神嫌い聖女と溺愛騎士の攻防録~神様に欠陥チートを付与されました~

咲宮

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67.過去の回帰(三回目)

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 この世界が回帰するようになっていることに気が付いて、しかもそれが何度も繰り返されることに嫌気が差していた頃のお話。

 この頃は、まだ回帰に対する反発心や怒りが色濃く残っていた。

(何度も何度も繰り返してどういうつもりなのかしら?)

 あきれすぎて、自然とため息をつくことが多くなっていた。

(どういうわけか、回帰する事実を知っているのは私だけだし。他の人はまるで一回目だと言わんばかりに、気にせず暮らしてるわ)

 決してそれが気に食わないのではない。ただ、同じ業務を、同じ行事を、同じ食事をこなしているという感覚を自分しか感じていないことが、不平等でならなかったのだ。

(こちとら三回目よ。代わり映えのない、無意味な繰り返し。飽き飽きしてきたわ)

 全身からため息をつきたかったが、目の前にいる護衛騎士の存在を気にして静かに仕事をしていた。

 見慣れた書類を選別し、書き込むのに時間はかからず、あっという間に終えてしまった。

「お早いですね、聖女様」
『手伝いますよ』
「これは私の分ですから、聖女様はお休みになられてください」
(……私がやった方が早い気がする)

 何せその書類を目にするのは三回目だから。

 傲慢にもそう思っていたが、護衛騎士の仕事の早さは尋常ではなかった。

(凄いな。騎士なのに仕事が早い)

 感嘆しながら眺めていれば、いつの間にか彼も仕事を終えていた。

『お疲れ様です』
「お疲れ様です。……だいぶ早く終わってしまいましたね」
(本当だ)

 外を見ればまだ空は青く、日が落ちるのにはまだ数時間ありそうだった。休憩時間になり、自然と会話をする流れになった。

「聖女様はあまり感情の起伏が少ない方ですか?」
『どうしてですか?』
「その、あまり表情が変わられないので」
(あぁ……)

 少ない方ではなく、むしろ豊かな方だった。表情も人並み程度に変わる人間だった。
 ただ、あまりにも理不尽に感じるほどに繰り返される上に喋れないという現実が、私の感情をどんどんと薄めていったのだ。

(……疲れたからかもしれないな)

 といっても、それは私だけにしかわからない、私個人の事情に過ぎないので、ディートリヒ卿には申し訳ないことをしたなと思い始めた。

『ごめんなさい』
「なぜ謝罪をなさるのですか。聖女様が謝られる必要はないかと」
(……自分勝手な行動だったと思って謝ったけど、ディートリヒ卿が望んでたのは謝罪ではないのね)

 うーんと悩んでいると、彼の言葉の意図を探った。

(つまりはあれね。わかりにくいから、教えろってことかしら)

 自分なりに答えを見つけた私は手を動かして、ディートリヒ卿に見せた。表情を添えて。

『これは申し訳ないという表情です』
「…………」

 パチパチとディートリヒ卿の目蓋が動いて、ようやく自分が変なことをしていることに気が付いた。彼の反応を待たずに、そっとスケッチブックを回収すると、先程のページに戻した。

『ごめんなさい』
「いえ、突然のことで反応できませんてしたが、教えていただけるのならとても光栄です」
(おかしいことはおかしいって言って良いのよ、ディートリヒ卿)

 遠い目をしながら、ディートリヒ卿が気を遣ってくれたことを感じていた。そして思う。今までの回帰にはなかった、不思議なやり取り。これさえも、ディートリヒ卿は忘れてしまうのだと。

『どうせ忘れるから、気にしないで』

 そう書いて、手を止めてしまった。途端に虚しさが大きくなって、どうしようもない孤独感に襲われたのだ。パタリとスケッチブックを机に落とすと、沸き上がる悲しさに胸を痛めた。

(でも涙は出ないのね……)

 複雑な思いで下を見ていれば、文字に気が付いたディートリヒ卿が芯のある声で言葉を渡してくれた。

「聖女様、忘れませんよ。どんな表情も全て記憶に残します」
(…………)

 その温かな声に引かれて顔を上げた。その言葉には、どうしようもなくなった私の心を優しく包み込む力があった。

「ですから、教えていただけませんか?」
(…………うん)

 出なかった筈の涙が一筋流れると、それを見られないように小さく頷くのだった。

 流れた涙が消えると、私は事細かにディートリヒ卿に表情を教え始めるのだった。

◆◆◆


 過去の回帰を思い出しながら、笑みを浮かべた。
 
(結局……あの後何度回帰しても、アルフォンスだけは不思議と違った)

 驚くことに、三回目以降、意志疎通が簡単になったのだ。まるで覚えているとでも言うように、汲み取るのが上手になっていった。

 さすがに記憶を引き継いでいるわけではなくて、単純にアルフォンスの中に残る感覚が作用しているのだとは思うが。

(記憶を失っても、体はもしかしたら覚えているのかもしれないわね)

 私が忘れてしまった前回、アルフォンスに初めて出会った生誕祭の日に“あれ? この人に会ったことがある”という感覚が浮かんだのも、同じことが言える気がする。

 しかしアルフォンスは、その時に記憶を呼び起こそうとしなかった。

(……あの配慮は普通じゃできないわね、きっと)

 そう思いながら、あの日のアルフォンスの言葉を思い出した。

(教会に通っていたと言っていたけど、あれは嘘じゃないかしら。……神殿に勤める騎士が頻繁に王都まで帰れるはずないもの。いくら実家かあるといったってーー)

 その瞬間、重要なことに気が付いた。

(王都……そうだ、ディートリヒ侯爵家は王都にあるんだった)

 遠すぎる神殿は無理でも、ディートリヒ侯爵家なら行くことができるかもしれない。案を思い付くと、急ぎ計画をたて始めるのだった。
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