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38.極限の末に選ぶもの

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 ディートリヒ卿に引き寄せられたことで、図書室の中でも薄暗い場所に身を隠すことに成功した。

(……ち、近すぎる!)

 非常事態とはいえ、ディートリヒ卿の腕の中にすっぽりと収まってしまった私は、静かに呼吸を整えて、鼓動が早まるのをどうにかしようとしていた。

「何か良くないことが起こっているのは、間違いなさそうですね」

 少し離れた場所から微かに聞こえてきたルキウスの声で、緊張をしている場合ではないことを再認識させられる。

(……間違いない、この声はルキウス。神殿ではどう過ごしてるのか知らなかったけど、さすがに猫被ってるんだな)

 そんなことを考えていると、ディートリヒ卿が右手を動かしてジェスチャーをした。

(あ、書くものがほしいのね)

 ルキウスの声がこちらに聞こえるということは、私達が今喋れば存在にバレてしまう可能性が高い。

 というわけで、私達は細心の注意を払って、静かに筆談をすることにした。

『調べものはお済みですか?』
『はい』
(本当はまだまだ本を読みたいところだけど、今はそんな悠長なことは言ってられない)

 幸いにも収穫はあった。それに、これ以上調べることよりも、ルキウスに見つかることを避ける方が重要だと断言できる。

『では、脱出を図ります』
『わかりました』

 筆談は、お互いの表情で伝えられない部分を補いながら行った。
 脱出すると言えど、今の状況が喜ばしくないことはわかる。

『どうしましょう?』
『作戦があります』

 不安げに手を動かした私に対して、ディートリヒ卿は力強い眼差しと柔らかな微笑みで、安心をさせてくれた。

『先程、私達以外にも物好きな怖いもの知らずがいるとお伝えしましたよね』
『はい』
『その方を少々利用させていただきます』

 ディートリヒ卿の作戦としては、まずはその物好きさんの方へルキウスの意識を向けさせる。その隙に急いで図書室から出る、というものだった。

『陽動作戦というわけです』
『なるほど、簡潔でわかりやすかったです』
『よかった』

 ただ少し、責任を押し付ける形になる物好きさんには申し訳なさを抱いた。だが物好きさんも規律を破っている身と考えると、悪いことをしているので、そこは割り切ることにした。

『私が動いて、物好きな方の方向へ大神官様の意識を向けます。その間、ルミエーラ様には、扉を目指していただきたいんです』
『わかりました』
『大神官様が扉から離れた隙に、扉をこっそりと開けてください。そのタイミングで合流します』
『それなら私にもできそうです』
『よかったです』

 作戦が決まると、さっそく私達は動き出した。

 まずはルキウスに気が付かれないように、素早く、けど静かに移動をした。

(ディートリヒ卿についていけばまずバレない……)
 
 さすが鍛えられた騎士というべきか、ルキウスの目を掻い潜る移動を、瞬時に判断して足を進めていた。

(けど、扉を開ける音はさすがに響いてしまうから)

 そのための陽動だと理解をしながら、扉の付近に到着した。

 ディートリヒ卿の目線から、作戦通りにという意図を感じ取って頷き合う。
 扉はルキウスの背後にある状態になっており、そのさらに奥の方に物好きさんはいた。

 そして、ディートリヒ卿が動き出して陽動を始める。具体的には、物好きさん付近で本を落としてわざと音を立てた。

「誰ですか!」

 ルキウスの鋭い声が図書室に響き渡る。

 そして、彼は音のした方向へと進み始めた。振り向いて扉を通過すると、再び扉に背を向けることになった。

 ディートリヒ卿は、先程以上に気を配って扉に戻ってこなければならない状況で、なかなか簡単には行かなさそうだった。

(今だよね、急げ!)

 自分をそう言って動かすと、急いでけどなるべく音を立てずに扉に手を掛けた。

(……え?)

 まさかの事態。予想などまるでしなかったことが起こった。

(扉が……開かない)

 まさかの内側からも鍵が掛けられる構造だったのか、私の力では開けることができなかった。

(どうしよう……)

 その途端に焦りと不安が一気に込み上げる。

 今、ルキウスにここにいることが知られてしまえば、恐らく良いことは何もない。それどころか、問い詰められて罰が下されるのは明らかなことだった。

(待って……本当にどうしたらいいの?)

 絶望とはこのことを指すはずなのに、何故か頭はどうにかしようと動いていた。

「神官、そこで何をしているのですか」
「だ、大神官様っ!」

 その瞬間、ルキウスが物好きさんこと神官を見つけて、問いただし始めた。図書室内に二人の声が響いていく。

 その間必死に頭を働かせていた私が、不安と焦りの極限状態で出した結論は、あまりにも衝動的なものだった。

 ギュット目を瞑って、小さく深呼吸をすると、再び扉に手を伸ばした。

「お願い、開いて」

 そつポツリと、扉に向けて呟いた。

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