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第一章 森の中のマンドラゴラ

020.えいえいおー!

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「れ、連続猟奇殺人?」
「はい」

 おうむ返しで口から漏れた疑問を、メイは軽い調子で肯定する。

「俺ってそんなところで生まれたの?」
「そうなりますね」

 自分のことながら気味が悪い。
 なんか呪われてそうだ。
 メイもよくそんなところに生えている植物を採ろうとなんて思ったものだ。

「森のこの辺りが事件現場らしいです」
「具体的な場所は分かっていないのか?」
「いえ、分かっていますよ。『この辺り』です」
「?」
「被害者は広範囲にばら撒かれていたらしいので」
「そ、そうか」

 『広範囲』に『ばら撒かれて』か。
 聞いておいてなんだが、あまり具体的に想像したくないな。

「死刑場は幽霊が出そうで怖くて入れませんから、似たような条件のこの場所で探しているんですよ。実際、ケイを見つけることができましたから正解でした。もう一本くらい生えているといいんですけど」
「そ、そうだな」

 そう相槌を打ちつつ、できれば見つかって欲しくないと思う。
 だって、魔術の素材になるマンドラゴラが見つかるということは、それはつまりそこで死んだ人間がいるということだ。

「頑張って探しましょう。えいえいおー!」
「お、おー!」

 メイは元気にかけ声を上げる。
 全く気味悪がる様子はない。
 死刑場は怖くて、連続猟奇殺人の事件現場は怖くないって、どういう思考回路だ。
 やっぱり、へっぽこだから感性がずれているんだろうか。
 そんなことを考えるが、今さら手伝うのは嫌だとは言えない。
 なにはともあれ、素材集めだ。
 俺はメイとともに、マンドラゴラを見つけては引っこ抜くというのを繰り返した。

 *****

「見つかりませんねぇ」

 午前中をマンドラゴラ集めに費やしたのだが、手に入ったのは『普通の』マンドラゴラだけだった。
 昼食の時間になったということで、メイが作った弁当を二人で食べる。
 過去に連続猟奇殺人があった現場で昼食というのは、ちょっとアレなのだが、メイは気にしていないようなので俺も我慢することにする。

「どうぞ」
「ありがとう」

 メイの分はサンドイッチ、俺の分は煮干しのようだ。
 俺の分は朝食とはメニューを変えてくれたらしい。
 礼を言って受け取る。

「飲み物もありますよ」

 そう言って手渡してくれたのは、ただの水ではないようだった。

「これはスープか?」
「鰹節で出汁を取ったお吸い物みたいなものです。塩は植物によくないと思ったので入れていませんけど」

 そう言いながら、自分の分には塩らしきものを入れている。
 どうやら、俺が飲めるように作ってくれたようだ。

「手間をかけさせたみたいで悪いな」
「食事は一緒に食べた方が美味しいですから」

 気遣いに感謝しながら、メイと一緒に食事を摂る。

「午後からはもう少し森の奥まで行ってみましょうか」
「かまわないけど、日帰りで帰ることができる場所にしておけよ」

 メイは出会ったときと同様に軽装で来ている。
 野営する荷物は持ってきていないし、夜に森の中を歩くことができる道具も持ってきていない。
 暗くなる前に帰りたいところだ。

「そんなに遠くない場所ですから大丈夫ですよ」
「そこも連続猟奇殺人の現場なのか?」
「いえ、自殺の名所です」
「そ、そうか」
「崖の下の場所なんですけど、よく人が落っこちているんですよ」

 それは『落っこちている』と軽い表現をするようなものじゃないと思うのだが、いまさらなので気にしないことにする。

「じゃあ、午後も頑張りましょう」
「そうだな」

 昼食を食べ終え、午後の採取を開始する。
 しかし、日が暮れるギリギリまで粘ったのだが、結局メイが求める素材を見つけることはできなかった。
 どうやら、この一帯で魔術の素材となるマンドラゴラは、俺しかいなかったらしい。
 メイは残念そうだったけど、俺は正直、気味の悪いものが見つからなくてよかったと思う。
 けど、これで俺がどんな存在なのかを調べる手がかりも無かったことになる。
 それに関しては、俺も少し残念だ。
 それに疑問にも思う。
 俺と普通のマンドラゴラは何が違うのだろう。
 ただ、殺された人間の体液を吸収しただけではないような気がする。
 そんな理由なら、もっと俺のようなマンドラゴラが存在してもよいはずだ。

「仕方ありません。今日は帰りましょうか」

 とはいえ、今回それを解決するのは無理そうだ。
 俺とメイは収穫なしで家に帰るのだった。
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