美味しくて切なくて優しい、ちいさな恋物語

かみゅG

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サマー・ベジタブル

いとなみ(その2)

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「どうすることもできないのか……」

 長らく感じることのなかった絶望が、心に沸き上がりかける。
 幼い頃に見た地獄がフラッシュバックする。
 しかし、そこに希望を運んできたのは小娘だ。

「でも、諦めるのは早いわ!」

 自分を奮い立たせるように、小娘は声を張り上げる。

「なにか方法があるのか?」

 小娘の言葉が心の中の地獄を吹き飛ばす。

「天は地上に住む全ての存在に試練を与えるけど、それに耐えきれれば、恵みを与えてくれるわ」

 なるほど。
 ただ、地獄をもたらすだけの存在ではないということか。
 あるいは許しを乞うなら、態度で示せということか。
 だが、どちらにせよ楽観できる状況でもない。

「耐えきれれば……か」

 問題はそれだ。
 耐えきれなければ意味がない。

「ニンゲンは台風が運んでくる膨大な雨を蓄え、雨の少ない季節にも利用することにより、渇きを感じることがない生活を送っているらしいわ」

 ニンゲンはどうやら自らを超える存在すら利用しているようだ。

「それは……ニンゲンには恵みかも知れないが、大量の雨を蓄える手段を持たぬ吾輩たちには、恩恵がないのでは?」

 それでは、吾輩たちには試練が与えられるのみになってしまう。
 それは、ただの地獄だ。

「野生で暮らすものたちには、そうかも知れないわね。でも、わたしたちはニンゲンと共存しているから」

 だが、どうやら希望はあるようだ。
 小娘の言いたいことが分かった。

「そうか。そういえば、渇きを感じたときは、ニンゲンが水を提供してくれたな」

 今までのことを思い出す。
 間接的に恩恵を受けることができるということか。

「そういうことよ。その対価として、わたしたちは子供たちを提供しているとも言えるわ」

 共存共栄。
 そういうことだ。
 だが、それも試練を耐えきった後の話だ。

「まずは、この風に耐えきれるかだな」

 未来に待つ恩恵は分かった。
 しかし、根本的な状況は変わっていない。

「この風は、まだ序の口よ。これから、まだまだ激しくなるわ」

 それどころか、さらに厳しい状況になるという。
 遠い未来より近い未来に危機感を覚える。

「今ですら、身体が持っていかれそうなのだ。果たして耐えきれるのか?」

 身体を振り回す風は、逆らうことすら許さぬ暴力だ。
 これが、まだまだ強くなるという。
 手足が多少千切れる程度で済めば、まだマシだろう。
 下手をすれば、身体ごとへし折られる可能性がある。
 なんとか方法がないか思考を巡らせるが、ぐるぐると空回りするだけだ。

「大丈夫よ」

 小娘の余裕は変わらない。
 それでも不安は拭い去れない。

「なにを根拠に」

 そこに小娘が安心させるように、声をかけてくる。
 しかし、余裕のない心には、その言葉も苛立たしく感じる。
 八つ当たりだと分かっているが、言葉に棘が混じってしまう。

「だって、ほら」

 そう言って視線の移動を促してくる。

「ん?」

 暴風の中、よろめきながら、ニンゲンがこちらにやってくる。

『思ったより風が強いから、支えを追加しなくちゃね』

 先が尖った棒を吾輩の方に向けてくる。
 先端がゆっくりと足元に向く。
 思わず足が縮こまる。

 ズドンッ!

 振りかぶった棒が地面に突き刺さる。

 ぶちぶちっ!

 土の中に満遍なく伸ばした足の一部が千切れる。
 かすり傷とはいえ、背筋が凍るような恐怖を感じる。
 あれが身体の中心を貫けば、吾輩など一撃でへし折れてしまうだろう。

『あとは紐で固定して』

 麻ひもが吾輩の身体に巻き付けられる。
 首を絞められ窒息される光景が頭に浮かぶ。
 だが、その締め具合は緩やかで、吾輩と先ほどの棒を結びつける。

『水茄子はこれでよし』

 これで目的は果たしたのか、次に人間は小娘の方に移動していく。
 安堵の息が漏れる。
 信頼しているとはいえ、逃げることを許されぬ身で、ニンゲンの強大な力に晒されるのは、心臓に悪い。

 ズンッ!

 小娘も同じことをされているようだ。
 振動がここまで伝わってくる。
 客観的な視点で見ると、ニンゲンの圧倒的な力がよく分かる。
 地面に突き刺さった棒は、この強風の中でも揺れることがない。
 それを僅かな時間で実現したのだ。

『きゅうりもこれでよし。台風が通過するまで、これで我慢してね』

 小娘の方も終わったのか、ニンゲンが去っていく。

「ニンゲンの前に身を晒すのは、いつまで経っても慣れないな」

 ほっとして気が抜けたのか、うっかりそんなことを口に出してしまう。

「あなたって意外と小心者よね」

 案の定、小娘に聞かれてしまった。
 だが、それには反論したい。

「むっ! では、おぬしは平気なのか? ニンゲンが気まぐれを起こしただけで、吾輩たちなどゴミと化すのだぞ」

 我ながら情けないとは思うが、それは事実だろう。

「共存しているって言ったでしょ。わたしたちがゴミにされるとしたら、それは間引きか寿命のときよ」

 ニンゲンへの信頼を前提とした言葉だ。
 そして、自分はそうはならないという自信の表れでもある。
 そんな言葉を言える小娘が羨ましい。

「むぅ。できれば死ぬときは、大地で朽ち果てて、次の生命が生まれるときの養分にでもなりたいのだが」

 それでも、吾輩にも思うところはある。

「まぁ、それが自然の摂理っていうのは分かるけどね。でも、わたしたちが足を伸ばしている場所だって、ニンゲンが整えてくれた環境なんだから、そこまで望むのは贅沢じゃない?」

 小娘も吾輩の言葉を否定するつもりはないようだ。
 それでも、ニンゲンとの共存を受け入れている。

「そういうものか」

 吾輩も小娘の言葉を否定するわけではない。
 そう答える。

「ともかく、これで台風を乗り切る準備はできたわね」

 そう言われて、改めて感じる。
 あいかわらず風は強いのだが、棒にしがみついていれば、会話ができる程度には風が気にならなくなっている。
 先ほどまでとは異なり、身体ごと振り回されて折れそうな恐怖は感じない。

「これほど違うか」

 先ほどまでとは、まるで違う。

「油断はできないけどね。これでもまだ手が千切れる危険は残っているけど、身体ごとへし折れるということはないはずよ」

 小娘も同様のようだ。

「あとは、ひたすら耐えるだけか」

 目途はついた。
 これ以上はニンゲンに頼るわけにはいかない。
 ニンゲンに世話されねば生きられぬ身とはいえ、最低限のプライドもある。
 あとは自力で乗り切ってみせる。

「一緒に頑張りましょうね」

 そうだな。
 自力でとは言っても、一人でというわけではない。

「ああ」

 小娘と励まし合いながら、強風に立ち向かった。
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