国助く禍津剣

dada

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 セイラたちと別れてから、アキラは一昼夜走り続けていた。森の中でもさんざん駆けていたというのに、その底なしの体力は明らかに普通の人間のものではない。
 王都へと続く街道を風のように駆けていく。夜移動するのは危険だが人目につかなくて丁度良いという利点も勿論あった。そしてそれ以前に、今夜は月がよく見える。彼は夜目が効く方だが、やはり少しでも明るい方が走りやすい。それに月が出ていると、身体の内側から力が漲るような感覚になる。昔はそんな事もなかったのだが、十年前のあの日から、彼の体質は変わった。身体強化の術を行使して疾走していたので、徒歩で三日ほどかかる道程だったが、馬よりも速いその足取りで明け方には目的地である王都に着いた。

 王都の正門前には関所があり、町に入るときに身許の確認と税の徴収がある。アキラは正門の反対側の城壁に向かった。王都は周囲を強固な城壁で囲んでいる。非常時にはこの都全体が一種の城塞と化す。
 城壁には掴めるような手掛かりもなく、その高さは五十メートルにもなる。普通なら空でも飛べない限り侵入不可能なのだが、
 (おお、以外といける。)
 アキラは壁に向かって垂直に立ち、重力に逆行するように壁を真上に疾走していた。オドを集中させ、身体を前傾させて斜めに食い込むように駆けていく。途中半分ぐらいで足が離れそうになり、腰の短刀を壁に刺してぶら下がり一休みする。呼吸が整うと再開して一気に頂上まで辿り着いた。

(あー、しんどい。でもやっぱりこっちは見張りが少ないな。)
 辺りを一瞬見回し、サッと隠れる。余談だが今の時刻は夕刻、わざと時間をずらしたのにはそれなりの理由があったが、朝や夜よりも見張りが少ないのもその理由の一つだ。
 (騎士風が一人か・・・・)
 アキラは物見の監視塔で警備している騎士を遠目に見ながら、どこからアルバート王がいる王宮に入るか考えていた。今は気配も消しているし、姿もあちらからは見えない位置に居る。なので、油断していたのかもしれない。
 ふと先程の騎士の様子を窺うと、監視塔に騎士の姿は無かった。その時、猛烈な危機感が自らを襲う。
 (!?、上かっ!)
 頭上を見上げると、丁度あの騎士が跳躍した勢いのまま、自分に向かって剣を振り下ろすところだ。刹那の時、辛うじて頭を振り、その一撃をかわす。余程の力が込められていたのか、剣は城壁の頂上である、彼等の足場を大きく砕き、抉った。その衝撃波も利用して、アキラは騎士からバックステップで大きく距離をとる。
 風が吹き、足場の破片の砂埃が舞うと、剣を振り下ろしていた騎士が顔をあげた。
 「・・・久しぶり、私のこと・・・・わかる?」
 そう問いかけてくる騎士は女だった。黒と青を足したような濃い群青色の髪、肩までで切り揃えているのは戦闘の邪魔にならないためだろうか。その甲冑は銀製のようだが、魔力が込められているのか、淡く光っているように見える。スラッとした長い手足は先程の膂力を思わせないようにしなやかだ。切れ長の鋭い目元で瞳の色は蒼い。かなり整った美形の顔立ちをしている、その表情や雰囲気には一切の隙がない。凛とした美しい女性であった。だが、先程の問いかけの意味は分からない。
 「?、お前なんぞ知らん。」
 答えながら、アキラは戦うか逃げるか考えていた。
 「これでも、わからないか!」
 女は一瞬で身体強化の魔法を行使して突進してきた。そのままの勢いで剣を下から斜め上へ逆袈裟の形に凪ぎ払う。対するアキラは腰の短刀で何とかこれを防ぐ。ギキィーンッと、金属の衝突する音がした。
 (くそっ、思った以上にやる!)
 間髪入れず次々と繰り出される連戟を凌ぐアキラはそう思った。実際問題彼は今出鼻を挫かれて防戦状態だ。
 「予想より遅かったね。昨日のうちには来るだろうって私達は話してたのに、お陰で私は昨日の昼からここにかんづめ。」
 女は親しさの籠る口調でそう言った。
 「このまま陛下の所まで行くつもりだったんでしょ?行かせるわけないじゃん。」
 会話は続いているが、二人の剣戟はより激しくなっていく。
 「ね、もうやめたら?どうせ手遅れでしょ?」
 その言葉を聞いて、アキラは目をむいた。
 「お前には関係ない!黙って通さねえと殺すぞ!」
アキラは普段見せない感情を昂らせて、左の腰の短刀も抜き、二刀流の構えで再度対峙する。
 「関係無くないわ、馬鹿。」
 女はそう呟いて、アキラの烈火の様な剣を受ける。
 (おかしい、身体の動きが悪い。)
 暫し剣を打ち合っていると、次第に冷静に頭がまわりだしたアキラは、自分の動きがいつもより鈍いことに気付いた。剣を合わせてからそんなに時間は経っていない筈なのに、疲れにも似た倦怠感がある。ふと気付いて感覚を研ぎ澄まし眼を凝らすと、女の剣には蒼白いオーラがまとわりついている。
 「気付いた?ここは私の結界の中だし、私の剣には最初から術をかけていたのよ。」
 不敵な笑みで女が答える。
 「・・・術?」
 「そう、剣で触れたものに少しずつ私のオーラを流し込む。流されたものは体温が徐々に落ちていき、自由に動けなくなる。どう?良い術でしょ。」
 言われて初めて彼女の全身から立ち上るオーラの存在に気付いた。そしてこのオーラの色や術の特徴には思い当たる人物がいた。
 「・・・・お前・・ソフィーか?」
 そのアキラの言葉を聞いて女は盛大な溜め息をついた。
 「あんたねぇ。普通オーラ見たら一目で私だって分かるでしょ。全く、抜けてんだから。」
 やや口調には苛立ちが見える。
 「いや、十年経ってるから見た目も変わってるし、そう簡単には分からんと思うが。」
  形ばかりアキラも抗議したが、
「何年たとうがオーラの気配は一緒でしょうが。」
  バッサリ切られた。
 「ところであんた、陛下の所に行くつもりでしょ?」
 先程までやや緩んでいたソフィーの口元が、厳しく引き締まっていた。先程と同じ問いを繰り返す。
 「ああ。」
 答えるアキラ。
 「一応聞くけど、何をしに行くの?」
 「勿論、国王を殺すためだ。」
 答えるアキラの顔には一切の迷いがない。その彼の顔を見てソフィーはまた溜め息を漏らした。
 「はぁ、そんな事して何になるの?誰が喜ぶの?」
 「別に、十年前の償いをさせるだけだ。」
 アキラの信念にも揺らぎはない。
 「お前こそ、何でこんな所にいるんだ? この国に義理立てすることなんてもう無いだろ。」
 対するソフィーの意思も固かった。
 「私は義理でこの国の騎士をやっているんじゃない。この国が好きだから守りたいからやっているだけ。」
 「・・・・そうか。」
 アキラは一度眼をつむった。何事か考えているのか、それは決別を決意するための時間だったのかもしれない。
 「ならば・・・・親父を殺したこの国も、親父を殺した国王も、それを守るお前も、全て敵だ。」
 言った瞬間、アキラはソフィーに突っ込んだ。目にも止まらぬ突進で相手の懐に潜り込み、両手の短刀で襲いかかる。
 突然のアキラの加速にもソフィーは動じなかった。バックステップで軽く距離を取りながらその初太刀を受け止める、筈だった。だがソフィーの剣はアキラの短刀に触れた瞬間呆気なく切断された。先程は激しく剣を交わす音がしていた筈なのに、その音さえなく、何の抵抗も無しにソフィーの剣は両断された。これには流石に彼女にも一瞬の隙が生まれる。刀身が半分ほどになった剣を空振りされた格好の所に、ソフィーの腹目掛けてアキラの掌ていが打ち込まれる。甲冑をひしゃくほどの恐るべき威力のそれは、ソフィーを後方に吹き飛ばした。そして背中から壁に激突し、石の壁が一部崩れさる。
 「悪いな、行かせてもらう。」
 彼女の意識がまだあるかはわからないが、独り言のように呟き、アキラはその場を後にしようとした。
 「いや、お前は陛下の元へは行けない。」
 また違う声がした。はっと振り返ると、彼の後方に長身の男が立っていた。アキラはこの男の気配に全く気付かなかった。
 
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