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スイート・ツリー
二年目の春(その1)
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「赤ちゃん、できなかったみたいです……」
花を散らせてからしばらくした頃、小娘がそんなことを言い出した。
「スモモちゃんは、まだ若いからねー」
「そうだぞ。急ぐことはあるまい。若すぎると母体への負担も大きいと聞くしな」
「モモ姉さんは赤ちゃんができていて、羨ましいです」
確かにピンク色には、青い果実が宿っている。
まだ、色づいてはいないが、少しずつ大きくなっている。
「うーん、なんとかしてあげたいけどー」
「こればかりは、身体が大きくなるのを待つしかないからな」
それに問題はそれだけではない。
ピンク色は気づいているだろうが、あえて言っていないのだろう。
ピンク色の種族は、一人でも子を生すことができる。
だが、種族によっては、一人ではできないことがある。
小娘の種族はどうなのだろう。
もし、後者だとしたら、身体が大きくなっても、子ができない可能性がある。
それこそ、人間の気まぐれで、小娘の婿でも連れてこないと、望みはない。
「早く大きくなりたいです」
小娘は未来に想いを馳せている。
それが希望に変わるのか絶望に変わるのかは分からないが、不用意なことを言って下手な期待や不安は抱かせたくない。
絶望したときは、落差が大きいほど立ち直りが難しくなるのだから。
それは吾輩自身が痛いほど知っている。
☆★☆★☆★☆★☆★
「花も終わったのに、どうして見に来てくれるんでしょう?」
小娘の前には、人間の子供がいる。
あの子だ。
「スモモが大きくなるのを見ているのだろう。自分では気づいていないかも知れないが、毎日のように大きくなっているぞ」
若いうちは、大きくなるのも早い。
それこそ、次の日には見た目が変わるほどだ。
吾輩やピンク色くらいになると、身体の一部が伸びるだけで、身長が大きくなる速度は遅い。
「ほんとですかっ!」
「本当よー。もう、人間の大人くらいの背丈じゃないかしらー」
小娘が来た頃は、人間の子供くらいだったはずだ。
見えるのは地上から出ている上半身だけだが、下半身も成長しているだろう。
「じゃあ、来年こそは、赤ちゃんができますかっ?」
ずいぶん、こだわるな。
だが確かに、この成長速度なら来年はもしかしたら、と思ってしまう。
もっとも、子を生したことがない吾輩では、正確なところは分からないわけだが。
「どうかなー? 若い頃は運も関係するしねー。わたしも、初めて赤ちゃんができたのは、けっこう歳をとってからよ」
「そうなんですか?」
そうだったかな?
昔のことだから、はっきり覚えていない。
「ええ。いっぱい栄養を摂らないといけないのは、もちろんだけど……」
「ご飯はいっぱい食べてますっ!」
身体の成長速度を見れば、それは分かる。
肌つやも良いから、栄養バランスも問題ないだろう。
「それだけじゃなくて、風や雨も関係してくるのよー」
「風や雨……ですか?」
首を傾げる小娘。
だが、吾輩はなんとなく分かった。
「風は強すぎれば花粉は飛んでいっちゃうし、弱いすぎれば花粉は飛ばないし……」
やはり、その話か。
小娘に性教育は早い気もするが、まあ、本人が赤ん坊を欲しがっているからな。
正しい知識は必要か。
「わたしたちが生きるのに雨は必要だけど、多すぎると花粉が流れちゃうしねー」
「そうですか……でも、モモ姉さんは、毎年、赤ちゃんができているんですよね?」
不思議そうにする小娘。
ピンク色から何かコツでもないか聞きたいのだろう。
「そうだけど、花が全部、赤ちゃんになっているわけじゃないわよ。運がよかったところだけ。数が多いから、その分、確率も上がっているけどねー」
確率は低くても、数が多ければ、100%に近くなる。
数が少ない小娘は、必然的に確率が低くなるというわけだ。
「でもでもっ! 確率が低いだけで、わたしにも可能性があるんですよねっ?」
ピンク色の説明だと、確かにその理屈になる。
だが、問題は他にもある。
ピンク色は、少し迷ったようだが、説明する気になったようだ。
「そうなんだけど、他にも必要なものがあってねー。ある意味、一番必要なものなんだけどー」
「なんですか?」
小娘はコテンと首を傾げる。
ピンと来ていないようだ。
普通は、そちらが先のはずなのだが。
「旦那さんよ。スモモちゃんに、赤ちゃんのもとをくれる相手が必要でしょ?」
「旦那さん……」
なぜか、ちらっと、こちらを見る小娘。
「あー、まあ、これはスモモちゃんには余計な話だったかなー」
「えっと、その……」
さすがに、この反応をされて、好意に気づかないほど鈍感ではない。
それが親愛なのか恋愛なのかは別の話だが。
「吾輩の自意識過剰でないなら、その気持ちは嬉しいがな。赤ん坊が欲しいのであれば、同族の連れ添いが必要ではないか?」
「愛があれば、なんとかなりますっ!」
愛があっても、種族の壁は高いと思うが。
だが、意外なところから、同意の声が上がった。
「そうね、応援するわよー。ちょっと歳が離れている気もするけどー」
「ありがとうございますっ!」
「お、おい、モモ!」
これは聞き流すわけにはいかない。
「いい加減なことを言うものではない。友人ならば種族が違ってもよいがな、連れ添いとなると同族でないと不幸になるだろう」
吾輩とピンク色のような友人関係ならば、まだいい。
だが、連れ添いとなると話は別だ。
望みのない期待をさせて、小娘を吾輩に縛り付けるわけにはいかない。
家族のように大切には思っているのだ。
だからこそ、小娘には幸せになって欲しい。
「……ウメ兄さんは、わたしのことが嫌いですか?」
悲しそうな表情を見せる小娘。
胸が締め付けられるようだが、一時の感情に流されるわけにはいかない。
「そうではない。だが、種族が違うというのは、スモモが思っているより大きな違いなのだ」
吾輩の言葉を複雑そうな顔で聞く小娘。
やがて、なにかに気づいたように、言葉を発する。
「もしかして、ウメ兄さんとモモ姉さんって……」
「いや、そういうことではない」
なにやら、おかしな方向に話が行きそうだったので、早めに勘違いを止める。
「吾輩とモモは、ただの友人……腐れ縁だ」
「まあ、そうねー。長い付き合いだけどねー」
そう。
長い付き合いだ。
だが、一度も愛や恋といった関係になったことはない。
そして、致命的な不仲になったこともない。
その理由は簡単だ。
「吾輩とモモは、花を咲かせる時期も重なっていないからな。そういう関係になりようがなかったとも言えるが」
「そういう関係になるのは、赤ちゃんが作れるかどうかだけが理由じゃないとは思うけどねー」
そういう考え方もあるだろうが、わざわざ言わなくてもいいだろうに。
吾輩の説明の説得力が無くなってしまう。
だが、ピンク色の次のセリフに、吾輩も驚かされてしまう。
「でも、ウメさんとスモモちゃんは可能性があると思うわよ? あくまで可能性だけどねー」
「……なに?」
「ホントですかっ!」
シュンとした様子で吾輩の説明を聞いていた小娘が声を上げる。
「花を見た感じ近縁種みたいだし、咲く時期も少しだけど重なっているからねー」
「あっ! でも、近縁種ってことなら、ウメ兄さんとモモ姉さんも……」
「わたしとウメさんは近縁種っていっても離れているからねー。花の咲く時期も、だいぶズレているし」
「そうですかぁ」
ピンク色の言うことは分かった。
だが、1つ分からないことがある。
「近縁種とはいえ、相性の問題もあるだろう。なぜ、今、スモモにそれを話したのだ? もし、ダメだったら、がっかりさせるだろう」
そこに気が回らないピンク色ではないと思うのだが。
「スモモちゃんが、あんまり落ち込んでいたからねー」
「だからと言って、未来で落ち込む原因を作ったら、本末転倒だろう」
すると、やれやれといった様子で、こちらを見てくる。
「あのねー、ウメさん。耳ざわりのいいことを教えるだけが、子供のためじゃないわよー」
「む……」
「いいことも悪いことも、正しく教えることが、子供のためだと思わよー」
ピンク色に言い負かされるのは癪だが、言っていることは納得せざるを得ない。
「スモモちゃんが可愛いのはわかるけど、甘やかしすぎるのもよくないわよー」
「むぅ」
ピンク色の方が小娘を可愛がっているように見えたのだが、ただ甘やかしていたわけではないということか。
ピンク色は小娘のことを考えている。
目先のことしか考えていなかったのは、吾輩の方か。
「もうっ! お二人とも、わたしを子供扱いして」
吾輩とピンク色の会話を聞いていた小娘が、拗ねたような声を出す。
だが、表情はそれほど拗ねているようには見えない。
一年前はもっと声と表情が一致していたように思うのだが。
思春期というやつだろうか。
外見だけでなく内面も成長しているということか。
「そうだな、悪かった。子供扱いは、やめよう」
吾輩がそう言うのを聞くと、小娘が声を弾ませる。
「じゃあじゃあ、一緒に赤ちゃんを作ってくれますか?」
「それとこれとは話が別だ」
「えぇー?」
「ウメさんも素直じゃないわねー」
子供扱いをやめるとは言ったが、自分の子供や妹のように思っていた相手を、そういう対象として思えるかというと、また別だ。
花を散らせてからしばらくした頃、小娘がそんなことを言い出した。
「スモモちゃんは、まだ若いからねー」
「そうだぞ。急ぐことはあるまい。若すぎると母体への負担も大きいと聞くしな」
「モモ姉さんは赤ちゃんができていて、羨ましいです」
確かにピンク色には、青い果実が宿っている。
まだ、色づいてはいないが、少しずつ大きくなっている。
「うーん、なんとかしてあげたいけどー」
「こればかりは、身体が大きくなるのを待つしかないからな」
それに問題はそれだけではない。
ピンク色は気づいているだろうが、あえて言っていないのだろう。
ピンク色の種族は、一人でも子を生すことができる。
だが、種族によっては、一人ではできないことがある。
小娘の種族はどうなのだろう。
もし、後者だとしたら、身体が大きくなっても、子ができない可能性がある。
それこそ、人間の気まぐれで、小娘の婿でも連れてこないと、望みはない。
「早く大きくなりたいです」
小娘は未来に想いを馳せている。
それが希望に変わるのか絶望に変わるのかは分からないが、不用意なことを言って下手な期待や不安は抱かせたくない。
絶望したときは、落差が大きいほど立ち直りが難しくなるのだから。
それは吾輩自身が痛いほど知っている。
☆★☆★☆★☆★☆★
「花も終わったのに、どうして見に来てくれるんでしょう?」
小娘の前には、人間の子供がいる。
あの子だ。
「スモモが大きくなるのを見ているのだろう。自分では気づいていないかも知れないが、毎日のように大きくなっているぞ」
若いうちは、大きくなるのも早い。
それこそ、次の日には見た目が変わるほどだ。
吾輩やピンク色くらいになると、身体の一部が伸びるだけで、身長が大きくなる速度は遅い。
「ほんとですかっ!」
「本当よー。もう、人間の大人くらいの背丈じゃないかしらー」
小娘が来た頃は、人間の子供くらいだったはずだ。
見えるのは地上から出ている上半身だけだが、下半身も成長しているだろう。
「じゃあ、来年こそは、赤ちゃんができますかっ?」
ずいぶん、こだわるな。
だが確かに、この成長速度なら来年はもしかしたら、と思ってしまう。
もっとも、子を生したことがない吾輩では、正確なところは分からないわけだが。
「どうかなー? 若い頃は運も関係するしねー。わたしも、初めて赤ちゃんができたのは、けっこう歳をとってからよ」
「そうなんですか?」
そうだったかな?
昔のことだから、はっきり覚えていない。
「ええ。いっぱい栄養を摂らないといけないのは、もちろんだけど……」
「ご飯はいっぱい食べてますっ!」
身体の成長速度を見れば、それは分かる。
肌つやも良いから、栄養バランスも問題ないだろう。
「それだけじゃなくて、風や雨も関係してくるのよー」
「風や雨……ですか?」
首を傾げる小娘。
だが、吾輩はなんとなく分かった。
「風は強すぎれば花粉は飛んでいっちゃうし、弱いすぎれば花粉は飛ばないし……」
やはり、その話か。
小娘に性教育は早い気もするが、まあ、本人が赤ん坊を欲しがっているからな。
正しい知識は必要か。
「わたしたちが生きるのに雨は必要だけど、多すぎると花粉が流れちゃうしねー」
「そうですか……でも、モモ姉さんは、毎年、赤ちゃんができているんですよね?」
不思議そうにする小娘。
ピンク色から何かコツでもないか聞きたいのだろう。
「そうだけど、花が全部、赤ちゃんになっているわけじゃないわよ。運がよかったところだけ。数が多いから、その分、確率も上がっているけどねー」
確率は低くても、数が多ければ、100%に近くなる。
数が少ない小娘は、必然的に確率が低くなるというわけだ。
「でもでもっ! 確率が低いだけで、わたしにも可能性があるんですよねっ?」
ピンク色の説明だと、確かにその理屈になる。
だが、問題は他にもある。
ピンク色は、少し迷ったようだが、説明する気になったようだ。
「そうなんだけど、他にも必要なものがあってねー。ある意味、一番必要なものなんだけどー」
「なんですか?」
小娘はコテンと首を傾げる。
ピンと来ていないようだ。
普通は、そちらが先のはずなのだが。
「旦那さんよ。スモモちゃんに、赤ちゃんのもとをくれる相手が必要でしょ?」
「旦那さん……」
なぜか、ちらっと、こちらを見る小娘。
「あー、まあ、これはスモモちゃんには余計な話だったかなー」
「えっと、その……」
さすがに、この反応をされて、好意に気づかないほど鈍感ではない。
それが親愛なのか恋愛なのかは別の話だが。
「吾輩の自意識過剰でないなら、その気持ちは嬉しいがな。赤ん坊が欲しいのであれば、同族の連れ添いが必要ではないか?」
「愛があれば、なんとかなりますっ!」
愛があっても、種族の壁は高いと思うが。
だが、意外なところから、同意の声が上がった。
「そうね、応援するわよー。ちょっと歳が離れている気もするけどー」
「ありがとうございますっ!」
「お、おい、モモ!」
これは聞き流すわけにはいかない。
「いい加減なことを言うものではない。友人ならば種族が違ってもよいがな、連れ添いとなると同族でないと不幸になるだろう」
吾輩とピンク色のような友人関係ならば、まだいい。
だが、連れ添いとなると話は別だ。
望みのない期待をさせて、小娘を吾輩に縛り付けるわけにはいかない。
家族のように大切には思っているのだ。
だからこそ、小娘には幸せになって欲しい。
「……ウメ兄さんは、わたしのことが嫌いですか?」
悲しそうな表情を見せる小娘。
胸が締め付けられるようだが、一時の感情に流されるわけにはいかない。
「そうではない。だが、種族が違うというのは、スモモが思っているより大きな違いなのだ」
吾輩の言葉を複雑そうな顔で聞く小娘。
やがて、なにかに気づいたように、言葉を発する。
「もしかして、ウメ兄さんとモモ姉さんって……」
「いや、そういうことではない」
なにやら、おかしな方向に話が行きそうだったので、早めに勘違いを止める。
「吾輩とモモは、ただの友人……腐れ縁だ」
「まあ、そうねー。長い付き合いだけどねー」
そう。
長い付き合いだ。
だが、一度も愛や恋といった関係になったことはない。
そして、致命的な不仲になったこともない。
その理由は簡単だ。
「吾輩とモモは、花を咲かせる時期も重なっていないからな。そういう関係になりようがなかったとも言えるが」
「そういう関係になるのは、赤ちゃんが作れるかどうかだけが理由じゃないとは思うけどねー」
そういう考え方もあるだろうが、わざわざ言わなくてもいいだろうに。
吾輩の説明の説得力が無くなってしまう。
だが、ピンク色の次のセリフに、吾輩も驚かされてしまう。
「でも、ウメさんとスモモちゃんは可能性があると思うわよ? あくまで可能性だけどねー」
「……なに?」
「ホントですかっ!」
シュンとした様子で吾輩の説明を聞いていた小娘が声を上げる。
「花を見た感じ近縁種みたいだし、咲く時期も少しだけど重なっているからねー」
「あっ! でも、近縁種ってことなら、ウメ兄さんとモモ姉さんも……」
「わたしとウメさんは近縁種っていっても離れているからねー。花の咲く時期も、だいぶズレているし」
「そうですかぁ」
ピンク色の言うことは分かった。
だが、1つ分からないことがある。
「近縁種とはいえ、相性の問題もあるだろう。なぜ、今、スモモにそれを話したのだ? もし、ダメだったら、がっかりさせるだろう」
そこに気が回らないピンク色ではないと思うのだが。
「スモモちゃんが、あんまり落ち込んでいたからねー」
「だからと言って、未来で落ち込む原因を作ったら、本末転倒だろう」
すると、やれやれといった様子で、こちらを見てくる。
「あのねー、ウメさん。耳ざわりのいいことを教えるだけが、子供のためじゃないわよー」
「む……」
「いいことも悪いことも、正しく教えることが、子供のためだと思わよー」
ピンク色に言い負かされるのは癪だが、言っていることは納得せざるを得ない。
「スモモちゃんが可愛いのはわかるけど、甘やかしすぎるのもよくないわよー」
「むぅ」
ピンク色の方が小娘を可愛がっているように見えたのだが、ただ甘やかしていたわけではないということか。
ピンク色は小娘のことを考えている。
目先のことしか考えていなかったのは、吾輩の方か。
「もうっ! お二人とも、わたしを子供扱いして」
吾輩とピンク色の会話を聞いていた小娘が、拗ねたような声を出す。
だが、表情はそれほど拗ねているようには見えない。
一年前はもっと声と表情が一致していたように思うのだが。
思春期というやつだろうか。
外見だけでなく内面も成長しているということか。
「そうだな、悪かった。子供扱いは、やめよう」
吾輩がそう言うのを聞くと、小娘が声を弾ませる。
「じゃあじゃあ、一緒に赤ちゃんを作ってくれますか?」
「それとこれとは話が別だ」
「えぇー?」
「ウメさんも素直じゃないわねー」
子供扱いをやめるとは言ったが、自分の子供や妹のように思っていた相手を、そういう対象として思えるかというと、また別だ。
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