国助く禍津剣

dada

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 メフィストの眉間に真っ直ぐ飛んできた矢は彼の眼前で消失し、彼の後ろの壁に勢いよく突き刺さった。まるで彼の頭を通り抜けていったようでもある。
 「我が子孫よ。いささか失礼ではないか?未だこの者達との会話の途中である。」
 メフィストの眼は矢を放ったロラン王国のウィルに向けられていた。
 「黙れ亡霊。貴様のような大罪人を今まで野放しにしていたのがそもそもの過ちだったのだ。」
 そう言って横にいる姉のレイアに目配せをする。彼女は自らの剣にオドを込めて石畳に突き刺した。
 そして術の発動が始まる。塔の壁面に夥しい植物の蔓や葉や苔が生い茂り始め、瞬く間に一面緑一色になった。まるで森の中のようだ。
 「おお、それは宝剣ウッドストックではないか。懐かしい、グリーンフィールドの名の由来ともなった緑の結界か。」
 メフィストはまたも懐かしむように辺り一面を見渡していた。
 「この中では我らの魔力は数倍に跳ね上がる。終わりだ、亡霊!」
 ウィルは力一杯弓矢を引く。その弓に先程とは比べ物にならない力が漲っているのをアキラ達は感じ取った。
 その矢は竜巻のような荒れ狂う風を纏いながらメフィストに高速で迫る。メフィストはそれを興味無さげに見詰めていたが、眼前にきた刹那の瞬間、ただ指をぱちんと鳴らした。すると先程と同じように矢は消え去り、今度は塔の外で放出され彼方へと飛んでいく。
 「な、何をした!二度も私の術をかわすなどありえん。」
 驚愕の表情で次の矢を放つウィル。それぞれ火を込めたり、雷を込めたり、水毒を込めるのだがその悉くをかわされる。
 「はあ、で結局、あの人は敵なんですか?」
 いいかげん、横で空回りしているウィルを見ているのが鬱陶しくなってきたアキラが口を開いた。彼にとって大切なのはそれだけだ。
 「そうです。奴があの村を襲った魔物というので間違いは無いと思います。」
 アキラの問い掛けには剣を石畳に突き刺したままのレイアが答えた。彼女の顔は結界の維持で生命力を使い続けているのでだんだんと弱り蒼白になっている。
 彼女を横目で見ながらアキラはメフィストに声を掛けた。 
 「あんたがここの近くの村を襲ったのか?もしそうなら何のために?」
 メフィストもウィルの攻撃に飽きたのかもう一度指を鳴らした。するとウィルの足下の石畳が突然凹み、彼は何かに押さえつけられるように地面にへたり込んでしまう。
 「・・・・近くの村、・・・ああ、思い出した。確かに先日、この塔の近場の人間の集落にお邪魔したな。」
 そうだ思い出したと言わんばかりのメフィストの仕草だが、
 「そこの人間に何かしたか?」
 アキラは尚問い掛ける。
 「ああ、私は長年魔法の研究をしていてな。その材料がどうしても足らなかったのでそこの人間達に用立ててもらったのだった。」
 「材料って何?」
 エレインは冷ややかな声で聞いた。アキラよりもエレインの方が年上だが感情を抑えるのは上手くない。
 「人間の生命力の根元だ。心の臓である。」
 言った瞬間、メフィスト目掛けて鋭く尖った氷塊が飛んでいく。それはまたしても彼の眼前で消える。
 「糞ヤロー・・・あんたはここで殺してやる。」
 氷を放ったのはソフィーだ。彼女は塔の頂上まで来るのにかなりオドを消耗したが、その力はまだ余力を残している。彼女の横ではアイリスが告げられた真実にショックを受けていたが、今は毅然とした顔でメフィストを睨み付けていた。
 「何をそんなに怒っている?たかが百年も生きていない生物なぞ、そのうちまた増えるであろう?私にとってはあっという間の出来事よ。」
 メフィストは本気で彼女の怒りの原因がわからないらしい。純粋な仕草で首をかしげている。
 「あんたの何百年の人生なんてあたし達は知らないのよ。あの村の人にもそんな事は関係なかったの。ただ一方的に虐殺されたのが只一つの事実だわ。」
 エレインが静かな怒りを煮えたぎらせながら口を開いた。彼女の周りでは暴風が吹いていた。
 既にレイアが張っていたウッドストックの結界は消え去り、ウィルもメフィストから受けていた圧迫の魔法からは解放されている。
 その空間には高濃度の魔力の風が吹き荒れているだけだ。
 「ほう、・・・いいだろう、久しぶりに術比べに興じるのもまた一興である。」
 メフィストは楽しそうに口許を緩ませながら手を目の前に伸ばした。
 突如彼の目の前で幾つもの小さな黒い球体が出来上がる。それは空中を漂いながらゆっくりとエレインに近づいていく。
 エレインが杖を振った。その球体目掛けて疾風の刃が襲いかかる。すると刃と球体が接触した瞬間、二つの魔法は消え去った。
 「やはり空間魔法か、その球に触れたら、何処かに転移させられるみたいね。さっきからやっている曲芸みたいなのも、これの応用でしょうね。」
 エレインは冷静な表情で淡々と口にした。
 「おお!これを見抜くとは、なかなかやるな。だがそれが分かるなら、この数をどう凌ぐ?」
 メフィストが指を鳴らした。すると一斉に球体がエレイン目掛けて飛んでいく。
 エレインは杖を頭上で回した。すると彼女の周りの烈風が竜巻に代わり、黒い球体を飲み込んでいく。その風は全ての球体が触れあわないように完璧にコントロールされ、全ての球体が竜巻により中央に同時に集まる。すると竜巻と球体は合わさり一瞬で全て消え去った。
 「お見事!あのように強力な風を操るだけではなく、精密な支配を遂行するなど、ここ二百年でも見たことが無いぞ。」
 愉快そうにメフィストが手を叩く。
 「・・・思い出した。ロラン王国の古の賢者。悪魔と契約して人を捨てた狂人。多くの国民を殺した大罪人。あんた物語に出てくる化物だったんだ。」
 嘲笑の笑みでエレインは口を開いた。彼女の整った美貌で微笑まれると男ならば心奪われる者が多いだろうが、それが人ではなく、尚且つ何千年も生きている化物にとっては彼女の瞳の奥の嘲る様な色を敏感に感じとる。
 「・・・貴様、魔術の深淵に辿り着こうとしているこの私を、化物と呼ぶか。」
 「永いこと生きてる化石のようなもんでしょ?所詮あんたなんてさ。」
 メフィストは押し黙り目を閉じていたが、やがてその絢爛とした真紅の瞳を開いた。
 「いいだろう、貴様はこの私の魔術によって死ねることを感謝しながら果てるがいい!」
 メフィストは言うやいなや両の手を打ち鳴らした。するとエレインとメフィストを黒い空間が取り囲む。それは一瞬で二人を包み込んでアキラ達から見えなくなってしまった。
 「アキラさん!これは・・・」
 焦った様にアイリスがアキラに詰め寄る。
 「結界か、それかどっかに二人で転移してるのか。じきに帰ってくると思いますよ。」
 アキラは落ち着いたもので、アイリスにしては珍しく腹をたててしまう。
 「何を悠長なことを言ってるんですか!相手は物語の怪物なんです!早く助けに行かないとエレインさんが殺されてしまいます。」
 必死な彼女を見てもアキラの態度は変わらない。
 「て言ってもこっちからはなにも出来ませんし、あいつらが帰ってくるのを待つしかないでしょ。」
 そう言ってアキラは抜いていた両腰の短刀を鞘に戻した。


 
 
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