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66.運命を打ち破る者

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 サミュエルの言い残した言葉通り、アルフォンスと会うことなく生誕祭は幕を閉じた。

(……ルキウスがいない。それはつまり、ソティカもいないということ)

 混乱と困惑を抱えながら自室に戻る。そして扉の前で立ち止まると、中に人の気配があるかどうか確認する。今回はサミュエルが用意した世話係がいるのだが、どうやら私は苦手のようだった。

(……ソティカと比べて年齢がかなり近いのよね。その上年下だし)

 サミュエルは言葉通り監視の目を強くしていたが、世話係に関しては恐ろしいほど手を抜いていた。適任とは到底思えない人材を世話係によこした結果、まるで仕事をしない人物で、自分で全てをやることになっていた。

(面倒だって何もしないくせに、私のことは監視したがるのよね。本当にたちが悪い)

 そうっと扉を開けば、世話係の姿は見えなかった。キョロキョロと辺りを慎重に見渡しながら、物音を立てずに静かに部屋の中へと入った。

(……よかった、いないみたい。)

 サボり魔の世話係は、とっくに仕事を切り上げて自室に行ったみたいだ。
 安堵のため息をつくと、一人着替えと食事をどうにか済ませてベッドへ横になった。

(どうすれば、アルフォンスに会えるかな)

 何をするにも必要不可欠だった彼の存在を思い浮かべながら、自分の無力さをひしひしと感じ取る。

(何か知りたいという時でさえ、アルフォンスの力なしで知ることはなかった。……私一人では、本当に無力だわ)

 寂しさと苦しさが胸の中でせめぎ合いながら、涙を誘った。それでも泣くことは聖女としての矜持が許さず、ぐっとこらえた。

(……悩んでも仕方ないわ。これからは本当の意味で、一人でどうにか太刀打ちできるように、死に物狂いで努力しないといけないのだから)

 サミュエルには言葉が届かない。確かにこれは致命的ではあるものの、まだ他の打開策があるはず。そう思うと、勢いよく起き上がる。

(寝ている暇なんてない。まずは記憶を整理しきって策を考えるのよ)

 そう心に決めると、明かりを提灯に灯して机に向かった。適当に紙が余っているスケッチブックを抜き出すと、手を動かした。

(生誕祭の後起こった大きな出来事と言えば、やはり第二王子と対面すること)

 そう文字起こしをしてピタリと手が止まった。

(……でも待って。私、バートンからもサミュエルからも、お見合いの解禁話は聞いてないわ)

 元々は、解禁されたことで降りかかった難題だった。だが今回は、幸か不幸か未だに婚約お断りの状況だったのだ。

(……そうか。私と奥様であるクロエさんの運命を交換した時、聖女となったクロエさんと結婚するのなら、今も聖女に婚約者はいない方がいいものね)

 納得しながらも、先の見えない未来に強い不安を感じ始めた。

(そもそもサミュエルが大神官を続けていることで、いつもの回帰とは大きく異なってくるものがあるでしょうから)

 その証拠に、親しかった世話係ではなくなり、最愛の剣には出会うことすら許されなかった。サミュエルの言う通り、今回アルフォンスと出会えることはないのかもしれない。それが私の運命だと決めつけんばかりに、冷たい声でそう言葉を残していた。

(でもねサミュエル。運命に抗うという専売特許は貴方だけのものじゃないのよ)

 祝福が嫌で、欠陥チートとおさらばしたくて、何度も運命を変えようとした。サミュエルとは違うやり方で、私は自分の運命を変えようと動いてきたのだ。その信念は、サミュエルの思いと匹敵するともいえる。
 
 そして、祝福への思いが片付いている今、抗うべき運命は“アルフォンスに会えないこと”だった。

(絶対に覆してみせるわ)

 強く意気込むと、取り敢えずアルフォンスがいるであろう場所を考えていた。

(……アルフォンスが今回も神殿に所属して、聖騎士として仕事をしていると良いのだけど)

 今回が特に変則的であるため、もしかしたらアルフォンスがサミュエルによって解雇されているかもしれない。そして今回の記憶をたどっても、当然なことにアルフォンスはいなかった。

(どうやって情報を集めればいいかわからない……)

 神殿に行くことを考えるが、それが今の自分にはあまりにも無謀だと判断すると、二本線で消した。考えても名案が浮かばず、集中力が少し切れ始めた私は、何となくスケッチブックに手を伸ばした。

(……日常用のスケッチブック、か。あなたに会うのも何回目かしらね)

 懐かしさを感じながらページをめくれば、あるページで手を止めた。

(どうせ忘れるから気にしないで、か)

 その言葉は、かつても私が頻繁にアルフォンスに使っていたものだった。

(前回見たときは、初めてだと錯覚して何のことかまるで分らなかった)

 だけど、今見返せば、その言葉を書いた心境まで思い出せる。

(確か書いたのは、回帰に気が付いて三回目、くらいだったかな)

 そう思うと、文字に吸い込まれるように当時を思い出すのだった。

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