滅びた国の姫は元婚約者の幸せを願う

咲宮

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8. 心優しいお嬢様

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 雇用契約を結んだ私は、フローラお嬢様に挨拶をしに自室へと向かった。

「失礼いたします」

「…………どうぞ」

 扉の向こう側から聞こえた声は、繊細な女性をイメージさせるような柔らかい声だった。

「本日付で専属侍女となりました。アトリスタ家のシュイナです」

「………えっ」

 私が侍女になることに対してか、自身に専属侍女ができることに対してかわからないが、戸惑いを見せる。

 窓際に座っているだけだというのに、その姿は品に溢れており、所作一つに育ちの良さを感じられる。紫色の髪の毛がリフェイン家の特徴らしく、公爵と子息に比べると薄目の紫だ。髪を垂れないように後ろ手ハーフアップの形で整えているが、自分でやったのか少し不恰好だ。儚げな雰囲気が似合う、とても美しい女性に見える。

「それは、本気で言ってらっしゃいますか」

「はい」

「……何故、だって何の得もしないのに」

 消え入るような声で疑問を呟く。

「それどころか、真逆の……」

 表情がどんどん曇っていき、遂には俯いてしまう。

「……貴女が自分の意志でここに来たかは知りませんが、今すぐお帰りになって。私は専属侍女など必要ありませんから」

 その言葉から、フローラお嬢様がどのような人が見えた気がする。

「失礼ですがお嬢様、もう旦那様とは雇用契約を結んだ身です。お嬢様に追い出されては、私は仕事を失ってしまいます。今お嬢様を取り巻く問題を、把握の上で仕えさせていただきたいのです」

 嘘臭い笑みにならないよう気を付けながら、お嬢様一点を見つめる。

「尚更っ!……どうして」

 痛々しそうな表情で、私の行動に理解できずに言葉を詰まらせる。

「貴女だけでなく、家族にまで危害が及ぶかもしれないというのに…!」

「冷静に考えた結果、それはないと判断しました」

「…………え?」

「現状、魔法の存在を武器にして圧力をかけていますが、冷静に考えて魔法をかの国以外でむやみやたらに使うことは禁じられております。使用許可を出せる者がいなくなったとは言え、それが公爵でないことは確かです。現実的に考えて、この国で魔法を使いたいのであれば陛下の許可が必要となるでしょう。ですが、現時点でそれはありません。だから公爵も、言ってしまえば言葉のみで実力行使をできないでいるのです」
 
 エルフィールド国がまだ存在した頃、他国で魔法を使う際にはエルフィールドの王とその国の王両方の許可が求められた。現在必要なのは、後者だけだろうが陛下は大公側の人間だ。許可をむやみに下ろすことはしないだろう。

「魔法による私自身や家族への危害は、ほぼないと考えました」

「……た、確かにその考えは筋が通っていますが公爵家そのものが圧力をかけたり、何か行動を起こしてしまう可能性だってあるのですよ」

「そちらは、先程より可能性が低いです」

「何故……」

「我がアトリスタ家そのものに害を与えるとしたら、商会をどうにか潰すしかありません。これと言った大きな領地はありませんし、小さな領地で自給自足の成り立つ場所でもありますから。その商会は平民向けの商品が中心で、貴族の方々と関わることは一切ありません。材料などの取り引き相手は他国の商会ですから、圧力のかけどころもございません」

 ライナックが数年かけて旅をするのは、何もアイデア探しをしていただけではない。商品や材料の取り引きも兼ねていたのだ。

「また、家族に直接手をかけることは現実的ではないですね。一応子爵とはいえ貴族の端くれ。それを、たかが侍女一人の始末のために動くことは、さすがの公爵家もしないでしょう。被る不利益の方が大きいですから」

「………………」

 事実を述べただけだが、不快に思われるような長々とした喋りだったかもしれない。

「…………貴女は、お強いんですね」

 そう言うと、一筋の涙を流しながら微笑んだ。

「……私の尊敬する方にどこか似ていらっしゃいます」

 恥ずかしそうに笑う姿を見ると、その相手はもしかして大公かと考えてしまう。
 自分で気づかない内に、彼の話し方や考え方が移ってしまったのならば否定はできない。
 
「貴女のような、物事を冷静に考えられて心の強い方が傍にいてくださるのなら、私にとってこれほど喜ばしいことはありません」

 私への最大の賛辞を述べながら、ゆっくりと立ち上がる。

「どうか、よろしくお願いいたします。シュイナ・アトリスタ嬢」 

「光栄の極みです」

 こうして私はフローラお嬢様本人に、雇用を認めてもらえた。

「どうぞ、シュイナとお呼びください」

「わかったわ、シュイナ」

 先程までの暗い表情が一変して明るく柔らかなものとなった。

「早速ですがお嬢様。よろしければこちらに座っていただけますか」

「……?」

 私が示したのはドレッサーの方。

「えぇ……」

 不思議そうに思いながらも、すんなり移動して座ってくれるお嬢様。

「後ろ失礼いたしますね」

 そういいながら、お嬢様の背後に立つ。

「髪を触っても?」

「もちろん」

 許可を取ると、髪を留めていたゴムを取る。くしを使いながら、痛まないように髪を集める。お嬢様の髪はとても美しく艶やかだが、手入れが十分そうでないのは見てわかる。
 ゴムで再び留めながら、目に入った装飾品の中で、お嬢様が着ているドレスに合うものを選び上からつける。

「できました」

「まぁ…………」

 我ながら綺麗にできたと思う。
 長らく、自分以外の女性の髪を触ってこなかったから不安だったが、無事完了した。

「ありがとう、シュイナ」

「いえ、当然のことをしたまでです」

 お嬢様の表情が明るくなるに連れ、場の雰囲気も段々と暖かなものになっていった。
 
 心優しいお嬢様を目の当たりにして、ここで働くのも悪くないと感じると同時に、日は沈み始めていた。
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