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二話 牢をいでて
しおりを挟む牢を出され、あれよあれよと言う間に、灯は湯殿に連れられていた。
滅多なことでは足踏み入れること叶わなかった王城に、囚われの身で湯を借りることになるとはな……。
灯は苦笑する。
薄汚れた肌を湯にふやかされ、美しい女官たちに磨かれるのはたいそうきまりが悪かった。このようなことは、自分もそれなりの男ぶりで経験したかった。
とはいえ、灯も戦で何度も行軍を経験している。裸になることも、汚れた姿をさらすことも慣れている。いっときの羞恥を追いやり、湯気ののぼる天井を眺めていた。
――まさか、白さまが王になられたとは。
才気の面ではなにも不可思議ではない。だが、あの方が玉座につくにはあまりに障害が多すぎた。
よほど苦労をなされたはずだ。
それもまさか百年で成し遂げるとは。たいそう、立派になられた。
記憶の中の、小さく儚げな少年を思い返す。
そして先に、自分の前に立った青年を。
――兄さん。変わらぬ呼び名で、私を呼んだ。
着ていた羽織を脱いで、腕で包むようにして、自分に着せた。やわらかな濡羽色の髪が、高貴な香が、灯をまとった。周囲のどよめきや諌めも聞かず、白はしかと灯を抱きしめていた。
やっとお助けできます、白は言った。
よもや、と思う。それはあまりに僭越な推測である。
しかし、白さまは誠に義理堅く、感じやすい気質のお方だった。あのようなこととなり、ずっとお心を痛め、思い詰めていらしたのかもしれない。
あの方に、曇りなき道を歩いてほしかったのに、かえって重荷となったか……。
思いながらも、それすら僭越なことと、打ち消した。
磨き上げられ、寒いほどに、体がこざっぱりした。礼を言ったのもつかの間、女官たちが香油を持ってきたには閉口した。
「主の前においでになるのですから」
灯の固辞にも動ぜず、香油を指にまとい圧してきた。女子や権力者というものは、こういう無自覚の勝ち気さがある。力ではまったく敵わぬ男相手にも、自身が優位であると感ずれば、何もせずとも言うことを聞かせられると思っている。
灯のことをむしろ無礼者だと言う顔で、言うことを聞けと促してきた。そしてそれは遺憾ながら事実である。
聞くしかあるまい。灯も己の立場を鑑みて、彼女らに身を預けた。
彼女らは、一種の高揚と怒りをもって、灯を整えた。
全身に香油をすりこむと、上物の夜着を着せた。
髪をすき、結い上げると、かんざしを挿す。
目と唇に紅をさし、仕上げとすると、灯の手を引き、一室へと通した。暗いなかにも品のいい閨である。闇に溶けた紅が、蝋燭の火に照らされ艶やかである。
女官の中でもっとも上役であろうものが、火をともし、窓の外にかかげた。
「主がおいでになります」
そう言って彼女らはしずしずと退室した。
灯はこの空気にはいささか参ったが、足を崩すこともできず、じっと座っていた。
このような扱いをされるは本意ではない。しかし、こうして救い出された恩がある。まして、あの方ともなれば。
私にはやはり、まっとうな道は残されてはいなかったか。王に外に出されたとあれば、閨に侍るものと扱われる。そのような身分であるか。
仕方のないこととは言え、ややむなしい心地がした。
白さまとて、私がこのように待っていても閉口だろうに。もっとも気が塞がるのはそこかもしれない。
守るべき、かわいいお方と思っていた方に、妾のような姿を見られるのは、とことん落ちぶれた気がする。
とはいえ、暴れるはもっと醜い。
なにも感じていないかのごとく振る舞う他、灯は矜持を守るすべを持たなかった。
白がやってきたのはそれからしばらくしてのことだった。
襖が幾度となく開く音がしたかと思えば、供を連れた白が入ってきた。
もっとも遺憾なことに、供は金輪であった。
当然ではある。自分を相手に閨の控えをするならば、強くなくてはならぬ。
苦虫を噛み潰した顔をしそうになるのを必死に抑え、灯は平静を装った。向こうもそうであったようで、愉快と不愉快の混じった色を、瞳の奥に押し込めていた。
白は、入口に立ったままに、動かなかった。赤の瞳を僅かに瞠らせ、灯を見下ろしていた。火に照らされた顔は白くゆらゆらと美しい。
灯にとっては、痛い沈黙である。目をそらすこともできずに、じっと見上げていた。
「――金輪」
白が口を開いた。静かな、低い声であった。
金輪が返事するよりも早く、白は金輪の頬を撃ち飛ばしていた。
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