美味しくて切なくて優しい、ちいさな恋物語

かみゅG

文字の大きさ
18 / 55
サマー・ベジタブル

いとなみ(その1)

しおりを挟む
「わたし……子供ができたみたい」

 ある日、小娘がそう言い出した。
 そして、それは待ちわびた言葉だった。
 小娘の夢の第一歩でもある。

「本当か!?」

 疑っているわけではない。
 少し前に花を咲かせていたから、その可能性はあった。
 だが、初産なので心配にもなる。
 最初の子供を上手く産めないと、後々まで響くらしい。
 しかし、めでたいことは間違いない。

「おめでとう!」

 祝いの言葉を伝える。
 なんにせよ、まずはそれだろう。

「ありがとう♪」

 それに対して、小娘も素直に喜びを表す。
 声が弾んでいることが分かる。

「だが、大丈夫か? 初産は重要だと聞くが……」

 水を差すつもりはないが、どうしても聞いてしまう。
 我ながら心配性だとは思うが、こればかりは性分だ。

「大丈夫よ。ほら」

 そこへ、ちょうど、足音が聞こえてきた。
 もはや聞きなれた足音だ。

『きゅうりが実をつけ始めたみたい! お爺さんにも教えなくちゃ!』

 小娘を見るなり、来たばかりだというのに、パタパタと去って行く足音。
 小娘が子供を宿したことに気が付いたようだ。

「きっと、ニンゲンがうまくやってくれるわ」

 小娘の言葉に異論はない。
 ニンゲンへの信頼は確かなものになっている。

「うむ。夢への第一歩だな」

 その数日後。
 吾輩も初めての子供を創ることができた。

☆★☆★☆★☆★☆★

「吾輩たちも子供を創るのに慣れてきたな」

 あれから何人もの子供を創った。
 夢は順調だ。

「そうね。でも、まだまだ先は長いんだから、気を抜いちゃ駄目よ」

 小娘が注意を促してくる。
 そうだな。
 それは間違いないが。

「病は気からと言う。そちらこそ、気を抜いて病気になったら駄目だぞ?」

 どちらかと言えば、小娘の方が心配だ

「もう! そのことは言わないでよ! あのときは、ちょっと気弱になっていただけなんだから」

 虫に襲われたときや、病気になったときを思い出しているのだろう。
 ぷりぷりと怒ったように返してくる。
 しかし、付き合いも長いので分かる。
 弱みを見せたところを突かれて、拗ねているだけだ。
 その仕草も、見慣れた今となっては、可愛らしいものだ。

「それに、同じ夢を持つライバルなんだからね! あなたにも負けるつもりはないわ!」

 そう宣言してくる。
 いつかと言っていることが違う気がするが、まあ照れ隠しだろう。

「む? それは、こちらのセリフだぞ?」

 だから、吾輩もそれに乗って答える。

「うふふふふ」
「はっはっはっ」

 見つめ合いながら、不敵に笑いあう。

「あははははっ!」
「はははははっ!」

 妙におかしくなって、やがて本気で笑いあう。
 妻がいて、子作りも順調。
 幸せな毎日だ。

☆★☆★☆★☆★☆★

 バサバサ!

「わっ!」

 小娘が声を上げる。

「うぉっ!」

 吾輩も自らの手が立てる音に驚く。
 駄々っ子が手を振り回すように、激しく揺さぶられる。
 生まれてから、自分の身体から、このような音が発生したことはない。

「すごい風ね」

 原因はそれだ。
 圧力を持つほどに強い風が、手を振り回してくる。

「雨粒も痛いほど叩きつけてくるな」

 いつもは柔らかく身体を揺らして潤いを与えてくれる雨が、今日は身体に穴を開けようとするかのごとく激しい。
 恵みの雨に恐怖を感じたのは初めてだ。
 悪意を向けられているようにも感じる。

「これは天変地異の前触れか?」

 ニンゲンの手によるものではない。
 だからこそ、それ以上の恐怖を感じる。

「ある意味、間違っていないけど……」

 博識な小娘は思い当たることがあるようだ。

「これはおそらく台風よ」

 吾輩が聞くより前に、そう教えてくれた。

「タイフウ?」

 それがこの激しい風と雨の正体か。
 聞いたことがない単語だが。

「これは、わたしたちだけでなく、ニンゲンにも被害をもたらすことがある、天の怒りよ!」

 小娘の興奮した様子を見ると、どうも、吾輩の想像を超える事態らしい。
 話を聞いただけであれば、笑ってしまったかも知れない。
 しかし、この状況を見ると、それが大袈裟とは思えない。

「ニンゲンにも?」

 吾輩たちにとっては神に等しい存在。
 そのニンゲンにすら被害をもたらすという。

「そう! わたしたちからすれば神のように見えるニンゲンも、天の怒りの前には無力よ! 天の怒りは、ニンゲンを住処ごと濁流で押し流すこともあるわ!」

 神をも殺す怒り。
 今起こっているのは、それだという。

「なんと! それでは、吾輩たちなど抵抗すらできないではないか……」

 幼い頃に見たニンゲンによる虐殺は、世界の終わりのように見えた。
 そのニンゲンにすら被害を与えるということは、それを超える地獄の光景ということか。
 風に煽られるのとは別の理由で、身体が震える。

「天は何をそんなに怒っているのだ? 許しを乞うことはできないのか?」

 神を超える存在。
 そんな存在に対してできることは祈ることだけだろう。
 問題は怒りの原因だ。

「一説によると、天に近づこうとするニンゲンに怒っているとも言われているわ。でも、真相は謎よ。手の届かないところにいる存在の真意を知ることなんてできないわ」

 原因が分からなければ、許しを乞うことすらできない。
 祈ることすらできないのか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

行かないで、と言ったでしょう?

松本雀
恋愛
誰よりも愛した婚約者アルノーは、華やかな令嬢エリザベートばかりを大切にした。 病に臥せったアリシアの「行かないで」――必死に願ったその声すら、届かなかった。 壊れた心を抱え、療養の為訪れた辺境の地。そこで待っていたのは、氷のように冷たい辺境伯エーヴェルト。 人を信じることをやめた令嬢アリシアと愛を知らず、誰にも心を許さなかったエーヴェルト。 スノードロップの咲く庭で、静かに寄り添い、ふたりは少しずつ、互いの孤独を溶かしあっていく。 これは、春を信じられなかったふたりが、 長い冬を越えた果てに見つけた、たったひとつの物語。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

『☘ 好きだったのよ、あなた……』

設楽理沙
ライト文芸
2025.5.18 改稿しました。 嫌いで別れたわけではなかったふたり……。 数年後、夫だった宏は元妻をクライアントとの仕事を終えたあとで 見つけ、声をかける。 そして数年の時を越えて、その後を互いに語り合うふたり。 お互い幸せにやってるってことは『WinWin』でよかったわよね。 そう元妻の真帆は言うと、店から出て行った。 「真帆、それが……WinWinじゃないんだ」 真帆には届かない呟きを残して宏も店をあとにするのだった。

カメリア――彷徨う夫の恋心

来住野つかさ
恋愛
ロジャーとイリーナは和やかとはいえない雰囲気の中で話をしていた。結婚して子供もいる二人だが、学生時代にロジャーが恋をした『彼女』をいつまでも忘れていないことが、夫婦に亀裂を生んでいるのだ。その『彼女』はカメリア(椿)がよく似合う娘で、多くの男性の初恋の人だったが、なせが卒業式の後から行方不明になっているのだ。ロジャーにとっては不毛な会話が続くと思われたその時、イリーナが言った。「『彼女』が初恋だった人がまた一人いなくなった」と――。 ※この作品は他サイト様にも掲載しています。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

処理中です...