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第5節 女子高生(おっさん)の日常と、いとも愛しい夏休み
146.女子高生(おっさん)とタイムリープ問題Ⅲ-②
しおりを挟む「──はぁ~こういった服装も似合いますのね……眼福ですわ~」
「うーん……」
「ネツハ、こんな感じはお気に召さない?」
「いぇ……そうじゃないんです……全部似合いすぎているのでなかなか焦点を絞れなくて……それよりも、アシュナさん本人を私の描くイラストが越えられないんです……」
「……確かに、二次元に勝るなんてとんでもない話だけど……しっかりなさい、それを越えるキャラを産み出すのも貴女の仕事よ。ほら、ここにワンポイント付け足すのはどう?」
「はわぁ~アクセが映えすぎて……むしろそのアクセサリーにむしろわたくしがなりたいですわっ!」
「可愛い…………いや……でも……私のイメージとは少し違う………」
「これは第三者の意見を求めなきゃ駄目ね……そこで悶えてる女の子は参考にならなそうだから……そこにいるイケメン君。アシュナさんを見てどう?」
「………………」
「……駄目ね、見惚れて聞こえてないわ……」
閉鎖された(キセキさんの判断により一時閉店)高級ブティック内で、ファッションショーが行われている。着せ替え人形となっているのは勿論──『アンドロイドよりもステロイドが必要なおっさん』でお馴染み【波澄アシュナ】だ。
「なにかが足りない……あの美を越えて究極を完成させるためのなにかが……」
「妥協はしたくないわね……いいわ、ありとあらゆる小物と衣装を取り寄せてくる」
「はわわぁ~アシュナモデルのアンドロイドを開発したいですわ~」
「………それ、俺にも一体貰えますか?」
楽しそうな(?)ギャラリー達とは裏腹に、俺はこの歴史的特異点(ターニングポイント)にどう立ち会うべきか判断に迷っていた。
(二人が本当に初音ムクッちゃんのキャラ原案ならばここで協力しないとムクッちゃんは産まれない? ……けど、おっさんの前世ではアシュナがいなくてもムクッちゃんは確実に存在している……じゃあネツハさんは本物じゃない……?)
いくら初音ムクッちゃんが世界的に認知されているキャラでも、原案者まで知っているわけがないおっさんにこの問題は難しすぎる。イラストレーターなんて滅多に顔出ししないし、プロフィールなんていくらでもいじれるんだから……名義は男性でも本当は女性なんてのはよくある話だ。
つまりはネツハさんは本当の産みの親ではなく、どこからか初音ムクッちゃんのイメージを盗用した……若しくは、たまたままったく同じ発想を持っていた別人なのかもしれない。
だとすると、ネツハさんの依頼会社がボカロを上手く運用できなかったりこのプロジェクトがこけたりするような事になったら……最悪、ボカロ自体が流行らなくなる可能性を産み出し兼ねない。
(う~ん、一体どうすれば……)
しかし、真剣に何かを産み出そうとしているネツハさんのその表情は……凄く綺麗で愛らしく、そこに何の淀みもないのは明らかで──そんな彼女に待ったなんてかけられなかった。
「……ネツハさん」
「はい……なんです──」
誰がなんて関係ない──重要なのは、どれだけ産み出したキャラを愛せるか。……ネツハさんのあの真剣な瞳に嘘はない。
トレースしての商業利用目的や、盗作では絶対にあの眼はできない……そう確信したおっさんは、彼女に向けて──微笑んだ。
絵の中の彼女は、どんな時でも笑顔だったから。
「………っ!」
「……はわぁ……っ」
「………」
「…………きれい……」
おっさんの微笑みに、めらぎは卒倒し、コクウさんの時は止まり、戻ってきたキセキさんは持っていた段ボール箱を落とした。ネツハさんはというと……静かにペンを迸(はし)らせたのち、天啓でも受けたかのような晴れやかな表情で立ち上がった。
「……足りなかったのは……私の愛でした………完璧じゃなくてもいい……私が産み出したこの子はたとえ不完全であろうと誰になんて言われようと……私の子なんですから………笑っていてくれれば、それでいい。気づかせてくれてありがとうございます、アシュナさん」
「……ぅうん、作品をより良くしたいっていう気持ちは私もよくわかるから……」
「小説家ですもんね。……ありがとうございます、私も……初音ムクッを絶対に世界的なキャラクターにしてみせます。これから宜しくお願いします波澄先生」
こうして、初音ムクッちゃんは誕生し──そのモデルとなったのは波澄アシュナという世界は確定した。
これがどういう結果をもたらすか、おっさんにはまだわからないけど……彼女のスケッチブックの中の初音ムクッちゃんは前世で見たままの、優しい微笑みで笑いかけてくれていた。
*
その後──東京の若者の街を甘く見ていたおっさんは、噂を聞きつけ時間差で訪れた野次馬の大群により店から出られなかった。外はまるでハロウィンやワールドカップ時の渋谷のようで……機動隊を出動させる事態にまで発展してしまった。
「これではもう観光どころではありませんわね」
「ごめんねめらぎ……」
「間違いなくあなたのせいではありませんわ。……まったく……マナーもルールもかなぐり捨てて皆がやってるからと適当な免罪符を振りかざして人様や、ましてやアシュナに迷惑をかけるなんて……ああ忌々しい……これだからDQN(猿)は嫌なんですわ……」
「………」
おっさんの影響ですっかりアンダーグラウンドに毒されてしまったお嬢様を見て、やっぱり歴史改変に関することは慎重にならなきゃね、と心でテヘペロするおっさんだった。
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