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ロラン王国の者達が村人の供養をしていた頃、アキラ達一行はその場所に向けて馬を走らせていた。
「アキラー、おしり痛い。」
さっきから続いて聞こえてくるソフィーの愚痴をアキラは無視していた。最初の方は情けないとか、乗馬の技術ぐらい磨いとけとか、何かと弱音を吐く彼女にいちいち反応していたアキラだが、もう途中からその気もなくなった。単純にめんどくさい、それが今の彼の心情だ。それに加えて、
「私も~、お腹へったー!」
彼の隣ではエレインが妙に元気な声で言った。
(さっき昼飯食ったばかりだろうが。)
心の中で溜め息混じりに呟く。
「アタシはあつーい、・・・ちょっと、休憩しない?」
こちらの顔を窺い見るソフィーの、子首をかしげるとても愛らしい仕草に、健全な少年なら一も二もなく首を縦に振り賛同しただろう。だがアキラは全く揺るがない。
「駄目だ、夕方までには村に着くようにする。ここで休んでたら日が暮れちまう。」
そう言って片手で手綱を引き、反対の手で地図を確認する。そんな彼に、横合いから声がかけられた。
「ねえ、私も暑いからさ。近くの森に泉があんの。そこでティータイムにしない?」
エレインが、甘えるような声で話しかけてくる。彼女も十分美女と言っていい。これも健全な少年なら~なのだが、アキラは例のごとく揺るがない。
「だめ、一番の年長者のあんたがそんなこと言うなよ。まったく」
非難する目でアキラが言う。彼のその一言で、エレインのいつもの柔和な笑顔に、ビキッと縦筋が入るような音がした、気がした。
「・・・はあ~~!?・・年長者、年長者!あんた私の事をおばさん扱いするの!?こんなにピチピチのお肌のうら若いわたしを!?」
(?何か俺変なこと言ったか?)
「もう決めた!昨日の夜私とソフィーとあんたとで同衾した事。皆に言いふらす!」
それを聞いて、アキラの背筋に寒気が走る。
「え?何て?」
思わず間抜けな声で聞き返してしまった。
「だから!あんたと私とソフィーの三人で一晩中組んずほぐれずイチャイチャした事、皆に言いまくる!」
「い、いやいや、ちょっと待って!お前、昨日の夜の事、憶えてるの?」
急激に頭が痛くなり、背筋に寒気がする。
「そりゃあ、あんなに私の胸を揉みこまれちゃ、眠ってなんていられないわよ。胸は揉むわ、お尻は揉むわ、終いには強く抱き締めながらキスしようとするわ。」
「嘘、・・・嘘だろそれ!そんな事をする筈無い!話を盛るな!」
彼も昨日は酒に酔い記憶が曖昧で、彼女の部屋に辿り着いた時点で眠りこけている。ただ、そんな破廉恥な事をしたとは思えない。
「まあ、抱き締めてキスは言いすぎか。でもいろんなとこ揉みこんだのは本当よ!しかも私だけじゃなく、眠っているのをいいことに、ソフィーのもかなりやってたなオヌシ。」
アキラにとっては限りなく冤罪だと思いたいが、記憶がハッキリしないので全てを否定しきれない。
「何ー?アタシが何か?」
二人よりやや後方で馬を走らせていたソフィーが自分の名前が聞こえたのか二人の間から顔を出す。
「あ、ソフィー。実は私達ね、昨日の晩貞操を」
「いやいや!何でもない!お前の話もしていない!お前は気にしないで後方を付いてきて!」
エレインを遮るようにアキラが捲し立てる。
「?、まあ、いいけど。」
ソフィーが馬の歩調を落として、後方に下がった。彼女は今どうやれば自分のお尻に負担がいかないように出来るか色々馬と試行錯誤している。
「おい!不穏な言い方するな!誤解されるだろ!」
「えー、何で?私はただ、昨日の番は、実は貞操の危機だったのよって教えてあげようとしただけなのに。」
「あ、ああ。そういう言い方だったのか。なんだ・・・て、その言い方もちょっとアレだから!アウトだから!」
「そうかな~、・・・ねえ、ところでアキラくーん。私、そろそろ疲れてきちゃった。二人より年寄りだからさ、ちょっと森の泉で休んで行きたいんだけど、駄目かな?」
一通りアキラをからかって少しは気が晴れたのか、エレインが今度は優艶な猫なで声で甘えてくる。
健全な少年なら~だが、アキラは揺るがない!てこともなく、今回はさすがに呑むしかなかった。
「・・・そうだな。少し休もうか。」
彼女の要求通り、近くの森に入り、泉へと馬で歩くことにする。
「何で急に気が変わったの?アタシの時はあんなにごねてたのに。」
後ろのソフィーが若干ふて腐れぎみだが、それは言えないわけがあるのである。
「フフフっ、これが偉大なエレイン姉さんの力なのだ!」
ソフィーに向かって威張り散らすエレインを、冷めた目で見るアキラ。ソフィーは「さすが姉さん!」と拍手でも送りそうな仕草でふざけている。何か初日から既に帰りたくなってきたアキラだった。
三人は森の奥の方まで馬で行き、適当なところに馬を繋いでソフィーとエレインは泉に歩いていった。アキラは馬と荷物の番だ。
「わあ、結構綺麗な水ね。」
そう言ってエレインは服をぱーっと脱いで手で水を汲み、自分の顔に掛けた。彼女等は程なく泉を発見した。そこは回りが様々な木々で覆われているので周りからはほぼ見えなくなっている。泉の水も透き通り、飲んでも差し支えない程の清廉さだった。
「もう、エレイン姉さん。もう少し謹みを持ってください。」
その横でソフィーが皮のブーツを脱ぎ、足を泉に差し入れる。
「ソフィーも水浴びしたら!気持ちいいよ。」
ソフィーの忠告はどこ吹く風でエレインは彼女にも水浴びを勧めた。
「え、アタシはどうしようかな。こんなとこで裸になるのはちょっと。」
彼女は頬を染めてもじもじしていた。やはりこんな野外で裸になるのは、例え周囲に誰の気配も無くても抵抗があるらしい。
「はははっ、やっぱり恥ずかしいか・・・・・・!ソフィー。」
最初は陽気だった彼女の声のトーンが下がった。エレインは泉の奥の、丁度反対側の岸を見ている。
「・・・何者か、いますね。今の今まで気配がわかりませんでした。」
エレインの様子で察したソフィーが、探知の魔法を素早く行使した。風を通して他の生物の波動を感じる。
「結構できるんじゃない?相手は二人か。」
エレインも警戒を解かずに近場の岸へ上がり、元々着ていたローブだけを身に付ける。彼女の手には既に愛用の杖が握られており、敵の迎撃の為の魔法も何時でも放つことが出来るように準備していた。
「魔法が来ます!」
ソフィーがいち早く察知して声を掛けた時、二人の耳には同じ人物の焦ったような声がした。
「あの!すいません。こちらは特に危害を加えるつもりはありませんので、武器をお納めいただけないでしょうか。」
相手の魔法は精霊を利用した思念伝達の魔法だった。高度な魔法で、半人前が行えば雑音ばかりでとても音が拾えない。
しかしその声はよくとおる。鈴の音を鳴らしたような美しい声だと二人は思った。そしてこの術者がかなりの腕前と特異能力を持っていることも理解した。
「へえ、精霊魔法か。珍しいね。」
エレインは警戒をあっさりと解いて服を着だした。ソフィーは未だに緊張を解いていない。
「精霊魔法・・初めて見ました。いや、聞きました。確か、かなり希少な能力ですよね?」
ソフィーは隣のエレインに意見を求める。
「うん、アルバート王国にもいるのかな?分からないけど、私は初めて会ったかな。もしかしたら、お隣の国の有名なお姫様かもね。」
さっと着替え終わった彼女は、泉の対岸を見ている。
「先程はお騒がせいたしました。」
そう言って対岸から歩いてきたのは二人の女性だった。ソフィーは彼女等を知らなかったが、エレインは二人のうち一人は顔を知っていた。
「初めまして、ロラン王国のアイリス・フォン・グリーンフィールド王女様。私は武神兵団より参りましたエレイン・ランドと申します。こちらは同じ団員のソルフェージュ・シュランです。以後お見知りおきを。」
そう言いながら、エレインは恭しい仕草で頭を下げた。
「い、いえ!頭をお上げ下さい!エレイン様とソルフェージュ様ですね。私は先程申されました通り、ロランのアイリスと申します。今回は急な呼び掛けにも関わらず、足を運んで頂き有難う御座います。」
丁寧な物腰でこちらも頭を下げる。
「あ、申し遅れました。この者は私の供でレイア・サラスと申します。」
シェラの横でレイアが深々と頭を下げる。
それに応じてエレインとソフィーもお辞儀をして取り敢えずの自己紹介は済ました。
「私共の供をこの先で待たせております。、宜しければこのまま一緒に来ていただき、件の村へと参りましょうか。」
そう言ってエレインはアイリスとレイアをアキラが待つ場所まで案内する。彼女等がロラン王国の使者だとは確認しなくても分かっている。そして道すがらソフィーがアイリスに話し掛けた。
「でも姫様。アタシ達のこと簡単に信用して下さったけど、いいんですか?」
「いい、とは警戒しなくていいのか?ということですか?」
「そうです。アタシ達が姫の命を狙う刺客なら、もう既に殺られちゃってますよ?」
「こら、姫様に失礼なこと言うんじゃない。」
横でソフィーをたしなめるエレイン。当のアイリスは微笑みながら気にしたふうも無いが、彼女の護衛のレイアは鋭い目付きでソフィーを見ている。
「貴女方が危険な方ではないということは、精霊が教えてくれました。」
「えっ、精霊魔法ってそんなこと分かるの?」
「ええ、この世の有りとあらゆる事象を教えてくれます。まあ、精霊達は気まぐれでいたずらっ子な者もいるのですが。」
「へえー、毎回そのポテンシャルを発揮する事は出来ないかもということですね。」
「そう!その認識が正しいと思います。」
等とやや砕けてきたソフィーとアイリスは楽しげに話しながらアキラの元に辿り着いた。
「アキラ。こちらは今回の協力者のアイリス・フォン・グリーンフィールド王女様とお供のレイアさん。このお方はロラン王国の第二王女様だから、くれぐれも失礼の無いように!・・・嫌らしいことするなよ?」
先程まで朗らかに笑っていたアイリスの顔が紅潮する。アキラはというと、全然変わってない。
「初めまして、私は武神兵団のアキラと申します。今回はよろしくお願いします。」
失礼にならないようにやや気を付けて会釈するアキラ。対するアイリスは何やら固まっていた。
「・・・姫様?」
隣で不思議に思ったレイアが話し掛けると、ハッと我を取り戻し、ガバッと勢いよく頭を下げる。
「し、失礼しました!私がロランのアイリスと申します!どうぞ御近づきのしるしにアイリスとお呼びください。」
「はあ。」
やや気圧された格好のアキラに、ソフィーが声を潜ませて話し掛ける。
「あんたがよっぽど珍妙な顔してるから、アイちゃんビックリしたんだよきっと。」
「余計なお世話だチンクシャ野郎。」
「なにおう!」
ソフィーがアキラに声をあげたところで、正面から恐る恐るといった体の声がした。
「す、すいません。失礼な言い方だと言われるかもしれませんが、珍しい色彩だと思いまして。」
「は?色彩?・・・ああ、黒い髪と黒い目はあんまりいませんもんね。」
アキラはそんなことを言われても全く気にしない。昔からこの髪と目の色については散々言われてきた。場所によっては不吉だと罵倒する者もいたが、今ではそんなことはどうでもいいと理解している。見た目がどうとかよりも、何が出来る、何をするのかということが大切だと、過去罵倒された言葉以上に、武神から嫌というほど教えられている。
しかし、彼女の言ってる色とは、単純な見た目の色とは違った。
「いえ、それだけ真っ直ぐで美しい漆黒のオーラ、今まで見たことがありません。その深奥が覗けない深い黒の中に、揺るぎ無い美しい意思を感じます。」
「へ?揺るぎ無い意思?そんな事わかるの?」
疑問の声を出したのはエレインだ。彼女等高等術士ならば、他人のオーラを見るのは当たり前で、それが相手の潜在能力を窺うのにも役立つ。
だが、その詳細は分からない。相手の感情の起伏や、その心底、性格など自らのオーラはその全てを写し出すが、それを見極められるのは、真に達人の域に達したほんの極僅かだろう。
「すごい!アイちゃんそんな事分かるの!」
自分の事のように喜ぶソフィー、もう彼女の王女の呼び方がちゃんになっている事に、護衛のレイアの目がぴくんとつり上がった気がした。
「ですがアイリス様、一つだけ申させていただきます。」
これはエレインだ。ことさら彼女は丁寧な口調にしてみせた。そして
「アキラに美しい心などありません!」
そう彼女が言いきり、皆でどっと笑った。場が和んで何事か世間話を話し、一同はウィルの待つ村に向かった。
「アキラー、おしり痛い。」
さっきから続いて聞こえてくるソフィーの愚痴をアキラは無視していた。最初の方は情けないとか、乗馬の技術ぐらい磨いとけとか、何かと弱音を吐く彼女にいちいち反応していたアキラだが、もう途中からその気もなくなった。単純にめんどくさい、それが今の彼の心情だ。それに加えて、
「私も~、お腹へったー!」
彼の隣ではエレインが妙に元気な声で言った。
(さっき昼飯食ったばかりだろうが。)
心の中で溜め息混じりに呟く。
「アタシはあつーい、・・・ちょっと、休憩しない?」
こちらの顔を窺い見るソフィーの、子首をかしげるとても愛らしい仕草に、健全な少年なら一も二もなく首を縦に振り賛同しただろう。だがアキラは全く揺るがない。
「駄目だ、夕方までには村に着くようにする。ここで休んでたら日が暮れちまう。」
そう言って片手で手綱を引き、反対の手で地図を確認する。そんな彼に、横合いから声がかけられた。
「ねえ、私も暑いからさ。近くの森に泉があんの。そこでティータイムにしない?」
エレインが、甘えるような声で話しかけてくる。彼女も十分美女と言っていい。これも健全な少年なら~なのだが、アキラは例のごとく揺るがない。
「だめ、一番の年長者のあんたがそんなこと言うなよ。まったく」
非難する目でアキラが言う。彼のその一言で、エレインのいつもの柔和な笑顔に、ビキッと縦筋が入るような音がした、気がした。
「・・・はあ~~!?・・年長者、年長者!あんた私の事をおばさん扱いするの!?こんなにピチピチのお肌のうら若いわたしを!?」
(?何か俺変なこと言ったか?)
「もう決めた!昨日の夜私とソフィーとあんたとで同衾した事。皆に言いふらす!」
それを聞いて、アキラの背筋に寒気が走る。
「え?何て?」
思わず間抜けな声で聞き返してしまった。
「だから!あんたと私とソフィーの三人で一晩中組んずほぐれずイチャイチャした事、皆に言いまくる!」
「い、いやいや、ちょっと待って!お前、昨日の夜の事、憶えてるの?」
急激に頭が痛くなり、背筋に寒気がする。
「そりゃあ、あんなに私の胸を揉みこまれちゃ、眠ってなんていられないわよ。胸は揉むわ、お尻は揉むわ、終いには強く抱き締めながらキスしようとするわ。」
「嘘、・・・嘘だろそれ!そんな事をする筈無い!話を盛るな!」
彼も昨日は酒に酔い記憶が曖昧で、彼女の部屋に辿り着いた時点で眠りこけている。ただ、そんな破廉恥な事をしたとは思えない。
「まあ、抱き締めてキスは言いすぎか。でもいろんなとこ揉みこんだのは本当よ!しかも私だけじゃなく、眠っているのをいいことに、ソフィーのもかなりやってたなオヌシ。」
アキラにとっては限りなく冤罪だと思いたいが、記憶がハッキリしないので全てを否定しきれない。
「何ー?アタシが何か?」
二人よりやや後方で馬を走らせていたソフィーが自分の名前が聞こえたのか二人の間から顔を出す。
「あ、ソフィー。実は私達ね、昨日の晩貞操を」
「いやいや!何でもない!お前の話もしていない!お前は気にしないで後方を付いてきて!」
エレインを遮るようにアキラが捲し立てる。
「?、まあ、いいけど。」
ソフィーが馬の歩調を落として、後方に下がった。彼女は今どうやれば自分のお尻に負担がいかないように出来るか色々馬と試行錯誤している。
「おい!不穏な言い方するな!誤解されるだろ!」
「えー、何で?私はただ、昨日の番は、実は貞操の危機だったのよって教えてあげようとしただけなのに。」
「あ、ああ。そういう言い方だったのか。なんだ・・・て、その言い方もちょっとアレだから!アウトだから!」
「そうかな~、・・・ねえ、ところでアキラくーん。私、そろそろ疲れてきちゃった。二人より年寄りだからさ、ちょっと森の泉で休んで行きたいんだけど、駄目かな?」
一通りアキラをからかって少しは気が晴れたのか、エレインが今度は優艶な猫なで声で甘えてくる。
健全な少年なら~だが、アキラは揺るがない!てこともなく、今回はさすがに呑むしかなかった。
「・・・そうだな。少し休もうか。」
彼女の要求通り、近くの森に入り、泉へと馬で歩くことにする。
「何で急に気が変わったの?アタシの時はあんなにごねてたのに。」
後ろのソフィーが若干ふて腐れぎみだが、それは言えないわけがあるのである。
「フフフっ、これが偉大なエレイン姉さんの力なのだ!」
ソフィーに向かって威張り散らすエレインを、冷めた目で見るアキラ。ソフィーは「さすが姉さん!」と拍手でも送りそうな仕草でふざけている。何か初日から既に帰りたくなってきたアキラだった。
三人は森の奥の方まで馬で行き、適当なところに馬を繋いでソフィーとエレインは泉に歩いていった。アキラは馬と荷物の番だ。
「わあ、結構綺麗な水ね。」
そう言ってエレインは服をぱーっと脱いで手で水を汲み、自分の顔に掛けた。彼女等は程なく泉を発見した。そこは回りが様々な木々で覆われているので周りからはほぼ見えなくなっている。泉の水も透き通り、飲んでも差し支えない程の清廉さだった。
「もう、エレイン姉さん。もう少し謹みを持ってください。」
その横でソフィーが皮のブーツを脱ぎ、足を泉に差し入れる。
「ソフィーも水浴びしたら!気持ちいいよ。」
ソフィーの忠告はどこ吹く風でエレインは彼女にも水浴びを勧めた。
「え、アタシはどうしようかな。こんなとこで裸になるのはちょっと。」
彼女は頬を染めてもじもじしていた。やはりこんな野外で裸になるのは、例え周囲に誰の気配も無くても抵抗があるらしい。
「はははっ、やっぱり恥ずかしいか・・・・・・!ソフィー。」
最初は陽気だった彼女の声のトーンが下がった。エレインは泉の奥の、丁度反対側の岸を見ている。
「・・・何者か、いますね。今の今まで気配がわかりませんでした。」
エレインの様子で察したソフィーが、探知の魔法を素早く行使した。風を通して他の生物の波動を感じる。
「結構できるんじゃない?相手は二人か。」
エレインも警戒を解かずに近場の岸へ上がり、元々着ていたローブだけを身に付ける。彼女の手には既に愛用の杖が握られており、敵の迎撃の為の魔法も何時でも放つことが出来るように準備していた。
「魔法が来ます!」
ソフィーがいち早く察知して声を掛けた時、二人の耳には同じ人物の焦ったような声がした。
「あの!すいません。こちらは特に危害を加えるつもりはありませんので、武器をお納めいただけないでしょうか。」
相手の魔法は精霊を利用した思念伝達の魔法だった。高度な魔法で、半人前が行えば雑音ばかりでとても音が拾えない。
しかしその声はよくとおる。鈴の音を鳴らしたような美しい声だと二人は思った。そしてこの術者がかなりの腕前と特異能力を持っていることも理解した。
「へえ、精霊魔法か。珍しいね。」
エレインは警戒をあっさりと解いて服を着だした。ソフィーは未だに緊張を解いていない。
「精霊魔法・・初めて見ました。いや、聞きました。確か、かなり希少な能力ですよね?」
ソフィーは隣のエレインに意見を求める。
「うん、アルバート王国にもいるのかな?分からないけど、私は初めて会ったかな。もしかしたら、お隣の国の有名なお姫様かもね。」
さっと着替え終わった彼女は、泉の対岸を見ている。
「先程はお騒がせいたしました。」
そう言って対岸から歩いてきたのは二人の女性だった。ソフィーは彼女等を知らなかったが、エレインは二人のうち一人は顔を知っていた。
「初めまして、ロラン王国のアイリス・フォン・グリーンフィールド王女様。私は武神兵団より参りましたエレイン・ランドと申します。こちらは同じ団員のソルフェージュ・シュランです。以後お見知りおきを。」
そう言いながら、エレインは恭しい仕草で頭を下げた。
「い、いえ!頭をお上げ下さい!エレイン様とソルフェージュ様ですね。私は先程申されました通り、ロランのアイリスと申します。今回は急な呼び掛けにも関わらず、足を運んで頂き有難う御座います。」
丁寧な物腰でこちらも頭を下げる。
「あ、申し遅れました。この者は私の供でレイア・サラスと申します。」
シェラの横でレイアが深々と頭を下げる。
それに応じてエレインとソフィーもお辞儀をして取り敢えずの自己紹介は済ました。
「私共の供をこの先で待たせております。、宜しければこのまま一緒に来ていただき、件の村へと参りましょうか。」
そう言ってエレインはアイリスとレイアをアキラが待つ場所まで案内する。彼女等がロラン王国の使者だとは確認しなくても分かっている。そして道すがらソフィーがアイリスに話し掛けた。
「でも姫様。アタシ達のこと簡単に信用して下さったけど、いいんですか?」
「いい、とは警戒しなくていいのか?ということですか?」
「そうです。アタシ達が姫の命を狙う刺客なら、もう既に殺られちゃってますよ?」
「こら、姫様に失礼なこと言うんじゃない。」
横でソフィーをたしなめるエレイン。当のアイリスは微笑みながら気にしたふうも無いが、彼女の護衛のレイアは鋭い目付きでソフィーを見ている。
「貴女方が危険な方ではないということは、精霊が教えてくれました。」
「えっ、精霊魔法ってそんなこと分かるの?」
「ええ、この世の有りとあらゆる事象を教えてくれます。まあ、精霊達は気まぐれでいたずらっ子な者もいるのですが。」
「へえー、毎回そのポテンシャルを発揮する事は出来ないかもということですね。」
「そう!その認識が正しいと思います。」
等とやや砕けてきたソフィーとアイリスは楽しげに話しながらアキラの元に辿り着いた。
「アキラ。こちらは今回の協力者のアイリス・フォン・グリーンフィールド王女様とお供のレイアさん。このお方はロラン王国の第二王女様だから、くれぐれも失礼の無いように!・・・嫌らしいことするなよ?」
先程まで朗らかに笑っていたアイリスの顔が紅潮する。アキラはというと、全然変わってない。
「初めまして、私は武神兵団のアキラと申します。今回はよろしくお願いします。」
失礼にならないようにやや気を付けて会釈するアキラ。対するアイリスは何やら固まっていた。
「・・・姫様?」
隣で不思議に思ったレイアが話し掛けると、ハッと我を取り戻し、ガバッと勢いよく頭を下げる。
「し、失礼しました!私がロランのアイリスと申します!どうぞ御近づきのしるしにアイリスとお呼びください。」
「はあ。」
やや気圧された格好のアキラに、ソフィーが声を潜ませて話し掛ける。
「あんたがよっぽど珍妙な顔してるから、アイちゃんビックリしたんだよきっと。」
「余計なお世話だチンクシャ野郎。」
「なにおう!」
ソフィーがアキラに声をあげたところで、正面から恐る恐るといった体の声がした。
「す、すいません。失礼な言い方だと言われるかもしれませんが、珍しい色彩だと思いまして。」
「は?色彩?・・・ああ、黒い髪と黒い目はあんまりいませんもんね。」
アキラはそんなことを言われても全く気にしない。昔からこの髪と目の色については散々言われてきた。場所によっては不吉だと罵倒する者もいたが、今ではそんなことはどうでもいいと理解している。見た目がどうとかよりも、何が出来る、何をするのかということが大切だと、過去罵倒された言葉以上に、武神から嫌というほど教えられている。
しかし、彼女の言ってる色とは、単純な見た目の色とは違った。
「いえ、それだけ真っ直ぐで美しい漆黒のオーラ、今まで見たことがありません。その深奥が覗けない深い黒の中に、揺るぎ無い美しい意思を感じます。」
「へ?揺るぎ無い意思?そんな事わかるの?」
疑問の声を出したのはエレインだ。彼女等高等術士ならば、他人のオーラを見るのは当たり前で、それが相手の潜在能力を窺うのにも役立つ。
だが、その詳細は分からない。相手の感情の起伏や、その心底、性格など自らのオーラはその全てを写し出すが、それを見極められるのは、真に達人の域に達したほんの極僅かだろう。
「すごい!アイちゃんそんな事分かるの!」
自分の事のように喜ぶソフィー、もう彼女の王女の呼び方がちゃんになっている事に、護衛のレイアの目がぴくんとつり上がった気がした。
「ですがアイリス様、一つだけ申させていただきます。」
これはエレインだ。ことさら彼女は丁寧な口調にしてみせた。そして
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