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0話 その春風は、
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「新入部員来るかなぁ」
旧校舎最上階、隅の隅にある文芸部の部室は、今日も静かだ。
埃っぽい空気の中、紙のこすれる音に乗せて先輩の声が聞こえる。
「来なかったら廃部ですっけ」
俺はそこら辺に積まれていた、いつからあるのかも分からない文庫タワーの一番上の本をめくりながら返す。
「そうだね。僕ら三年二人が引退したら、秋津君と湖内君の二人だけになるからね。廃部だねぇ」
「んな呑気なこと言ってる場合か!」
『湖内』というのは、書類上は文芸部所属の、まぁいわゆる幽霊部員。
実際に活動しているのは、俺・秋津湊とそこでツッコミとボケをかましている三年の先輩二人だけだ。本を読み、書き、たまにコンテストに応募して、といったゆるい活動をしている。
部活動見学期間の初日。
外からは呼び込みの声や、新入生のわいわいとした足音が聞こえてくるが、旧校舎、しかも文芸部しか使っていないこのフロアに、それが届くことはない。
───と、思っていた。扉が開くまでは。
「失礼しまーっす!こんにちはーー!!!!」
瞬間、勢いよく開け放たれた扉から突風が吹き込んだ。
窓から差し込む光に照らされて、埃がキラキラと舞う。
くしゃみをする先輩。吹き飛ぶ紙。
廊下の窓から入り込む桜の花びら。そして何より、鼓膜を突き抜けるクソデカボイス。
混沌と春の気配をまとって、そいつはやってきた。『黒船来航』、俺がペラペラ捲っていた本の題名だ。
「一年一組三十五番!三月春です!!入部希望です!よろしくお願いしぁっす!!」
ぺかーっとした笑顔で、三月は俺たち三人を見る。
一方こちらは、くしゃみの止まらない先輩と、横転して動かない先輩、そして持っていた本を落とした俺。……俺か? 俺だな。よし。
「あー…っと。ようこそ、文芸部へ。ミツキ君」
「はいっ!」
春の訪れを感じる、今日の良き日。
我らが文芸部に、仲間がひとり、増えた。
⸻
「『春一番』、みたいな子だったねぇ」
ティッシュ箱を抱え、くしゃみをしながら先輩が言った。
「これから楽しくなりそうだな、にしても腰痛……」
腰をさすりながら、もう一人の先輩が答える。なんとか生きてたみたいだ。
三月は「今日のところは帰ります! また明日来ます!」と颯爽に去っていった。その扉を眺めながら、俺はその言葉を反芻した。
『春一番』。『春の嵐』。なるほど、言い得て妙だ。
「それにしても、新入部員ひとり来ただけでこんな変わるんだな」
明日病院に行くらしい先輩が、感慨深げに呟いた。三月が巻き起こした春風のおかげで、埃や紙が舞い上がり、「せっかくだから」と、みんなで部室の片付けをすることになった。
ずっと散らかっていた部室が、なんだか少しだけ広く、明るく見える。
今日の文芸部は、いつもより少し騒がしくて、少し眩しかった。
同い年の部員はいないし、先輩と三人だけの一年だったけど、先輩方はいい人たちだったし、文字を読むのも書くのも好きだし、まあ、それなりに楽しかったと思う。
でも──それとはまた違う、新しい季節が始まる、そんな予感。
廊下の窓の外で、誰かの笑い声がまたひとつ、遠ざかっていく。
その風の中に、ほんの少しだけ、春の匂いが混じっていた。
「……ま、いいか」
そういえば落としていた本を拾い上げながら、思わずそんな言葉がこぼれた。
──俺、秋津湊は、たぶんこの日をずっと忘れないのだろう。
そんな、春の日だった。
旧校舎最上階、隅の隅にある文芸部の部室は、今日も静かだ。
埃っぽい空気の中、紙のこすれる音に乗せて先輩の声が聞こえる。
「来なかったら廃部ですっけ」
俺はそこら辺に積まれていた、いつからあるのかも分からない文庫タワーの一番上の本をめくりながら返す。
「そうだね。僕ら三年二人が引退したら、秋津君と湖内君の二人だけになるからね。廃部だねぇ」
「んな呑気なこと言ってる場合か!」
『湖内』というのは、書類上は文芸部所属の、まぁいわゆる幽霊部員。
実際に活動しているのは、俺・秋津湊とそこでツッコミとボケをかましている三年の先輩二人だけだ。本を読み、書き、たまにコンテストに応募して、といったゆるい活動をしている。
部活動見学期間の初日。
外からは呼び込みの声や、新入生のわいわいとした足音が聞こえてくるが、旧校舎、しかも文芸部しか使っていないこのフロアに、それが届くことはない。
───と、思っていた。扉が開くまでは。
「失礼しまーっす!こんにちはーー!!!!」
瞬間、勢いよく開け放たれた扉から突風が吹き込んだ。
窓から差し込む光に照らされて、埃がキラキラと舞う。
くしゃみをする先輩。吹き飛ぶ紙。
廊下の窓から入り込む桜の花びら。そして何より、鼓膜を突き抜けるクソデカボイス。
混沌と春の気配をまとって、そいつはやってきた。『黒船来航』、俺がペラペラ捲っていた本の題名だ。
「一年一組三十五番!三月春です!!入部希望です!よろしくお願いしぁっす!!」
ぺかーっとした笑顔で、三月は俺たち三人を見る。
一方こちらは、くしゃみの止まらない先輩と、横転して動かない先輩、そして持っていた本を落とした俺。……俺か? 俺だな。よし。
「あー…っと。ようこそ、文芸部へ。ミツキ君」
「はいっ!」
春の訪れを感じる、今日の良き日。
我らが文芸部に、仲間がひとり、増えた。
⸻
「『春一番』、みたいな子だったねぇ」
ティッシュ箱を抱え、くしゃみをしながら先輩が言った。
「これから楽しくなりそうだな、にしても腰痛……」
腰をさすりながら、もう一人の先輩が答える。なんとか生きてたみたいだ。
三月は「今日のところは帰ります! また明日来ます!」と颯爽に去っていった。その扉を眺めながら、俺はその言葉を反芻した。
『春一番』。『春の嵐』。なるほど、言い得て妙だ。
「それにしても、新入部員ひとり来ただけでこんな変わるんだな」
明日病院に行くらしい先輩が、感慨深げに呟いた。三月が巻き起こした春風のおかげで、埃や紙が舞い上がり、「せっかくだから」と、みんなで部室の片付けをすることになった。
ずっと散らかっていた部室が、なんだか少しだけ広く、明るく見える。
今日の文芸部は、いつもより少し騒がしくて、少し眩しかった。
同い年の部員はいないし、先輩と三人だけの一年だったけど、先輩方はいい人たちだったし、文字を読むのも書くのも好きだし、まあ、それなりに楽しかったと思う。
でも──それとはまた違う、新しい季節が始まる、そんな予感。
廊下の窓の外で、誰かの笑い声がまたひとつ、遠ざかっていく。
その風の中に、ほんの少しだけ、春の匂いが混じっていた。
「……ま、いいか」
そういえば落としていた本を拾い上げながら、思わずそんな言葉がこぼれた。
──俺、秋津湊は、たぶんこの日をずっと忘れないのだろう。
そんな、春の日だった。
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