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スイート・ツリー
初めての春(その3)
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「最近、チョウチョが飛び始めたわねー」
ピンク色がひらひらと舞う虫を見ながら呟く。
「飛んでいるだけなら雅なのだが、卵を産むのは止めて欲しいものだな」
吾輩もそれを見て、相槌を打つ。
「どうしてですか?」
どうやら、小娘はひらひら舞う虫のことを知らないようだ。
温室育ちなのだろうか。
「それはねー、卵がかえると青虫や毛虫になるからよー」
「?」
ピンク色が説明するが、いまいちピンと来ていないようだ。
だから、具体的に教えてやることにする。
「青虫や毛虫は、吾輩たちの身体を食べるのだ」
「ひいっ!」
小娘がガタガタと震え始める。
「ウメさんー、若い子をいじめちゃダメよー」
「いじめたつもりはないのだが……」
知らない相手に、身体が食べられると言えば、怖がらせることになってしまうか。
「ま、まあ、食べられるといっても、手を少し齧られるだけだ。命に関わるまで食べられるのは稀だ」
「ほ、ほんとですかぁ?」
半泣きで小娘が聞いてくる。
そんな反応をされると、どうも悪いことをした気にさせられてしまう。
「虫によっては、わたしたちの子供を食べることもあるけどねー」
「ひいぃぃぃっ!」
せっかく、なだめていたというのに、ピンク色がさらに怖がらせてしまう。
確かに、実を食べる虫もいるが。
「こら、おぬしの方がいじめているではないか、モモよ」
「だって、反応が可愛いから」
好きな相手をいじめて喜ぶ幼児でもあるまいに。
「ごめんねー、スモモちゃん。大丈夫よ、そんな虫がきたら、わたしとウメさんが引き受けるから」
むぅ。
勝手に巻き込まないで欲しい。
まあ、別に構わないが。
妹を守るのも、兄姉の役割だ。
「もうっ! ウメ兄さんも、モモ姉さんも、ひどいですっ!」
小娘はすっかりお冠だ。
確信犯で怖がらせたピンク色はともかく、吾輩はそんなつもりは無かったのだが。
だが、ここでそれを言うと、拗ねられそうだな。
負けておく方がよいか。
「すまんな。詫びというわけではないが、モモが言うように、虫がきたら、こちらで引き受けよう」
「……ありがとうございます。でも、いいです。それじゃ、ウメ兄さんとモモ姉さんが、食べられちゃうじゃないですか」
ふむ。
若いが思いやりがある。
よいことだ。
「いい子ねー、スモモちゃん。大丈夫、お姉さんが守ってあげるから」
ピンク色も感極まったように喜んでいる。
「そうだぞ。子供は遠慮しないものだ」
吾輩もそれに倣う。
「うーっ! お二人とも、わたしを子供扱いしてぇ」
子供扱いされてムキになるのは、子供の証明だ。
だが、それでいい。
子供のときは子供らしく生きるべきだ。
☆★☆★☆★☆★☆★
「最近、雨が多くなってきたな」
空を見上げながら呟く。
「そうねー、そろそろ梅雨かしら」
やはり、ピンク色もそう思うか。
「また、憂鬱な季節がやってくるのか」
足から養分を吸い上げることはできるのだが、手で光合成をおこなっていないと、どうも気分が晴れやかにならない。
身体の一部の機能を使わないことで、運動不足になってしまう。
「ツユ……ですか」
小娘が不安そうな顔をしている。
「そうよー、この辺りは、毎年ちょうど、このくらいの季節に梅雨になるからねー」
ピンク色が小娘に説明する。
そうか。
小娘はこの土地に来たばかりだったな。
「いえ、そうじゃなくて……ツユってなんですか?」
そこからか。
まあ、若いから……と言っていいのだろうか。
若くても知っている気もするが、本当に温室育ちなのかも知れないな。
「ふむ。説明するとだな、梅雨とは雨の日が続くことを言う。毎年、だいたい同じくらいの時期に起きる自然現象だ」
無知だからと言って馬鹿にはしない。
無知が罪となるのは、無知であることに甘んじている場合だけだ。
知ろうとするのなら、教えることもやぶさかではない。
「へぇ、そうなんですか。でも、雨って気持ちいいですよね。どうして、憂鬱になるんですか?」
確かに雨は気持ちいい。
というより、生きるために必要だ。
しかし、過ぎたるは及ばざるが如し。
「気持ちいいからといって、雨に降られ続けてみろ。身体がふやけてくるぞ。おまけに、太陽の光を浴びることができない」
最初はいいのだ。
だが、毎日ともなると、さすがにうんざりしてくる。
「うーん、理屈としてはわかりますけど……」
小娘はどうも納得していないようだ。
まあ、雨が好きみたしだし、好きなことが続くと憂鬱になると言われても、いまいちピンとこないのだろう。
「まあ、スモモちゃんも体験してみれば、わかるわよー」
そうだな。
こればかりは個人差もあるから、体験してみるのが一番か。
「モモの言う通りだ。どうせ逃げられないのだから、体験してみてから感想を聞かせてくれ」
体験しても気持ちいいと言えるなら、それはそれで凄いことだ。
親戚かと思ったが、似て非なる種族なのかも知れない。
「わかりました」
結果が楽しみだ。
……
数日後。
「……憂鬱です」
それが感想だった。
親戚なようで、なによりだ。
ピンク色がひらひらと舞う虫を見ながら呟く。
「飛んでいるだけなら雅なのだが、卵を産むのは止めて欲しいものだな」
吾輩もそれを見て、相槌を打つ。
「どうしてですか?」
どうやら、小娘はひらひら舞う虫のことを知らないようだ。
温室育ちなのだろうか。
「それはねー、卵がかえると青虫や毛虫になるからよー」
「?」
ピンク色が説明するが、いまいちピンと来ていないようだ。
だから、具体的に教えてやることにする。
「青虫や毛虫は、吾輩たちの身体を食べるのだ」
「ひいっ!」
小娘がガタガタと震え始める。
「ウメさんー、若い子をいじめちゃダメよー」
「いじめたつもりはないのだが……」
知らない相手に、身体が食べられると言えば、怖がらせることになってしまうか。
「ま、まあ、食べられるといっても、手を少し齧られるだけだ。命に関わるまで食べられるのは稀だ」
「ほ、ほんとですかぁ?」
半泣きで小娘が聞いてくる。
そんな反応をされると、どうも悪いことをした気にさせられてしまう。
「虫によっては、わたしたちの子供を食べることもあるけどねー」
「ひいぃぃぃっ!」
せっかく、なだめていたというのに、ピンク色がさらに怖がらせてしまう。
確かに、実を食べる虫もいるが。
「こら、おぬしの方がいじめているではないか、モモよ」
「だって、反応が可愛いから」
好きな相手をいじめて喜ぶ幼児でもあるまいに。
「ごめんねー、スモモちゃん。大丈夫よ、そんな虫がきたら、わたしとウメさんが引き受けるから」
むぅ。
勝手に巻き込まないで欲しい。
まあ、別に構わないが。
妹を守るのも、兄姉の役割だ。
「もうっ! ウメ兄さんも、モモ姉さんも、ひどいですっ!」
小娘はすっかりお冠だ。
確信犯で怖がらせたピンク色はともかく、吾輩はそんなつもりは無かったのだが。
だが、ここでそれを言うと、拗ねられそうだな。
負けておく方がよいか。
「すまんな。詫びというわけではないが、モモが言うように、虫がきたら、こちらで引き受けよう」
「……ありがとうございます。でも、いいです。それじゃ、ウメ兄さんとモモ姉さんが、食べられちゃうじゃないですか」
ふむ。
若いが思いやりがある。
よいことだ。
「いい子ねー、スモモちゃん。大丈夫、お姉さんが守ってあげるから」
ピンク色も感極まったように喜んでいる。
「そうだぞ。子供は遠慮しないものだ」
吾輩もそれに倣う。
「うーっ! お二人とも、わたしを子供扱いしてぇ」
子供扱いされてムキになるのは、子供の証明だ。
だが、それでいい。
子供のときは子供らしく生きるべきだ。
☆★☆★☆★☆★☆★
「最近、雨が多くなってきたな」
空を見上げながら呟く。
「そうねー、そろそろ梅雨かしら」
やはり、ピンク色もそう思うか。
「また、憂鬱な季節がやってくるのか」
足から養分を吸い上げることはできるのだが、手で光合成をおこなっていないと、どうも気分が晴れやかにならない。
身体の一部の機能を使わないことで、運動不足になってしまう。
「ツユ……ですか」
小娘が不安そうな顔をしている。
「そうよー、この辺りは、毎年ちょうど、このくらいの季節に梅雨になるからねー」
ピンク色が小娘に説明する。
そうか。
小娘はこの土地に来たばかりだったな。
「いえ、そうじゃなくて……ツユってなんですか?」
そこからか。
まあ、若いから……と言っていいのだろうか。
若くても知っている気もするが、本当に温室育ちなのかも知れないな。
「ふむ。説明するとだな、梅雨とは雨の日が続くことを言う。毎年、だいたい同じくらいの時期に起きる自然現象だ」
無知だからと言って馬鹿にはしない。
無知が罪となるのは、無知であることに甘んじている場合だけだ。
知ろうとするのなら、教えることもやぶさかではない。
「へぇ、そうなんですか。でも、雨って気持ちいいですよね。どうして、憂鬱になるんですか?」
確かに雨は気持ちいい。
というより、生きるために必要だ。
しかし、過ぎたるは及ばざるが如し。
「気持ちいいからといって、雨に降られ続けてみろ。身体がふやけてくるぞ。おまけに、太陽の光を浴びることができない」
最初はいいのだ。
だが、毎日ともなると、さすがにうんざりしてくる。
「うーん、理屈としてはわかりますけど……」
小娘はどうも納得していないようだ。
まあ、雨が好きみたしだし、好きなことが続くと憂鬱になると言われても、いまいちピンとこないのだろう。
「まあ、スモモちゃんも体験してみれば、わかるわよー」
そうだな。
こればかりは個人差もあるから、体験してみるのが一番か。
「モモの言う通りだ。どうせ逃げられないのだから、体験してみてから感想を聞かせてくれ」
体験しても気持ちいいと言えるなら、それはそれで凄いことだ。
親戚かと思ったが、似て非なる種族なのかも知れない。
「わかりました」
結果が楽しみだ。
……
数日後。
「……憂鬱です」
それが感想だった。
親戚なようで、なによりだ。
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