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9. 動き出した大公
しおりを挟むフローラお嬢様に仕えてから数日、問題の詳細が見えてきた。
例の公爵家について。
養子となった令嬢の名前はベアトリーチェ・ラベーヌ。例の公爵家はラベーヌ公爵家であった。昔からラベーヌ家は、公爵家の中でも問題が度々起こるために王家も注視してきた。最近は良い意味で存在感がなかったというのに、今回で再び問題を起こしている。
リフェイン公爵曰く、歴史しかない害悪の家だとか。
現ラベーヌ公爵は欲の深い人らしく、常にリフェイン家の座を奪おうと理想を描いていたらしい。不可能であることは本人もわかっていたことなので、リフェイン公爵も放置していた。
誰がこのような展開になると予想できただろうか。
芽は摘み取っておくべきだったと、リフェイン公爵は激しく後悔をしていた。
ベアトリーチェをどのように見つけ出したか経緯は謎だが、これまでに無い武器を手にしたラベーヌ家は圧力をかけるよう動いた。それに関して最も条件や都合が良かったのが大公との縁談を奪うことであった。
大公との縁談が自分達のものとなれば、王家との繋がりは持てる上にリフェイン家を落とすこともできて一石二鳥となる。
今のところ解決手段が無いことを考えると、目論みは成功に近いと言える。
だが、大公が何も考えていないとは思えない。きっと何か策を立てている筈だが、音沙汰の無い期間が少し長い。お嬢様をはじめとした、リフェイン公爵家が不安になるのも無理はない。
ただ、一介の侍女にできることは何もないので、時間が流れるのを待つだけだ。
更に数日が経ち、お嬢様との仲が深まってきた。
「シュイナは器用ね。侍女の経験があった訳では無いのに、淡々とこなす姿は素晴らしいわ」
「そう仰っていただけると安心します。不馴れな点が多いものですから」
「そうは見えないのが凄いわ」
お嬢様はようやく元の姿に近いほど、明るくなられたと言う。取り巻く不安もほんの少しだけ緩和されたようで、段々笑顔が増えていった。
「……早く、問題が解決すれば良いのだけれど」
「それを願うばかりです」
「シュイナ、本当に何も起こってないのよね?」
「大丈夫ですよ」
お嬢様が私の身を心配するのは、最早日課となっている。
「それならいいの……」
普段はここで会話が終わるが、今日は少し踏み込んで話を聞いてみることにした。
「お嬢様。お聞きしても良いですか」
「もちろん」
「お嬢様は、ラベーヌ家のご令嬢にお会いしたことはあるのですか」
「……いえ。それが一度も無いの。だから、幻だったらといつも思ってしまうわ。でもそれが幻でないことは、お父様が確認済み……。魔法を使うところまで見せられたと仰ってたわ」
どうやら魔法を使えるのは嘘では無いようだ。そうなるとライナックの言う通り、魔力量は以前の魔法使いに比べて少ないという言葉では足りないほどの量になる。
「できれば……これからも会いたくないわね」
苦笑するお嬢様の言葉は、濁しているようで本心に思える。
その言葉に返そうとした時、扉がノックされ公爵が現れた。
「フローラ、大公から手紙が届いた」
「大公殿下から…!」
「大公が動いた。……正直、良い話とは言えない」
「……お聞かせ願いますか」
「わかった。ルドウィックを待たせている。応接まで話そう」
「すぐ行きます」
公爵は人足先に応接間へ向かう。
ちなみにルドウィックとは子息の名前だ。
「……お嬢様、大丈夫ですか」
「えぇ……いつか来ると覚悟していた分、そこまで重くのしかかってはいないわ。現実を見ないと」
立ち上がる姿は、初めて見る凛々しいものだった。
応接間に着くと、ルドウィック様と公爵が向かいになって座っている。
「フローラ、おいで」
優しく迎える声色は、フローラ様を心から思う姿そのものだ。
お嬢様の後ろに立ち、話に耳を傾ける。
聞く権利があるとフローラ様は強く言い、公爵とルドウィック様も当然だと同席を認めてくれた。
「……父上、大公は何と」
「フローラとの縁談を一度白紙に戻すとのことだ」
「それは…!」
「……」
怒気を見せるカルセイン様と俯くお嬢様。
大公側としては、まだ婚約を交わしていないことが幸いしたか。
「だが、候補として迎えるとのことだ」
「候補……?」
「フローラとベアトリーチェ嬢の二人を大公の婚約者候補として迎え、共に生活をしてから決めるとのことだ。もちろん、辞退してもかまわない。強制ではないからな」
「それは、二人を大公邸へ同時に迎えるということですか」
「そうだ」
お嬢様は無言のまま、少し肩を震わせる。
「フローラ……無理をすることはない。何も大公のみが縁談相手ではない。数は限られるが、まだ探せば相手はいる」
そもそもお嬢様は今まで婚約者がいなかったわけではない。元の婚約者は、不運にも帰らぬ人となってしまったらしい。そこから新たな婚約を結ぶには、相手が中々見つからなかったというが……。
「………………いえ、お受けします」
「フローラ!無理をすることはない」
ルドウィック様が首を振る。
「お兄様、これは私だけの問題ではありません。リフェイン家の名誉に関わることです」
「そんなこと、気にする必要はないよ」
「そうだ、フローラ。命より大切なものはない」
「大丈夫です。……いい加減、私も独り立ちをしなくては。いつまでも嫁ぎ遅れだとお義姉様にも悪いわ。それに、お兄様だって爵位を継げずに、お父様も引退できない。見て見ぬふりを続けられるものではありません」
「フローラ……」
ルドウィック様は既に結婚しており、一人息子が存在する。奥様とご子息は大奥様と共に、療養と称して領地で過ごしている。表向きはそうなっているが、恐らく領地の方が安全と判断したからだろう。
「いつまでも怯えて暮らす訳にはいきませんわ。……大丈夫、死にはしません。それに……」
突然振り向いたと思ったら、私の目を見て強かに笑う。
「私には有能な侍女がついております」
過大評価に感じるものの、頼ってもらえるのは嬉しいものだ。
「尊敬する方の為にも、全力を尽くさせて下さい。お父様、お兄様、どうかお願いいたします」
頭を下げてまで危険な縁談に向き合う姿は、恐らくお嬢様が大公を慕っているがゆえにできる行為だろう。
「……………………………………………わかった」
少しの沈黙の後、公爵は頷いた。
「大公からは、申し出を受けるのであれば一週間以内に邸へ来るように言われている。連れていく侍女の数は書かれていないが、現状シュイナしかいない。色々な面でこちらが不利だ。何が起こるかもわからない。とにかく願うのは一つだ……無事に帰ってきてくれ」
「フローラ、力になれなくてすまない。でも父上と思いは同じだ。無事に帰ってきてくれさえすれば、それでいい」
「……はい、わかりました」
不安や震えを全て飲み込んで、立ち向かう覚悟を決めたお嬢様の姿はとても輝いていた。
こうして私はリフェイン公爵家へ来て一ヶ月しないまま、大公家へと向かうこととなった。
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