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本編
13 お兄様と魔女 後編
しおりを挟む――ベルティーユ! ベルティーユ、ベルティーユ!! 僕の、ああ、どうして。僕だけの可愛い妹!
息子の愛人が産んだ庶子のことなど、グレンドールの頭から弾きだされる。
紛い物ではない、本物のベルティーユが目の前に現れたのだから。
「おや、そちらの問題は片付いたのかい?」
魔術師が振り返り、砕けた調子でグレンドールのベルティーユに話しかけた。
「あらもちろん。侯爵夫人にはルーラと私で因果を含めて、お帰り頂きました。ラウルこそ、可愛い大姪に泣かれなかったかしら?」
ベルティーユは、別れた時と寸分たがわぬ姿で――いや、あの頃よりも美しく色香を増した姿で、グレンドールを追いつめた魔術師に、愛情のこもった視線を送っている。
「当然だとも。私がこれまでどれだけ、弟子だの預かり子だのと、赤子や子供の面倒を見させられてきたか」
「それ、私と出会うよりも前だから、四十年は経ってるわよ? ……一応、頼りにはしてますけれどね」
軽く肩をすくめたラウルから、ベルティーユは慎重な手つきで赤子を引き取り、ふくふくとした頬に軽く口づけた。
「はじめましてミレニア。今日から私たちがあなたの家族になるの、よろしくね? あなたを預かることが出来て、とっても嬉しいわ。おうちには遊び相手もいるから心配しないでね」
瞳を開けた赤子――ミレニアに、ベルティーユが優しく語りかける。ミレニアは、青い瞳でじいっと同じ色を持つベルティーユを見つめている。
「瞳はベルより淡い色だな」
ラウルが慣れた仕草でベルティーユの腰に手を回し、赤子の顔を覗きこんだ。
「まだ幼いから。もう少ししたら、もっと濃くなって、緑がかるかもしれないわ。現侯爵は緑ですもの」
「ふうん。血で色が決まるとは、面白いものだ」
「そうね。でもどんな色の髪と瞳でも、ミレニアはとっても可愛い、良い子よ」
まるで若夫婦のように寄り添うラウルとベルティーユ。
二人の姿が許せなくて、怒りに頭を染め上げられながら、グレンドールは声を絞り出した。
「ベ、ル……ベルティー……! おま、え……恥知らず……め!」
脳内でいくら甘ったるい愛を妹に唱えようと、グレンドールの本質は変わらない。彼の口をついて出た言葉は、四十年前と変わらず、ベルティーユを支配しようとするような強い口調だった。
その声を聞いて初めて存在に気付いたように、ベルティーユがグレンドールのベッドに目を向けた。
ベルティーユの瞳は静かで、憐れむような色を湛えていた。
「お久しぶりですお兄様。またお会いすることになるなんて、思いもよりませんでしたわ。……この先もう永遠に会うこともないでしょうけれど、一つだけ。身近な人のことを、もっと大切になさるべきだわ」
かつての侯爵令嬢としての優雅なお辞儀をして、ベルティーユは振り返ることもなくドアから出て行ってしまった。
「あ、ああ。……ぼく、の……助け……」
グレンドールの乾いた皺のすじを、涙が流れる。
「助ける? 君を何から助けるというんだ。爵位の継続も叶い、家は取り潰しにならず王女まで娶って繁栄した。若くして爵位を継ぐ継嗣を得て、その他大勢の子供と孫に恵まれて。親族の火種になりそうな赤子は、遠い遠い国に住まう親類に養女として大切に引き取られていく。献身的な妻に毎日手を取られ世話をされ、穏やかに死を待つばかり。――グレンドール、お前の人生はおおよそ人の望む幸福の全てではないか」
一人寝室に残る魔術師が、グレンドールに問いかける。
「ちが、ベルテ……だけ……!」
己が欲しかったのはベルティーユだけだと、グレンドールは必死に訴えた。
「知っているかい? その昔、東の大陸の人間は、魔女を随分と迫害して殺し回った。『竪琴の魔女』も大地に還る前に殺された一人でな。ああ、竪琴の魔女というのは、今君たちが治めるこの土地を陣地としていた魔女の名だ。竪琴のような人々を魅了する声の持ち主で、美しい黒髪が目印で……」
それは昔話のような響きだった。遠い昔を思い出すような語り口。
「黒……髪、……」
「そう。ベルとミレニアとお揃いだな。でも、もうひとつ。竪琴のような人々を魅了する声ってところにも、注目して貰いたいものだ」
顔をグイっと近づけた魔術師ラウルが、にんまりと笑う。
「それでまあ、私は仕事の合間に、東の呪いを薄めて回ることを趣味で荷ってきた。何せ東大陸の王侯貴族は魔女を殺し過ぎていてな。循環させるにも支障が出るほどだったから。殺された彼らとしても、子孫にそれなりの嫌がらせをせずにはいられなかったのだろうさ。気持ちは理解できる。でも殺した本人を呪ったら、もう充分だろうって思ってな」
この男は何を世迷言を吐いているのだろうか。
それなのに何故、グレンドールはメイドを呼ぶ紐を引かずに、男の一語一句を逃さないようにと耳を傾けているのか。全く理解できない話なのに。
「話を戻そう。竪琴の魔女の嫌がらせだ。彼女は自らを葬ったグレンドールに呪いをかけた。この家には時たま、魔女に呪われた子供が生まれるようになった。他の東大陸の高貴なる家々と同じように。印の子供は決まって新月の夜に生まれる。周囲の人を狂わせるほど引き寄せる声と、黒髪を持って。でも、言った通り呪いは随分と千年の間に薄まった。薄めたからな。何世代もずっと、呪われた子供は生まれない。だから久々に新月の夜に赤子が生まれても、グレンドール家は報告を怠った。王家に申し出てくれれば、子供の呪いなど私が軽くしてやったのにな。身分に影響するとでも考えたのだろう、だから先々代の侯爵と先代――君とベルの祖父と父だな――は、呪いのことに口を噤んだ」
「ああ……っあああ……」
グレンドールのしわがれた喉から、嗚咽が漏れる。
――ああ、そうだ。家族が、祖父が話していた。新月の夜に生まれたから……。
「呪い子はベルティーユだけではない。君もだよ、グレンドール。君の方が寧ろ色濃く出てしまった。髪の色が黒ではないからと、見逃されたのは痛いな。君の声は人々を魅了し、傅かせる。もの心つく前から人を支配する術を身につけてしまった少年にとって、この世はなんと簡単でつまらない世界だったのだろう」
グレンドールは祖父と父の会話を聞いていた。確かに彼らはベルティーユが生まれた時、「また新月に子供が生まれた。今度こそ里子に出さなければ」と話し合っていたのだ。
『また』つまり、グレンドールも新月に生まれたということ。魔女と悪魔が暗躍するという新月に。
跪き、靴を舐めんばかりにグレンドールを崇拝する両親のおかしさを、本能で理解していた。それはグレンドールが、グレンドールこそが――――。
「妹……だけは、ぼ……くに……」
「ああ。黒髪で生まれたベルティーユにも、少しだけ竪琴の魔女の呪いが混じっていたのだろう。だから、彼女は君に対して当たり前の反応を返した。諦めながらも、瞳に反骨の色をいつも宿らせて」
「べる……」
――やっぱり。僕のことを分かってくれるのはベルティーユだけ。
この不幸が全て魔女の呪いの所為ならば。やり直すことは出来ないのだろうか。悪いのは全部魔女なのだから!
この魔術師は、呪いを薄めることが出来ると言ったではないか。
またあのすべらかな肌に、今度こそ布越しでなく触れて痕を残す機会を――。
グレンドールが希望を抱き、男の気味の悪い紫の瞳を見上げると、魔術師ラウルは何を想像してか、うっとりと笑っていた。
「本当はあの舞踏会の晩。私は君を連れ去るのでも良かったのだ。そうすれば、周りは皆正気に戻っただろう? でも、そうはしなかった。私は彼女だけを取ったんだ。ベルは今や全て、私の魔力で染め上げられている。外も、内も全部な」
「あくま、め……許さな……」
玩具を取りあげられた子供のように顔を真っ赤にして、グレンドールはメイドを呼ぶ紐を引いた。
「悪魔ではなく魔女だよ。私は紫煙の魔女。そしてベルティーユは、魔女のツガイだ。私と共にこれからずっと、時のくびきから外れて生きていく永遠の伴侶――君の呼ぶところの、化け物だな。ふふっ、化け物夫婦。いいな」
魔術師ラウルが耳元で囁いた。内緒話をするように。この場所には、もう二人しかいないのに。それでも、声を潜めて聞き取れないほど小さな声で囁くと、煙のように掻き消えた。
蕩けるほどに、心底幸せそうな声音で。
その後、駆け付けたルーラが鈴を振るまで、グレンドールは枯れた嗚咽をあげ続けた。
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