白雪姫は処女雪を鮮血に染める

かみゅG

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006.七人の子供達

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「ここは……」
 見知らぬ部屋。
 見知らぬ子供達。
 私が暮らしていた城の中でないことは間違いない。
 可能性があるとしたら庭師の小屋だけど、窓から見える外の景色が違う。
 落ち葉の舞う寒々しい景色。
 見える範囲には無数の木々しか見えない。
 綺麗に切りそろえられた庭木ではなく、伸びるままに任せた木々だ。
 遠くに視界を移しても、城を囲む城壁すら見えない。
「ここは、森の中にある孤児院だよ」
 先ほど部屋を出て子供達を連れてきた女の子が教えてくれる。
 子供達の中では一番の年下に見える女の子だ。

「孤児院?」
 なんで、そんなところにいるんだろう。
 状況を把握できない。
 血を吐いた後、自分の周囲が騒がしくなったのは覚えている。
 長い間、ベッドの上で苦しんだことも覚えている。
 意識は朦朧としていたけど、うっすらと覚えている。
「そっか……私、死ねなかったんだ……」
 あれは慈悲なんだと思った。
 私を苦しませないための慈悲。
 そう思った。

 だけど、私は思ってしまった。
 母の微笑みを見たとき、もっと生きていたいと思ってしまった。
 だから、私は苦しみを受け入れた。
 生からの解放じゃなくて、生にしがみつく苦しみを選んでしまった。
 その結果、私は死ななかった。
 死ねなかった。
 母の顔が見たくなった。
 せっかく生き残ったのだから、母の顔が見たかった。
 なのに、ここに母はいない。
 近くにもいそうにない。
 ぶるりと身体が寒くなった。

 私は自分の身体を抱きしめた。
 寒いせいだと思った。
 身体が震えるのも、心の中に不安が広がるのも、全ては寒さのせいだ。
 だって、外は吹きすさぶ寒風に、木々が揺れている。
 だから、震えるのも、不安に思うのも、涙が流れるのも、仕方がない。
「大丈夫よ」
 私は、ふっくらとして、柔らかいものに包まれた。
 寒さが和らぐ。
 温かさに、私は自分が融けていくのを感じた。
 身体も、心も、融けていく。
「大丈夫だからね」
 身体の震えは止まっていた。
 心に広がる不安も、ほんの少しだけど、減っていた。
 少なくとも、それ以上は広がっていかなかった。

「ありがとう。もう大丈夫よ」
「そう? よかった」
 私を包んでいた身体が、そっと離れていく。
 それに少しの寂しさを感じたけど、まさか引き留めるわけにもいかない。
 見知らぬ女の子にいつまでも抱きしめられているのは、気恥ずかしい。
 これ以上は、甘えられない。
「お世話になったようね」
 落ち着いた私は、少しずつ状況が分かってきた。
 ここは孤児院。
 城からは、おそらく遠い。
 子供達は私が起きるのを待っていた。
 見守っていたとも言い換えることができると思う。

「自己紹介をした方がいいわよね。私は……白雪。白雪って呼んで」
 一瞬、本当の名前を名乗ろうかと思ったけど止めておいた。
 まだ、状況を全て把握したわけじゃない。
 もし、子供達が私のことを知らなくて、子供達がこの国の王女の名前を知っていたとしたら、もしかしたら面倒なことになる可能性がある。
 だから、城でみんなから呼ばれていた、呼び名を名乗った。
「ねぇ、お姉ちゃん」
 一番年下の女の子が、私にとてとてと近づいてきた、私の顔を覗き込む。
 幼いからだろうか。
 私を見つめる視線に遠慮がない。
 ほくろの一つ一つまで数えるように、私のことを隅々まで見つめてくる。
「お姉ちゃん、綺麗だね。まるで、お姫様みたい」
 それが母譲りの容姿のことを指しているのか、それとも、水仕事をしたことがなく、あかぎれ一つない肌のことを指しているのか、それは分からなかった。

 でも、女の子の言葉が好意的なのは分かった。
 私のことを褒めてくれているのは分かった。
 けど、私に向けられる視線が、その女の子と同じものというわけではなかった。
「どうせ、貴族か商人の隠し子だろ」
 少し離れた場所で、その様子を見ていた男の子が、ぽつりと呟いた。
 大きい声じゃなかったけど、狭い部屋だから、その声は私の耳まで届いた。
 隠し子。
 私はきっと、それになったのだと思う。
 父も母も私の存在は知っている。
 城のみんなも私のことは知っている。
 けれど、今は私がどこにいるか知らないと思う。
 私は居場所を、存在を隠されたのだろう。
「……」
 私は男の子の言葉に何も言い返せなかった。

「やめなよ、可哀相じゃない」
 その男の子に隠れるようにしていた女の子が、そうっと顔を出して、そう言ってくる。
 私を心配してくれているのだと思う。
 けど、私はその言葉に、先ほどの男の子の言葉よりも傷ついていた。
 まるで、絹でできたナイフを引かれたように、優しく柔らかく傷つけられた。
 私は憐れまれている。
 憐れみの視線で見られている。
 その事実に傷つけられた。
「そうよ。その子のおかげで、いっぱい食べ物をもらえたんだから、そんな言い方はよくないわ」
 別の女の子が、そう言う。
 その言葉で、私はまた少し、状況を把握した。
 私のおかげで、子供達は食べ物をもらうことができた。
 つまり、子供達に食べ物を与えた者がいるということだ。
 おそらく、私をここに居させるために、子供達に面倒をみさせるために、対価を与えた。
 城に置いておけば、そんな対価は必要なかったはずなのに、あえて、そうした。
 その対価が高いか安いかは知らないけれど、そうする理由があったのだと思う。

 女の子の言葉は、私の心を少し軽くした。
 私はここでは厄介者なのだろうけど、子供達が対価をもらっているのなら、私はここにいる権利がある。
 だから、面倒をみてもらっていたことに負い目を感じる必要はないだろう。
 もちろん、感謝を忘れるほど、恩知らずなつもりはない。
 けど、私は感謝を表すために、お礼として差し出せるものを、何も持っていない。
「そうそう。肉も野菜もいっぱいもらったじゃないか。おかげで冬の間も飢えなくてすむよ」
 別の男の子が、先ほどの女の子の言葉に同意する。
 私を貴族か商人の隠し子と言った男の子は、その言葉に対して何も言わなかった。
 否定もしなかった。
「それに、お世話をしたお礼も言ってもらったしね」
 別の男の子が言った。
 私はその言葉に、はっとする。
 差し出せるものは何もない。
 けど、感謝の気持ちを表す方法は、物を差し出すだけが方法じゃない。

 私はベッドから立ち上がる。
 長く眠っていたせいか、身体が少しふらつく。
 私を抱きしめてくれた女の子が支えてくれようとするけど、私はそれを断って、自分の足でしっかりと立つ。
「改めてお礼を言わせてもらいます。私を助けてくれて、ありがとうございました」
 私は七人の子供達に、わずかな乱れもない、カーテシーを捧げた。
 そして、微笑む。
 最後にみた母の微笑みを思い出しながら、私は微笑みを捧げた。
 今は冬も近い秋。
 外を歩いても花の一輪も手に入れることはできないだろう。
 その微笑みだけが、私が差し出すことができる、精一杯のお礼だった。
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