美味しくて切なくて優しい、ちいさな恋物語

かみゅG

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スイート・ツリー

初めての夏(その2)

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 祈りは届かなかったようだ。

 ゴロゴロゴロ……

 まだ距離は遠いが分かる。
 アレが近づいてきている。

「な、なんだか獣の唸り声のようなものが聞こえませんかぁ?」

 小娘が情けない声を出す。

「あー、やっぱり気づいちゃうよねー……」
「方向が逸れる可能性もなくはないが……」

 長年の経験で分かる。
 アレはこちらにやってくる。

「え? え?」

 吾輩とピンク色の言葉に、不安をかき立てられたようだ。
 動揺がこちらまで伝わってくる。
 仕方ない。
 事前に説明しなかったのは、吾輩の判断でもある。
 タイミングは最悪だが、真実を告げよう。

 ぴかっ!

「ひっ!」

 光った。
 一瞬の光。
 だがそれは、雨雲に覆われたこの暗さで、太陽よりも強烈な光だ。

 ガタガタガタ……

 震える小娘。
 追い打ちをかけるようで心苦しいが、あえてそれをしよう。
 未知は恐怖を増幅する。

「スモモよ、落ち着いて聞け」
「な、なんですかぁ?」
「あれはな、雷だ。」
「カミナリ……ですか?」
「そうだ」

 ここ数年は無かったというのに、小娘が来た年に発生するとは、運命とは悪戯が好きらしい

 ゴロゴロゴロゴロッ!

「っ!」

 本物の恐怖に出会ったとき、悲鳴すら上げられなくなる。
 まずいな。
 小娘は恐慌状態寸前だ。

「雷は……説明が難しいな。とりあえず、天から降ってくる火の槍とでも思っておけ」
「ひ? ……ヒ? ……火ですかっ! わたしたちの弱点じゃないですかっ!」

 小娘の恐怖は続いている。
 だが、想像しやすい脅威になったことで、声を上げる余裕はできたようだ。

「そうだ。だが、雨のように満遍なく降ってくるということはない」
「そうよー。高くて尖ったところに落ちることが多いけど、数は多くないわー」

 ピンク色が吾輩の説明を補足する。

「え? それって……」

 ピカッ! ゴロゴロゴロゴロッ!

「っ!」
「ーっ!」
「きゃっ!」

 近い。
 思わず身体が硬直する。

「ふぅ……」
「びっくりしたー……」

 慣れないな。
 当然、この身に受けたこともない。
 受けることがあるとすれば、それはこの世から消えるときだ。

「あのあのっ! さっきの話って……」

 小娘は気丈にも、先ほどのピンク色の説明の続きを促す。
 おそらく、先ほどの説明が意味するところに気づいたのだろう。

「ええ、雷が落ちるとしたら、わたしかウメさんだから、安心していいわー」

 ピカッ! ゴロゴロゴロゴロッ!

「安心できませんよっ!」

 雷の光と音に怖気づくことなく声を上げる小娘。
 他人を気遣うことができる、優しい子だ。

「落ち着け、スモモ」
「落ち着けませんよっ! だってっ!」

 激昂している小娘には悪いが、こういうのも悪くはないな。
 若い世代のためなら、覚悟を決めることもできるというものだ。

「こういうことはな、順番というものがあるのだ」
「順番っって……」

 ざあぁぁぁ……

 雨音が聞こえる。
 大きな音だ。
 だが、風は弱くなっただろうか。
 しかし、雲は消えていない。
 台風の目に入ったのかも知れない。

☆★☆★☆★☆★☆★

 雲一つない空。

「ようやく、通り過ぎたわねー」
「台風一過とは、よく言ったものだな」
「……」

 梅雨と違って期間が短いとは言え、耐えるのがしんどいのは台風の方だ。

「どうしたのー、スモモちゃん。もう、安心していいわよー」
「……」

 先ほどから小娘が大人しい。
 怖がり過ぎて疲れてしまったのだろうか。

「……早く大きくなりたいです」
「急にどうした?」

 突然、なにを言い出すのだろう。
 小娘の考えていることが分からない。

「早く大きくなりたいですっ!」
「……そう」

 再び同じことを言う小娘。
 そして、それを優し気な顔で見つめるピンク色。
 ピンク色は小娘がなにを考えているのか、分かったのだろうか。

 小娘の肌を伝う雫が、陽の光を反射して、輝いて見えた。

☆★☆★☆★☆★☆★

「モモ姉さんの赤ちゃん、ピンク色で可愛いですね」

 夏の暑い日。
 吾輩と小娘は葉を茂らせるだけだが、ピンク色は子供を育てていた。

「ありがとうー、自慢の子供たちよー」

 嬉しそうに言葉を返すピンク色。
 羨ましいという気持ちがないわけではないが、水を差すのはやめておこう。

「もう少しで、人間たちが収穫に来ると思うわー」

 もうそろそろ、そんな時期か。
 確かに、最近良い香りがしていたな。

「でも、ちょっと悔しいです。せっかくモモ姉さんが大切に育てているのに、美味しいところだけ人間が持っていくなんて」

 まあ、実際には人間たちも、こまめに世話をしてくれている。
 美味しいところだけ持っていっているわけではないのだが、若い小娘には、そこまでは分からないのだろう。

「そうねー。でも、人間たちの嬉しそうな顔を見るのも、悪くはないわよ」
「そういうものですかぁ」

 小娘にも分かるときが来るだろう。
 もっとも、子を生したことがない吾輩も、親の心を理解できているとは言えないか。

☆★☆★☆★☆★☆★

「モモ姉さんの赤ちゃん、全部、取られちゃいましたね」

 小娘が残念そうに言う。
 1つ、2つと熟したものから人間たちが収穫していき、今日ついに全て無くなった。

「人間たちも喜んでいたし、わたしは満足よ?」
「でも、あんなに可愛かったのにっ!」

 小娘は納得がいっていないようだ。

「でもね、旬って大事よー」
「旬……ですか?」

 ピンク色は、よく小娘に子育ての心得を教えている。
 おそらく、小娘が子を生すことができると確信しているのだろう。
 花も咲かせる前だというのに、気が早いことだ。

「ええ、旬を過ぎても収穫してもらえない子供たちは悲惨よー。誰に喜ばれることもなく、その身を腐らせ、無駄に命を落とすことになるわ」
「それは……嫌です」
「そうでしょ。だから、わたしは満足よー」
「はい」

 母と娘。
 姉と妹。
 二人の関係はそんなところだろうか。

「さて、後は来年に向けて花芽を付けるだけねー」

 話は終わりとばかりに、ピンク色が話題を変える。

「スモモちゃんも、来年は花をつけられるといいわねー」
「はいっ!」

 吾輩も来年に向けて頑張るか。
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