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71.再会した聖女と騎士

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 他の誰よりも聞いて、常に傍にあった声。だからこそわかる。声色が全く違うことが。他人をそっと気にする無機質な優しさが、却って胸を苦しめた。

 再会できて嬉しいはずの笑みは、誰に見られるわけもなく静かに消えていった。

 視線を前へと戻すと、アルフォンスと似た格好をした騎士が私を突き飛ばした男を追っていくのがわかった。

「すみません、大丈夫ですか?」

 返事がないことが気になったようで、アルフォンスから再び声をかけられた。声を出して言葉を返せるわけもないので、急ぎ自分の足でしっかりと立つ。くるりと後ろを向いて、何も言わずにペコリと頭を下げた。

 ローブを着ていたおかげで、アルフォンスに私の顔は見えてない。

「……大丈夫、みたいですね」

 その言葉に頷くと、アルフォンスは純粋な疑問を投げ掛けてきた。

「あの、もしや体調が優れませんか?」
(……ううん、大丈夫)

 少し間を空けながらも、首を横に振って否定する。

「それなら良いのですが」
(……本当は、今、聞かないといけないことがたくさんあるのに)

 上手く言葉にできない。引き止めて話したいことがたくさんあるのに、その感情が湧いてこない。

(忘れられてしまうのは、こんなに辛いことだったかな……)   

 アルフォンスの瞳に私は映っていない。そうわかった瞬間、胸が引き裂かれるような衝撃で埋まってしまったのだ。本当は言葉にしたかったこと、伝えたかったことがたくさんあったのに。

(……駄目よ、今泣いては)

 涙を流さないように何とか堪えながら、アルフォンスが更に話しかけるよりも前に、私がお辞儀をしてその場を急いで去った。

「あっ」

 引き止めてくれる。そんな期待はなかったが、実際に何の声もかけてもらえない現実が、私の胸を更に締め付けるのだった。

 焦り急いでいた私は、バックが軽くなったことに気が付くことはなかった。


◆◆◆

〈アルフォンス視点〉

 オルローテ王国には、騎士を輩出することで有名な騎士家が存在していた。

 王家に属する騎士を出す家、自身の領地を守るための騎士団を作る家、神殿に属する騎士を出す家など。

 ディートリヒ侯爵家は、王家というよりも王都を守る騎士団のある家として有名だった。

 若くしてその騎士団の団長になった私は、その責務と仕事を全うするため、日々を過ごしていた。

 王都の治安は悪過ぎるわけではないが、管理しないと乱れていく場所だった。その為にディートリヒ侯爵家の騎士団があるわけだが、仕事量は決して少なくなかった。

(……ここ数日は本当に忙しいな)

 その忙しい日が当たり前の日常になり、忙しない毎日を送っているというのに、どんなに頑張っても心が満たされることはなかった。

(何故こうも達成感を感じないんだ?)

 感情が希薄な人間ではない。むしろしっかりと動く部類の人間ではあるはずだ。そう思っているのに、胸はぽっかりと空いたままだった。

「団長、また追っかけの方々から手紙を預かってますよ」
「そうか、ありがとう」

 どんなに女性から手紙をもらっても、気持ちは一切動かなかった。手紙を読んでも、何故か違和感を感じるだけで喜ぶことは少しもなかった。

(……違う。何かが違うんだ)

 違和感の正体を見つけることはできないまま、仕事をこなす日が続いた。

 そんなある日、悪質な盗人の報せを受けて現場へと向かった。

「団長、アイツです!」

 団員の騎士が急ぎ男を追うものの、その道中で男が誰かを突き飛ばした。その誰かはローブ姿でフードを被っていて、後ろ姿からは男か女かもわからない状態だった。

 それなのに動いたのだ。気が付けば突き飛ばされて吹き飛んだ人を、何とか受け止めていた。

(……?)

 自分でも理解できない状況で、疑問を抱きながらも無事かどうか確認を取った。

(女性だ……)

 顔立ちはとても美しく、チラリと見える金色の髪が印象に残った。そして何故か強く惹かれたのだ。訳もなく、不思議と。

(どこかで会ったことがあるのか……?)

 モヤモヤを抱えたまま尋ねても、彼女から返答は一切なかった。普通なら、無視をされているのかと気分が悪くなるはずなのに、何故かそんな感情は湧いてこなかった。

 戸惑いながらどうすべきか考えている間に、彼女はそそくさとその場を去ってしまった。

「あっ」
(……待ってくれと初対面の人を引き止めるのも、おかしな話だよな)

 そう真っ当な考えが浮かぶのに、モヤモヤは消えてくれなかった。少し経つと、追っていた騎士の一人が自分のもとへと戻ってきた。

「団長、捕えました」
「……あぁ」
「ん? それなんですか」
「それって?」

 騎士の指差す方を見れば、そこにはスケッチブックが落ちていた。

「……さっきの人のだ」
「お心当たりがあるんですね」
「あぁ。……だから私が回収する」
「はいっ」

 無意識にかつ反射的に、急いでそのスケッチブックを拾った。触れた瞬間、一瞬だけモヤモヤが薄まった気がした。
 
    
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