上 下
19 / 114
第一部 お母様の闇落ちを防ぎます!

15.信じるべきもの(オフィーリア視点)

しおりを挟む
 

 ずっと、ずっと、ユーグリット様のことだけを見てきた。

 一目惚れをしてから、彼への愛が深まっていくばかりで。でも奥手で恋愛に関する知識もなかった私は、どうすればいいかわからなかった。そこで親友で侯爵令嬢のキャロラインに相談したのだ。好きな人ができたと。

 今思えば、私の選択はここで大きく間違っていたのだと言える。

「好きな人ができた? しかもそれがユーグリット・ルイス侯爵子息なのね⁉」
「そ、そうなの。私、どうしたらいいかわからなくて」
「そんなのまずは婚約を申し込まないとよ!」
「こ、婚約? それはあまりにも早急じゃ」
「そんなことないわ。オフィーリア、貴女も十七歳よ。公爵家とはいえ令嬢なのだからいずれは誰かと結婚するのだから」

 キャロラインは濁ることなく、はっきりとものを言ってくれる子だった。
 だからこそ私はどんどんと、キャロラインを頼りにしてしまった。彼女なら正しいことを教えてくれると。

「それは……そうね」
「だから公爵様に直談判しにいかないと」
「お、お父様に?」
「そうよ。何としてでも婚約してくださいって」
「でもそれって……」
「大丈夫よ。貴族は皆、結局政略結婚なのだから」
「確かにそうね」

 そう言われたあの時は、酷く納得して上機嫌で父に婚約をお願いした記憶がある。
 お父様は娘である私に凄く甘いため、このお願いはすぐに叶えてもらえた。

 それからというもの、ユーグリット様とは結婚まで行くことができたが、それだけだった。

 私はユーグリット様に愛されたいと思ってしまった。そんな資格ないのに。彼の意思も聞かず、無理やり婚約を決めてしまったのに、分不相応にも彼の思いを、関心を欲しがった。
 
 上手くいくはずもなく、その結果私はキャロラインを頼りに相談を続けたのだ。

 彼女は親身になって聞いてくれて、その上解決法を提案してくれた。

「とにかく気持ちを伝えなきゃだめよ。忘れられてしまう前に、何度もお会いすべきだわ。それは無理やりでもよ」

「オフィーリア。貴女は妻なんだから。ユーグリット様にいつでもお会いする権利があるわ。それを使わないと!」

「誕生日なんて、たくさん贈った方が愛が伝わるに決まっているわ。量は重要よ」

「関心を持ってもらえないからこそ、押していかないと! 視界に入ることが大切じゃないかしら」

「押して駄目なら、一度引いてみましょうか。でも引いてばかりじゃ忘れられてしまうわ。会わない代わりに毎日手紙を書いたらどうかしら?」

 当時の私は、それが正しいと信じて疑わなかった。

 でも今なら。 
 イヴェットという最高で最愛の娘に導かれた今なら。
 
 はっきりとわかる。キャロラインは親友ではなかったのだと。

 イヴちゃんもまた、キャロラインと同様私に解決法を提示してくれた。
 これもまた普通とは違うのかもしれないが、キャロラインの案とは天と地の差があった。

 それは、私のことを真剣に考えてくれるかどうか。私の意思を見ているかどうか。

 ケーキを持って急いで厨房を飛び出したあの後。イヴちゃんとシュアちゃんの会話を偶然にも耳にしてしまった。
 恐らく重要なことは全部聞いたと思う。我が子ながら聡明で筋の通った考えに、嫌でも自分の考えが甘かったことに気付かされた。

(やっぱり……キャロラインが教えていたことはだったんだわ。それを何年も信じて……私は救いようのないほど愚かね)

 私は確かに、イヴちゃんの言う通り確たる“自分”というものを持っている人間ではなかった。
 かなりの心配性で、よく周りを頼っていた。その上、家族は私のことをかなり大切に育てた。結果的に“世間知らず”になってしまったのだ。

(お裁縫ができても、淑女教育が優秀でも………私には人を見極める力がなかった。その上常識さえも)

 恋愛に関しては無知同然で、だからこそ他の人の意見を求めて、求めて、求め続けたのだろう。

(……自分でもっと考えていれば。違う未来があったのかしら……もう、今更何もかも手遅れね)

 そう自嘲して深く気分が落ちれば、一気に引き上げられる言葉が聞こえた。

「……過去の行いを消すことはできないわ。それでも、未来を変えることはできる。私はそのお手伝いがしたいの」

 娘の、イヴェットの、眩しいくらいの声に気が付けば目を閉じていた。

(未来は……変えられる。………イヴちゃん)

 胸が震えて涙が目にいっぱい溜まるのと同時に、顔までさらに赤くなっていく。ただでさえユーグリット様とお会いして真っ赤になった後だというのに。
 
 抑えようと、落ち着こうとしたその瞬間、イヴちゃんは追い打ちをかけてきた。

「お母様の笑顔が見たいと思ってしまうのよ」

 こんなにも自分のことを考えてくれて、助けてくれて。

 あぁ、何て愛しい娘だろう。
 
 そう思った瞬間、一筋だけ涙が頬をつたうのだった。

(……私は、もっと変わらないと)

 そう決意して、今日のお茶会へと足を運んだ。キャロラインと縁を切るという、一つの大きな目的を持って。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

四神奏者

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:1

婚約破棄上等!私を愛さないあなたなんて要りません

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:4,579

運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14,420pt お気に入り:259

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:11,381pt お気に入り:3,098

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:26,003pt お気に入り:3,548

公爵様と行き遅れ~婚期を逃した令嬢が幸せになるまで~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,116pt お気に入り:26

浮気の認識の違いが結婚式当日に判明しました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,955pt お気に入り:1,220

処理中です...