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「……また会いましたね」
カオサンの安食堂みたいなところで、インスタントコーヒーを飲みながら、これからどうしようかと考えていたところに、昨日の公家顔の男がやってきた。
男はあたしのテーブルに座る。
「カオサンに泊まってるんだ?」
「いや、どこもいっぱいだったから、ホテルにしました」
「へえ、あたしんとこ、まだ部屋あいてるよ。狭いけど、まあきれいなとこ」
はがれかけたビニールタイルは消毒液みたいな洗剤で磨かれていて、ベッドにはかつては赤だったと思われる色のカバーがかかっていて、ディレクター・チェアのキャンバスには、いくつもほころびを直したあとがある。
日本での窮屈な生活を思えば、天国だった。宿代は三百円。
「いいんですよ。もうカードでデポジットも払っちゃったし」
「そう」
「ところで、バンコクの見どころって、何があるでしょうか?」
「うーん、人によるんじゃない?」
あたしと公家顔じゃ、行動範囲も違うような気がするので、そんなこと返答に困る。
「では、どんなところに行てみたいとお思いですか?」
「ムエタイとか、見たい。それからオカマショーとか」
起きてからすぐに、宿の電話を借りて、シンヤに電話をかけた。
もって帰る荷物の件もあったけど、ちょっとバンコクの案内でもしてくれたらなあ、と期待していた。
シンヤは一時間ほどで、真空パックされたお茶を十個ほど持ってきた。
成田から宅配便で送っておいてくれと住所を書いた紙を渡し、これからチェンマイに行かなければならないと言って、さっさと帰ってしまった。
チェンマイから帰ってきたら食事でもしようということになった。
というわけで、今日の予定はまったくない。
「いいですね」
「僕も行きたいと思ってたんですよ。でもひとりじゃなんだか怖いからいっしょに行ってくれませんか?」
こいつ、なんだか情けねえ。
でも、銀縁眼鏡の公家顔にはなんとなく慣れてきた。
というか、若い頃のパパとか、親戚のお兄さんに感じが似ているので、なんとなく落ち着くのだ。
「いいけど……」
「よかった。ところで、僕、中条っていいます。なかちゃんってみんな呼ぶけど」
「あたしは、月子」
「あ、あの、よろしく」
なかちゃんは、右手をあたしに差し出す。
え、握手? と思ったけれど拒否するのも変なので、なかちゃんの手を軽く握った。
なかちゃんの手は無用に大きくて、でも、爪の形がきれいだった。
カオサンの安食堂みたいなところで、インスタントコーヒーを飲みながら、これからどうしようかと考えていたところに、昨日の公家顔の男がやってきた。
男はあたしのテーブルに座る。
「カオサンに泊まってるんだ?」
「いや、どこもいっぱいだったから、ホテルにしました」
「へえ、あたしんとこ、まだ部屋あいてるよ。狭いけど、まあきれいなとこ」
はがれかけたビニールタイルは消毒液みたいな洗剤で磨かれていて、ベッドにはかつては赤だったと思われる色のカバーがかかっていて、ディレクター・チェアのキャンバスには、いくつもほころびを直したあとがある。
日本での窮屈な生活を思えば、天国だった。宿代は三百円。
「いいんですよ。もうカードでデポジットも払っちゃったし」
「そう」
「ところで、バンコクの見どころって、何があるでしょうか?」
「うーん、人によるんじゃない?」
あたしと公家顔じゃ、行動範囲も違うような気がするので、そんなこと返答に困る。
「では、どんなところに行てみたいとお思いですか?」
「ムエタイとか、見たい。それからオカマショーとか」
起きてからすぐに、宿の電話を借りて、シンヤに電話をかけた。
もって帰る荷物の件もあったけど、ちょっとバンコクの案内でもしてくれたらなあ、と期待していた。
シンヤは一時間ほどで、真空パックされたお茶を十個ほど持ってきた。
成田から宅配便で送っておいてくれと住所を書いた紙を渡し、これからチェンマイに行かなければならないと言って、さっさと帰ってしまった。
チェンマイから帰ってきたら食事でもしようということになった。
というわけで、今日の予定はまったくない。
「いいですね」
「僕も行きたいと思ってたんですよ。でもひとりじゃなんだか怖いからいっしょに行ってくれませんか?」
こいつ、なんだか情けねえ。
でも、銀縁眼鏡の公家顔にはなんとなく慣れてきた。
というか、若い頃のパパとか、親戚のお兄さんに感じが似ているので、なんとなく落ち着くのだ。
「いいけど……」
「よかった。ところで、僕、中条っていいます。なかちゃんってみんな呼ぶけど」
「あたしは、月子」
「あ、あの、よろしく」
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え、握手? と思ったけれど拒否するのも変なので、なかちゃんの手を軽く握った。
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