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第二章◆霧ノ病

霧ノ病~Ⅰ

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猛吹雪の襲う、薄暗い雪原を行く ... ...

風と雪が、耳を打つ音しか聞こえない ... ...

そこは、凍てついた魂の行き着く永久凍土。

安息の地 ... 〈エデン〉へと召されること無き魂は、
生前に抱いた強い不の思念にとらわれ。
彷徨さまよいながら、ちていくという。

苦痛、そして悲しみ。
憎悪、もしくはねたみ。
あらゆる狂気。

それら心の曇りは、 まるで深い霧のように人をまどわせ。
死してなお、消えることはなく。

やがて、 冥 府 ニブルヘイムの扉を開くのだ ... ...




パチ ... パチッ ...

暖炉にべたまきが火を弾く。

主人の眠るベッドの傍ら、切り出した木をそのまま組んだだけの椅子にこし掛け。
彼は、手にした本のページをまた一枚、めくった。
すらりとして長い足を組み換えると、不揃いな椅子の足がコツリと床を叩く。

燕尾の黒服も、着込んだまま。

まきが崩れる音を聞いては、本を置いて椅子を立ち、火に数本の細木をして戻る。
素拵すごしらえのティーテーブルに椅子、びた鉄枠のベッド。それぞれ一つずつ。
ふと見れば、窓の桟や床のすみには、白い粉が薄っすらと積もっていた。
恐らくは、何年も使われていない空き部屋と思われる。

主人の枕元まで行ってひたいに乗せたタオルを取る彼は、
ようやっと息が落ち着いた様子を見て、その眼差しをわずかに細めた。

それから、テーブルの上に置いた金桶かなおけの水にタオルを浸し。
しぼり直して、また置く。

主人の眠るベッドの枕元に置いた片手が布をる音。
薪の燃える音。
元の椅子に戻る足音。

どれもが静やか。

方眼鏡を外し、眉間を指で抑え目を休ませていたところ。
〈 コンコン ... 〉
ひかえめなノックが聞こえた。

ドアを開くと、そこには部屋を提供してくれた少女の姿。

「このような夜更けに、如何いかがなさいましたか?」
彼は微笑みながらたずねた。
「あの ... 薪が足りないといけないと思って、持って来ました」

気のくお嬢さんだ ... ...

関心して目礼し、受け取る。
「何から何まで、ありがとうございます」
「いえ ... あと、粉でむせたりはしませんか? 部屋を使わなくなってから、
 お兄ちゃんが働いていたパン屋さんの麦粉を預かって置いていたりしたので。
 急いで掃除したけど、隅々までは行き届かなくて ... すみません」
「心配には及びません。とても快適ですよ? 野宿などして夜露よつゆれていたら、
 旦那様のお身体からだもどうなっていたことか ... ... 本当に助かりました」
少女は、恥ずかしそうにしながら微笑んだ。
そして、気に掛かって仕方ないといった素振りで、彼の横から部屋の奥をのぞき込む。

察して伝えた。

「今は熱も下がりはじめて、だいぶ落ち着きました。これも親切にして頂いたおかげです」
「いえ、そんなことありません。代わりにお兄ちゃんの病気をて欲しいなんて。
 お世話になっているのはわたし達の方ですから」
「とんでもない。あ、それよりも ... 旦那様をお守りする聖霊は冷気をともないますので。
 毛布を足すなどして、くれぐれも暖かくしてお休み下さい」
「はい ... !」

死霊と言うには印象が悪すぎるため。聖霊と言ってはぐらかす。
言葉を変えてみるだけで随分ずいぶんと印象が変わるものだ。

少女を戸口で見送ってから室内へと戻る彼は、
次に見張りの様子を伺うため、ベッドの横の窓を開け、顔を出して見た。

視線の先には、しげる草を分けて置かれた皮紙ひし

魔法陣を描き、ファントムを宿したものだ。
就寝中であろうとも術を解くわけにはいかない場合の処置。
風に飛んでは意味がないので石を置くなり、固定したが。
不具合はないかと心配した。

力のある魔導師は、恐れられると同時に狙われもする。
寝込んでいる時などは特にも油断禁物。
悪霊や魔物を寄せ付けないための見張りは不可欠だった。

紙片から目線を上げれば、たくましい身体にうろこしたはがねの鎧。
厳密に言うと鋼であるかどうか定かではないが。
青白い冷気と、うっすらとした光明をまとう竜騎士が、そこに居る。

臙脂えんじのタイを解きながら、彼は言った。

「お前ほどの奴を見張りに立たせるなんて。フェレンスは余程参ってるらしいな」
騎士は見向きもせず家屋の面する林をにらむ。
さんひじから下を置き伏せて続けた。
「分かってる ... 済まなかったな。俺が不用意に近付きすぎたせいで
 冥府のがあいつの陣に喰い込んだんだ。
 俺はまだ、お前達のうつわとして未熟だな。フェレンスが契約をしぶったのも無理ない」

深くうつむき、拳を握り締める。
だが、すぐに気を取り直した。
「つか、ファントムには感情や意志はほとんど無いんだっけ?」
生前の記憶すら 夢 現 ゆめうつつと聞いた。
彼らはただ、その魂に刻み込まれた本能にも似た衝動に ... 突き動かされているにすぎないと。

「 ... 先に休ませてもらう ... おやすみ。グウィン」

返事を期待しているわけではない。むしろ本心はその逆だ。
志半こころざしなかば、無念の死をげた魂に、情けない話など ... ...

窓を閉め、椅子に戻ろうとしたが数歩でとどまる。
彼は主人を向き直って思い返した。

儀式後に突如とつじょ、襲いかかってきた魔物との一戦を。

槍につらぬかれても、てついていくに術者を狙う手。
もしも守護の魔法陣を破られたら、フェレンスが〈凍てつく冥府の炎〉にさらされる。
咄嗟とっさに腕でぎ払っていた。

恐らくは ... その時、踏み込み過ぎたせい。

フェレンスの顔が一瞬、ゆがんだ様子も視界のはしに見た。
怪我の程度が気に掛かるのは当然ではないか。
なのに吹っ掛け会話でさぐりを入れても、素知らぬ振りなどして。

何事もなければしも焼け程度とは聞いている。
しかし、あの時の表情を見れば、そのような軽傷にとどまらなかったことも明白。

休む気が、すっかりと失せた。
つくづく、嫌気が差す。

自らの手のこうを見つめる瞳に、魔法陣にも似た文様の古傷が ... ぼんやりと映った。

「 ... ... バーカ ... ... 今更、俺に ... 隠し事なんかしてんじゃねーよ」

それは、単なる我侭わがまま
だが、自分こちらが多くを強要しているぶん、もっと頼ってくれていい。
ただ、そう思った。

主人の夢見時。また一つ不服をこぼす若い執事。
テーブルに置いた本の上にタイをかけ、襟元えりもとめをいくつか外してい髪をほどく。

夜をてっしての介抱だった。
 
 
 
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