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第七章 立冬
8 悔しげな従妹
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糸のように降っていた雨は完全にやんだ。
千秋と共に美邦は家を出る。水たまりを踏みながら細い路地を進んだ。中通りへ出る直前――千秋は立ち止まって顔を上げる。
「忘れ物したかもしらん。」
「そうなの。」
「うん。――先、行っといて。」
千秋は踵を返し、小走りに家へ駆けてゆく。水色のランドセルが曲がり角で消えた。
ひと足先に進み、中通りへと出る。
やがて、空き地の前を通りかかった。同時に、小学生たちの視線に気づく。学年・性別を問わず全ての目が美邦を向いていた。そこに浮かぶ感情は好奇心とも猜疑心ともつかない。
思わずぞっとし、顔をそむける。
何が何だか分からない。困惑のなか、歩みを進めようとする。そんなとき、十数メートルほど先に千秋が――いや、千秋の幻視が立っているのが見えた。俯いていて顔は見えない。しかし、正面を向きつつ仁王立ちする姿は明らかに悔しそうだ。
いつもと違う幻視に驚き、立ち止まる。
やがて意を決して美邦は進んだ。近づけば薄らいで幻視は消える。一方、もし振り向いてしまえば――同じ姿で彳む千秋の姿が見えてしまいそうだった。
――お前のせいだ。
下駄箱に置かれていた紙を思い出しながら通学路を進む。
由香と幸子のいない消火栓を通り過ぎ、学校に着いた。
教室へ這入る。異常の起きた板書は消されていた。代わりに、「8時半から全校集会」と大きく書かれている。
冬樹の姿はない。
教室のあちこちで囁き声が聞こえる。ときとして、クラスメイトの視線が美邦へ向いた――空き地で見た小学生のように。だが、その意味は分からない。
始業時間となっても冬樹は姿を現さなかった。
廊下へ竝ぶ。そんななか不安は強まった。
スマートフォンの使用は校内では禁じられている。こっそりと校則を破らない限り、何が起きたか知るのは放課後になるだろう。
体育館へ這入り、全校生徒が整列した。
校長が登壇する。そして、二年A組で起きた怪現象の原因は湿気だったと説明した。同時に、生徒たちの不安に理解を示しつつ、無闇な騒動を起こさないよう訓示する。
呆れるほかない。
一昨日の教室は乾燥していた。何より、そんな説明でクラスメイトが納得するとは思えない。
いや――だからなのだろう。どのような説明もつかないからこそ、このような発表があったのだ。
全校集会が終わり、体育館を出る。囁き声は絶えない。言うまでもなく、発表を疑っているのだ。何名かの視線が美邦へ向く。声の中に、次の言葉を聞き取った。
――実相寺さんが。
意味を察し、ショックを受ける。どうやら、由香の死と絡めて噂されているようだ。
教室へ戻り、朝学活が始まる。鳩村は、体調不良で冬樹が欠席する旨を伝えた。
やはり何かが起きたに違いない。しかし何が――。軽傷か重症かも分からない。そうであるが以上、祈るほかない。
――どうか、無事でいて。
休み時間へ入る。
斜め後ろの席では、岩井が授業の準備をしていた。不安から逃れるように、そこへと歩み寄る。
「藤村君――今日も来てないね。」
目さえ岩井は合わそうとしない。
「そうですねえ。」
「体調が――悪いのかな?」
「さあ。少なくとも、立て続けに休まれることは今までありませんでしたが――」
「お見舞いに行くべきじゃないかな?」
他ならない――このことを相談するために話しかけたのだ。明日から土日なのだから。
しかし、岩井は顔を曇らせる。
「あまり気にかけても、迷惑だと思われますよ。それに、古泉さんのときと違って、男の子の部屋へ女の子が上がることはよくないです。」
その言葉と態度に引っかかった。
「迷惑なのかな? 藤村君なら大丈夫だと思うんだけど――。それに、芳賀君を誘って行けば問題ないんじゃない?」
「そうですねえ――。けれど私は、明日明後日はちょっと用事があるんです。それに、藤村さんとは親しくしていないので、相談に乗れることではありません。」
美邦は察した。要するに行きたくないのだ。
「あ――そう。」
居心地の悪さを覚えつつ席から離れる。
同時に、前方の席に坐る芳賀の姿が目に入った。今、語りかけても良好な返事がある気はしない。しかし、駄目で元々で近寄ってみる。
「芳賀君。」
芳賀は顔を上げた。その唇は固く結ばれている。
「あの――今、ちょっといい?」
顔をそむけ、何、と芳賀は短く問うた。反応に困惑しつつも、冬樹の見舞いに行かないかと一応は誘ってみる。
「大原さん、一人で行けばええがん。」
いつもは冬樹とくっついているのに、血の通わない言葉だ。反応に困りつつ、一応は相槌を打つ。
「あ――うん、そうだね。」
芳賀は顔を動かすことなく、一体いつ行くのと問うた。
「えっと――明日のお昼にでも。」
「そう――」
言ったきり、芳賀は何も答えなくなる。
美邦はそっと席を離れた。
岩井や芳賀の反応はしばらく気にかかり続けた。
いや、この二人ばかりではない――最近は、周囲の人物の対応が妙だ。
幸子とは一週間も口を利いていない。家へ帰れば、苛々した表情の詠歌が待っている。美邦にとって、それが負担となりかけていた。
千秋と共に美邦は家を出る。水たまりを踏みながら細い路地を進んだ。中通りへ出る直前――千秋は立ち止まって顔を上げる。
「忘れ物したかもしらん。」
「そうなの。」
「うん。――先、行っといて。」
千秋は踵を返し、小走りに家へ駆けてゆく。水色のランドセルが曲がり角で消えた。
ひと足先に進み、中通りへと出る。
やがて、空き地の前を通りかかった。同時に、小学生たちの視線に気づく。学年・性別を問わず全ての目が美邦を向いていた。そこに浮かぶ感情は好奇心とも猜疑心ともつかない。
思わずぞっとし、顔をそむける。
何が何だか分からない。困惑のなか、歩みを進めようとする。そんなとき、十数メートルほど先に千秋が――いや、千秋の幻視が立っているのが見えた。俯いていて顔は見えない。しかし、正面を向きつつ仁王立ちする姿は明らかに悔しそうだ。
いつもと違う幻視に驚き、立ち止まる。
やがて意を決して美邦は進んだ。近づけば薄らいで幻視は消える。一方、もし振り向いてしまえば――同じ姿で彳む千秋の姿が見えてしまいそうだった。
――お前のせいだ。
下駄箱に置かれていた紙を思い出しながら通学路を進む。
由香と幸子のいない消火栓を通り過ぎ、学校に着いた。
教室へ這入る。異常の起きた板書は消されていた。代わりに、「8時半から全校集会」と大きく書かれている。
冬樹の姿はない。
教室のあちこちで囁き声が聞こえる。ときとして、クラスメイトの視線が美邦へ向いた――空き地で見た小学生のように。だが、その意味は分からない。
始業時間となっても冬樹は姿を現さなかった。
廊下へ竝ぶ。そんななか不安は強まった。
スマートフォンの使用は校内では禁じられている。こっそりと校則を破らない限り、何が起きたか知るのは放課後になるだろう。
体育館へ這入り、全校生徒が整列した。
校長が登壇する。そして、二年A組で起きた怪現象の原因は湿気だったと説明した。同時に、生徒たちの不安に理解を示しつつ、無闇な騒動を起こさないよう訓示する。
呆れるほかない。
一昨日の教室は乾燥していた。何より、そんな説明でクラスメイトが納得するとは思えない。
いや――だからなのだろう。どのような説明もつかないからこそ、このような発表があったのだ。
全校集会が終わり、体育館を出る。囁き声は絶えない。言うまでもなく、発表を疑っているのだ。何名かの視線が美邦へ向く。声の中に、次の言葉を聞き取った。
――実相寺さんが。
意味を察し、ショックを受ける。どうやら、由香の死と絡めて噂されているようだ。
教室へ戻り、朝学活が始まる。鳩村は、体調不良で冬樹が欠席する旨を伝えた。
やはり何かが起きたに違いない。しかし何が――。軽傷か重症かも分からない。そうであるが以上、祈るほかない。
――どうか、無事でいて。
休み時間へ入る。
斜め後ろの席では、岩井が授業の準備をしていた。不安から逃れるように、そこへと歩み寄る。
「藤村君――今日も来てないね。」
目さえ岩井は合わそうとしない。
「そうですねえ。」
「体調が――悪いのかな?」
「さあ。少なくとも、立て続けに休まれることは今までありませんでしたが――」
「お見舞いに行くべきじゃないかな?」
他ならない――このことを相談するために話しかけたのだ。明日から土日なのだから。
しかし、岩井は顔を曇らせる。
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その言葉と態度に引っかかった。
「迷惑なのかな? 藤村君なら大丈夫だと思うんだけど――。それに、芳賀君を誘って行けば問題ないんじゃない?」
「そうですねえ――。けれど私は、明日明後日はちょっと用事があるんです。それに、藤村さんとは親しくしていないので、相談に乗れることではありません。」
美邦は察した。要するに行きたくないのだ。
「あ――そう。」
居心地の悪さを覚えつつ席から離れる。
同時に、前方の席に坐る芳賀の姿が目に入った。今、語りかけても良好な返事がある気はしない。しかし、駄目で元々で近寄ってみる。
「芳賀君。」
芳賀は顔を上げた。その唇は固く結ばれている。
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顔をそむけ、何、と芳賀は短く問うた。反応に困惑しつつも、冬樹の見舞いに行かないかと一応は誘ってみる。
「大原さん、一人で行けばええがん。」
いつもは冬樹とくっついているのに、血の通わない言葉だ。反応に困りつつ、一応は相槌を打つ。
「あ――うん、そうだね。」
芳賀は顔を動かすことなく、一体いつ行くのと問うた。
「えっと――明日のお昼にでも。」
「そう――」
言ったきり、芳賀は何も答えなくなる。
美邦はそっと席を離れた。
岩井や芳賀の反応はしばらく気にかかり続けた。
いや、この二人ばかりではない――最近は、周囲の人物の対応が妙だ。
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