白雪姫は処女雪を鮮血に染める

かみゅG

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023.出会い(前兆)

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「そろそろ涼しくなってきたわね」
 私は木の葉が舞い散り始めた景色を眺めながら呟く。
「メイド服の短いスカートだと、ちょっと寒いね」
 その呟きに律儀に返事を返してくれたのはモモだ。
 その言葉の通り、彼女はメイド服を着ている。
 それは私も同じだ。
「お客さんも少なくなってきた気がするわね」
「みんな冬支度で忙しいんじゃないかな」
 私達がメイドカフェで働き始めた頃は、休憩を取る暇も無いほど忙しかった。
 けれど今は、こうして交代で休憩を取ることができる程度には、余裕があった。
 経営状態が心配になってオーナーさんに尋ねたところ、『冬の間に二号店の準備を進めて、春からオープンするの!』と言っていたから、折り込み済みなのだろう。
 だから、安心してのんびりしている。

 そんなところに、オーナーさんがやってきた。
 二号店の話かと思ったのだけど、どうも違うようだ。
「大きな仕事を引き受けてきたわよ!」
 元気よく、そう宣言してくる。
 その様子に、私とモモだけでなく、一緒に休憩していた他の店員もぽかんとしている。
「なんの話ですか、オーナー?」
「だから、大きな仕事よ! このお店を貸し切りさせて欲しいってお客さんが現れたの! みんなでご奉仕するわよ!」
「へぇ、凄いですね」
 モモが素直に感心している。
 私も同意見だ。
 このお店を貸し切るということは、物件としてこの建物を借りるってことじゃない。
 借りている間、このお店が稼ぐことができる代金以上を払う必要があるのだ。
 前後の準備や片付けの時間も含めることになるから、かなりの代金になるだろう。
 つまりは、大商人か貴族。
 そのあたりということだ。

「凄い話ですけど、大丈夫なんですか?」
 私はオーナーさんに尋ねる。
 そこへ、私の意味が分からなかったのか、一緒に休憩していた店員が口を挟んでくる。
「どういうこと?」
「だって、相手は大商人か貴族ってことですよね。もし、失礼なことをしたら・・・」
「牢屋に入れられちゃうってこと?」
「牢屋ですんだらいいですけど……」
「ひいぃっ!」
 口に出さなくても予想がついたのか、店員が小さく悲鳴を上げる。
「ちょっと、大きな声を出しちゃダメよ。お店の方には、お客さんもいるんだし」
「だって、私、死にたくないっ!!!」
「だ、大丈夫よ。よほど失礼なことをしなければ、そんなことされないって」
「本当ですか?」
 店員が疑り深そうにオーナーさんを見ている。
「ほんとほんと」
 安心させるようにオーナーさんが言うけど、その軽い言い方が、かえって胡散臭さを感じさせる。
 真相を求めるように、店員が私の方を見てくる。
 そんな縋るような視線を向けられても困るんだけど、職場の同僚だから無碍にもできない。
 仕方がないので、答えることにする。
「本当ですよ。……まあ、『よほど』の線引きは人によって違うでしょうけど」
「いやあああぁぁぁぁぁ!!!!!」
 店員の悲鳴が店中に響き渡った。

 慌ててオーナーさんが、店員の口を塞ぐ。
 けど、暴れる店員の声を止めることはできない。
「死にたくないぃぃぃぃぃ!!!!!」
 激しく暴れる店員。
 それを必死に抑えるオーナーさん。
「もう、おどかしちゃダメよ。この娘、臆病なんだから」
 オーナーさんが、私に文句を言ってくる。
 けど、心外だ。
「でも、別に嘘は言っていな……」
「やっぱり、本当なんだあああぁぁぁぁぁ!!!!!」
 ……
 さらに暴れる店員を見ながら、私は思った。
 嘘も方便って、こういうときに使うべきなんだ、と。

「ちょっと、何事ですか!?」
 騒ぎに気づいたのだろう。
 他の店員が休憩室に入ってきた。
 そこで見たのは、死にたくないと必死に暴れる店員。
 そして、それを抑えつけようとするオーナーさん。
「……」
「……」
「殺さないでえええぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
 沈黙と悲鳴が同居する。
 そんな奇妙な空間を私は見た。
 ところで、休憩室の扉が開いたままで、悲鳴が店内まで届いているようだけど、いいのかな。
 接客している店員もお客さんも、こちらを気にしているように見えるけど。
「あ、白雪姫。そろそろ仕事に戻らないと」
 そこで聞こえてきたモモの声。
 そういえば、休憩に入ってから、そこそこ時間が経っている。
「そうね。仕事に戻りましょうか」
「あっ! ちょ、ちょっと、待っ……」
 ぱたんっ。
 私は静かに休憩室の扉を閉めた。
 休憩室から出るときにオーナーさんの声が聞こえたような気がしたけど、なんだか忙しそうだったから、きっと空耳だろう。

 そんなふうに思っていたんだけど、どうやら空耳じゃなかったようだ。
 私とモモに用事があったらしく、閉店後に呼び出された。
 オーナーさんが、少し豪勢な夕食を奢ってくれているけど、手をつけていいのか迷う。
 理由もなく、こんなに気前よく奢ってくれるわけがない。
 なんだか、嫌な予感がする。
 けど、そんな私に対して、モモは余裕の態度だ。
「これ、おいしいですねぇ。オーナーさん、ユズの分をお土産に頼んでいいですか?」
 そんな要求までしている。
「いいわよ、頼んじゃって! だって、二人には大きな仕事を任せるんだからね! そのくらい、奢るわよ」
「ありがとうございます」
 モモがお礼を言って注文をしているけど、私はオーナーさんの言葉の方が気になった。
「その任せるっていう仕事について、何も聞いていないんですけど」
 私がジト目で見ると、オーナーさんは不思議そうな顔をする。
「昼間、大きな仕事を引き受けたって言ったじゃない」
「それは聞きましたけど……」
「アレ、二人に任せることになったから」
「それは聞いていません」
 初耳だ。

 というか、その大きな仕事というのは、お店の店員が全員で対応するんじゃないのだろうか。
 相手はそのためにお店を貸し切るわけだし。
 私がそんなことを考えていると、オーナーさんが困った顔になる。
「ほら、あの臆病な娘が、『ちょっと』騒いじゃったでしょ?」
「ええ、『ちょっと』大きな声を出していましたね」
 店中に響き渡る『ちょっと』大きな声で、『殺さないで』と叫んでいた。
 おそらく、店にいた全員に聞こえていたと思う。
「それで他の店員の娘も怯えちゃってね」
「それは……お気の毒に?」
 そう言えばいいのだろうか。
 よく分からない。
 もっとも、お気の毒なのは、オーナーさんだけじゃなくて、私とモモもかも知れないけど。
「みんな、そのお店を貸し切るお客さんの接客をしたくないって言い出したのよ」
「それなら、私とモモも……」
「それでね。やっぱりここは、お店のNo.1とNo.2で接客しないと失礼にあたるだろうって話になったの」
「……」
 ちなみに、No.1とNo.2というのは、『癒やしの聖母』と『氷の女王』のことだ。

 親しみやすく、ちょっと手を伸ばせば届きそうな位置にいる、『癒やしの聖母』がNo.1。
 完璧な接客で見る者を魅了する美しさを誇るが、高嶺の花である、『氷の女王』がNo.2。
 その二人がオーナーさんが経営するメイドカフェの二枚看板だと言われている。
 そして、『癒やしの聖母』がモモ、『氷の女王』が私。
 いつの間にか、そういうことになっていた。
「接客するのはいいですけど、なんで二人だけなんですか。何人来るか知りませんけど、お店を貸し切るような人数を相手に、二人だけで接客なんて無理ですよ」
「そんなこと言わないで。裏方なら、みんなも協力してくれるって言うから」
「なら、接客も手伝ってもらってくださいよ」
「そこは、ほら……ね?」
 ね?と言われても、無理なものは無理だ。
 私がごねていると、オーナーさんは両手を合わせて、こちらにお願いしてくる。
「お願い! これが上手くいけば、王都に二号店を出す許可がもらえそうなのよ!」
 年下の私に対して、頭を下げる勢いだ。
 そこまで必死だったのか。
「ねぇ、白雪姫、手伝ってあげようよ。オーナーさんには雇ってもらった恩もあるし」
 そこで、モモがオーナーさんに肯定的な意見を言ってきた。
 幸せそうに料理を頬張りながらだったけど。

 本心を言えば、私もオーナーさんには感謝している。
 今度の接客も引き受けていいとは思っている。
 けど、それにモモを巻き込んでいいのかというのが心配だったのだ。
 親しみやすく、下町のアイドルのような立場にあるモモだけど、上流階級の礼儀作法を身につけているわけじゃない。
 もし、貴族に対して失礼なことをしてしまったら。
 そして、それが原因でモモが傷付けられてしまったら。
 そう考えると、オーナーさんのお願いに素直に頷けなかったのだ。
 なのに、そのモモから手伝おうと言われてしまった。
「モモは怖くないの? 相手はたぶん貴族よ。不敬なことをしたって理由で、平民を罰する権利を持つ貴族よ」
 もしかしたら、モモはどういう状況か分かっていないのかも知れない。
 そう思ったから、確認をする。
 けど、私の問いに対して、モモは微笑みながら答えてきた。
「だって、大丈夫なんでしょ? 昼間、白雪姫が言っていたじゃない」
 それは、おそらく、昼間のオーナーさんとのやりとりのことを言っているのだろう。
 確かに、よほどのことじゃなければ大丈夫だと頷いた覚えはある。
 モモは、ちゃんとそれを聞いていたのだ。
 なら、私に反対する理由はない。
「わかったわ。オーナーさん、そのお仕事、引き受けます」
「ほんと! ありがとう!」
 喜ぶオーナーさんと、微笑むモモを見ながら、私は思った。
 いざとなったら、私が身分を明かしてでも、みんなを守ろうと。
 もっとも、身分を証明するものを持たない私が、どこまでできるかは分からない。
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