上 下
62 / 72

58話 魔賢者と魔手甲と執事と

しおりを挟む




「……とりあえず、道場戻るか?」

安藤の言葉に、桜志穂以外は頷いた。

「ワタクシは、ちょっと所要がありますので、これで失礼致しますわ」

そう言うと志穂はモブ女子達の方へと向かって行った。多分2年目の女生徒達だろう。軍学校では、通常クラス、特別クラスの判別にネクタイを使っている。赤いネクタイが、特別クラス、青いネクタイが通常クラスだ。

そして、特別クラスのネクタイには星の刺繍が入っている。星が一つなら1年目。二つなら2年目。三つなら3年目と言うように、区別されている。女生徒達のネクタイには星が二つだった。そして、安藤とツバサを見ては、コソコソ盛り上がってるので、志穂のお仲間だろう。

(…………どこの世界にも、そう言うの好きな人たちは居るんだなぁ)

ミライは、遠い目で志穂達を眺めた。

「よし、行くか」

立ち上がる安藤に続き、皆で廊下を歩いていると、前から二人の男子生徒が駆け寄って来た。

「あ!!若っ!!今、戻りました」

「遅くなってすいません!!若っ」

安藤の取り巻きの加藤と金田だ。走り寄って来た二人は、風呂敷に包まれた何かを安藤に手渡した。

「おう、ご苦労。どうだった?」

安藤はそれを受け取ると、続いて尋ねる。

「あ、はい。親分は喜んでましたよ」

「それに姐さんもです」

「おぅそうかよ。ありがとな、お前ら」

ミライは3人のやり取りに衝撃を受けた

(若、親分、姐さん?………ヤ、ヤクザ?)

ミライが震えていると、察した安藤から、頭にチョップされた。

「こら、変な誤解してんじゃねえ」

「俺達は、そんなんじゃないですって、どちらかと言えば、自警団の様な物っす」

加藤が苦笑して言うと、金田も頷く。

「……まあ、また今度ゆっくり教えてやるよ」

そう言って、安藤は手の中の物を遊ばせている。

「ねえ、安藤君、それはなに?」

ツバサが不思議そうに安藤に尋ねると、安藤はニヤリと笑った。

「あー?秘密兵器ってやつだな、こりゃ」





◇◇◇◇◇◇





道場に着くと、ツバサは、わくわくしながら安藤の手元を覗き込んでいる。珍妙丸も珍しくそわそわしている。

(秘密兵器だっけ?男の子って好きだもんね。そういうの)

ミライは、冷めた視線を盛り上がる男子達に向けた。


安藤が風呂敷を広げると、中には手甲が入っている。赤い筋の様な複雑な模様が入っていって、よく見ると、そこだけ硝子の様だ。キラキラと光が反射している。

「それ、なんですか?」

ミライの問いかけに、安藤が答えた。

「こいつは魔手甲【佐助】だ」

「魔手甲佐助?」

キラキラした目でツバサは反復した。

「おう、コイツがお前の切り札になんだよ」

安藤は、そう言うとソレをポイッとツバサに投げ渡す。

「わっ……と、うわぁ、思ったより軽いんだね。コレ」

受け取ったツバサは、しげしげと魔手甲を眺めて、嬉しそうだ。

「それって、何に使うんですか?」

ミライの問いかけに、安藤は指を二本立てた。

「そいつには2つだけ、魔法攻撃を仕込んでおけんだよ。金田、ちゃんと入ってんだろーな?」

安藤が金田に言うと、金田はグッと親指を立てた。

「もちろんっすよ!!」

「とりあえずハメてみろ」

「う、うん。わかったよ」

「ハメたら、発動しろと思いながら、拳を繰り出せ」

「え?今、ここで?危なくないの?」

ツバサは少しだけ、不安そうな様子だ。

「おー、んなヘマしねえよ」

安藤が片手を上げてそう言う。それに安心したのか、頷いてツバサは拳を繰り出した。

その瞬間、フワリと花びらが舞った。ツバサの拳を起点に光の粒がキラキラと瞬き、光の蝶がヒラヒラと辺りを飛ぶ。


「わあ!!綺麗だね。園田さん」

ツバサは頬を興奮で染めて、ミライにそう言うと、瞳をキラキラと輝かせている。

「ふあー、ホント綺麗だね。これって……幻?」

ミライが蝶に手を伸ばすが、触れることは出来ず、するりとすり抜けていく。

「幻惑魔法を仕込んでおきましたからね!!どうっすか?若」

金田は、どうだと言わんばかりだ。

「まあ、上出来だな。今回は危なくねぇように、攻撃力の無いコレにしたが、ユアンあたりに頼んで、凄え魔法、入れて貰っとけ」

安藤がツバサの肩を叩いた。

「わかったよ!!ありがとう。安藤君」







◇◇◇◇◇◇




「これ、貰っちゃって、ホントに良いの?」

遠慮がちにツバサが言うと安藤は笑う。

「あー、良いんだよ。どうせ、死蔵してたんだ。使われた方が佐助も喜ぶぜ」

(へー。良いところあるじゃん。安藤の癖に……)

ミライは少し安藤を見直した。

「うむ、それはお主が幼少の頃に、親方様から頂いた品であるな?」

珍妙丸が口を開く。

「おー、そうだよ。良く覚えてんな。おっさん。ま、そう言う訳で、俺のお下がりだからよ。気にすんな」

また安藤はツバサの肩を叩いている。

「ありがとう!!本当、安藤君が仲間になってくれて良かったよ」

「………お、おう」

安藤は照れくさそうだが、嬉しそうだ。ツバサはよっぽど嬉しかったのか、頬を染めて満面の笑みで興奮状態だ。また、この二人の友好度が上がった事だろう。

ミライは思った。

(志穂っていつも良い所を見逃すよね……)



暫くしてツバサの興奮も落ち着いたので、珍妙丸達をそっと遠ざけて3人でコソコソ話す。

魔賢者ノワノワールについてだ。

まあ話すと言っても、アニメには名前しか出て来ないので、特に情報を持っている訳では無いのだが。

「へー?そいつがツバサをねえ、んじゃ、ある意味父親だな」

「え?お父さん……」

安藤の言葉に、こちらの世界では父親の居ないツバサは、軽く動揺していた。

「まあ、ある意味では、一応そうとも言えるかな?でも、アニメでは出てこないし、とっくに死んでるような匂わせ描写もあったから、今後関わる事は無いと思うよ」

「そうなんだ………」

ミライの言葉にツバサは複雑そうな表情だ。

「うん。アニメの中で、『あいつが、居ればな……』『よせ。あの事故だ。……しかたねぇよ』って言うモブの台詞が有るからね」

「へー」

「あ、実際どうなのか、何か知ってる?二人の方がこの世界の事、詳しいでしょ?事故の事とかさ」

「知らねー」

「僕も知らない、ごめんね」

(まあ、そうだよねー)

ミライがガックリと肩を落としていると、安藤が加藤を呼ぶ。

「おい!加藤、お前調べとけや」

「はい!!若の頼みならっ、なんでもやります!!」

加藤は、やる気満々だ。

(ん?今なんでもって言った?)

「園田さん、また変な事考えてるの?」

ツバサが呆れた様に言う。







◇◇◇◇◇◇





(はあ……。また、ぼっちだよ)


その後、何故かまた道場を追い出されたミライは、トボトボ歩いていた。

(ん?あれ?あの人……)

ふと視線を上げると、少し先の方に、見覚えの有る執事さんが居た。

執事さんは真っ直ぐに、こちらにやって来る。

「こんにちは」

「こんにちは……、え……?」
 
挨拶をされたので、挨拶を返す。そしてミライはギョッとした。

相変わらずのイケメン執事。だが、その整った顔には無数の切り傷と痣が有った。

(うわ………酷い怪我……痛そ……)

ミライの困惑を余所に、執事は淡々と口を開く。

「すみませんが、こちらを貰って頂けませんか?」 

目の前に青いクマのヌイグルミが差し出された。

「え?」

「さあ、どうぞ」

(えー?なんで、クマ?それに………)

執事の顔の傷口は未だ湿っていて、真新しい。デコボコはしていないが、痣も痛々しい紫や黄色だ。なのに、執事は、なんでもない顔でヌイグルミを差し出し続けている。異常な光景だ。

「………あの?大丈夫ですか?」

「?……何がでしょうか?」

不思議そうな執事にミライは困惑した。

「え?いや、何って傷が……」

執事は今気づいたように、顔に触れた。

「ああ、これですか。大丈夫です。なんでもございません。わたくしが、仕事でヘマを致しまして。その罰を受けた結果でございます」

(え!!罰?!学校関係者だよね、この人?え?学校って、そんなにブラックな職場なのっ?パワハラじゃないのっ!?)

「それで、……貰っては頂けないのでしょうか?」

執事はクマを差し出したまま、ほんの少しだけ、困った様子だ。

「あ、あの、そのクマのぬいぐるみを私に?どうしてか、理由を聞いても?」

「…………不用品なのですが、処分するのは可哀想なので。どなたかに貰って頂きたいのです」

(ええ?そんな話ある?不用品だからって、なんで私に?)

怪しさMAXだ。ミライは怪訝な表情で執事を眺めた。

(あ、出血してる)

真新しい傷口から、血が流れ出している。一滴、ポタリと落ちた。

「あのー、とりあえず、手当てしましょう?それ、ちょっと……そのままは良くないですよ」

ミライは執事の傷を見てみぬふりは出来なかった。

「手当て?何故?」

不思議そうに執事は言う。ミライは、びっくりした。

「いやいやいや!!だって、血が出てますもんっ!!!手当てさせてくれたら、クマ貰いますから!!ほら、こっち来てください!!」

言うやいなや、ミライは執事の手を引っ張り、近くのベンチに座らせる。多少強引だが、仕方ない。今もタラタラと血は流れているのだから。

「ここで待っててください。救急セット、買って来ますから」

幸いにも、ここからなら売店が近い。ミライは走った。それを執事は不思議そうに眺めていた。








しおりを挟む

処理中です...