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お花見2

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『えええええぇぇぇぇぇ!!!』

 すね毛は丹念に剃りました。
 すねどころか、もものあたりまで剃りました。
 足の付け根付近まで剃りました。
 つるつるです。
 スカートめくりされたとしても大丈夫なようにです。

 下着はもちろん女の子用を着せました。
 当然、上下セットです。
 私のお気に入りを貸しました。
 詰め物はあえて控え目にしました。
 大きすぎても小さすぎてもいけません。
 目立たないように平均的な大きさにすることが重要です。

 ウィッグは目元を隠すような前髪が長いタイプです。
 これは本人だと気づかれないようにするためです。
 目は口ほどに物を言います。
 つまり、目を隠せば口を開いていないのと同じです。
 正体が気付かれづらくなります。

 最後に女子の制服を着せて完成です。
 ただ、女の子の格好をさせただけ。
 そういう言い方もできるでしょう。
 ですが、これは本日のドレスコードを満たしています。
 なぜなら、ソラは今や立派な男の娘だからです。

「うそっ!? この娘がソラくん!?」
「この地味系美少女が!?」
「この保護欲を刺激する娘が!?」

 先輩達は全く気付いていなかったようです。
 成功です。
 今回の試みは、単にコスプレというお花見の参加条件を満たすだけが目的ではありません。
 ソラを、童貞を狙う魔の手から護るためです。

 私は考えました。
 ソラは男の子だから狙われます。
 ならば、女の子にしてしまえば狙われないはず。
 ですが、股間のものを取るわけには行きません。
 魔法使いになる条件は、童貞のまま三十歳になることです。
 しかし、股間のものを取ってしまうと、それはもう男の子ではありません。
 童貞という条件を満たせない可能性があります。
 だから、股間のものを残したまま女の子にする方法を考えたのです。
 幸い、その方法はすぐに見つかりました。
 すなわち、男の娘です。

「あ、あんまり見ないで下さい。恥ずかしいです」
『きゅん♪』

 ソラの美少女っぷりに、先輩達が心臓を打ち抜かれたような反応をします。
 完璧です。
 ソラは完璧な男の娘になりました。
 私は確信します。
 これなら、童貞を狙う魔の手からソラを護ることができます。
 これなら、おっぱいお化けなど恐れるに足りません。

「ねえ、ソラ君、触っていい?」
「足、スベスベね。あ、可愛い下着」
「おっぱい、手の平に収まるちょうどいい大きさね」

 私が満足していると、先輩達がソラを取り囲みます。
 気のせいでしょうか。
 いつもより、スキンシップが多めな気がします。
 おかしいです。
 女の子を近づけさせないために男の娘にしたのに、男の子のときより女の子を寄せ付けている気がします。
 まずいです。
 私がソラから先輩達を引き離そうとしたところで、新たな敵が出現します。
 中ボスとの戦闘中にラスボスが乱入してくるような、お約束を無視した出現です。

「遅れてすみません!」

 ぽよんっ♪ぽよんっ♪と、おっぱいお化けが小走りに近づいてきます。
 凶悪な二つの塊を振り回しながら近づいてくる姿は、まるでバーサーカーのようです。
 でも、それはいいです。
 今さら、そんなことで動揺などしません。
 けど、私は動揺してしまいました。
 おっぱいお化けが本気であることに気付いたからです。

「お姉ちゃんに服を借りたんですけど、着慣れていなくて時間がかかっちゃいました」

 必殺技パイスラッシュどころではありません。
 一撃必殺技を繰り出してきました。
 今日のおっぱいお化けは本気です。

「加藤ちゃん、可愛い服ね」
「男の子をイチコロにできそう」
「この乳袋、風船が入っているわけじゃないよね」
「え、あの……風船は入っていませんから、つつかないで下さい」

 『童貞を殺す服』です。
 なんと、おっぱいお化けは、ピンポイントで童貞、つまり、ソラを殺しにきたのです。
 先輩達の興味がソラからおっぱいお化けに移った隙に、私はソラを背中に隠します。
 警戒態勢です。

 …………

 そのまま五分ほど警戒していると、一通り先輩達にいじられて、ようやく解放されたおっぱいお化けが、こちらに声をかけながら寄ってきます。

「こんにちは、キララさん」

 私は警戒態勢から戦闘態勢へ移行します。
 なにせ相手は最初から戦闘の意志童貞を殺す服を示しているのです。
 これで無防備に近づく人間がいたら、ただの自殺志願者でしょう。

「キララさんは、魔女?」

 案の定、おっぱいお化けは、戦線布告してきました。
 私のこの衣装を見て魔女と言うなんて、喧嘩を売っています。
 挑発しているとしか思えません。

「女の子の憧れ、魔女っ子よ」

 私は宣戦布告を受けて立ちます。
 この衣装は魔女じゃありません。
 魔女っ子なのです。
 これだけは譲れません。
 魔女と魔女っ子の間には、大きな隔たりがあるのです。
 魔女はなんだかドロドロしたイメージがありますが、魔女っ子はキラキラしたイメージがあります。
 全くの別物です。

「そ、そうなんだ。ずいぶん、セクシーな魔女っ子だね」

 おっぱいお化けは私の主張をあっさりと認めると、きょろきょろを周囲を見回します。
 まるで野獣が獲物を探すような目つきです。
 私のような雑魚は相手をするまでもないと言いたいのでしょう。
 本命ソラを狙っているのです。

「あれ? ソラ君は、まだ来ていないの?」

 おっぱいお化けは本命ソラを探しますが、ソラの存在には気付いていません。
 私の作戦通りです。
 このままソラを隠し続ければ、私の勝ちです
 そう考えた私ですが、作戦を破綻させる言葉が聞こえてきます。

「ソラ君なら、そこにいるじゃない」

 先輩がソラの存在をバラしてしまいます。
 なんということでしょう。
 野獣の前に子兎を放つかのような非道な行為です。
 先輩には人としての情はないのでしょうか。

「?」

 おっぱいお化けは、じっと先輩が指した人物を観察します。

「えええええぇぇぇぇぇ!!!」

 獲物を見つけたおっぱいお化けの雄叫びが、公園に木霊しました。
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