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第十話 ミドリ

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 今日は祝日!

 そんなわけで、ハルちゃんと「るるる」へ映画を見に来ました。ここ、映画館もあるのよね。

 いやー、面白かったー!

「あ、ピアノがあるよ、ハルちゃん」

 二階の通路沿いに、「ご自由にお使いください」と、一台のアップライトが設置されています。

「ハルちゃんのピアノ、聴いてみたいな」

「では、一曲……」

 クラシックの有名な曲を弾く彼女。なんて曲だっけ。喉元まで出かかってるんだけどなー。

 それにしても上手。さすが、講師に選ばれただけある。

 うっとりと聞き惚れていると、聴衆が少し集まってきています。

 やがて、じゃん、じゃん、じゃん! と締め。拍手が起こる。

「ご静聴、ありがとうございました」

 ハルちゃんが立ち上がって振り返り、頭を下げようとすると、「あっ!!」と、大声を出す。

「ミドリさん!?」

 視線を追うと、私の真横の女性が狼狽していた。

「いいえ、人違いではないでしょうか」

 目を背ける彼女。

「見間違うはずないです! その声も、間違いない!」

 女性に近づくハルちゃん。

 ミドリさん。ハルちゃんの料理の師匠で、そして……初恋の人。

「……わたくしは、追放された身です。関わるのは、お嬢様のご迷惑になります」

「だったら、わたしも一緒だよ! わたしもお父様に勘当されて、今は葵家の人間じゃないの!」

 目を見開く、ミドリさん。

 聴衆も、なんだかのっぴきならないやり取りに、野次馬と化しています。

「あの、二人ともすごく注目の的になってるので、河岸を変えませんか?」

「いえ、私が立ち去れば済むことですので……」

「やだよ! もう、私の前からいなくならないでよ!」

 野次馬が、どんどん増えていくぅ!!

「あの、ほんとに一度落ち着いて話しましょうよ。ハルちゃん、このままじゃ収まりがつかないし、可哀想ですよ」

 かつて仕えていた人物を、ちゃん付けで呼ぶ私に「この人は、何者だろう?」という疑問を感じる視線を受けつつ、「静かに話せる場所、知ってますので」と、食い下がる。

「わかりました。お嬢様を悲しませるのは、本意ではありませんし」

 彼女も折れてくれ、場所を変えることとなりました。


 ◆ ◆ ◆


 やってきたのは、市役所そばにあるダイナー軽食堂、「F-TERRACE」。「ここ、水出しアイスコーヒーが美味しいんですよ」と、とりあえず、注文。ハルちゃんと、ミドリさんも、同じのをチョイス。

「あの、お嬢様。こちらの方は、どういった方なのでしょうか?」

「あー、ええと……。善意で、わたしを居候させてくれてるの」

 付き合ってることは伏せたか。親に引き離された、初恋の人だもんね。

「それは、失礼しました」

 お辞儀と謝罪をするミドリさん。

「いえいえ! 成り行き上、まあ、色々と」

 わたわたと手を振る。

「お嬢様、勘当をされたということですが、やはり、わたくしが原因でしょうか?」

 ここまでの自責の念。なにか、大きな事があったのだろうか。

「ミドリさんは関係ないよ! 私ね、どうしても男性との結婚が受け入れられなくて、着の身着のままで、逃げ出したんだ。クレカも止められて、途方に暮れてたら、こちらのアキおねーさんに拾ってもらって」

「左様でございましたか……。しかし、そうすると衣食住は、こちらのアキ様のご面倒に?」

「今は、生活保護を受けながら、ピアノ教室で働いてるよ」

 するとミドリさん、「えっ!?」と大きな声を出してしまい、「失礼しました」と恐縮する。

 大企業のご令嬢が、生活保護。そりゃ、びっくりするよね。

「逆に質問。ミドリさんは、今までどうしてたの? 差し支えなければ教えて」

「今は、別のお屋敷で奉公しております」

「ねえ、ミドリさん。連絡先交換しよ? 二度と、私の前からいなくならないで……。もう、お父様のしがらみはないんだよ? それとも、わたしが赦せない?」

 潤んだ瞳で見つめるハルちゃん。赦せないとは、どういったことだろうか。今は、詮索はやめよう。

「……わかりました。繰り返しになってしまいますが、お嬢様を悲しませるのは、わたくしとしても、避けたいことですので」

 スマホを重ね合わせる二人。

「あの、横合いから恐縮ですが、私もよろしいでしょうか?」

「はい。お嬢様がお世話になっている方となれば、わたくしの恩人も同然。ぜひとも」

 というわけで、私とも交換。

 なんとか話もまとまり、それぞれの家へ帰ることになりました。


 ◆ ◆ ◆


 うーむ。

 とりあえずテレビをつけて、のんべんだらりと眺めているのだけど。

 どうもハルちゃんは、ちらちら様子を見るに、ぼーっと眺めるというよりは、上の空のよう。気になるな。

「ハルちゃん?」

 返事なし。こりゃ決定だ。

「ハルちゃん!」

 パン! と手を叩いて呼びかけると、びくっと我に返る。

「えと……なんですか、おねーさん?」

「上の空だね。番組の内容も、頭入ってないでしょ。ミドリさんのこと、色々混乱中?」

 テレビを消す。

「混乱というか……」

 こちらに向き直り、ばつが悪そうに、そわそわする。

「ああ、そうか。ミドリさんへの恋心が、再燃しちゃったのね」

 びくっとなるハルちゃん。しかし、浮気と責める気にはなれない。もともと、不本意な別れ方をしたところに、私が後から入ってきたのだ。

「浮気とか言わないから、安心してね? 後から横入りしたのは、私だもの。でも、妬けないって言ったら、嘘になっちゃうかな」

「すみません……」

 とりあえず、互いにお茶を一服。

「ねえ。ミドリさんのこと、話してくれないかな。私、今カノとして、訊く権利があると思うんだ。どうしても嫌だったら、詮索はやめるけど」

「……いえ。お話しします。わたし、不誠実な女には、なりたくないですから」

 彼女も私も、居住まいを正す。これは、シリアスな話になるね。

「どこから話せばいいのか……。とりあえず、出会いから順を追って話しますね。ミドリさんが奉公に来たのは、今から十年近く前になります」

 訥々と、話し始める。

 ハルちゃんとミドリさん。そして、くすぶり続けていたのが、再燃した恋心。

 私も、とても深くなるであろう話に、肩の力が入るのでした。
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