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第六章 眠り姫

096.おやくそく

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「温泉に行くわよ、みんな!」

 私の号令に、ぽかんとした顔をするリンゴ、ミカン、アンズ、スモモ。
 どうも反応が悪い。
 なぜだろう。

「MMQのみんなも一緒に行きましょう!」

 嬉しいことは共有するべきだ。
 そう思って声をかけたけど、同じように、ぽかんとするアップル、プルーン、レモン、メロン、ピーチ。
 おかしいな。

「・・・どうしたの、みんな?」
「それは、こちらの台詞です」
「?」

 代表してリンゴが意見を述べてくれるけど、意味が分からない。
 私が不思議そうにしていると、リンゴが追加で質問してくる。

「なぜ、突然、温泉なのですか?」

 なんだ、それが伝わっていなかったのか。

「この村に温泉があるからよ!」

 温泉がある=温泉に入る。
 完璧な理論だ。

「・・・えーっと・・・」

 なのに、リンゴが納得できていないかのような表情をしている。
 周りを見ると、他の人間も似たような表情だ。
 あれ?
 これじゃまるで、私がおかしなことを言っているみたいだ。

「つまり、聖女様は温泉に入りたいということで、よろしいのでしょうか?」
「?さっきから、そう言っているじゃない」
「・・・言っていたような、言っていなかったような・・・」

 リンゴはなおも何やら考えていたみたいだけど、やがて理解したような表情に変わった。

「お供したいところですけど、この村の温泉はそれほど広くありません。全員が一度には入れませんよ」
「あれ?そうなの?」
「はい」

 この喜びをみんなで分かち合いたかったんだけど、それは無理らしい。

「二人から三人がせいぜいだと思います」
「そうなんだ」

 残念だけど仕方ないな。
 川で水浴びしたときのようにはいかないか。

「じゃあ、交代で入りましょうか」
「聖女様からどうぞ」

 最初を譲ってくれるようなので、その言葉に甘えることにする。
 少し離れたところにあるようで、リンゴに場所を聞いて支度をしていると、MMQのメイドが話しかけてきた。

「シンデレラ様」
「なに、アップル?」
「その・・・アーサー王子も一緒に連れて行ってもらえませんか?」

 視線を辿ると、MMQの他のメイドに介抱されているアーサー王子がいる。
 顔色は戻ったようだけど、もともど寝不足だったこともあり、まだ怠そうだ。

「そうね。温泉は疲労も取れるらしいから、ゆっくり浸かれば馬車に酔うこともなくなるでしょう」

 明日も一日中すっぱい匂いを振り撒かれると困る。
 なんとか今日中に体調を戻してもらいたいところだ。

「いいわよ。一緒に連れていくわ」
「本当ですか!?」

 快諾すると、なぜか逆に驚かれた。

「なに?」
「いえ、まさか、引き受けてもらえるとは・・・」
「私だって病人の介抱くらいするわよ?」

 あれかな。
 王族だと、そういうのは部下に任せて、自分はしないとかなのだろうか。
 そう考えると、MMQが介抱してくれてもいいとは思うんだけど、わざわざ頼んできたということは、人手が足りないとか、なにか理由があるのだろう。

「病人・・・ですか」
「まあ、馬車に酔っただけの人間を病人というかは微妙だとは思うけど」

 でも、体調が悪いのだから、介抱は必要だろう。
 なんだか、アップルが微妙な表情をしているけど、私の頭の中は温泉のことでいっぱいだ。

「ほら、行くわよ!」
「え?ちょっと、シンデレラ?」

 アーサー王子を引っ張って、場所を聞いた温泉に向かう。

 *****

「ふぁあああ・・・」

 身体をぞくぞくとした感覚が駆け抜ける。
 快感に流されるように、口から吐息が漏れてしまう。

「気持ちいいぃ・・・」

 身体の奥まで入り込んでくるものに逆らえない。
 そのまま受け入れてしまう。

「はあああぁぁぁぁ!」

 痺れるような気持ちよさが全身を震わせる。
 このまま天国に昇ってしまいそうだ。

「あの・・・シンデレラ?」

 そんな恍惚とした気分に浸っていると、声がかけられる。
 アーサー王子だ。
 天国から引き戻されるけど、水を差されたとは思わない。
 この悦びは共有すべきだろう。

「そんな声を聞かされると、その・・・変な気分になってくるんだけど」
「気持ちいいときは、素直にそれを受け入れるべきよ」

 私もこんなに気持ちいいとは思っていなかったけど、嬉しい誤算というやつだ。
 冷えた身体に染み込んでくる、お湯の温かさ。
 屋外ならではの新鮮な空気と見晴らしの良い景色。
 雪がちらついているのも風情がある。
 ここは天国じゃないだろうか。

「まあ、その・・・気持ちいいのは確かだけど・・・」

 隣でお湯に浸かっているアーサー王子は、なにやらブツブツと呟きながら、さらに深くお湯に浸かる。
 すでに肩まで浸かっていたのに、さらに身体を沈めたものだから、口元までお湯がきている。
 温泉が気持ちいいのは分かるけど、さすがにのぼせないだろうか。
 なんだか顔も赤くなってきているようだし。

「たまに涼まないと、のぼせるわよ」

 私は火照った身体を冷ますために、立ち上がって冬の寒さに身体を晒す。
 震えるような寒さなんだろうけど、温泉で身体が温められているおかげで、心地よい涼しさだ。
 こうやって、涼んで温まってを繰り返すのが、温泉の醍醐味らしい。
 事前に村長やリンゴに教えてもらっていたのだけど、確かにこれはたまらない。
 みんなと交代だから長時間入っているということは他の人を待たせていることになるんだけど、ついつい長く入りたくなってしまう。
 適度に身体が覚めてきたところで、再び温泉に浸かる。
 そういえば、上半身で涼みながら、下半身で温まっていれば、いちいちお湯の外に出なくても、ずっと温泉に入っていられるんじゃないだろうか。
 そう思って、肩までは浸からず、胸元までにしておく。
 うん。
 いい感じだ。
 少し肩が涼しいけど、手でお湯をかけると、ちょうどいい。

「(ぶくぶくぶく)」

 私がベストポジションを見つけて満足していると、隣でアーサー王子がさらに深くお湯に潜るのが見えた。
 なにをやっているんだろう。
 せっかく私が見本を見せることも兼ねて、目の前で涼んでみせてあげたのに。

「ちょっと、本当にのぼせちゃうわよ」

 さすがに少し心配になってくる。
 そう言えば顔が赤かったし、風邪をひいて寒気でもするんだろうか。
 私が覗き込むと、先ほどより顔が赤くなっているように見える。

「あの!」
「わっ」

 アーサー王子が勢いよく身体を起こすものだから、お湯が飛び跳ねる。
 それを避けるように少し身体を引くと、アーサー王子が肩から上をお湯から出す。

「・・・ちょっと今・・・立てなくて・・・」

 弱々しい声色で、そんなことを言ってきた。
 立てないくらい体調が悪いということだろうか。
 疲労が取れるというから引っ張って温泉に連れてきたんだけど、悪いことをしたかな。
 少しもったいないけど、ほどほどのところで温泉から上がった方がよさそうだ。

「そろそろ上がりましょうか。他の人とも交代しないといけないし」

 私は涼んだ身体があったまったところで立ち上がる。
 けど、アーサー王子は立ち上がる様子がない。

「シンデレラ、先に上がっていてくれるかな」
「体調が悪い人間を一人にしておけないから、待っているわよ」
「じゃ、じゃあ、そっちを向いていてくれる?」
「?いいけど」

 言われるがまま背を向けて、身体が冷めないうちに、衣服を身につけ始める。
 そうすると、ようやくアーサー王子が温泉から上がる音が聞こえてきた。
 それに安心して服を着ることに集中する。
 温まった身体の温度が外気より高いせいだろう。
 身体から湯気が立ち上っている。
 温泉ならではの光景で風情があるけど、のんびり見ていて身体が冷えたら本末転倒だ。
 湯気が消えないうちに素早く服を着る。
 着終えたところで振り返ると、ちょうどアーサー王子も着終えたようだ。

「体調はどう?少しは良くなった?」
「えっと、うん・・・元気になったよ」

 私の問いにそう返してくるけど、その言葉を無条件に信じてはいけない。
 気を遣う人間は、病気のときに心配をかけまいと、体調が悪くてもそういうことがある。
 念のため、アーサー王子の全身を観察する。

「な、なに?」

 顔はまだ少し赤いけど、これは温泉で温まったからだろう。
 足がふらついているということも無さそうだ。
 見た限り、体調は大丈夫なようだ。
 それに、

「なるほど・・・『元気』になったみたいね」

 アーサー王子自信が主張している。

「~~~~~~っ!」

 顔が今までで一番赤くなったけど、体調が悪いわけではなさそうだ。
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