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第5節 女子高生(おっさん)の日常と、いとも愛しい夏休み
174.女子高生(おっさん)と母
しおりを挟む〈自宅.リビング〉
「アシュナ、ちょっと座りなさい」
「……え? どうしたの……?」
猛暑のネズミの国から帰宅した翌日の夕食後、ソファーでくつろいでいると皿洗いを終えた母に真剣な面持ちで呼び出される。こんなに真面目な顔した母を見たのは久しぶりで戸惑いながらダイニングテーブルの椅子に腰を降ろした。
正面に母も座る──掴みようが無いふわふわした雲みたいな性格の母が今日はなにか悲壮な面持ちをしている。
父は風呂、妹は自室にいるので必然……室内に静寂が訪れる。ちなみに阿修凪ちゃんはネズミの国で体力と精神力を全て使いきったらしく……帰宅と同時に通信不能になっていた。
それはさておき、母について少し触れると……母は有名な画家である。
名前は【波澄聖水(はずみきよみ)】──海外に個展を開くと結構な賑わいを見せるレベルで……それが関係するかはわからないが、同時にかなりの変人でもある。
放任主義だし、放浪癖持ち。
仕事で家を空ける時も多いし、基本的に俺や妹にあまり関わって来ない。かと思えばふらっと帰ってきてしつこく学校の様子やら生活状況を興味なさげに聞き出して……また、仕事へ赴(おもむ)いたりする。
別に育児放棄の毒親というわけではないのだが……とにかく自由気ままで、俺もマナも母親の全てを理解できてるとは言い難いだろう。
一つだけ理解できるのは──『母は全て知っている』と言わんばかりの真実を見通す発言をするその不可思議さだ。
超能力の如く心の中を読んだり、未来が良くなるよう助言してくれたりと……たまに人智を越えるような一端を垣間見せる時がある。
そんな理由からか、前世でも母との関わりは薄かったからか──おっさんは母に多少の苦手意識を未だに持ち続けている。
「……で、母さん……どうしたの?」
「あなた、未来からやって来てるでしょう?」
「──!?!?」
前置きも何もなく、抑揚もなく……これまで勘繰る素振りなど一度も見せなかった母が──まるで彼氏ができた事を娘に尋ねるかってくらい気軽に口にした。
そのあまりの突然さにおっさんはリアクションすらできなかった。
母はそういったエンタメ系娯楽に、そこらの主婦よりかは精通している方ではある。漫画やゲームや映画などの創作物なんかはよく見るほうではあるし、やり込む方だ。
なので、戯言や妄想癖の類いである可能性もあるにはあるが……この母の性格を知っている以上──それが確実に真実を見抜いている──とおっさんには直ぐにわかった。
「………」
「あなたの小説、ようやく最後まで読ませてもらったわ。その中にある未来の現実世界の描写──とても想像で描いたとは思えないほどにリアルすぎだもの。それにあなた、普段からよくわからない言葉を過って口にしてた事もあるものね。あれはこれからトレンドになる言葉をついつい口に出してしまったのよね」
母の言葉はもう、確信を得て断定していると、問い詰めるような口振りに変わっている。
マジか……怖っ! と母に畏怖の念を感じざるにはいられなかった。
確かにデビュー作の小説の冒頭には、『元号が変わった未来に生きる少年少女が異世界に行く』という描写が少しだけある。それはおっさんの前世の令和をそのまま当て嵌めたものだが……数ページのその情報だけで『作者は未来人である』なんて普通思わないし、そもそもフィクションだし……改めて、この母は少しイカれてると思わざるをえない。
「しかも、あなた男の子でしょう。いえ、考察するに20年後くらいの未来描写ってことはもう中年に差し掛かってる年齢ね……だから、おっさんみたいな挙動をしていたと──そう考えれば合点がいく……つまりこの世界の未来のアシュナじゃなく、別の世界の【阿修羅】である可能性があるわね。私、男の子だったら【阿修羅】って名付けてるもの。阿修羅はひょんなきっかけから違う世界の過去の自分に乗り移ってしまった……そんなところかしら」
なんかもう、『見た目は母、頭脳は怖い』って感じの名推理だった。
端から聞けば(何言ってんだこいつ)と一笑に付すだけの妄言だ。だが、全てその通りだし……なによりこの母の怖さを知っている俺は黙るしかない。
言い訳や誤魔化しも絶対に通じない……そんな有無を言わさぬ圧力──もう、諦めて全部打ち明ける他なかった。
だが、阿修凪ちゃんにしたように誠心誠意の謝罪をして一つずつ順を追って話そうとした──その瞬間、母は涙を流し……まるで幼子にするように、優しくおっさんを抱き締めながら言った。
「やっぱり……辛かったでしょ……気づくのが遅くなってごめんなさいね……」
母の抱擁は、まるで大海原の波に揺られながら空を見上げてプカプカと浮かんでるような心地良い感覚を錯覚させる。
あぁ、こんなに母の無償の愛を感じるのはいつぶりだろうか……やはり、どれだけチートな求心力を持っても、どんな時代でもどんな世界でも、母という存在には誰も敵(かな)わないのだろう。
30後半且つ二児の母親とは思えないほどのスタイルとを美貌を誇る母の胸の中で、おっさんは全てを語り始めた。
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