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本編
王妃と寵姫 3
しおりを挟む「お父さま、わたくしがこの国の王妃になるには、どうしたらいいかしら?」
「プロヴァリー国王は妻帯者だからね。
教会の教義から、離婚は許されない。
そこで王侯貴族がよく使う手は、婚姻無効だ」
「いわゆる白い結婚ね。
でも、陛下が性的に不能で婚姻が完遂されていない、と主張するのは無理よ。
私との間にフェリクスが居るのですもの」
「なら、あとは王妃が亡くなって王が寡夫になるしか、エレオニーは王妃になれないね」
公現節の祝日に、フレイア神聖王国から招いた教皇によって、王子の幼児洗礼式が行われた。
王宮の奥にある礼拝堂は、中庭から階段を上って、エントランスから入る。
内装は壮麗で美しく、アーチ形の高い天井を支える要石には主神フレイアとその他の十二神柱、天使や使徒たちなどの像が彫られている。
また石柱の天蓋の下には、名だたる聖人たちの逸話をもとにした壁画が描かれていた。
当初はごく内輪な身内だけで行う予定が、教皇が自ら司式をすることになったので、国内の主要貴族がほぼ出席していた。
礼拝席は、ほとんど埋まっている。
厳かな式が始まる直前に、ひと悶着起きた。
エレオニーが礼拝堂の王族席に座ったからだ。
上王夫妻亡きあと、現在の王族席に座るのは国王夫妻のみ。
国王の姉たちは他国に嫁いだか、臣下に降嫁している。
リリアーヌはエレオニーに王族席から退くようにと、侍従を通じて命じる。
けれどエレオニーは、王子の晴れの姿を前の席でしっかり見届けたいと言い張った。
事の成り行きを見守る貴族たちの間に、緊張が走る。
結局、ジェレミーが「彼女はフェリクスの生母なのだから、王族席でも構わないだろう」と許したことで、決着がついた。
王宮の礼拝堂でフレイア神にミサを捧げる教皇は、頭上に冠を戴き、白地に金の装飾のある豪奢な法衣服姿だ。
ミサに続けて、幼児洗礼式に移った。
国王夫妻は、フェリクス王子を抱いて会衆の前に進み出る。
王子はこの日のために用意された、リリアーヌ手製の洗礼用ガウンを着せられている。
教皇は、洗礼盤の上に差し出された赤子に聖水を注ぎながら「主神フレイアと、聖霊の御名によって、洗礼を授ける」と唱える。
その後、王子の両親である国王夫妻が、教皇の選んだ聖句を繰り返して宣誓をした。
「……父上と母上にも、お見せしたかった」
ジェレミーが、感極まった様子でつぶやく。
リリアーヌは王子の緑柱石の瞳にジェレミーの面影を感じ、なさぬ仲の子だが愛して行こう、と心に誓った。
式の後は、大広間で祝宴が用意されている。
部屋に戻ったリリアーヌは、王子を乳母に預けた。
ところが着替えなどの準備をする前に、ジェレミーと口論になってしまう。
「あの女も祝宴に出席ですって? 洗礼式はともかく、それ以降は――」
「祝宴の主賓は教皇だ。エレオニーは、彼の姪にあたる。
今は、教皇をもてなすことを第一に考えてくれ。
教会は、この中原の国々に大きな影響力を持っている。
君もプロヴァリー王妃ならば心を広く持って、エレオニーの参加くらいのことで目くじらを立てるな」
王妃の立場では国益が優先されるのが当然で、私的な感情を公に持ち込んではならないのは、リリアーヌも分かっている。
ジェレミーに「それぐらい」と言われるのは嫌だったが、ここは我慢するしかなかった。
「――でも、これが済んだらあの人は、王宮を出て行くのよね?」
ジェレミーは目を逸らし、答えない。
嫌な予感がして、リリアーヌの鼓動が速くなる。
「ジェレミー……まさか、あなたはまた――」
「隠してもしょうがないから言うが……エレオニーは、第二子を懐妊している」
「うそ……信じられない!」
リリアーヌの大きな金色の瞳に、見る見るうちに涙が溜まり零れ出す。
今にも叫びだしそうな口元を押え、部屋を飛び出した。
「リリィ! 待って」
部屋の外、廊下で警護にあたっていたニコラが、追いかけて来る。
(ジェレミー、私は……また裏切られるくらいなら、あの時、誓って欲しくなかった。信じていたのに!)
夢中で走って、中庭まで来てしまった。
祝宴に招かれている貴族や、王宮の使用人たちの手前もある。
リリアーヌは、部屋に戻って祝宴に出席する支度をしなければならない。
「リリィ、どうした。何があった?」
追いついたニコラより、後ろから声を掛けられた。
「少しだけ……一人になりたい」
今、ニコラに話したら、張りつめた気持ちが崩れ落ちてしまう、と思った。
「分かった。ここには誰も通さないから」
リリアーヌは頷いて、中庭の奥へ歩き出した。
大きく深呼吸をして、嵐のような心を落ち着けようとする。
(この後の祝宴では、皆の前で毅然とした姿を見せなければならないのだから)
大広間で開かれた祝宴の席で、リリアーヌは笑顔の仮面をつけ、永遠にも思える時間を過ごした。
天上から吊るされた水晶の飾りが美しいシャンデリアには、煌々と蝋燭の明かりが灯っている。
宮廷楽団の奏でる音楽が流れる中、思い思いに着飾った人々のにぎやかな話し声が聞こえてくる。
宮廷料理人が腕を振るった目にも鮮やかな料理の数々が次々と運ばれ、テーブルに並べられていく。
給仕が上等のワインをグラスに注ぎ、客人に配られる。
教皇や国王夫妻は、大勢の宮廷人に囲まれていた。
ひっきりなしに人々からお祝いの言葉を掛けられ、またリリアーヌも王子への様々な贈り物に対する礼などを述べる。
その中に、エレオニーの姿もあった。
彼女を目にしたリリアーヌは、背筋をピンと伸ばし、さらに貼りつけた笑みを深くした。
「王妃さま、つつがなくフェリクス王子殿下の洗礼式が終わりましたこと、お祝い申し上げます」
「公爵夫人も列席お疲れさま。このように皆に愛されて、殿下は健やかに育つでしょう」
にこやかに微笑むエレオニーは、繻子の扇で口元を隠すと、リリアーヌにしか聞こえない声でささやく。
「……王妃さまは、死んだ子供しか産めないくせに」
次の瞬間、パン! と乾いた音が響いた。
ハッと気づけば、リリアーヌはエレオニーの頬を叩いていた。
シン……と静まり返った大広間で、人々が注視する中、青ざめて立ち竦むリリアーヌ。
エレオニーは、打たれた頬を手で押さえ、はらはらと涙をこぼした。
「申し訳ありません、わたくしのような者が、このような晴れがましい席に来て……」
人々の同情が、エレオニーに集まる中。
「リリアーヌ」
ジェレミーが近づいて、リリアーヌの肩に手を置いた。
リリアーヌは夫のその手を、思わず振り払ってしまう。
ますます凍り付くその場の雰囲気を、老宰相が取り繕う。
「……王妃さまは、いたくお疲れのようでございます。どうかお部屋に戻って、お休み下さいますように」
老宰相は女官と護衛のニコラを呼ぶと、リリアーヌを大広間から連れて行かせた。
リリアーヌはニコラたちと自室に向かう途中、王子の様子を見たいと子供部屋に寄った。
それが、後の嫌疑に繋がるとも思わずに……。
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