【R18】姫さま、閨の練習をいたしましょう

雪月華

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第二部 妖精姫の政略結婚

辺境伯の使者4

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 スミレ宮でフランシスに襲い掛かったエルサは、捕らえられて地下牢に入れられた。

 狭くて暗いひんやりとした石の牢獄は、部屋の片隅に毛布とトイレ用の穴があるだけで家具などはない。
 朝夕にパンと水、スープが差し入れられるだけの日々が続く。

 エルサは食事を運んで来る牢番が来るたびに「ここから出せ」「辺境伯に連絡をしてくれ」と訴えた。
 しかし犬妖精クー・シ―の牢番は、エルサを無視して一言もしゃべらない。

 この孤独な獄中生活で、天井近くに明り取りの小さな窓がついているのが、エルサにとって唯一の救いだった。
 眠れぬ夜に白々と夜が明けゆき、わずかな光が牢獄に射し始めると、今日こそはここから出れるのではと希望をつないだ。

(イェレンとリンダは、どうしているのだろう。私がこんなことになって、辛い目に合っていなければいいが)

 最初の頃は、エルサはまだ部下の心配をする余裕があった。
 いずれ辺境伯が、筆頭騎士の自分をここから助け出してくれるだろうと信じていたから。

(あるじに、ユーリア姫の不義密通を知らせなければ……。それまでしっかり食事を取り、身体を動かして、耐えるんだ)

 一週間、二週間とただ時間が過ぎていくと、エルサは次第に追い詰められていった。

(何故だ。どうして誰も助けに来ない? まさか、ずっとこのまま牢獄に……!?)

 いずれ日付も分からなくなってしまうのではと怖れ、日没と共に壁に小石で傷をつけて幾日経過したのか記録する。

 そうしてひと月が経とうという、ある日のこと。

「出ろ!」

 エルサが牢獄の隅で毛布をかぶり膝を抱えてうずくまっていると、牢番に腕を引かれて部屋から出される。
 後ろから「さっさと歩け」と小突かれながら、地下牢の狭い廊下を通り、ふらつく足で階段を登っていく。
 
 牢から地上に出ると、久しぶりの青空の下、太陽のまばゆい光に目がくらんで、片手を額にかざした。

 すると前方に、エルサから逆光の陰になって顔ははっきりしないが、堂々とした体躯の背の高い男、貴族の長い羽付き帽子を被り、臙脂色の天鵞絨のマントにロングブーツを履いたシルエットが目に入った。王宮の道先案内人と、背後に騎士たちを従えている。

「ああ、わが主! ニコラウスさま!」

 懐かしい主君、ブレーデフェルト辺境伯その人を前にして、エルサは喜びと安堵の涙を流しながら、彼の足元に跪づいてブーツの爪先に口付けた。
 
 



 王宮の一画、辺境伯に与えられた客間の一室で、湯を借り身綺麗にして着替えたエルサは、主にこれまでのことを報告していた。

「……というわけで、私はユーリア姫の重大な背信、不義密通を目撃し、その情夫を捕らえようとしたところ、投獄されるに至ったのであります」

 辺境伯はエルサが話している間、肘掛椅子に脚を組んで座り、肘掛に肘をついて顎に手に載せ、王宮の窓から見える庭園を眺めていた。
 窓の外にはよく手入れされたつる薔薇のアーチに色とりどりの花が咲き乱れ、水蓮の花が咲く透度の高い池に錦色の魚が泳いでいる。

 二十代後半の妖精の王族ハイエルフに連なるこの美丈夫は、蜂蜜色の金髪ハニー・ブロンドの縮れた短髪に緑柱石エメラルドの瞳、どこか野性味のある目鼻立ちで、意志の強そうな眉、男性らしい輪郭の顎、がっしりとした骨格の持ち主で、上に立つ者の存在感がある。

 報告が終わっても黙っている主の様子に、不安を覚え始めたエルサ。
 沈黙が永遠のように長く感じられたころ、ようやく辺境伯は窓の外から、自分の前に立つ部下に視線を移した。

「やつれたな、エルサ。お前はくにに帰れ」

「なっ! 郷に帰るなどと、とんでもありません! 私は筆頭騎士、いかなる時も主のために働く所存――」

「黙れ、エルサ。主に多大な迷惑をかけておいて。さっきから聞いていれば、言い訳も甚だしく見苦しいことこの上ないぞ。それに、今は私が筆頭騎士だ」

 辺境伯の斜め後ろに控えて立っていたブルー・グレーの猫耳としっぽ、アイス・ブルーの瞳を持つ猫妖精ケット・シ―の女騎士が吐き捨てるように言葉を発した。

「貴様が筆頭騎士だと?! それは本当ですか、ニコラウスさまっ!」
 
 ニコラウスはちらりとエルサを見ると、話しは終わりだとばかりに立ち上がり、扉に向かった。
 
「お待ちください、ニコラウスさまっ」

 後を追いかけようとするエルサを、かつての同僚が腕を掴み止めた。

「処刑されなかったことを、有難いと思え。ユーリア姫が内々に処理することをお許しくださったのだ」

「なんだって? あのあばすれが――」

 パン!

 同僚がエルサの頬を打つ、乾いた音が部屋に響く。

「言葉を慎め! 身の程をわきまえよ。これ以上、主に迷惑をかけることは、筆頭騎士の私が許さん」

「私は、主のためを思って――」

「愚か者め。スミレ宮で姫の側近に襲い掛かるなど、狂気の沙汰だ。下手をすれば、辺境伯が王家に謀反ありと見做されても仕方なかったのだぞ」

「そんな、ばかなっ。あの女が 犬妖精クー・シ―の男を寝室に引っ張り込んでいたから――」

「それがどうした? 犬妖精クー・シ―妖精の王族ハイエルフでは子は成せぬ。妖精の王族ハイエルフ同志でなければ妖精の王族ハイエルフは生まれぬ。
 これは辺境を守護するブレーデフェルト家と王家の結束を強める政略結婚で、主が後継を得るための契約婚でもある。こちらはユーリア姫に嫡男を産んでもらうよう、お願いする立場だ」

「なぜだ、なぜ、わが主が王家に下手に出る必要がある? 国境を守っているのは辺境にいる我らだ。郷には主の奥方様と、健やかにお育ちになってる若様もいらっしゃるではないか」

「本当に貴様は愚かだな。よくそれで筆頭騎士になれたものだ」

 ブルー・グレーの女騎士は呆れるのを通り越して、憐むようにエルサを見た。

光と豊穣の神フレイ・イン・フロディの血を引く妖精の王族ハイエルフが、辺境の我々にも必要なのだ。豊かな森の恵みをもたらす彼らの潜在的な力が。
 郷の側妻殿は庶民エルフだから、妖精の王族ハイエルフの後継を成すことは出来ない」

「そんな……」

「それに今の王家は、未婚の適齢王女がユーリア姫しかおられない。ブレーデフェルト家はもう十年以上前から、王家に通婚を申し込み、ようやくことが運ぼうとしている矢先に」

 エルサはもうこれ以上聞きたくないとばかりに耳を塞ぎ、その場にうずくまった。

「……その様子では、馬に乗って郷まで旅して帰れまい。商隊の荷馬車にでも乗せてもらうのだな」

(そういえば、エルサは、主の妻子の命を助けたことがあったと聞いていたな。剣の腕と忠誠心を認められて筆頭騎士に重用されたらしいが、脳筋にもほどがある。主も身分の低い茶トラの猫妖精ケット・シ―を取り立てるのは、これで懲りたであろう)

 女騎士は銀貨の入った小さな革の袋をエルサの手に握らせると「直ちに、ここを出発しろ」と言い捨てた。
 
 



 商隊の荷馬車の後ろに乗せてもらった茶トラの猫耳としっぽの猫妖精ケット・シ―エルサは、ゴトゴトと揺られながら妖精の丘のある王都を後にする。
 これから広大な森を幾日も旅して、辺境のくにに帰る。

 エルサの閉じたまぶたの裏には、懐かしい家族や辺境伯の優しい奥方とやんちゃな若様の顔が浮かんでいた。





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(設定)
ハイエルフは光と豊穣の神(フレイ・イン・フロディ)の血を引く小神族とも言える民で、エルフより古の神々の血をより濃く受け継ぐ。ハイエルフは森に豊穣をもたらす潜在能力を秘めている。

ハイエルフとエルフは同族なので、エルフの子供が生まれる。
辺境伯(ハイエルフ)×妻(エルフ)=若様(エルフ)

ケット・シー(猫妖精)のイメージ
茶トラ騎士はその辺の野良猫、ブルーグレー騎士はロシアンブルー猫
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