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58話 魔賢者と魔手甲と執事と
しおりを挟む「……とりあえず、道場戻るか?」
安藤の言葉に、桜志穂以外は頷いた。
「ワタクシは、ちょっと所要がありますので、これで失礼致しますわ」
そう言うと志穂はモブ女子達の方へと向かって行った。多分2年目の女生徒達だろう。軍学校では、通常クラス、特別クラスの判別にネクタイを使っている。赤いネクタイが、特別クラス、青いネクタイが通常クラスだ。
そして、特別クラスのネクタイには星の刺繍が入っている。星が一つなら1年目。二つなら2年目。三つなら3年目と言うように、区別されている。女生徒達のネクタイには星が二つだった。そして、安藤とツバサを見ては、コソコソ盛り上がってるので、志穂のお仲間だろう。
(…………どこの世界にも、そう言うの好きな人たちは居るんだなぁ)
ミライは、遠い目で志穂達を眺めた。
「よし、行くか」
立ち上がる安藤に続き、皆で廊下を歩いていると、前から二人の男子生徒が駆け寄って来た。
「あ!!若っ!!今、戻りました」
「遅くなってすいません!!若っ」
安藤の取り巻きの加藤と金田だ。走り寄って来た二人は、風呂敷に包まれた何かを安藤に手渡した。
「おう、ご苦労。どうだった?」
安藤はそれを受け取ると、続いて尋ねる。
「あ、はい。親分は喜んでましたよ」
「それに姐さんもです」
「おぅそうかよ。ありがとな、お前ら」
ミライは3人のやり取りに衝撃を受けた
(若、親分、姐さん?………ヤ、ヤクザ?)
ミライが震えていると、察した安藤から、頭にチョップされた。
「こら、変な誤解してんじゃねえ」
「俺達は、そんなんじゃないですって、どちらかと言えば、自警団の様な物っす」
加藤が苦笑して言うと、金田も頷く。
「……まあ、また今度ゆっくり教えてやるよ」
そう言って、安藤は手の中の物を遊ばせている。
「ねえ、安藤君、それはなに?」
ツバサが不思議そうに安藤に尋ねると、安藤はニヤリと笑った。
「あー?秘密兵器ってやつだな、こりゃ」
◇◇◇◇◇◇
道場に着くと、ツバサは、わくわくしながら安藤の手元を覗き込んでいる。珍妙丸も珍しくそわそわしている。
(秘密兵器だっけ?男の子って好きだもんね。そういうの)
ミライは、冷めた視線を盛り上がる男子達に向けた。
安藤が風呂敷を広げると、中には手甲が入っている。赤い筋の様な複雑な模様が入っていって、よく見ると、そこだけ硝子の様だ。キラキラと光が反射している。
「それ、なんですか?」
ミライの問いかけに、安藤が答えた。
「こいつは魔手甲【佐助】だ」
「魔手甲佐助?」
キラキラした目でツバサは反復した。
「おう、コイツがお前の切り札になんだよ」
安藤は、そう言うとソレをポイッとツバサに投げ渡す。
「わっ……と、うわぁ、思ったより軽いんだね。コレ」
受け取ったツバサは、しげしげと魔手甲を眺めて、嬉しそうだ。
「それって、何に使うんですか?」
ミライの問いかけに、安藤は指を二本立てた。
「そいつには2つだけ、魔法攻撃を仕込んでおけんだよ。金田、ちゃんと入ってんだろーな?」
安藤が金田に言うと、金田はグッと親指を立てた。
「もちろんっすよ!!」
「とりあえずハメてみろ」
「う、うん。わかったよ」
「ハメたら、発動しろと思いながら、拳を繰り出せ」
「え?今、ここで?危なくないの?」
ツバサは少しだけ、不安そうな様子だ。
「おー、んなヘマしねえよ」
安藤が片手を上げてそう言う。それに安心したのか、頷いてツバサは拳を繰り出した。
その瞬間、フワリと花びらが舞った。ツバサの拳を起点に光の粒がキラキラと瞬き、光の蝶がヒラヒラと辺りを飛ぶ。
「わあ!!綺麗だね。園田さん」
ツバサは頬を興奮で染めて、ミライにそう言うと、瞳をキラキラと輝かせている。
「ふあー、ホント綺麗だね。これって……幻?」
ミライが蝶に手を伸ばすが、触れることは出来ず、するりとすり抜けていく。
「幻惑魔法を仕込んでおきましたからね!!どうっすか?若」
金田は、どうだと言わんばかりだ。
「まあ、上出来だな。今回は危なくねぇように、攻撃力の無いコレにしたが、ユアンあたりに頼んで、凄え魔法、入れて貰っとけ」
安藤がツバサの肩を叩いた。
「わかったよ!!ありがとう。安藤君」
◇◇◇◇◇◇
「これ、貰っちゃって、ホントに良いの?」
遠慮がちにツバサが言うと安藤は笑う。
「あー、良いんだよ。どうせ、死蔵してたんだ。使われた方が佐助も喜ぶぜ」
(へー。良いところあるじゃん。安藤の癖に……)
ミライは少し安藤を見直した。
「うむ、それはお主が幼少の頃に、親方様から頂いた品であるな?」
珍妙丸が口を開く。
「おー、そうだよ。良く覚えてんな。おっさん。ま、そう言う訳で、俺のお下がりだからよ。気にすんな」
また安藤はツバサの肩を叩いている。
「ありがとう!!本当、安藤君が仲間になってくれて良かったよ」
「………お、おう」
安藤は照れくさそうだが、嬉しそうだ。ツバサはよっぽど嬉しかったのか、頬を染めて満面の笑みで興奮状態だ。また、この二人の友好度が上がった事だろう。
ミライは思った。
(志穂っていつも良い所を見逃すよね……)
暫くしてツバサの興奮も落ち着いたので、珍妙丸達をそっと遠ざけて3人でコソコソ話す。
魔賢者ノワノワールについてだ。
まあ話すと言っても、アニメには名前しか出て来ないので、特に情報を持っている訳では無いのだが。
「へー?そいつがツバサをねえ、んじゃ、ある意味父親だな」
「え?お父さん……」
安藤の言葉に、こちらの世界では父親の居ないツバサは、軽く動揺していた。
「まあ、ある意味では、一応そうとも言えるかな?でも、アニメでは出てこないし、とっくに死んでるような匂わせ描写もあったから、今後関わる事は無いと思うよ」
「そうなんだ………」
ミライの言葉にツバサは複雑そうな表情だ。
「うん。アニメの中で、『あいつが、居ればな……』『よせ。あの事故だ。……しかたねぇよ』って言うモブの台詞が有るからね」
「へー」
「あ、実際どうなのか、何か知ってる?二人の方がこの世界の事、詳しいでしょ?事故の事とかさ」
「知らねー」
「僕も知らない、ごめんね」
(まあ、そうだよねー)
ミライがガックリと肩を落としていると、安藤が加藤を呼ぶ。
「おい!加藤、お前調べとけや」
「はい!!若の頼みならっ、なんでもやります!!」
加藤は、やる気満々だ。
(ん?今なんでもって言った?)
「園田さん、また変な事考えてるの?」
ツバサが呆れた様に言う。
◇◇◇◇◇◇
(はあ……。また、ぼっちだよ)
その後、何故かまた道場を追い出されたミライは、トボトボ歩いていた。
(ん?あれ?あの人……)
ふと視線を上げると、少し先の方に、見覚えの有る執事さんが居た。
執事さんは真っ直ぐに、こちらにやって来る。
「こんにちは」
「こんにちは……、え……?」
挨拶をされたので、挨拶を返す。そしてミライはギョッとした。
相変わらずのイケメン執事。だが、その整った顔には無数の切り傷と痣が有った。
(うわ………酷い怪我……痛そ……)
ミライの困惑を余所に、執事は淡々と口を開く。
「すみませんが、こちらを貰って頂けませんか?」
目の前に青いクマのヌイグルミが差し出された。
「え?」
「さあ、どうぞ」
(えー?なんで、クマ?それに………)
執事の顔の傷口は未だ湿っていて、真新しい。デコボコはしていないが、痣も痛々しい紫や黄色だ。なのに、執事は、なんでもない顔でヌイグルミを差し出し続けている。異常な光景だ。
「………あの?大丈夫ですか?」
「?……何がでしょうか?」
不思議そうな執事にミライは困惑した。
「え?いや、何って傷が……」
執事は今気づいたように、顔に触れた。
「ああ、これですか。大丈夫です。なんでもございません。私が、仕事でヘマを致しまして。その罰を受けた結果でございます」
(え!!罰?!学校関係者だよね、この人?え?学校って、そんなにブラックな職場なのっ?パワハラじゃないのっ!?)
「それで、……貰っては頂けないのでしょうか?」
執事はクマを差し出したまま、ほんの少しだけ、困った様子だ。
「あ、あの、そのクマのぬいぐるみを私に?どうしてか、理由を聞いても?」
「…………不用品なのですが、処分するのは可哀想なので。どなたかに貰って頂きたいのです」
(ええ?そんな話ある?不用品だからって、なんで私に?)
怪しさMAXだ。ミライは怪訝な表情で執事を眺めた。
(あ、出血してる)
真新しい傷口から、血が流れ出している。一滴、ポタリと落ちた。
「あのー、とりあえず、手当てしましょう?それ、ちょっと……そのままは良くないですよ」
ミライは執事の傷を見てみぬふりは出来なかった。
「手当て?何故?」
不思議そうに執事は言う。ミライは、びっくりした。
「いやいやいや!!だって、血が出てますもんっ!!!手当てさせてくれたら、クマ貰いますから!!ほら、こっち来てください!!」
言うやいなや、ミライは執事の手を引っ張り、近くのベンチに座らせる。多少強引だが、仕方ない。今もタラタラと血は流れているのだから。
「ここで待っててください。救急セット、買って来ますから」
幸いにも、ここからなら売店が近い。ミライは走った。それを執事は不思議そうに眺めていた。
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