って蕩けるような笑顔で微笑むユアン。余計に怖い。
今、ユアンはしゃがんでミライの顔を覗き込んでいる。ユアンを止められるとしたら、今がラストチャンスだ。
(くっ……仕方ない!!迷ってる暇はない!!)
今、ユアンを止めなければ、伊吹虎はタダでは済まないだろう。
(でも、言葉で説得しても、安藤の時みたいになるかも……。そうだ!!こういう時はショックを与えると良いって何かで見た気がする。……それなら)
ミライは全身の力を振り絞ってユアンの首に腕を回した、そして、キスをした。
ほっぺたに。
「ん……。ユ、ユアン。誤解だから、落ち着いて?」
それからなんとか笑顔を作り、微かに震える声で告げる。するとユアンは止まった。
「……うん」
吹雪も止まった。
こうして、ミライの捨て身の攻撃により世界の平和と伊吹虎の命は守られたのだった。
◇◇◇◇◇◇
今、ミライは真っ白になってベンチに座っている。
(ふ、やっちまったぜ……)
その横では伊吹虎がユアンに事の経緯を説明していた。ユアンはそれを満面の笑みで聞いている。
『西園寺とキス』の下りでは一瞬般若になっていたがすぐに笑顔に戻っていた。
「そっか!!なるほどね!!そうだったんだね。すまない。どうやら僕は誤解してしまっていたみたいだね。……誤解で君を傷つけなくて、本当に良かったよ」
ユアンはホッと息を吐いて伊吹虎に笑いかけた。
「いやはや、噂には聞いていたが。まさかユアン。君があれ程だとは……。敵には回らないで欲しいものである。……本気で死を覚悟したのだ」
冷や汗をかいた伊吹虎は、苦笑いしている。
「それにしても、西園寺君がそんな事になっていたなんて、全然知らなかったよ」
ユアンは西園寺を見てそう言い、少し眉を顰めた。
「む?ユアンなら魔眼でお見通しだと思っていたのだが、違うのか?」
伊吹虎が不思議そうに言うと、一瞬、ユアンの顔が悲しげに歪んだ。
(ユアン?)
「もう、伊吹虎さん。そんな言い方、ユアンに失礼ですよー。ユアンは勝手に見たりしないです」
(勝手に見てくれてたら、私がこんなに苦労してないっつーの)
今までの誤解の数々を思い出してミライは遠い目になる。そんな風に考えながら、ユアンに視線をやると、ユアンが泣いていた。ポロポロと涙が頬を流れ落ちている。
「え……?あれ……?なんで?」
ユアン自身も何故涙が出るのかわからないのか、困惑しながら袖口で涙を拭っている。だが、次から次に涙が溢れ出して、一向に止まる気配は無い。
(えーーっ?!何事っ??)
その内にユアンは、ひっくひっくとしゃくりあげて、嗚咽を漏らし本気泣きモードに突入した。
そんなユアンに、ミライと伊吹虎はオロオロするしかない。その傍らで、西園寺は相変わらず虚空を見つめていた。
(え?え?……ど、どうしよう。泣いてるなら、慰めるとか?……それなら……)
ミライはユアンの頭を抱きしめた。
「!?」
そのまま、あやすように、優しく、よしよしと頭を撫でる。
「………えっと……大丈夫だよ?ユアン、……よしよし」
「………っ……ふ…………ぅ」
暫くすると、嗚咽は静かに鼻を啜る音に変わる、ユアンは落ち着いた様だ。
「えーと?落ち着いた?」
「う、うん。大丈夫だよ。すまない手数をかけて………」
困ったように笑うユアンの目は真っ赤だ。
(うぐっ)
ミライはダメージを受けた。イケメンの泣き顔は破壊力抜群だった。
ドキドキと高鳴る胸を誤魔化すように、もう一度よしよし、とユアンの頭を撫でる。それから、ハッとして周囲を見回すと伊吹虎達は居なくなっていた。
(逃げやがったな?あの野郎)
ミライは次に会ったら伊吹虎をブン殴ろうと誓うのだった。
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