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二章 学院生活・前半
59.見えざる扉
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夜の帳が落ち、ゼスメリアは静寂に包まれている。灯火が消え、眠りの気配が満ちる中、私はベッドの上で目を閉じていた。
だが、意識は沈まず、胸の奥に絡まるようなざわめきが眠りを拒む。
何かが呼んでいる──そんな感覚だけが、私の内側をずっと揺らしていた。
気がつくと、私は「夢」の中にいた。
あの場所だ。またここだ。
空は深紅に染まり、燃えるような夕陽が地平線を焦がしている。けれど風はなく、時間も止まっているようだった。
草も、空も、音さえも──全てが凍りついていた。まるで世界が息を潜めて、何かの訪れを待っているかのように。
「・・・あなたも、来てたんですね」
ふいに、
声がした。振り返った先に立っていたのは、一人の女の子。
赤い髪に赤い瞳、制服姿──ゼスメリアの生徒。そして、私と同じルージュの組にいる、あの少女。
「・・・サラ?」
彼女は頷きもせず、ただじっとこちらを見ていた。夢の中のはずなのに、彼女の存在だけはやけに現実的だった。
「どうして、あなたがここに・・・」
私がそう尋ねるより早く、サラが小さく囁いた。
「・・・わたしも、わかりません。だけど・・÷最近、こういう夢をよく見ます。何度も、何度も・・・燃える空と、崩れる街と、誰かの叫び声・・・」
サラの声はかすれていた。だが、その奥に、確かに震えるような恐怖が滲んでいた。
「怖いんです。夢なのに・・・すごく。まるで、現実の未来を見てるみたいで」
私は息を呑んだ。彼女の言葉は、私がずっと感じていた違和感と重なった。
私が時折見る、意味のわからない断片的な光景。赤く染まる空、崩れる建物、壊れていく何か──。
もしもそれらが、「未来」だとしたら。
「サラ、あなた・・・」
「言わないで」
遮るように、サラが言った。
「・・・あなたに関わらせたくないんです。これは、私だけの問題だから・・・」
その顔には、どこか覚悟のようなものがあった。けれど、同時に強い不安と孤独が滲んでいる。
誰かに助けを求めたいのに、求めてはいけないと自分に言い聞かせているようだった。
「でも、私は──」
その言葉を言いかけたとき、視界がぐらりと揺れた。
赤い空がひび割れ、空間が歪み始める。風が吹いた。夢の中なのに、切り裂くような風が頬を叩いた。
サラが顔を伏せ、小さく震えた。
「ああ、また・・・来る・・・!」
その瞬間、地鳴りが走った。地面が割れ、炎のような光が吹き上がる。
私は反射的に術式を展開しようとしたが、うまくいかない。というか、そもそも魔力が制御できない。
それどころか、私の内にある何かが暴れ出しそうにさえなっていた。
「アリア!」
サラの叫びが耳を打った瞬間、意識が強制的に現実へと引き戻された。
「──っ!」
私は息を詰めて飛び起きた。
見慣れた家のベッドの中、額には冷たい汗がにじんでいる。
今の夢は、ただの夢じゃない。
そう確信した。
私だけじゃない。サラもあの夢を見ている。あの世界の存在を感じている。
そして、その夢が「何か」に繋がっている。
「サラ・・・」
私はその名を口にした。夜は静かで、答える声もない。
ただ、心の奥底で何かが、ひどく不穏にざわついていた。
窓から差し込む日が、まだ冷めきらない不安を照らしていた。
昼食のパンとスープの匂いが漂う中、私はライド、シルフィン、マシュルの三人と、いつもの席についていた。
だが、今日の私は彼らの軽口にも乗れなかった。
「アリア、なんか今日・・・ずっと顔色悪くない?」
そう言ってきたのはライドだった。口元にパンを運びながら、金の瞳がじっと私を見つめてくる。
「・・・うん、ごめん。ちょっと、気になる夢を見ただけ」
「夢・・・って、また暴走に関係してるやつか?」
マシュルが眉をひそめる。
彼はいつも通り静かだったが、その言葉には鋭い関心が込められていた。
「・・・サラのことなの」
私は意を決して、話を切り出した。
「昨夜、夢の中でサラと会ったの。現実じゃない。明らかに“あの場所”──赤い空と、崩れる街。時間も風も止まっていて、誰もいなかった。でも、サラだけがそこにいた。彼女も同じ夢を見てるって・・・そう言ってた」
静かな沈黙が落ちた。
スプーンが皿に触れる音さえ、しばらく消えていた。
「・・・精神干渉、か」
呟いたのはシルフィンだった。赤い瞳が、まるで私の中を見透かすように細められている。
「この前ライドも言ってたけど、炎属性で精神干渉系の魔法を上手に扱える人って、あまりいない。そんな人と別の人が夢の中で繋がるなんて、偶然とは思えない気がする」
「夢が誰かと共鳴する、もしくは共有される、ってこと自体はあり得る。・・・理論上は」
マシュルが腕を組む。
青髪の下の瞳は鋭く、何かを思案していた。
「問題は、“なぜ”だよな」
ライドが、真剣な声で言った。
「なんで、サラとアリアが同じ夢を?普通に考えて偶然なわけはないから、何か理由があるんだろうけど。それに、二人が見たっていう夢の内容・・・なんか、気味が悪いよ。万が一、何かの予兆とかだったら・・・」
誰もその続きを言わなかった。
だが、全員が同じことを感じ取っていた。
「・・・サラ、最近様子が変。授業中もぼんやりしてることが増えたし、時々、意味のわからないことを呟いてる。まるで何かに取り憑かれてるみたい・・・」
「その“夢”が、サラの精神を少しずつ侵食しているのかもしれない」
シルフィンの声には、珍しく苛立ちが混じっていた。
「そして、あなたもその影響を受けてる。放ってはおけないわ」
私は頷いた。なんだか怖いけど、背を向けることはできなかった。
「彼女にもう一度会って、ちゃんと話してみる。できるなら、彼女の夢の中で何が起きているのか、確かめたい」
「それなら、おれたちも準備しておく。魔力測定装置を準備しておくから、おまえが寝るときに、脳波と魔力の流れを記録できるようにしよう。それで、異常があればすぐ分かる」
マシュルが落ち着いた調子で言う。
頼りになる、いつもの彼だった。
「・・・ありがとう」
心の奥にあった冷たい恐怖が、少しだけ和らいだ気がした。
「でも・・・アリア。もしもその夢の中で、サラじゃない“何か”と出会ったら──その時は、迷わず逃げてね」
そう警告してきたのは、シルフィンだった。
「あなたはまだ、“こちら側”の存在。引き込まれたら、戻ってこれなくなるかもしれない」
私が黙って頷くと、彼女は視線を逸らし、ぽつりと付け加えた。
「・・・あまり伝わってないかもしれないけど、私たちみんな心配してる。あなたのことも、サラのことも」
その言葉が、胸に染みた。
サラ。あなたはいったい、何に呼ばれているの?
そして私は、何に触れようとしているの?
夢は、再び私を呼ぶだろう。
だが、意識は沈まず、胸の奥に絡まるようなざわめきが眠りを拒む。
何かが呼んでいる──そんな感覚だけが、私の内側をずっと揺らしていた。
気がつくと、私は「夢」の中にいた。
あの場所だ。またここだ。
空は深紅に染まり、燃えるような夕陽が地平線を焦がしている。けれど風はなく、時間も止まっているようだった。
草も、空も、音さえも──全てが凍りついていた。まるで世界が息を潜めて、何かの訪れを待っているかのように。
「・・・あなたも、来てたんですね」
ふいに、
声がした。振り返った先に立っていたのは、一人の女の子。
赤い髪に赤い瞳、制服姿──ゼスメリアの生徒。そして、私と同じルージュの組にいる、あの少女。
「・・・サラ?」
彼女は頷きもせず、ただじっとこちらを見ていた。夢の中のはずなのに、彼女の存在だけはやけに現実的だった。
「どうして、あなたがここに・・・」
私がそう尋ねるより早く、サラが小さく囁いた。
「・・・わたしも、わかりません。だけど・・÷最近、こういう夢をよく見ます。何度も、何度も・・・燃える空と、崩れる街と、誰かの叫び声・・・」
サラの声はかすれていた。だが、その奥に、確かに震えるような恐怖が滲んでいた。
「怖いんです。夢なのに・・・すごく。まるで、現実の未来を見てるみたいで」
私は息を呑んだ。彼女の言葉は、私がずっと感じていた違和感と重なった。
私が時折見る、意味のわからない断片的な光景。赤く染まる空、崩れる建物、壊れていく何か──。
もしもそれらが、「未来」だとしたら。
「サラ、あなた・・・」
「言わないで」
遮るように、サラが言った。
「・・・あなたに関わらせたくないんです。これは、私だけの問題だから・・・」
その顔には、どこか覚悟のようなものがあった。けれど、同時に強い不安と孤独が滲んでいる。
誰かに助けを求めたいのに、求めてはいけないと自分に言い聞かせているようだった。
「でも、私は──」
その言葉を言いかけたとき、視界がぐらりと揺れた。
赤い空がひび割れ、空間が歪み始める。風が吹いた。夢の中なのに、切り裂くような風が頬を叩いた。
サラが顔を伏せ、小さく震えた。
「ああ、また・・・来る・・・!」
その瞬間、地鳴りが走った。地面が割れ、炎のような光が吹き上がる。
私は反射的に術式を展開しようとしたが、うまくいかない。というか、そもそも魔力が制御できない。
それどころか、私の内にある何かが暴れ出しそうにさえなっていた。
「アリア!」
サラの叫びが耳を打った瞬間、意識が強制的に現実へと引き戻された。
「──っ!」
私は息を詰めて飛び起きた。
見慣れた家のベッドの中、額には冷たい汗がにじんでいる。
今の夢は、ただの夢じゃない。
そう確信した。
私だけじゃない。サラもあの夢を見ている。あの世界の存在を感じている。
そして、その夢が「何か」に繋がっている。
「サラ・・・」
私はその名を口にした。夜は静かで、答える声もない。
ただ、心の奥底で何かが、ひどく不穏にざわついていた。
窓から差し込む日が、まだ冷めきらない不安を照らしていた。
昼食のパンとスープの匂いが漂う中、私はライド、シルフィン、マシュルの三人と、いつもの席についていた。
だが、今日の私は彼らの軽口にも乗れなかった。
「アリア、なんか今日・・・ずっと顔色悪くない?」
そう言ってきたのはライドだった。口元にパンを運びながら、金の瞳がじっと私を見つめてくる。
「・・・うん、ごめん。ちょっと、気になる夢を見ただけ」
「夢・・・って、また暴走に関係してるやつか?」
マシュルが眉をひそめる。
彼はいつも通り静かだったが、その言葉には鋭い関心が込められていた。
「・・・サラのことなの」
私は意を決して、話を切り出した。
「昨夜、夢の中でサラと会ったの。現実じゃない。明らかに“あの場所”──赤い空と、崩れる街。時間も風も止まっていて、誰もいなかった。でも、サラだけがそこにいた。彼女も同じ夢を見てるって・・・そう言ってた」
静かな沈黙が落ちた。
スプーンが皿に触れる音さえ、しばらく消えていた。
「・・・精神干渉、か」
呟いたのはシルフィンだった。赤い瞳が、まるで私の中を見透かすように細められている。
「この前ライドも言ってたけど、炎属性で精神干渉系の魔法を上手に扱える人って、あまりいない。そんな人と別の人が夢の中で繋がるなんて、偶然とは思えない気がする」
「夢が誰かと共鳴する、もしくは共有される、ってこと自体はあり得る。・・・理論上は」
マシュルが腕を組む。
青髪の下の瞳は鋭く、何かを思案していた。
「問題は、“なぜ”だよな」
ライドが、真剣な声で言った。
「なんで、サラとアリアが同じ夢を?普通に考えて偶然なわけはないから、何か理由があるんだろうけど。それに、二人が見たっていう夢の内容・・・なんか、気味が悪いよ。万が一、何かの予兆とかだったら・・・」
誰もその続きを言わなかった。
だが、全員が同じことを感じ取っていた。
「・・・サラ、最近様子が変。授業中もぼんやりしてることが増えたし、時々、意味のわからないことを呟いてる。まるで何かに取り憑かれてるみたい・・・」
「その“夢”が、サラの精神を少しずつ侵食しているのかもしれない」
シルフィンの声には、珍しく苛立ちが混じっていた。
「そして、あなたもその影響を受けてる。放ってはおけないわ」
私は頷いた。なんだか怖いけど、背を向けることはできなかった。
「彼女にもう一度会って、ちゃんと話してみる。できるなら、彼女の夢の中で何が起きているのか、確かめたい」
「それなら、おれたちも準備しておく。魔力測定装置を準備しておくから、おまえが寝るときに、脳波と魔力の流れを記録できるようにしよう。それで、異常があればすぐ分かる」
マシュルが落ち着いた調子で言う。
頼りになる、いつもの彼だった。
「・・・ありがとう」
心の奥にあった冷たい恐怖が、少しだけ和らいだ気がした。
「でも・・・アリア。もしもその夢の中で、サラじゃない“何か”と出会ったら──その時は、迷わず逃げてね」
そう警告してきたのは、シルフィンだった。
「あなたはまだ、“こちら側”の存在。引き込まれたら、戻ってこれなくなるかもしれない」
私が黙って頷くと、彼女は視線を逸らし、ぽつりと付け加えた。
「・・・あまり伝わってないかもしれないけど、私たちみんな心配してる。あなたのことも、サラのことも」
その言葉が、胸に染みた。
サラ。あなたはいったい、何に呼ばれているの?
そして私は、何に触れようとしているの?
夢は、再び私を呼ぶだろう。
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