82 / 785
三章 学院生活・後半
82.八つの名
しおりを挟む
魔法薬の香りが満ちる薄明の室内で、母は一息ついて私に視線を向けた。
その表情は穏やかで、けれどほんの少し、遠い過去を懐かしむような寂しさが滲んでいた。
「・・・あの頃は、信じられないほどの力と混乱が渦巻いていたわ。けれど、それでも──楽しかったの」
私は瓶の口を封じながら、母の横顔をそっと見つめた。
夕日が差し込み、赤髪が燃えるように輝く。その姿は、どこか童話やおとぎ話に出てくる“伝説の魔女”のようだった。
「“あの頃”って、戦争の時・・・?」
母は微かに頷き、薬草を指先で砕いた。
「そう。・・・私を含めて、八人の魔女がいた。八つの属性を担う魔女たち。今では、“八大魔女”と呼ばれているわね」
私は手を止めた。
”八大魔女”。幾度となく言耳にしたことがある言葉だ。
この世界の歴史書や、ゼスメリアではしばしば伝説のような存在として語られる。
目の前の母は、そのうちの一人。
だが、他の七人がどこで何をしているのか、私はよく知らない。
「・・・その人たちって、今もどこかに?」
「ええ、生きているわ。私と同じように、七つの国のいずれかに拠点を移し、それぞれの地を守る“柱”になっている。雷のリゼ、氷のヴァルナ、水のシェル、風のエスリィ、地のオルガ、光のセファラ。そして・・・闇のマティア。誰もが誇り高く、そして孤独だった」
その名をひとつひとつ口にするたび、母の声は少しずつ遠くなるように感じられた。
私は何か問いかけたくなったが、同時に口を噤んだ。
母の中にある記憶は、まだ触れてはいけないような、そんな重さを湛えている。
代わりに、私はそっと言った。
「会いたいと思う?」
母は瓶の蓋を閉め、微笑んだ。
けれど、その目はほんの少し揺れていた。
「・・・それは、彼女たちが望むかどうかにもよるわ。絆とは、力で繋ぐものじゃないから」
室内を風が抜け、窓辺のカーテンを揺らした。
私はその流れに、どこか「はじまりの気配」を感じた。
“八大魔女”。母はその一人であり、その仲間たちもまた、この世界のどこかで生きている。
──この時、私はまだ知らなかった。
彼女たちの運命が、やがて自分の歩む道に深く関わってくることを。
風が揺らしたカーテンの隙間から、茜色の空が覗いていた。
私は黙ったまま、母の手元に置かれた薬瓶を見つめていた。
セリエナ・ベルナード。私の母であり、炎の大魔女。
そして──かつて世界を救ったという、八人の偉大な魔女のひとり。
前世で自殺した私が、そんな人の娘に転生するなんて・・・普通なら、信じられないって思うはずなのに、どうもあまり思わない。
この人の纏う空気はあたたかくて、でもどこか厳しくて、遠くの過去を背負っているような、そんな感じがする。
「雷のリゼ、氷のヴァルナ、水のシェル……」
母が呟いた魔女たちの名を、私は心の中で反芻する。
そのたび、胸の奥が少しだけざわめいた。
名前だけじゃ何もわからない。でも、どこかで出会う気がする。・・・そう、予感みたいなもの。
「母さん。・・・私も、彼女たちに会うことになると思う?」
思わず、そう聞いていた。
母は少しだけ目を伏せて、でもすぐに私をまっすぐに見た。
「そのうち、否応なく巻き込まれるわ。あなたは、私の娘だから」
その言葉には、迷いも冗談もなかった。
炎のようにまっすぐで、熱を孕んでいた。
“否応なく”──母の言葉は、どこか冷たくて、でも優しかった。
それはまるで、未来の私を案じているようで。
私は微かに頷いた。
怖くないと言えば嘘になるけど、不思議と逃げたいとは思わなかった。
この世界で、生きていくって決めた。
前の世界で何もできなかった私にとって、それは──再出発の証。
あのときの私じゃない。
ここでは、ちゃんと自分の足で歩ける。歩きたい。・・・そう思えた。
瓶の中の魔法薬が、ほのかな光を放つ。
それは、夕暮れの影を跳ね返すように揺らめいていた。
きっと、世界は変わっていく。
“八大魔女”の名が、私の歩く道のどこかで再び響くとき──私は、ただの“娘”じゃいられない。
胸の奥で、炎が静かに灯る気がした。
その表情は穏やかで、けれどほんの少し、遠い過去を懐かしむような寂しさが滲んでいた。
「・・・あの頃は、信じられないほどの力と混乱が渦巻いていたわ。けれど、それでも──楽しかったの」
私は瓶の口を封じながら、母の横顔をそっと見つめた。
夕日が差し込み、赤髪が燃えるように輝く。その姿は、どこか童話やおとぎ話に出てくる“伝説の魔女”のようだった。
「“あの頃”って、戦争の時・・・?」
母は微かに頷き、薬草を指先で砕いた。
「そう。・・・私を含めて、八人の魔女がいた。八つの属性を担う魔女たち。今では、“八大魔女”と呼ばれているわね」
私は手を止めた。
”八大魔女”。幾度となく言耳にしたことがある言葉だ。
この世界の歴史書や、ゼスメリアではしばしば伝説のような存在として語られる。
目の前の母は、そのうちの一人。
だが、他の七人がどこで何をしているのか、私はよく知らない。
「・・・その人たちって、今もどこかに?」
「ええ、生きているわ。私と同じように、七つの国のいずれかに拠点を移し、それぞれの地を守る“柱”になっている。雷のリゼ、氷のヴァルナ、水のシェル、風のエスリィ、地のオルガ、光のセファラ。そして・・・闇のマティア。誰もが誇り高く、そして孤独だった」
その名をひとつひとつ口にするたび、母の声は少しずつ遠くなるように感じられた。
私は何か問いかけたくなったが、同時に口を噤んだ。
母の中にある記憶は、まだ触れてはいけないような、そんな重さを湛えている。
代わりに、私はそっと言った。
「会いたいと思う?」
母は瓶の蓋を閉め、微笑んだ。
けれど、その目はほんの少し揺れていた。
「・・・それは、彼女たちが望むかどうかにもよるわ。絆とは、力で繋ぐものじゃないから」
室内を風が抜け、窓辺のカーテンを揺らした。
私はその流れに、どこか「はじまりの気配」を感じた。
“八大魔女”。母はその一人であり、その仲間たちもまた、この世界のどこかで生きている。
──この時、私はまだ知らなかった。
彼女たちの運命が、やがて自分の歩む道に深く関わってくることを。
風が揺らしたカーテンの隙間から、茜色の空が覗いていた。
私は黙ったまま、母の手元に置かれた薬瓶を見つめていた。
セリエナ・ベルナード。私の母であり、炎の大魔女。
そして──かつて世界を救ったという、八人の偉大な魔女のひとり。
前世で自殺した私が、そんな人の娘に転生するなんて・・・普通なら、信じられないって思うはずなのに、どうもあまり思わない。
この人の纏う空気はあたたかくて、でもどこか厳しくて、遠くの過去を背負っているような、そんな感じがする。
「雷のリゼ、氷のヴァルナ、水のシェル……」
母が呟いた魔女たちの名を、私は心の中で反芻する。
そのたび、胸の奥が少しだけざわめいた。
名前だけじゃ何もわからない。でも、どこかで出会う気がする。・・・そう、予感みたいなもの。
「母さん。・・・私も、彼女たちに会うことになると思う?」
思わず、そう聞いていた。
母は少しだけ目を伏せて、でもすぐに私をまっすぐに見た。
「そのうち、否応なく巻き込まれるわ。あなたは、私の娘だから」
その言葉には、迷いも冗談もなかった。
炎のようにまっすぐで、熱を孕んでいた。
“否応なく”──母の言葉は、どこか冷たくて、でも優しかった。
それはまるで、未来の私を案じているようで。
私は微かに頷いた。
怖くないと言えば嘘になるけど、不思議と逃げたいとは思わなかった。
この世界で、生きていくって決めた。
前の世界で何もできなかった私にとって、それは──再出発の証。
あのときの私じゃない。
ここでは、ちゃんと自分の足で歩ける。歩きたい。・・・そう思えた。
瓶の中の魔法薬が、ほのかな光を放つ。
それは、夕暮れの影を跳ね返すように揺らめいていた。
きっと、世界は変わっていく。
“八大魔女”の名が、私の歩く道のどこかで再び響くとき──私は、ただの“娘”じゃいられない。
胸の奥で、炎が静かに灯る気がした。
0
あなたにおすすめの小説
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命
yukataka
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。
無能勇者の黙示録~勝手に召喚されて勝手に追放されたので勝手に旅に出ます~
枯井戸
ファンタジー
力も強くない、足も速くない、魔法も使えないし、頭も大してよくない、どこにでもいるちょっとオタク趣味の主人公・東雲真緒が白雉国に勇者として転生する。
同期の勇者はそれぞれ力が強かったり、魔法が使えたり、回復ができたりと各々の才能を開花させ頭角を現していくのだが、真緒に与えられた才能は異世界転生モノでよく見る〝ステータスオープン〟のみだった。
仲間には使えないと蔑まれ、ギルドには落第勇者の烙印を押され、現地人には殺害されかけ、挙句の果てに大事な人を亡くし、見ず知らずの土地の最底辺で生きていくことになった真緒だったが、彼女はまだ〝ステータスオープン〟の可能性に気づいていないだけだった。
─────────────
※投稿時間は多少前後しますが毎日投稿は続けていくつもりです。
※タイトルは予告なしにガラリと変わる場合があるのでご了承ください。
転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて
ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記
大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。
それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。
生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、
まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。
しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。
無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。
これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?
依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、
いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。
誰かこの悪循環、何とかして!
まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて
とある中年男性の転生冒険記
うしのまるやき
ファンタジー
中年男性である郡元康(こおりもとやす)は、目が覚めたら見慣れない景色だったことに驚いていたところに、アマデウスと名乗る神が現れ、原因不明で死んでしまったと告げられたが、本人はあっさりと受け入れる。アマデウスの管理する世界はいわゆる定番のファンタジーあふれる世界だった。ひそかに持っていた厨二病の心をくすぐってしまい本人は転生に乗り気に。彼はその世界を楽しもうと期待に胸を膨らませていた。
病弱少女、転生して健康な肉体(最強)を手に入れる~友達が欲しくて魔境を旅立ちましたが、どうやら私の魔法は少しおかしいようです~
アトハ
ファンタジー
【短いあらすじ】
普通を勘違いした魔界育ちの少女が、王都に旅立ちうっかり無双してしまう話(前世は病院少女なので、本人は「超健康な身体すごい!!」と無邪気に喜んでます)
【まじめなあらすじ】
主人公のフィアナは、前世では一生を病院で過ごした病弱少女であったが……、
「健康な身体って凄い! 神さま、ありがとう!(ドラゴンをワンパンしながら)」
転生して、超健康な身体(最強!)を手に入れてしまう。
魔界で育ったフィアナには、この世界の普通が分からない。
友達を作るため、王都の学園へと旅立つことになるのだが……、
「なるほど! 王都では、ドラゴンを狩るには許可が必要なんですね!」
「「「違う、そうじゃない!!」」」
これは魔界で育った超健康な少女が、うっかり無双してしまうお話である。
※他サイトにも投稿中
※旧タイトル
病弱少女、転生して健康な肉体(最強)を手に入れる~友達が欲しくて魔境を旅立ちましたが、どうやら私の魔法は少しおかしいようです~
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる