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地下牢
しおりを挟む灯り取りの小さな窓が天井近くにあるだけの、薄暗くてひんやりとしたカビ臭い地下牢に入れられた私は、両腕で自分を抱きしめ、少しでも暖を取ろうとした。
絹のヒラヒラしたドレスでは、防寒の役目を果たしてくれない。
「今日まで厳しい王妃教育に耐えて来たのに、どうしてこんなことにっ……!」
王妃としての教養を身に着けるために、苦手な外国語や周辺諸国の歴史の勉強を頑張れたのも、アンベール王太子のためだったのに。
それなのになぜ、あんな冷たい眼差しで私を見ていたのか。
「例えお父様が罪を犯したとしても、私のことは愛しているはずよ……」
本当はお父様の犯していた罪を、私は薄々気が付いていた。
怪しげな者たちが、お父様の元によからぬ相談をしに来ていたことを。
「お母様がお亡くなりになって、家族はお父様と私だけ、相談できる人もいなかったのよっ。私は、どうすればよかったというの……!」
鉄格子に閉ざされた狭い牢の中を、イライラと歩き回った。
そうしてどのくらい時が過ぎたのか、やがてコツコツと石畳を歩いて近づいて来る人影に気づく。
「……誰?」
鉄格子に近寄って狭い通路を覗くと、魔道ランタンを手にした男の影が見えた。
「――っ! アンベール様!」
「リュシエンヌ。お前がこれからどうなるのか、一刻も早く教えてやろうと思ってね」
波打つ金の髪、深い碧の瞳、アンベール王太子だった。
鍛えられた身体は剣の使い手でもあり、その明晰な頭脳を賢者の塔の長からも認められている未来の国王は、うっそりと笑った。
「……アンベール様、どうか助けてください! 私は何もしていません」
「ほう、何もしておらぬとな。お前がシャルロットにしたことを、私が知らぬとでも思ったか」
「ひっ! まさか、知って……?」
シャルロットはアンベール様の乳母の娘、乳兄妹だ。
はちみつ色の巻き毛に琥珀の瞳の、愛らしい伯爵家の娘。
王太子であるアンベール様に対して、周囲に憚ることなく甘えるシャルロット。
そして彼女を見つめるアンベール様の眼差しがあまりにも優しくて、私は危機感を持った。
だからお父様に頼んで、シャルロットを隣国に留学させるという形で遠くへ追いやった。
でも隣国に行く旅の途中で運悪く、山賊に襲われて殺されてしまったのは、私のせいではない。
「明朝、お前は魔族の統べる国へ行くのだ。そこでオークの家畜となるために」
「な、なんですって!? まさかそんな」
「シャルロットを嬲り殺しにしたお前には、死罪など生ぬるい。簡単に死なせて楽になどしてやるものか。お前はオークの最底辺の家畜に身を堕とす。そこで己の犯した罪を悔いるがいい」
「ひどい! ひど過ぎますっ。愛した女に対して、余りのなさりよう――」
「お前を愛したことなど、神々に誓って一瞬たりともないわ! この復讐のためにこれまでお前のような女を婚約者として遇することを我慢し、耐え忍んで来たのだ」
「……そんな」
オーク。魔族の中でも人族にことさら嫌われている種族。
その呪われた種族は雌がおらず、繁殖の為に他所の女をさらう。
さらわれた女は監禁され、オークの子を産み続け、果てには殺されて食べられてしまうという。
オークの繁殖用家畜、それが私に下された罰――。
遠ざかるアルベール様の足音に、呆然としていた意識が戻る。
「――待って! 待ってください、アンベールさま! ちがうのです、私はっ。シャルロットを殺そうなんて思わなかった! ただ、遠くへ行って欲しかっただけ……」
数か月前、同盟国に旅立ったシャルロットの一行は、王都から離れたイズラン峠で山賊に襲われた。
逃げ延びた御者や従者たちの証言によれば、彼女は何十人もの山賊のむつけき男たちに、一晩中蹂躙されたあげく命を落としたという。
私の「そんなつもりではなかった」と訴える声が、地下牢に虚しく響いた--。
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