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35. 追憶する姫君②

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 対面から1年が経過した。

 あれからも殿下は足繁く通い続けてくれた。月に一度は必ず顔を見せに来てくれて、二人の時間を設けてくれた。

 今日も彼は嫌な顔一つせずにエルフィールドを訪れた。

「元気そうだね。変わりがないようで安心したよ」

「お互いにね」

 ここ1年で、ウィリアード殿下の身長が一気に伸びたせいで隣に立つとその差が目立つようになった。

「そうだ、たまには庭園を歩きましょう」

「それはいいね。ではどうぞ、手を」

「では遠慮なく。ありがとう」

 互いの護衛や侍女を少し離れた場所で待機させながら、二人でエルフィールド王城内にある庭園を歩く。

「ここに来るのは二回目だけれど……やはり綺麗だね」

「でしょう。デューハイトン帝国王城内にも庭園はあるのかしら」

「うん。少し系統が異なるけれど、こことは違った美しさを感じられるんじゃないかな」

「へぇ……早く行ってみたいわ」

「まだ先の話だね」

 父から国外へ行くことを事実上禁止されているため、デューハイトン帝国へ行くことは現時点では叶わぬ願いとなってしまう。

「残念。……ちなみにウィリアード殿下は好きな花はあるのかしら」

「何だか他人事みたいに聞こえるな。ヴィー、二人の時は敬称じゃない呼び方をすることを決めたよね」

「あっ」

 そうなのである。

 つい先日、仲を更に深めるために提案された事がある。それが口調と呼び方を砕けたものにすることだ。様子から察するに、ウィリアード殿下……ウィルはもう少し早くからそうしたかったようだが、全く考えもしなかったことから気がつかなかった。

「ごめんね。ウィルは、好きな花はあるの?」

「うん。よくできました」

 そう言うと頭を優しく撫でる。

「ちょっと、子ども扱いしないで。この前やっと11歳になったのよ。やっと立派な大人に近づいてきたのだから」

 早く大人になって、国の外に出ることを始めとした多くのことをやりたい私にとっては、それに近づくことは凄く重要な問題なのだ。

「ははっ。11歳はまだ子どもだと思うよ。更に言うと僕もまだ子どもだからね」

「こんなに大人びた子どもがいてたまるものですか」

「酷いなぁ」

 再び楽しそうに顔が綻ぶと、そのままの気分で質問に答える。

「好きな花はフィーディリアの花かな。エルフィールドここにしか咲かないということもあるけど、純粋にとても綺麗だからね」

「フィーディリアは私も大好きよ。だからこの庭園も好きなのだけど、もう一つの庭園と呼ばれるフィーディリアの花々が咲き誇る大樹の広場もお気に入りな場所の一つなの」

「ヴィーのお気に入りな場所はたくさんあるからなぁ。どれも素敵なことはわかるけれどね」

「もしかしてまた子ども扱いしてるでしょう」

「さぁ。どうだろうね」

「誤魔化したわね……」


 軽く受け流す対応や楽しく話せるようになったのも、関係構築が上手くいっている証拠だろう。

「……まぁいいわ。それよりもウィル」

「何かな」

「前から気になっていた事だけど……こんなに頻繁にここへ来ていて大丈夫なの」

「心配してくれてるのかな。ヴィーは優しいね」

「そう、心配しているのよ。だって、ウィルが毎月一週間をここへ来るために消費しているのよ。毎月はさすがに無駄な消費になっているのではないの」

 ここまで仲も縮まったのだから、何も毎月来る必要はないのだ。にもかかわらず、ウィルは決まった一定の期間で通い続けている。

「無駄、か。僕にとってはデューハイトンあの国でいらない交流をすることの方がよっぽど無駄だと思うけどね」

「ウィル……貴方仮にも国の王子でしょう。些か自国に冷たいと感じるけど」

「そうかな。興味がないものと価値を感じられないものに時間を割いてないだけだよ」

「その言い分からすると、私との時間は価値か興味があるようね。光栄だわ」

「大切な婚約者との時間だからね。何事にも変えがたい時間だよ」

「だからといってさすがに毎月は……文通でもいいのに」

「何だヴィー、文通がしたかったのか。それなら直ぐにでも始めよう。遠慮しないでたくさん送ってくれていいからね。間に合わなかったら来る時に直接渡すよ」

「それは文通とは言わないでしょう!それに、今の言い方だと来る回数は減らない上に、ただ文通という新しい交流が加わっただけじゃない」

「おや、わかったのか」

「さては、馬鹿にしているわね」

「ヴィーが可愛いから、可愛がっているだけだよ」

 悪意のない笑みとはいえ、手のひらで転がされている感が否めず顔を思わずしかめる。

「ふふっ」

 その表情でさえ笑われてしまうので、最早どうしようもない。でもどこか悔しい気持ちを拭いたいが為に、ある決意をする。

「決めたわ」

「今度は何かな」

「今日から淑女教育に今よりも力を入れるわ」

「へぇ」

「それで綺麗な笑顔と動じない心を身に付けるわ、絶対」

「身に付けるのは大切だけど、僕の前でまでそれをしてほしくはないかなぁ」

「ウィルに対抗するために身に付けるのですから、ウィルの前でやらなくては意味がないじゃない」

「…………」

 呆れているのか少し固まるウィル。

「……わかったよ、僕が悪かった。ヴィーの提案を受け入れて来月の訪問は控えるとしよう。できるだけ頻度も減らすようにすることと、もう少しだけ自国のことを考えるよ。だから僕の前では取り繕わずにいてくれるかな」

「そこまで言うなら……わかったわ」

「でも、寂しいから文通はして欲しいな」

「寂しそうに見えないけど……でも、交流の一貫だし、やってみたかったことも含めて書いてみるわ」

「ありがとうヴィー」

 その時はまた口車に乗せられたことに気づかなかった。

 頻度を減らすことと自国についてはだけなのだ。ウィルのことだ。考えるだけ考えて、結局自分の考えを変えることはないだろう。

 そして、後からわかった話だが来月はデューハイトン帝国での建国祭があるために元々来ない月であることを忘れていた。

 ウィルを見送った後に気付き、またやられたと悔しさを感じたのは言うまでもない。

 だが約束通り、手紙を送ることは果たした。





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