20 / 55
サマー・ベジタブル
いとなみ(その3)
しおりを挟む
「いい陽射しね」
小娘が空を見上げながら言う。
吾輩も同じ気持ちだ。
待ち望んだ光景だ。
「そうだな。しかし、こうも極端に天気が変わるものなのか」
激しい雨と風が、まるで夢だったかのように、消え失せている。
「台風が雨雲を持っていっちゃうからね」
単純な感想を言っただけで、質問したつもりはなかったのだが、小娘が答えてくれる。
「なるほど。あれほどの風だものな」
理由を聞けば、納得だ。
吾輩には手が届かないところで起こった、規模の大きい話ではあるが。
「さあ、いっぱい子供を産むわよ!」
小娘は気合が入っているようだ。
その気持ちも分かる。
充分すぎるほどの水、さんさんと降り注ぐ陽の光。
環境は最高だ。
これが試練を乗り越えたものに与えられる恩恵か。
「ずっと、こんな生活が続けばいいのだがな」
試練に立ち向かう覚悟はあるが、試練が好きなわけではない。
穏やかな生活を望んでいることも否定はしない。
「でも、まだ台風が来る可能性はあるわよ」
対して小娘は現実的だ。
起こり得る自体を想定している。
それが小娘の強さの源なのかも知れない。
「それは勘弁だが……その後にこれが待っていると思えば、次からはもう少し頑張れそうな気はするな」
未来に待ち受けることを知るということは希望にも繋がる。
今回はそれを学んだ。
「そうね! わたしも知識はあっても、実際に体験するのは初めてだから、なんだか気分が高揚しているわ!」
小娘はテンションが高い。
だが、この陽気だと、それも許せる。
自分も同じような気分になってくる。
「吾輩も頑張るかな」
つい柄にもないことを言ってしまう。
「愛の結晶をいっぱい創りましょうね♪」
吾輩の言葉が嬉しかったのか、小娘もそんなことを言ってくる。
「う、うむ」
とはいえ、小娘のテンションには追い付けそうもない。
よく照れもなく愛という言葉を使えるものだ。
☆★☆★☆★☆★☆★
あれから、数個の台風が訪れたが、最初の台風ほどではなかった。
身体を振り回されるのには慣れないが、それでも暗い気分にはならずに耐えられるようになった。
「最近、暑くなってきたな」
台風が通り過ぎた後は天気がいい。
最初はそれかと思ったのだが、どうも、それだけではない気がする。
「そろそろ夏かしらね」
小娘はこの暑さの原因を知っているようだ。
「ナツ?」
知らない単語だ。
だが、吾輩の想像も及ばない規模の現象だということは分かる。
台風と同じようなものだろうか。
危機感を抱いてしまう。
「もしかして、季節も知らない?」
それに対して、小娘に危機感はない。
逆に少し呆れたように言ってくる。
「むぅ。なんだか、馬鹿にされているような気がするが、その通りだ」
吾輩が無知なのは認めねばなるまい。
知ったかぶりをして知識を得る機会を失うよりはマシだ。
それにしても小娘は博識のようだが、どこで知識を身に着けたのだろうか。
「しょうがないなぁ、教えてあげる♪」
小娘はご機嫌だ。
だが、こちらを馬鹿にしているというよりは、知識を披露できるのが嬉しいようだ。
確かに自ら動けぬ身では知識を活用する機会は少ない。
せめて披露できる機会があれば、喜びもひとしおだろう。
それに水を差す気はない。
「世界には4つの季節があるわ」
ナツというものが何かを知るためには、前提知識が必要なようだ。
そこから教えてくれるようだ。
「4つ?」
吾輩は素直にその説明を受ける。
「春夏秋冬。季節によって気候が変化するの」
なるほど。
季節とは気候の変化のことか。
だが、気候はある日を境に突然変わるものでもないだろう。
「きっちり4つに分類しなくてもよいと思うが」
こちらは説明を受ける立場。
だからこそ、疑問があれば発言する。
「気温の上下だけならそうかも知れないけど、他にも特徴を表しているからね」
ふむ。
ちゃんと理由があるらしい。
まあ、それはそうか。
「特徴?」
だが、それが何かが分からない。
具体例が欲しいところだ。
「例えば、梅雨や台風なんかは、特定の季節にしか起こらない自然現象よ」
期待に応えて小娘が教えてくれる。
そうか。
台風も特徴の1つか。
なんとなく、分かってきた。
「ふむ。様々な現象を整理するための便宜的な定義のことか」
吾輩なりの解釈を口にする。
「便宜的……ちょっと違うような気がするけど、まあいいわ」
ちょっと違うらしい。
新しい言葉を解釈するというのは難しいものだな。
そんな感想を抱いている間にも、小娘の説明は続く。
「わたしたちが産まれたときのころを覚えている?」
産まれたときのことか。
硬い殻に包まれた状態から目覚めたことは覚えているが、さすがに記憶は曖昧だ。
もう昔のことではあるが、印象に残っていることはある。
「寒いというのに水をかけられた覚えがあるな」
あれで意識がはっきりした。
「あの季節が冬よ。気温が低くて乾燥しているのが特徴ね。伝え聞くところによると、天から凍った水滴が降ってくるという現象が起こるらしいわ」
予想外に怖ろし気な話が出てきたな。
「凍った水滴……地上に生きる生物は死に絶えるのではないか? そんな塊が身体に衝突したら」
台風よりも被害が大きいのではないだろうか。
「わたしも聞いたことしかないけど、ふわふわと柔らかいらしいわ」
だが、どうも想像とは違うようだ。
「凍っているのに柔らかい……意味が分からないな」
硬いけど柔らかい。
要するに、そういうことだろう。
まさに、矛盾だ。
「天から降ってくるものだもの。わたしたちでは想像もつかない方法で凍っているんじゃないかしら」
確かに、台風の雨と風をどのように生み出しているのかと言われたら、想像もつかない。
それと同じことか。
「ふむ。見てみたいものだが……」
原理は想像つかなくても、体験すれば分かるとは思う。
「残念だけど。わたしたちに見る機会は無いでしょうね」
もはや過ぎ去った季節だ。
再びその季節が訪れる頃には、吾輩たちは生きてはいまい。
あるいは自然の中で産まれていれば見る機会があったかも知れないが、ニンゲンの手によって目覚めさせられた吾輩たちは目にすることはなかった。
安全な環境で産まれた代わりに、神秘を目にする機会を失ったということだろう。
全てを求めるのは強欲というものだ。
「それで、次の季節が春よ」
小娘の説明は次に移る。
小娘が空を見上げながら言う。
吾輩も同じ気持ちだ。
待ち望んだ光景だ。
「そうだな。しかし、こうも極端に天気が変わるものなのか」
激しい雨と風が、まるで夢だったかのように、消え失せている。
「台風が雨雲を持っていっちゃうからね」
単純な感想を言っただけで、質問したつもりはなかったのだが、小娘が答えてくれる。
「なるほど。あれほどの風だものな」
理由を聞けば、納得だ。
吾輩には手が届かないところで起こった、規模の大きい話ではあるが。
「さあ、いっぱい子供を産むわよ!」
小娘は気合が入っているようだ。
その気持ちも分かる。
充分すぎるほどの水、さんさんと降り注ぐ陽の光。
環境は最高だ。
これが試練を乗り越えたものに与えられる恩恵か。
「ずっと、こんな生活が続けばいいのだがな」
試練に立ち向かう覚悟はあるが、試練が好きなわけではない。
穏やかな生活を望んでいることも否定はしない。
「でも、まだ台風が来る可能性はあるわよ」
対して小娘は現実的だ。
起こり得る自体を想定している。
それが小娘の強さの源なのかも知れない。
「それは勘弁だが……その後にこれが待っていると思えば、次からはもう少し頑張れそうな気はするな」
未来に待ち受けることを知るということは希望にも繋がる。
今回はそれを学んだ。
「そうね! わたしも知識はあっても、実際に体験するのは初めてだから、なんだか気分が高揚しているわ!」
小娘はテンションが高い。
だが、この陽気だと、それも許せる。
自分も同じような気分になってくる。
「吾輩も頑張るかな」
つい柄にもないことを言ってしまう。
「愛の結晶をいっぱい創りましょうね♪」
吾輩の言葉が嬉しかったのか、小娘もそんなことを言ってくる。
「う、うむ」
とはいえ、小娘のテンションには追い付けそうもない。
よく照れもなく愛という言葉を使えるものだ。
☆★☆★☆★☆★☆★
あれから、数個の台風が訪れたが、最初の台風ほどではなかった。
身体を振り回されるのには慣れないが、それでも暗い気分にはならずに耐えられるようになった。
「最近、暑くなってきたな」
台風が通り過ぎた後は天気がいい。
最初はそれかと思ったのだが、どうも、それだけではない気がする。
「そろそろ夏かしらね」
小娘はこの暑さの原因を知っているようだ。
「ナツ?」
知らない単語だ。
だが、吾輩の想像も及ばない規模の現象だということは分かる。
台風と同じようなものだろうか。
危機感を抱いてしまう。
「もしかして、季節も知らない?」
それに対して、小娘に危機感はない。
逆に少し呆れたように言ってくる。
「むぅ。なんだか、馬鹿にされているような気がするが、その通りだ」
吾輩が無知なのは認めねばなるまい。
知ったかぶりをして知識を得る機会を失うよりはマシだ。
それにしても小娘は博識のようだが、どこで知識を身に着けたのだろうか。
「しょうがないなぁ、教えてあげる♪」
小娘はご機嫌だ。
だが、こちらを馬鹿にしているというよりは、知識を披露できるのが嬉しいようだ。
確かに自ら動けぬ身では知識を活用する機会は少ない。
せめて披露できる機会があれば、喜びもひとしおだろう。
それに水を差す気はない。
「世界には4つの季節があるわ」
ナツというものが何かを知るためには、前提知識が必要なようだ。
そこから教えてくれるようだ。
「4つ?」
吾輩は素直にその説明を受ける。
「春夏秋冬。季節によって気候が変化するの」
なるほど。
季節とは気候の変化のことか。
だが、気候はある日を境に突然変わるものでもないだろう。
「きっちり4つに分類しなくてもよいと思うが」
こちらは説明を受ける立場。
だからこそ、疑問があれば発言する。
「気温の上下だけならそうかも知れないけど、他にも特徴を表しているからね」
ふむ。
ちゃんと理由があるらしい。
まあ、それはそうか。
「特徴?」
だが、それが何かが分からない。
具体例が欲しいところだ。
「例えば、梅雨や台風なんかは、特定の季節にしか起こらない自然現象よ」
期待に応えて小娘が教えてくれる。
そうか。
台風も特徴の1つか。
なんとなく、分かってきた。
「ふむ。様々な現象を整理するための便宜的な定義のことか」
吾輩なりの解釈を口にする。
「便宜的……ちょっと違うような気がするけど、まあいいわ」
ちょっと違うらしい。
新しい言葉を解釈するというのは難しいものだな。
そんな感想を抱いている間にも、小娘の説明は続く。
「わたしたちが産まれたときのころを覚えている?」
産まれたときのことか。
硬い殻に包まれた状態から目覚めたことは覚えているが、さすがに記憶は曖昧だ。
もう昔のことではあるが、印象に残っていることはある。
「寒いというのに水をかけられた覚えがあるな」
あれで意識がはっきりした。
「あの季節が冬よ。気温が低くて乾燥しているのが特徴ね。伝え聞くところによると、天から凍った水滴が降ってくるという現象が起こるらしいわ」
予想外に怖ろし気な話が出てきたな。
「凍った水滴……地上に生きる生物は死に絶えるのではないか? そんな塊が身体に衝突したら」
台風よりも被害が大きいのではないだろうか。
「わたしも聞いたことしかないけど、ふわふわと柔らかいらしいわ」
だが、どうも想像とは違うようだ。
「凍っているのに柔らかい……意味が分からないな」
硬いけど柔らかい。
要するに、そういうことだろう。
まさに、矛盾だ。
「天から降ってくるものだもの。わたしたちでは想像もつかない方法で凍っているんじゃないかしら」
確かに、台風の雨と風をどのように生み出しているのかと言われたら、想像もつかない。
それと同じことか。
「ふむ。見てみたいものだが……」
原理は想像つかなくても、体験すれば分かるとは思う。
「残念だけど。わたしたちに見る機会は無いでしょうね」
もはや過ぎ去った季節だ。
再びその季節が訪れる頃には、吾輩たちは生きてはいまい。
あるいは自然の中で産まれていれば見る機会があったかも知れないが、ニンゲンの手によって目覚めさせられた吾輩たちは目にすることはなかった。
安全な環境で産まれた代わりに、神秘を目にする機会を失ったということだろう。
全てを求めるのは強欲というものだ。
「それで、次の季節が春よ」
小娘の説明は次に移る。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
行かないで、と言ったでしょう?
松本雀
恋愛
誰よりも愛した婚約者アルノーは、華やかな令嬢エリザベートばかりを大切にした。
病に臥せったアリシアの「行かないで」――必死に願ったその声すら、届かなかった。
壊れた心を抱え、療養の為訪れた辺境の地。そこで待っていたのは、氷のように冷たい辺境伯エーヴェルト。
人を信じることをやめた令嬢アリシアと愛を知らず、誰にも心を許さなかったエーヴェルト。
スノードロップの咲く庭で、静かに寄り添い、ふたりは少しずつ、互いの孤独を溶かしあっていく。
これは、春を信じられなかったふたりが、
長い冬を越えた果てに見つけた、たったひとつの物語。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
カメリア――彷徨う夫の恋心
来住野つかさ
恋愛
ロジャーとイリーナは和やかとはいえない雰囲気の中で話をしていた。結婚して子供もいる二人だが、学生時代にロジャーが恋をした『彼女』をいつまでも忘れていないことが、夫婦に亀裂を生んでいるのだ。その『彼女』はカメリア(椿)がよく似合う娘で、多くの男性の初恋の人だったが、なせが卒業式の後から行方不明になっているのだ。ロジャーにとっては不毛な会話が続くと思われたその時、イリーナが言った。「『彼女』が初恋だった人がまた一人いなくなった」と――。
※この作品は他サイト様にも掲載しています。
『☘ 好きだったのよ、あなた……』
設楽理沙
ライト文芸
2025.5.18 改稿しました。
嫌いで別れたわけではなかったふたり……。
数年後、夫だった宏は元妻をクライアントとの仕事を終えたあとで
見つけ、声をかける。
そして数年の時を越えて、その後を互いに語り合うふたり。
お互い幸せにやってるってことは『WinWin』でよかったわよね。
そう元妻の真帆は言うと、店から出て行った。
「真帆、それが……WinWinじゃないんだ」
真帆には届かない呟きを残して宏も店をあとにするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる