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アキラはこの生命の泉と呼ばれる宝具を使った事がない。何せ十年前に移植され、そのまま氷漬けで昨日目覚めたところだ。
だがこの宝具の効果はわかっていた。亡くなった武神が使っていたのを見たことがあったのだ。でも今の自分のような変化はしていなかったと思う。確かに無限に沸き立つオドで、鬼神の様な強さを発揮していたが、武神は元々が鬼のように強かったので戦闘面で言えばあまり変化はなかった。
今の自分はどうだろうか。先程生命の泉を発動させてから自分が自分で無いような変な感じがしている。頭の中の思考がはっきりとしない。感情が稀薄になっていると己で分かる。目の前の人間達の事を思い出そうとすると直ぐには出てこない。今まであった目的も、何か遠い昔のことのようだ。
彼が虚ろに皆を見詰めた時間は、ほんの数秒程度だ。だがディアナはその時間を、神や悪魔が愚かな人間に審判を下しているような錯覚に陥る。無垢な神は無慈悲に人間を殺す、という物語を子供のころ聞いたことがある。彼女は目の前の昨日知り合った少年が今は全く別の生物に感じていた。
今彼は確かに憎しみや怒りを忘れていた。ただ目の前の人物は敵だとは、朧気に憶えている。彼は何気なく手にしていた短刀を真横に振り抜いた。
アキラが手に持っている短刀に恐るべき力が宿っている事をブライは感じた。その短刀を横凪ぎに振り抜く時、咄嗟に自分の目の前に風で出来た分厚い壁を構築する。これが一番早く使える防御の魔法だった。常人の攻撃系の魔法ならこの壁で難なく防げるのだが、その風の壁はアキラの一閃に抵抗なく消し飛ばされた。そのまま暴風を浴びせられて、ブライは後方に飛ばされる。
(・・・・これは、思った以上の力だ。)
瓦礫を払い起き上がりながらブライは心中で呟いた。
(一転してこっちがピンチか。)
じろりとアキラを睨むと、彼はただ虚空を見ている。全く戦意を感じないが、危険度は今の一撃で見た通り半端ではない。
「・・・あの、アキラ様は一体どうされたのでしょう?何か様子がおかしいようですが。」
セイラが不安そうな顔でソフィーに話し掛けた。ソフィーは今ので損壊した目の前の氷壁を新しく構築しながら答える。
「あれは恐らく武神の宝具の影響です。その宝具の名は生命の泉と言いまして、本人の身体が持つ限り、無限のオドを供給します。使える条件は限られますが、かなり厄介なものです。」
ソフィーの表情は厳しい。
「近衛騎士長、セイラ様を陛下の所にお連れして、一時王宮から脱出しなさい。」
そう言ってディアナは術を練るために集中する。
「いいえ、私も残ります。アキラ様なら私達が説得します。」
「姫様!あれは危険です。ソルフェージュ様の言うとおり、この場を離れましょう!ここは市民居住地も少ないですが、そろそろ下の方でも騒ぎになっているようです。」
ソフィーの意見に反対しようとしたセイラをディアナが宥める。
アキラたちがいるのは王都の正門の反対側だ。ここは一種の工業地帯で今は人の出入りが少ない。だがさすがに派手な戦闘の影響で、城壁下の広場には市民や兵士の姿が見える。どんどん集まってきているようだ。
「このままここにいては危険です。私達もここを離れ、周りの市民も注意しながらここに近付かないよう呼び掛けることが重要だと思います。」
ディアナは正論を言った。ここにいても自分達に出来ることは無い。今アキラに対峙しているのはこの国のトップのような実力の持ち主なのだから、自分達はかえって足手まといになるだけである。
だが、セイラは引き下がらなかった。
「いいえ、まだやれることはあります。・・・アキラ様が闇の術士であるならば、尚の事あります。」
そう言ってセイラは立ち上がり、ソフィーの傍らに立った。
「ソルフェージュ様、私の魔法を使えば、アキラ様を止められます。」
アキラを打ち崩す術を練っていたソフィーは、このセイラの言葉に集中を切らさぬように注意しながら言った。
「・・・・窺っても宜しいですか?」
「はい、私の光の魔法で一時的に彼の闇の魔法を相殺します。」
そう言ったセイラの目には決意がはっきりと現れていた。
基本属性は四属性。火、水、風、土である。それ以外に光と闇があり、もっと細かく言えば音や生命、樹木、様々な属性があるとされる。基本属性の火の対角は水、風の対角は土となる。属性同士その苦手となるものがあるのだが、闇の対角は光だ。
光の術士はかなり少ない。闇の術士よりもっと希少で、一国に一人いるかいないかだとされる。
だがこの国の王家は元の初代国王が光の術士であったという伝説があり、王家の血筋から光の術士がまた出現したことも大昔にあった。ここ数百年は無いが、またこの国に光の術士が出るなら王家から誕生するだろうと言われてきた。
「・・・・姫様は、光の特性があったのですか?」
ソフィーも知らなかった事なので、かなり驚いている。この状況でまさか嘘を言う筈もないとは思うが、とても信じられない。
「はい、私は光の魔法を使えます。父上にはまだ公表することを禁じられておりましたが、事実です。」
大きく頷いてセイラが答える。ソフィーは反射的に後方に控えるディアナの顔を見た。
「・・・・姫様の言われているのは本当です。私は近衛騎士長になるにあたり、陛下から直接賜りました。」
ディアナも緊張の面持ちで答える。それを聞いて一瞬思案にふけるソフィーであったが、
「いえ、無理です。姫様は先程、あれの魔法を相殺すると言われましたが、あれの出力は今極大です。あれと同等の力でなくては打ち消し合うのは無理だと思います。」
冷静に分析した上で、ソフィーはセイラの案を却下した。
「でも!今のままでは皆さんどうすることもできずやられてしまうのではないですか?」
尚も食い下がるセイラだが、
「大丈夫です。恐らく今からブライが反撃に出ますのでそれと上手く合わせて奴を止めて見せます。」
ソフィーは無理をしているのではなく、自然に笑ってセイラに答えた。
(・・・いや、その魔法、使わせていただきます。)
ソフィー、セイラ、ディアナの頭に何処からともなく声が聞こえる。恐らくテレパシーの様なものであった。この声の主はブライだ。彼が使う思念伝達術である。
(私が今から結界を張る。その中では奴の力がある程度弱まるはず、そこをソフィーの拘束の氷結魔法で封じ込める。直ぐには出られないとは思う、足留めにはなるだろう。)
そこで一旦切り、
(消耗して出てきたところを、姫様の光魔法で攻撃していただいて宜しいですか?)
「あ、あの。私は拘束じゃなくて攻撃でよろしいのですか?」
これはセイラが口に出した。
(ええ、攻撃してください。奴の回復力があれば致命傷にはなりません。)
そう言って通信は途切れた。セイラはまだ不満があるようだがもうこちらから話し掛ける術はない。彼女は恩人であるアキラを傷付ける事はしたくなかった。
「姫様、ブライが動くようです。御準備をお願いします。」
ソフィーにそう言われ、ハッと我に帰り、集中するセイラ。
王都の夜空に雨雲がまた現れた。ブライの術により作られた雨雲は、空を埋めつくし、満月を隠してしまう。
アキラはそんな空を見上げながら、何か考えているのか、ただ呆けている
のか分からない。意志のこもっていない瞳で空を見ている。そして視線をブライへと戻した。アキラの手には短刀が握られている。
アキラは短刀を振り上げた。そこに自らのオーラを一瞬で流す。短刀は長大な漆黒の大剣に変わる。生命の泉を使う前にも同じ術をアキラは使おうとしていたが、今使おうとしているものは規模が全然違った。長大な剣と言うより、長巨大な柱と言った方が良かったかもしれない。
振り上げたそれは、神々のいる天界まで届きそうな程である。これを振り下ろせば、王都ぐらいであれば真っ二つに両断できるだろう。
だが振り下ろされることはなかった。アキラが剣を振り上げたとき、彼は球体状の結界に閉じ込められたからである。
黒く、禍々しささえ感じるその球体は、内部で荒れ狂う雷雲をこさえていた。
球体の外でブライが腕を目の前につきだし、力強く握り混むとアキラのいる球体の内部で連続的に雷が放たれる。それは一分にも満たない間に、合計百以上の強力な雷をアキラに浴びせる。
凄まじい轟音が鳴り止むと、黒い球体は音もなく消え失せた。中から黒焦げの無惨な姿になったアキラが現れる。
その姿を見てソフィーとセイラ、ディアナは息を呑んだ。セイラなどは今にも叫び出しそうなのを何とか圧し殺している。アキラは意識があるのか足取りは確かでしっかりと地に足をつけて立っているが、まだ周囲を包む煙と、タンパク質を焦がす嫌な臭いがして、ディアナは反射的に口元を覆ってしまった。
「ソフィー、やれ!」
そこにブライの力強い声がする。
ソフィーは変わり果てたアキラの姿を見て、かなり動揺していた。彼女は認めないだろうが、十年前彼女は兄のようにアキラを慕っていた。当時もあまり表面には出さなかったが、尊敬し、憧れていたと言っていい。
だから今日会えたことも本当を言えば嬉しかった。自分の事を見ても気付かなかったけど、そんな事は別に構わない。彼にはこれから幸せに生きてほしいと本気で思っていた。
だから重症を負ったアキラを見て、セイラやディアナと一緒に衝撃を受けた。だが十年の修行の日々は、ソフィーを只の天才少女術士から、国を代表する超一流の術士に昇華させていた。ショックを受けても現在構築している魔法には支障はない。
「アキラ、・・・ちょっと我慢して。」
振り絞るようにそう言って、ソフィーは柏手を一つ打った。同時に、四方八方から分厚い氷塊がアキラに向けて飛んでくる。
その氷は、アキラを閉じ込めるように囲み、一つの大きな氷柱になった。
「十年前、団長があんたに使った封印の術、私もあの頃のままじゃないんだから。」
ソフィーはこの秘術を独自の研究で体得していた。ただ、この術は使う者によって、永久的に溶けない氷にすることも、決めた時間で溶けるようにすることも出来る。彼女が今行ったのは、取り敢えずは溶けないという程度のものだ。急いでいたのでただ全力でやっただけだが、やはり団長である武神にはまだまだ遠く及ばないとソフィーは痛感した。
だがこの宝具の効果はわかっていた。亡くなった武神が使っていたのを見たことがあったのだ。でも今の自分のような変化はしていなかったと思う。確かに無限に沸き立つオドで、鬼神の様な強さを発揮していたが、武神は元々が鬼のように強かったので戦闘面で言えばあまり変化はなかった。
今の自分はどうだろうか。先程生命の泉を発動させてから自分が自分で無いような変な感じがしている。頭の中の思考がはっきりとしない。感情が稀薄になっていると己で分かる。目の前の人間達の事を思い出そうとすると直ぐには出てこない。今まであった目的も、何か遠い昔のことのようだ。
彼が虚ろに皆を見詰めた時間は、ほんの数秒程度だ。だがディアナはその時間を、神や悪魔が愚かな人間に審判を下しているような錯覚に陥る。無垢な神は無慈悲に人間を殺す、という物語を子供のころ聞いたことがある。彼女は目の前の昨日知り合った少年が今は全く別の生物に感じていた。
今彼は確かに憎しみや怒りを忘れていた。ただ目の前の人物は敵だとは、朧気に憶えている。彼は何気なく手にしていた短刀を真横に振り抜いた。
アキラが手に持っている短刀に恐るべき力が宿っている事をブライは感じた。その短刀を横凪ぎに振り抜く時、咄嗟に自分の目の前に風で出来た分厚い壁を構築する。これが一番早く使える防御の魔法だった。常人の攻撃系の魔法ならこの壁で難なく防げるのだが、その風の壁はアキラの一閃に抵抗なく消し飛ばされた。そのまま暴風を浴びせられて、ブライは後方に飛ばされる。
(・・・・これは、思った以上の力だ。)
瓦礫を払い起き上がりながらブライは心中で呟いた。
(一転してこっちがピンチか。)
じろりとアキラを睨むと、彼はただ虚空を見ている。全く戦意を感じないが、危険度は今の一撃で見た通り半端ではない。
「・・・あの、アキラ様は一体どうされたのでしょう?何か様子がおかしいようですが。」
セイラが不安そうな顔でソフィーに話し掛けた。ソフィーは今ので損壊した目の前の氷壁を新しく構築しながら答える。
「あれは恐らく武神の宝具の影響です。その宝具の名は生命の泉と言いまして、本人の身体が持つ限り、無限のオドを供給します。使える条件は限られますが、かなり厄介なものです。」
ソフィーの表情は厳しい。
「近衛騎士長、セイラ様を陛下の所にお連れして、一時王宮から脱出しなさい。」
そう言ってディアナは術を練るために集中する。
「いいえ、私も残ります。アキラ様なら私達が説得します。」
「姫様!あれは危険です。ソルフェージュ様の言うとおり、この場を離れましょう!ここは市民居住地も少ないですが、そろそろ下の方でも騒ぎになっているようです。」
ソフィーの意見に反対しようとしたセイラをディアナが宥める。
アキラたちがいるのは王都の正門の反対側だ。ここは一種の工業地帯で今は人の出入りが少ない。だがさすがに派手な戦闘の影響で、城壁下の広場には市民や兵士の姿が見える。どんどん集まってきているようだ。
「このままここにいては危険です。私達もここを離れ、周りの市民も注意しながらここに近付かないよう呼び掛けることが重要だと思います。」
ディアナは正論を言った。ここにいても自分達に出来ることは無い。今アキラに対峙しているのはこの国のトップのような実力の持ち主なのだから、自分達はかえって足手まといになるだけである。
だが、セイラは引き下がらなかった。
「いいえ、まだやれることはあります。・・・アキラ様が闇の術士であるならば、尚の事あります。」
そう言ってセイラは立ち上がり、ソフィーの傍らに立った。
「ソルフェージュ様、私の魔法を使えば、アキラ様を止められます。」
アキラを打ち崩す術を練っていたソフィーは、このセイラの言葉に集中を切らさぬように注意しながら言った。
「・・・・窺っても宜しいですか?」
「はい、私の光の魔法で一時的に彼の闇の魔法を相殺します。」
そう言ったセイラの目には決意がはっきりと現れていた。
基本属性は四属性。火、水、風、土である。それ以外に光と闇があり、もっと細かく言えば音や生命、樹木、様々な属性があるとされる。基本属性の火の対角は水、風の対角は土となる。属性同士その苦手となるものがあるのだが、闇の対角は光だ。
光の術士はかなり少ない。闇の術士よりもっと希少で、一国に一人いるかいないかだとされる。
だがこの国の王家は元の初代国王が光の術士であったという伝説があり、王家の血筋から光の術士がまた出現したことも大昔にあった。ここ数百年は無いが、またこの国に光の術士が出るなら王家から誕生するだろうと言われてきた。
「・・・・姫様は、光の特性があったのですか?」
ソフィーも知らなかった事なので、かなり驚いている。この状況でまさか嘘を言う筈もないとは思うが、とても信じられない。
「はい、私は光の魔法を使えます。父上にはまだ公表することを禁じられておりましたが、事実です。」
大きく頷いてセイラが答える。ソフィーは反射的に後方に控えるディアナの顔を見た。
「・・・・姫様の言われているのは本当です。私は近衛騎士長になるにあたり、陛下から直接賜りました。」
ディアナも緊張の面持ちで答える。それを聞いて一瞬思案にふけるソフィーであったが、
「いえ、無理です。姫様は先程、あれの魔法を相殺すると言われましたが、あれの出力は今極大です。あれと同等の力でなくては打ち消し合うのは無理だと思います。」
冷静に分析した上で、ソフィーはセイラの案を却下した。
「でも!今のままでは皆さんどうすることもできずやられてしまうのではないですか?」
尚も食い下がるセイラだが、
「大丈夫です。恐らく今からブライが反撃に出ますのでそれと上手く合わせて奴を止めて見せます。」
ソフィーは無理をしているのではなく、自然に笑ってセイラに答えた。
(・・・いや、その魔法、使わせていただきます。)
ソフィー、セイラ、ディアナの頭に何処からともなく声が聞こえる。恐らくテレパシーの様なものであった。この声の主はブライだ。彼が使う思念伝達術である。
(私が今から結界を張る。その中では奴の力がある程度弱まるはず、そこをソフィーの拘束の氷結魔法で封じ込める。直ぐには出られないとは思う、足留めにはなるだろう。)
そこで一旦切り、
(消耗して出てきたところを、姫様の光魔法で攻撃していただいて宜しいですか?)
「あ、あの。私は拘束じゃなくて攻撃でよろしいのですか?」
これはセイラが口に出した。
(ええ、攻撃してください。奴の回復力があれば致命傷にはなりません。)
そう言って通信は途切れた。セイラはまだ不満があるようだがもうこちらから話し掛ける術はない。彼女は恩人であるアキラを傷付ける事はしたくなかった。
「姫様、ブライが動くようです。御準備をお願いします。」
ソフィーにそう言われ、ハッと我に帰り、集中するセイラ。
王都の夜空に雨雲がまた現れた。ブライの術により作られた雨雲は、空を埋めつくし、満月を隠してしまう。
アキラはそんな空を見上げながら、何か考えているのか、ただ呆けている
のか分からない。意志のこもっていない瞳で空を見ている。そして視線をブライへと戻した。アキラの手には短刀が握られている。
アキラは短刀を振り上げた。そこに自らのオーラを一瞬で流す。短刀は長大な漆黒の大剣に変わる。生命の泉を使う前にも同じ術をアキラは使おうとしていたが、今使おうとしているものは規模が全然違った。長大な剣と言うより、長巨大な柱と言った方が良かったかもしれない。
振り上げたそれは、神々のいる天界まで届きそうな程である。これを振り下ろせば、王都ぐらいであれば真っ二つに両断できるだろう。
だが振り下ろされることはなかった。アキラが剣を振り上げたとき、彼は球体状の結界に閉じ込められたからである。
黒く、禍々しささえ感じるその球体は、内部で荒れ狂う雷雲をこさえていた。
球体の外でブライが腕を目の前につきだし、力強く握り混むとアキラのいる球体の内部で連続的に雷が放たれる。それは一分にも満たない間に、合計百以上の強力な雷をアキラに浴びせる。
凄まじい轟音が鳴り止むと、黒い球体は音もなく消え失せた。中から黒焦げの無惨な姿になったアキラが現れる。
その姿を見てソフィーとセイラ、ディアナは息を呑んだ。セイラなどは今にも叫び出しそうなのを何とか圧し殺している。アキラは意識があるのか足取りは確かでしっかりと地に足をつけて立っているが、まだ周囲を包む煙と、タンパク質を焦がす嫌な臭いがして、ディアナは反射的に口元を覆ってしまった。
「ソフィー、やれ!」
そこにブライの力強い声がする。
ソフィーは変わり果てたアキラの姿を見て、かなり動揺していた。彼女は認めないだろうが、十年前彼女は兄のようにアキラを慕っていた。当時もあまり表面には出さなかったが、尊敬し、憧れていたと言っていい。
だから今日会えたことも本当を言えば嬉しかった。自分の事を見ても気付かなかったけど、そんな事は別に構わない。彼にはこれから幸せに生きてほしいと本気で思っていた。
だから重症を負ったアキラを見て、セイラやディアナと一緒に衝撃を受けた。だが十年の修行の日々は、ソフィーを只の天才少女術士から、国を代表する超一流の術士に昇華させていた。ショックを受けても現在構築している魔法には支障はない。
「アキラ、・・・ちょっと我慢して。」
振り絞るようにそう言って、ソフィーは柏手を一つ打った。同時に、四方八方から分厚い氷塊がアキラに向けて飛んでくる。
その氷は、アキラを閉じ込めるように囲み、一つの大きな氷柱になった。
「十年前、団長があんたに使った封印の術、私もあの頃のままじゃないんだから。」
ソフィーはこの秘術を独自の研究で体得していた。ただ、この術は使う者によって、永久的に溶けない氷にすることも、決めた時間で溶けるようにすることも出来る。彼女が今行ったのは、取り敢えずは溶けないという程度のものだ。急いでいたのでただ全力でやっただけだが、やはり団長である武神にはまだまだ遠く及ばないとソフィーは痛感した。
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