4 / 5
四話 宴と盃
しおりを挟む宴が始まった。
「兄さん、どうぞごゆるりと」
白はほほ笑んだ。華やいだ宴席の上座にて、ゆったりとくつろいでいた。
隣に、灯を座らせて。
これは、とんでもないことだな。
灯は、表向きは平然とした素振りを保ちながら、困惑していた。罪人と王が隣に座ることがあっていいものか。白は侍らせるわけでもなく、ただ自らと同じ上座を灯に与えた。
これには灯も固辞したが、「兄さんを下座に置く気はない」と、自らも灯とともに下座に座ろうとしたので、折れるしかなかった。
もとより、白さまは私より高い身分のかた。上座に座るのが正しいのに。
そこまで考えて、この方が、じっと耐えてきた辛酸を思い出した。
王族と言うに、兄上と同じ座にはけしてつくことが許されなかった。
宴席の外に、いつも控えさせられていた。彼の母君と――。
妖しいほどに艶やかな舞を見ながらも、ずっと灯は隣の白に気をとられていた。
立派になられた。
ならばこそ、こういうときに上座に座り、自分などとははっきり序列をつけるが正しいと思う。
しかし、白さまはこうと決めたら動かぬところのある方だった。
かつて、白さまと彼の母君に、紅蓮さまの命で、金輪さまとともに御酒を差し入れたときがあった。
白さまは、頑なに飲まなかった。しかし凍える母のために、「毒見をせよ」とはっきり言った。
このような目にあっても、この方は王族だと、頼もしく思ったものだ。
怒る兄役をなだめ、灯は酒を毒見した。そうして、彼の母に差し出した。
あの時の白の、垣間見せたあどけない表情が懐かしい。
そうか、白さまは元より立派なお方だったな。
思い直した灯は、眼の前の贅と趣向をこらした美しいご馳走を眺める。いっそ作り物のように出来すぎたそれは、自分の百年ぶりの食事としては、あまりに尽くされている。
表から肉汁に潤うようなやわらかな焼き鯛の身をほぐし口に含んだ。新鮮な肉と海の味がする。
それは、灯に食欲というものを思い出させた。
これが、立派な宴席で、白の隣でなくば、理性を失っていたかもしれない。
それほどの欲求を引きずり出した。抑えてゆるりと箸を運ぶのは、幸福な拷問である。
白は鬼たちの振る舞いを見ながら、灯の様子を見やる。自分が不快なく過ごしているか見ているのだな、とありがたく思う。
こせこせしたところのない、文句のない振る舞いであったので、灯は彼の栄華をよろこぶだけにすんだ。
「兄さん、盃を」
白は灯に酒を差し出した。紅の盃に、酒がなみなみと注がれ、光をうけ揺らめいている。
灯はありがたく頂戴し、盃を干した。
体の芯に、酒の熱と白の厚情が灯った。
◇
時をはからい、白は皆を下がらせ、灯と二人となった。
燭台の火のみが、辺りを照らしている。白の顔は美しく幽かだった。
灯は、酒を灯に注いだ。白は、静かに笑って、それを返してきた。灯は恐縮したが、もう驚かなかった。
この方は、私の名誉を取り戻そうとしているのだ。
ただそれが光栄で、有り難かった。
どこまでも純粋なお方だ。
ならば、この方の気の済むように、今日だけは。灯は決めた。どうせ今、この方と自分の二人しかおらぬ。
「兄さんとこうして酒を酌み交わすことが、ぼくの夢でした」
「もったいなきお言葉です」
「どうですか? 兄さんから見て」
そう言って白は向き直り胸を張ってみせた。
「ぼくは立派になりましたか」
赤の瞳が期待に満ちる。あまりに無邪気な様子に、灯は笑う。なんといつまでも、可愛らしいお方であることか。
「はい。とてもご立派になられました」
「本当ですか」
「もちろんですとも」
頬を赤らめて、白は笑った。あどけない。白の笑みは、灯の胸をくすぐるような感覚を与えた。それは充足というものであった。
百年前の、私の決断は間違ってはいなかった。
この方には、厳しい道を歩ませたかもしれないが、今このお姿を見ると、それも肯定できる気がした。白の顔もまた、そう言っていた。
灯は干した盃を起き、手をつくと深々と頭を下げた。
「白さま。誠に、ご立派になられました」
「兄さん」
慌てて自分を起こそうとする白をとどめて、続けた。
「こうしてご厚情を賜り、身に余る光栄です」
「兄さん……」
灯の手が震えているのに、白は気付いたらしい。滑らかな手を重ね合わせると、ぎゅっと握った。
「当たり前やないですか。兄さんがいなかったら今のぼくはおりません」
白の声は、感情的に震えていた。
「もったいなきお言葉」
「ほんとうです。兄さん、ずっとあなたに尽くしてきてもろて、ぼくがあるんです」
灯の手を胸に引き寄せ、灯の顔を上げさせた。白の赤い瞳が、蝋燭の揺れる火を映している。
「この百年、地獄のようでした」
「白さま」
「身勝手でしょう。誇り高い兄さんを、ぼくが地獄に落としたというのに」
苦しげに顰められた眉に、灯もまた、痛みを覚える。それほどに、白の表情は痛ましかった。
「兄さんに、会いとうて」
灯は目を見開く。
「会いとうて……会いとうて。仕方なかった」
白の腕が、灯を掻き抱いた。いとも容易く腰を引き寄せられ、彼の成長を感じた。
灯は、震える白の背に、そっと手を添えてやった。
「苦しくて……ずっと狂おしうて。兄さん」
震える声を、ただ灯は、受け止めた。
この激情を受け止めるのは、自分のつとめだと思った。
それが、この人をひとり、修羅の道にやった自分の責任だ。
「よく、おつとめになられました」
「兄さん」
「帰ってまいりました。あなたのもとに」
「兄さん……!」
白が、灯の体を倒した。両の上腕をつかみ、じっと見下ろしてくる赤の瞳を、まっすぐに見返して微笑した。そっとその白き頬に手をやる。悲しいほどに冷たく、灯の手に吸い付いた。
「あなたのおかげです。ありがとうございます」
白が、肩口に身を寄せるように縋ってきた。体にかかる重みの違いに、百年の年数を思う。
ずっと変わらない。優しく、可愛いお方。
かつての幼い香が、ふと匂い立つように思い出される。
「兄さん」
無邪気に甘えてきた。まだ何も背負わない、やさしいかた。
灯は目を閉じ、ずっと背を撫で続けた。
「もういいのです」と繰り返して。
10
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
ヤリチン伯爵令息は年下わんこに囚われ首輪をつけられる
桃瀬さら
BL
「僕のモノになってください」
首輪を持った少年はレオンに首輪をつけた。
レオンは人に誇れるような人生を送ってはこなかった。だからといって、誰かに狙われるようないわれもない。
ストーカーに悩まされていたレある日、ローブを着た不審な人物に出会う。
逃げるローブの人物を追いかけていると、レオンは気絶させられ誘拐されてしまう。
マルセルと名乗った少年はレオンを閉じ込め、痛めつけるでもなくただ日々を過ごすだけ。
そんな毎日にいつしかレオンは安らぎを覚え、純粋なマルセルに毒されていく。
近づいては離れる猫のようなマルセル×囚われるレオン
隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する
知世
BL
大輝は悩んでいた。
完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。
自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは?
自分は聖の邪魔なのでは?
ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。
幼なじみ離れをしよう、と。
一方で、聖もまた、悩んでいた。
彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。
自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。
心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。
大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。
だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。
それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。
小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました)
受けと攻め、交互に視点が変わります。
受けは現在、攻めは過去から現在の話です。
拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
宜しくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる