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獣人を創ってみよう

048.同意の上なら

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 ぼたんがアルバイト要員の一人を連れ去ったところで、イベント会場のテレビ中継は終了した。
 これがエルとぼたんの対決という出し物だったとしたら、片方がいなくなったのだから出し物としては終わりだ。
 テレビ局側も、そう判断したのだろう。

「ふむ。あとは売り上げの報告を待つだけか」
「そんなわけないでしょう!」

 吾輩がまったりくつろごうとしたところで、我が助手が襟元を掴んで揺さぶってくる。

「アルバイトの子が連れ去られちゃっているじゃないですか! しかも、ぼたんは豚と子作りさせるって言ってましたよ! どうするんですか!」
「アルバイト代は弾むつもりだ」
「そういうことじゃないですよ! 人間としての尊厳の問題です!」
「しかし、連れ去られた者は発情していたようだぞ。同意の上ということに――」
「なるわけないでしょう!」

 がっくんがっくんと我が助手に揺さぶられているところで、電話が鳴った。
 我が助手を手で制して、電話に出る。
 イベント会場からのの可能性もあるためか、我が助手も電話に出ることを妨害はしてこなかった。

「もしもし、シュレおじちゃん」

 電話の相手は道子だった。
 テレビ中継が終わった後の状況を聞いてみると――

「とっても楽しかった!」

 ――という感想が返ってきた。
 話を聞いていると、どうやら道子にとっては、ぼたんとエルの対決はゲリライベントを生で見たような感覚だったらしい。
 道子の感性からすると、楽しいイベントだったようで、なによりだ。

「お店のお姉ちゃんたちは、豚のお姉ちゃんを追いかけていっちゃった」
「なに?」

 お店のお姉ちゃんはアルバイト集団のことだな。
 豚のお姉ちゃんとは、ぼたんのことだろう。
 道子はぼたんを追いかけていったと言っているが、正確には連れ去られた同僚を追いかけたのだろう。

「うーむ」

 それは職場放棄と言わないだろうか。
 彼女達にとっての優先順位が、責任感やアルバイト代より、同僚の安否の方が上だったということか。
 連れ去ったのが身内であるぼたんなので文句も言いづらいのだが、店を空にすると販売機会の損失になってしまうな。
 どうしたものか。

「それでね。今は握手会をしているの」
「握手会?」

 吾輩がアルバイト集団の職場放棄に頭を悩ませていると、道子がそんなことを教えてくれる。
 そして、その情報が悩みを解消してくれることになる。

 道子から聞き出した内容を簡単にまとめると、こうだ。
 道子と同じように、ぼたんとエルの対決をゲリライベントと思っている人間が、その場に残っていたエルに悪手を求めた。
 それを見た人々が自分も握手をしたいとどんどん集まっていき、結果として握手会になった。
 そのときのエルは、ぼたんにひん剥かれていたせいで、くっころ写真集と同じ姿となっていた。
 それを知った握手会に参加した人々が写真集も買っていってくれたらしい。
 別に写真集を買うことが握手会に参加する条件では無かったのだが、なんとなくそんな雰囲気になっていたおかげで、写真集の売れ行きは好調だそうだ。
 もともとが握手をする目的なので、行列で待たせることになっても、客から文句は出ていない。
 エルが握手をして写真集を渡し、道子がお金を受け取る。
 その役割分担で人手の方はなんとかなっているようだ。

「ふむ。それなら道子、あとで小遣いをやるから、そのまま店を手伝ってくれるか」
「うん。わかった」

 道子との電話は、それで終わった。
 そして、その電話からもたらされた情報により、店の方の問題も解決した。
 だから、我が助手にもそれを教えてやることにした。

「というわけで、全ての問題は解決したぞ」
「違うでしょう!?」

 教えてやったというのに、我が助手の揺さぶりが再開した。
 なぜだ。

「連れ去られた人の方を、なんとかしてくださいよ!」
「おぉ」
「おぉ、じゃないですよ!!」

 そうだった。
 店の売り上げがなんとかなりそうなので、すっかり安心して、そっちの方を忘れていた。

「では、ぼたんの様子を見てみるか」
「どこにいるかわかるんですか!?」

 我が助手が驚くが、吾輩にしてみれば、驚くようなことではない。
 ぼたんはアルバイト要員を連れ去ったが、別に逃げ回っているわけではない。
 ただ、住処に帰っただけだ。
 以前は山中を移動していたが、今は特定の場所を住処としているから、場所の特定は簡単だ。

「世界樹のところだろう」

 そもそも、エルがしょっちゅう戦いを挑みに行っているのだ。
 隠れ家というわけではないし、むしろ世界樹の存在により目立っている。

「世界樹の付近には撮影用ド○ーンを待機させているから、それの映像を見てみるか」

 いつもはテレビがコメンテーターのコメント付きで映像を流しているのでそちらを見ているが、エルが最初にぼたんに会いにいったときに向かわせた撮影用ド○ーンは健在だ。
 太陽光発電により自動的に充電しているので、充電のために回収する必要もない。

「そんなことができるなら、早くしてくださいよ」
「ぼたんが帰るまでは意味が無かったからな。だが、そろそろ着いた頃だろう」

 状況を映像で確認できることを知り、我が助手が揺さぶりを止める。
 ちなみに、エルが最初にぼたんと対決したときのように、映像を見ることができるだけで手を出す手段はないのだが、それは言わないでおいた。
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