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58.世話係の選択

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 私達は、祝祭前日にサミュエルの元を訪れるために教会を出ることを決めた。バートンやソティカ等の、他人の目はいっそのこと気にしなくていい。最悪、また戻ってしまうから。私達にとってそれ以上に大切なのは、止まっている時間を動かすことだから。
  
 そう考えれば、たとえバレても問題ないと思っていた。

 約束を交わした夜の後は、向かえられない祝祭の準備を急いでいた。といっても、通常業務と比べて大して変わるものではなかった。教会に来るよう言われていたことなど忘れるくらい、音沙汰はなかった。
 
 いつもと比べて変化したことと言えば、朝の祈りを真面目に行うようになったくらいだ。

(まさかちゃんと祈れば、レビノレアの声が聞こえるだなんて思いもしなかったけど)

 神への敬意を持って純粋な気持ちで祈れば、何故か朝からレビノレアの声が聞こえてきたのだ。といっても、祈れる時間は限られているので、ちょっとした言葉しか聞けないが。

「朝は食べたのか」
「無理はしていないな」
「サミュエルは危険だ、十分に気を付けてくれ」

 まるで母のように、心配する声が時間の限り降ってきた。これに関しては神託に類似するものなのか、レビノレアの言葉を受け取るのみという一方通行しかできなかった。

(……思ってたよりレビノレアは心配性なのかもしれない)

 酷く嫌っていた頃の自分では想像つかないほど、今では普通に接することができていた。そんなありがたい声を聞き続ければ、いつの間にか祝祭前日の朝がやってきた。

 いつものようにソティカに身だしなみを整えてもらっていた。

(この後、バートンにだけ一言告げてサミュエルの元に行く予定。……ちゃんと説明できないのがもどかしいけど、これは決して信じてもらえる話じゃないから)

 なんだかんだで、毎回私によくしてくれた神官長バートン。見飽きるほど顔を会わせたつもりなのは私だけで、彼からすればまだこの人生は一回目なのだ。

 きちんと説明すれば理解してくれる可能性は大きい。というか、してくれる。でも、それはバートンの精神的負担になってしまうから。無駄に苦労をかける必要はないと思った私は、毎回言わない選択肢を取ってきた。

 それは今回も同じになる。

「……聖女様」
(ん?)

 ソティカが、どこか申し訳なさそうな声色で私を呼んだ。

「……お気付きになられなかったので、お伝えします。……お召し物をご確認ください」
(……いつもの業務用の服じゃない。これは)
「はい。本日大神官様がお迎えにこられます。聖女様は明日の祝祭に出席予定ですので」
(気付かなかった……この服は、私がルキウスと会ってる時の正装だ)

 でも、この服の方が都合が良いかもしれない。業務服と比べて、少し丈の短い正装は、歩きやすい服装だった。

(こっちの方が馬に乗りやすいかも)

 じっと見つめながらそんなことを考えていると、ソティカは静かに告げた。

「この後神官長様から知らされると思います。……少し先に知ったところで、とはなりますが」
(……)

 それが、ソティカなりの配慮なのだということがわかった。彼女の立場はルキウス直属の監視係。そんなソティカから小さくても情報をもらえたことが嬉しかった。

「……私は大神官様によってこちらに配属されました。それは変わりない事実です」
(……うん)
「……ですが私は、聖女様のことを応援したいです。長年傍にいれば、情というものは湧いて当然ですから」
(ソティカ……)

 そう告げると、ソティカは髪を綺麗にまとめて、丁寧にかつらをつけてくれた。

「私は決して、聖女様が本日どこかに出掛けられることなんて知りません。ですが、今日は何となく、こちらの髪色の方が似合うと判断いたしました」
(……まさかいつか話を聞いてたのかな)
「ご安心ください。本当に出掛ける事実しか存じ上げません。内容については何も。ですから大神官様の耳に届くこともありません」

 くるりと振り返って見上げれば、ソティカは泣き出しそうに、でも満足そうに微笑んだ。

「いってらっしゃいませ。どうか聖女様……ルミエーラ様に幸運が訪れますことを、祈っております」
(ありがとう、ソティカ)

 スッと立ち上がると、ソティカを優しく抱き締めた。感謝の気持ちを込めれば、その思いは届いたようだった。

「こちらをお持ちください。必ず移動中の役に立つかと」
(こんなに……! 本当にありがとうソティカ)

 ソティカの優しさに涙を流しそうになったが、ギリギリで堪えながら笑顔に変えた。

 そして見送られながら、部屋を後にするのだった。



◆◆◆


〈ソティカ視点〉

 聖女様はずっと、ご自身を知ろうとしていた。

 休暇をもらえば休むのではなく、図書室に足を運んで調べものをする日々。初めは聖女として神殿や教会について学ぼうとしているのだと勘違いをしながら眺めていた。

 ただ学ぶことが目的の人が、危険をおかしてまで神殿に来る理由などない。そう思い至った時、聖女様が読んでいる本を片っ端から思い出していった。

 神殿についての基礎知識、大神官と祝福、聖女に関する本、神聖力に関する本など。

 一見聖女として学んでいるのかとも思えるが、そう片付けるには違和感が残った。その違和感の正体を見つける日々が始まった訳だが、ある日スケッチブックに伏せて寝る聖女様を見つけた時に答えはわかった。

『喋れるようになりたい』

 そう書かれた文字を見つけた時、何となく点と点が繋がったのだ。

 聖女様といえば、類いまれないほどの神聖力を持っているとされるが、持っているだけで何もできないとしてお飾りにされた方だった。

(もし……聖女様が喋れるようになるために、努力をしているのなら……私は)

 事実かはわからないが、本筋を大きくはズレていないと思った。聖女様の努力と想いは見ているだけで、私の心を動かす力があった。

 そして今日、私は初めて役目を放棄し聖女様の助けになれば良いと行動した。

(……不思議。何一つ後悔はないわ)

 本当なら罪悪感を抱かなければいけないのに、私の心は晴れやかなものだった。

 
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