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サマー・ベジタブル
ねむり(その1)
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親友が来てから数日が経過した。
あり得ないと思っていた再会に喜び、様々なことを語り合った。
だが、薄々気づいている。
親友は箱に入れられたままだ。
大地に移される様子はない。
その理由は予想できる。
そのことを口にはしないが、そのときができるだけ遅ければいいとは思う。
「そういえば、薬漬けと言っていたが、大丈夫なのか」
そのことを聞いたとき、気にはなったのだが、色々あって詳しく聞けていなかった。
「ああ、それか。おまえと別れてしばらくは、虫にたかられていたんだがな。ニンゲンがオレにクスリを振りかけてから、たかっていた虫が死に始めたんだ」
親友は淡々と話してくれる。
「虫に襲われないのは、いいことではないか」
親友は小さい頃に虫に襲われている。
その心配がなくなったのだ。
話を聞くだけではいいことのように聞こえたのだが、親友の表情は晴れない。
「虫を殺すクスリだぞ。オレたちの身体に影響がないわけがないだろう。死を招く毒が蓄積していっているはずだ」
それが親友の表情の理由だった。
「そんな……」
そんなことになっていたとは。
親友の境遇に驚愕する吾輩。
だが、それに笑い飛ばすような声をかけたのは小娘だ。
「あのね。それは農薬といって、基本的にわたしたちの身体に害はないわ」
なんでもないことのように、そう説明してくる。
「だが、他の生物を殺すんだぞ。良い成分ではないだろう」
親友は虫が死ぬ様を実際に見ているのだ。
害はないと言われても、無条件に信じることはできないのだろう。
疑問を口にする。
「昔はそういう成分も使われていたらしいけどね。ニンゲンも口にするんだもの。改良されたそうよ」
それに対する小娘は、先ほどと変わらずに、なんでもないことのように理由を話す。
「では、親友の身体は大丈夫なのだな!」
小娘の言葉に希望を持つ吾輩。
思わず声を上げてしまう。
「ニンゲンたちも自殺したいとは思っていないでしょう」
なるほど。
説得力がある。
「そうか! よかった……」
安堵の息を吐く。
「オレの身体のことなのに、オレよりも必死だな。あいかわらずだな、おまえは」
親友はなんだが愉快そうだ。
吾輩が心配しているというのに呑気なものだ。
だが、先ほどよりも表情が明るくなったので、良しとするか
☆★☆★☆★☆★☆★
それから、さらに数日が経過した。
「しかし、お前も酔狂だよな」
親友がそんなことを言ってきた。
「なにがだ?」
なんのことか分からず、問い返す。
「自分とは別の種族を妻にもらうってことがさ」
そのことか。
「確かに、吾輩と小娘では子を成すことはできないが……」
思い付く理由を話そうとするのだが、どうも違うようだ。
「問題は他にもあるだろう」
親友が言葉を挟んでくる。
「他の問題?」
ともに暮らすだけなら、たとえ種族が違っても問題はないだろう。
価値観の違いはあるだろうが、それは言葉を交わせば、溝は埋まる。
あとは本人たちが納得していれば問題ないはずだ。
「……もしかして、知らないのか?」
吾輩の言葉を聞くと、親友の表情に変化が生まれる。
「なんのことだ」
ちらっと親友は小娘の方に視線を向ける。
「オレが教えていいのか」
なんだろう。
小娘は知っているということだろうか。
「……わたしが話すわ。……そのうちね」
その疑問を肯定するような小娘の言葉。
「そのうちって……もう夏だぞ」
どこか責めるような親友の言葉。
「わかってる!」
小娘が声を荒らげるのを見るのは、ひさしぶりだ。
心当たりがあるということだろう。
なにか隠し事があるということだ。
聞きたいが、あの様子では、この場で話すつもりはないのだろう。
小娘が話してくれるのを待とう。
「まあ、夫婦の問題だ。後悔だけはしないようにな」
親友は、なにか言いたそうではあったが、それ以上は追求しないようだ。
しかし、親友には分かっている。
「……ありがとう」
浮かない顔で礼を言う小娘。
小娘にも分かっている。
これほど、自分の無知を痛感したことはない。
知らないのは吾輩だけか。
☆★☆★☆★☆★☆★
ニンゲンたちが近づいてくる足音が聞こえる。
「どうやら、お別れのようだな」
親友の声に宿る感情は、ちょっと散歩に行ってくる、程度に聞こえた。
だが、吾輩も親友も分かっている。
今度こそ、二度と会うことはないのだと。
「せっかく、再会できたというのに……」
覚悟していたとは言え、沸き上がる感情は抑えきれない。
「再会できたのは、運命のいたずらみたいなもんだ。いたずらはキリの良いところで止めるもんだ」
親友は覚悟は済んでいるとばかりに潔い。
「……そうだな」
ならば、吾輩もいつまでも女々しくしているわけにはいかない。
「それに、あまり夫婦生活を邪魔するのも悪いしな」
からかうように言ってくる親友。
「そうそう! わたしたちはラブラブなんだから!」
それに対して小娘が、邪魔者は去れとばかりに、元気な声を上げる。
しかし、彼女が薄情でないのは知っている。
別れが湿っぽい雰囲気にならないように、気を遣ってくれているのだろう。
『おばあちゃん、またね!』
『また、おいで』
『それじゃあ、お義母さん、今度は冬休みに来ます』
『待ってるわ』
ニンゲンたちが、なにやら話しながら、親友が足を伸ばす箱を持ち上げる。
「じゃあな。お互い残り短い人生を楽しもうぜ」
再会を願う言葉はない。
潔い親友らしい別れの挨拶だ。
「ああ。会えて嬉しかった」
それに対して吾輩は、あえて再会の希望を否定しない。
女々しいと言われようと、これが吾輩の性分だ。
「まあ、楽しかったわ」
小娘の挨拶も簡潔だ。
だが、友人との別れを寂しがっているようにも見える。
そうして親友は去っていった。
「あっけないものだな」
前回の別れは、もっと悲しかったものだが、今回はそれほどでもない。
大人になったということだろうか。
あるいは、小娘が隣にいるおかげか。
「それにしても、残り短いとは、親友も縁起でもないことを言う」
特に追求しなかったが、そう思う。
「……そうね」
身体の勢いは衰えていない。
だから、まだ老いを気にする必要はない。
このときの吾輩は、そう考えていた。
あり得ないと思っていた再会に喜び、様々なことを語り合った。
だが、薄々気づいている。
親友は箱に入れられたままだ。
大地に移される様子はない。
その理由は予想できる。
そのことを口にはしないが、そのときができるだけ遅ければいいとは思う。
「そういえば、薬漬けと言っていたが、大丈夫なのか」
そのことを聞いたとき、気にはなったのだが、色々あって詳しく聞けていなかった。
「ああ、それか。おまえと別れてしばらくは、虫にたかられていたんだがな。ニンゲンがオレにクスリを振りかけてから、たかっていた虫が死に始めたんだ」
親友は淡々と話してくれる。
「虫に襲われないのは、いいことではないか」
親友は小さい頃に虫に襲われている。
その心配がなくなったのだ。
話を聞くだけではいいことのように聞こえたのだが、親友の表情は晴れない。
「虫を殺すクスリだぞ。オレたちの身体に影響がないわけがないだろう。死を招く毒が蓄積していっているはずだ」
それが親友の表情の理由だった。
「そんな……」
そんなことになっていたとは。
親友の境遇に驚愕する吾輩。
だが、それに笑い飛ばすような声をかけたのは小娘だ。
「あのね。それは農薬といって、基本的にわたしたちの身体に害はないわ」
なんでもないことのように、そう説明してくる。
「だが、他の生物を殺すんだぞ。良い成分ではないだろう」
親友は虫が死ぬ様を実際に見ているのだ。
害はないと言われても、無条件に信じることはできないのだろう。
疑問を口にする。
「昔はそういう成分も使われていたらしいけどね。ニンゲンも口にするんだもの。改良されたそうよ」
それに対する小娘は、先ほどと変わらずに、なんでもないことのように理由を話す。
「では、親友の身体は大丈夫なのだな!」
小娘の言葉に希望を持つ吾輩。
思わず声を上げてしまう。
「ニンゲンたちも自殺したいとは思っていないでしょう」
なるほど。
説得力がある。
「そうか! よかった……」
安堵の息を吐く。
「オレの身体のことなのに、オレよりも必死だな。あいかわらずだな、おまえは」
親友はなんだが愉快そうだ。
吾輩が心配しているというのに呑気なものだ。
だが、先ほどよりも表情が明るくなったので、良しとするか
☆★☆★☆★☆★☆★
それから、さらに数日が経過した。
「しかし、お前も酔狂だよな」
親友がそんなことを言ってきた。
「なにがだ?」
なんのことか分からず、問い返す。
「自分とは別の種族を妻にもらうってことがさ」
そのことか。
「確かに、吾輩と小娘では子を成すことはできないが……」
思い付く理由を話そうとするのだが、どうも違うようだ。
「問題は他にもあるだろう」
親友が言葉を挟んでくる。
「他の問題?」
ともに暮らすだけなら、たとえ種族が違っても問題はないだろう。
価値観の違いはあるだろうが、それは言葉を交わせば、溝は埋まる。
あとは本人たちが納得していれば問題ないはずだ。
「……もしかして、知らないのか?」
吾輩の言葉を聞くと、親友の表情に変化が生まれる。
「なんのことだ」
ちらっと親友は小娘の方に視線を向ける。
「オレが教えていいのか」
なんだろう。
小娘は知っているということだろうか。
「……わたしが話すわ。……そのうちね」
その疑問を肯定するような小娘の言葉。
「そのうちって……もう夏だぞ」
どこか責めるような親友の言葉。
「わかってる!」
小娘が声を荒らげるのを見るのは、ひさしぶりだ。
心当たりがあるということだろう。
なにか隠し事があるということだ。
聞きたいが、あの様子では、この場で話すつもりはないのだろう。
小娘が話してくれるのを待とう。
「まあ、夫婦の問題だ。後悔だけはしないようにな」
親友は、なにか言いたそうではあったが、それ以上は追求しないようだ。
しかし、親友には分かっている。
「……ありがとう」
浮かない顔で礼を言う小娘。
小娘にも分かっている。
これほど、自分の無知を痛感したことはない。
知らないのは吾輩だけか。
☆★☆★☆★☆★☆★
ニンゲンたちが近づいてくる足音が聞こえる。
「どうやら、お別れのようだな」
親友の声に宿る感情は、ちょっと散歩に行ってくる、程度に聞こえた。
だが、吾輩も親友も分かっている。
今度こそ、二度と会うことはないのだと。
「せっかく、再会できたというのに……」
覚悟していたとは言え、沸き上がる感情は抑えきれない。
「再会できたのは、運命のいたずらみたいなもんだ。いたずらはキリの良いところで止めるもんだ」
親友は覚悟は済んでいるとばかりに潔い。
「……そうだな」
ならば、吾輩もいつまでも女々しくしているわけにはいかない。
「それに、あまり夫婦生活を邪魔するのも悪いしな」
からかうように言ってくる親友。
「そうそう! わたしたちはラブラブなんだから!」
それに対して小娘が、邪魔者は去れとばかりに、元気な声を上げる。
しかし、彼女が薄情でないのは知っている。
別れが湿っぽい雰囲気にならないように、気を遣ってくれているのだろう。
『おばあちゃん、またね!』
『また、おいで』
『それじゃあ、お義母さん、今度は冬休みに来ます』
『待ってるわ』
ニンゲンたちが、なにやら話しながら、親友が足を伸ばす箱を持ち上げる。
「じゃあな。お互い残り短い人生を楽しもうぜ」
再会を願う言葉はない。
潔い親友らしい別れの挨拶だ。
「ああ。会えて嬉しかった」
それに対して吾輩は、あえて再会の希望を否定しない。
女々しいと言われようと、これが吾輩の性分だ。
「まあ、楽しかったわ」
小娘の挨拶も簡潔だ。
だが、友人との別れを寂しがっているようにも見える。
そうして親友は去っていった。
「あっけないものだな」
前回の別れは、もっと悲しかったものだが、今回はそれほどでもない。
大人になったということだろうか。
あるいは、小娘が隣にいるおかげか。
「それにしても、残り短いとは、親友も縁起でもないことを言う」
特に追求しなかったが、そう思う。
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